八神家の養父切嗣   作:トマトルテ

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十八話:開演の時

 

 ――闇の書――

 

 真の名前は『夜天の書』と呼ばれる研究分析用の魔導書。

 主と共に旅をし、各地の偉大な魔導師の魔法を蒐集し、研究するためのものであった。

 しかし、長い歴史と、幾人もの持ち主を経るうち、その機能はいつしか歪められ、壊され、異形の品に姿を変えた。

 

 歴代のあるマスターが、その力を破壊に使う改変を行った。

 また別のマスターが旅をする機能を改変した。

 その後のマスターが破損したデータを自動修復する機能を改悪した。

 

 悲惨な歴史を経ていき、夜天の書は破滅の力を振るうだけの存在に。

 ページの蒐集が行われなければ主すら食い殺す呪縛を。

 無限の転生と永遠の再生機能を備えた呪いの魔導書『闇の書』へと生まれ変わった。

 

 闇の書は、確かに完成後に主に『大いなる力』と管理者権限を与える。

 しかしながら、その発露はごくわずかな時間のみである。

 その後は歴史が示すように瞬く間に闇の書は暴走を始めてしまう。

 そして、しまいには主の魔力と魂を食い尽くし、その力を破壊と侵食のみに使い始める。

 

 魔導書自体の破壊は、無限転生機能により意味をなさない。

 真の主として管理者権限を得た者以外に制御することはかなわず、その機を逃せば暴走。

 主を押さえたとしても、役に立たなくなった主を食い殺し、新たな主を求めて転生。

 それが、闇の書を『封印不可能』と言わしめる呪いの正体である。

 

「闇の書も可哀想だね……」

「うん、自分の力ではどうしようもない呪いにかけられて……悲しいね」

 

 エイミィにより送られてきたユーノの調査結果を見て悲し気に目を伏せるなのはとフェイト。

 どうにかして、悲しみから救ってあげたいと願うが今彼女達に出来る事はない。

 それが分かっているために優しい彼女達は落ち込んでいるのだ。

 

「このままだとヴィータちゃんも、闇の書の主さんも消えちゃうのかな…?」

「それは……わからない。けど、私達は闇の書の完成を止めないといけない」

「そうだよね。やっぱりどうなるか分からないもんね」

 

 このままいけば、あの人間らしい騎士達も、その主も悲惨な結末を迎えてしまいかねない。

 そんなことは絶対に許容できない二人は何としてでも止めてみせると闘志を燃やす。

 だが、幾ら闘志を燃やしたところで相手がいないのでは意味がない。

 捜索が進まない以上はいつまでも待機状態なのだ。

 

「あれから中々見つかってくれないね」

「うん。シグナム達も警戒しているんだと思う」

 

 現在、シグナム達は家に帰ることなく世界を廻り続けている。

 今までであれば地球近くにはっていれば見つけることも出来たが距離が広がったために捜索の目が追いつかないのである。

 しかし、そんな理由を少女達が知る故もなく、いたずらに時間が過ぎていくばかりだ。

 

「……待つしかないかな」

「そうだね。でも、明日はクリスマスイブだし、楽しもうよ」

「うん。はやてのサプライズもあるしね」

「はやてちゃん、喜んでくれるかな?」

「うん、きっと」

 

 クリスマスの前日の夜、運命は急加速していくことをまだ少女達は知らない。

 

 

 

 

 

「主はやて、御気分はいかがでしょうか」

「シグナム達が来てくれたから絶好調や。シグナムも元気やったかー?」

「はい、それは勿論」

「ヴィータも元気そうやし、私も一安心や」

 

 クリスマスイブ、騎士達にはそのような催し物は余り関係はないがはやてが楽しみにしていたのもあり、今日だけはと無理を言って日程を調整したのだ。

 ザフィーラも帰ってきてはいるのだが主の帰る家を守るのが守護獣の役目と言い張って家で留守をしている。

 

「シャマル、僕は一服してくるからはやてとヴィータちゃんを頼むよ」

「はい、お父さん」

「なんで、あたしまで入ってんだよ!」

「子どもだからね」

「こ、子どもじゃねーです」

 

 ちゃっかり子どものカテゴリに入れられたことに憤るヴィータ。

 しかし、切嗣の大きな手で頭を撫でられると頬を赤らめて俯く、可愛い反抗に収まる。

 その様子に微笑ましそうな笑みを浮かべるはやての顔を一瞥してから切嗣は病室から出ていく。

 ここまで来て邪魔に入られるわけにもいかないのだから。

 

「あ、はやてちゃんのお父さん。お久しぶりです」

「やあ、すずかちゃん。それに……はやての新しいお友達かな?」

 

 にこやかな笑顔を顔にはりつけながら少女達を見る。

 正確にはアリサとすずかに挟まれるように立っている―――なのはとフェイトを。

 

「初めまして、アリサ・バニングスです。ほら、なのはとフェイトも挨拶しなさいよ」

「あ、う、うん、そうだね。フェイト・テスタロッサです。よろしくお願いします」

「た、高町なのはです。はやてちゃんのお友達です」

「よろしくね。アリサちゃん、フェイトちゃん、なのはちゃん」

 

 どこまでも友好的な笑みで四人に対応し、細めた瞳の奥で冷たく魔法少女二人を観察する。

 相手の反応から見てこちらがリンカーコアを持っているのはばれていると見て間違いない。

 故に講じていた策がなるまでの間、自身への疑いの目を消さなければならない。

 シグナムとシャマルに虚偽の混じった念話を飛ばしつつ声をかける。

 

「今、はやては先生の検診を受けている最中でね。もし時間があるなら少し僕と話をしながら待っていないかい?」

「大丈夫です。やっぱりプレゼントは手渡ししたいので」

(なのは、この人結構な量の魔力を持っているよね?)

(うん、ヴィータちゃん達が気づかなかったのも少し変なぐらいは……)

 

 すずかと切嗣が話をしているその横で二人は念話を用いて相談を行う。

 もしや、闇の書の主かという疑念も少しばかり出てくるが確証ないためにもやもやとした気分になる。

 

「みんなも大丈夫だよね?」

「もちろんよ」

「へ? う、うん。大丈夫」

「わ、私も」

 

 そんな考え事をしていた為に若干、挙動不審になるものの友人二人は首を傾げるだけである。

 そのことにホッとしつつ歩き出した切嗣の背についていく。

 どことなくその背中に印象が残る二人だったが他に考えるべきことがあるのですぐに忘れてしまう。休憩室につくと切嗣は煙草を取り出そうとして途中で苦笑する。

 

「しまったな。レディの前でタバコはダメだってはやてに言われてたんだった」

「ふふふ、はやてちゃんらしいですね」

(どうする、フェイトちゃん。念話で話しかけてみようか?)

(驚くかどうかで見極めるんだね。いいんじゃないかな)

 

 無言で作戦を練る二人に事情が全く分からないアリサは緊張しているのかと不思議に思うばかりである。

 しかし、二人は自分達が奇怪なものを見るような視線を向けられているとは夢にも思わない。

 完璧だと自負する作戦をいざ実行せんと念話で話しかけようとしたところで。

 

「……はやての病状についてなんだけど、君達にも知る権利があると思うんだ」

 

 切嗣が話を切り出したことで見事に頓挫してしまう。

 明らかに真剣な話が始まろうとする中では純粋な少女二人は話を遮るような真似はできない。

 尤も、切嗣としては意図してのタイミングではないが結果的にベストのタイミングになったのは嬉しい誤算である。

 

「はやての脚は原因不明の麻痺に侵されている。明確な治療法は見つかっていない状況だ」

「そんな……何とかならないんですか?」

「石田先生にこの病院の先生も全力を尽くしてくれているんだけど……ダメなんだ」

 

 新しい友人の深刻な状況を知らされて思わず立ち上がるアリサ。

 しかし、切嗣は悲し気に首を横に振るだけである。

 この時ばかりは切嗣のねらい通りになのはとフェイトも闇の書の主のことは頭から消え失せていた。

 

「そして、今は麻痺が足から少しずつ上に上がっている。このままだと……」

 

 ―――もう先は長くない。

 その言葉を言われずとも聡い少女達は悟ってしまう。

 自分達の大切な友達が遠い何処へと行ってしまうのだと。

 

「……でも、いい方向に向かう可能性だってあるんだ。諦めなければ必ず奇跡は起こる。だから、君達は今まで通りにはやてを元気づけてやってほしい」

 

 言うと同時に切嗣は深々と頭を下げる。

 ―――どの口が言っているのだろうかと皮肉気に唇の端がつり上がるのを隠すために。

 奇跡が起こらないことは自分が誰よりも知っているはずだ。

 いや、奇跡が起こる芽を全て摘んできた。

 

 生かしておけばより多くの人を殺すだろうと判断した人間を殺してきた。

 しかし、それは本当に正しかったのか?

 彼等は本当にその後に及んで人を殺したのだろうか?

 改心して今度はより多くの人間を救う本物の『正義の味方』になったのではないか?

 

 彼の思考はどこまでも悲観的だ。未来が今よりも良くなるなどとは欠片も考えはしない。

 悲劇が起こるかもしれないという仮定(・・)正義(殺し)を行う。

 生きていれば無限の可能性があるというのに平然と決めつける。

 誰にもわからない、とてつもなく巨大な希望を壊し続ける。

 

 それは、本当は酷く独善的で、偽善的で、自己満足の押し付けなのではないか?

 大の為に小を切り捨てる。その一見、厳しくも当然に見える判断は間違えではないのか?

 切り捨てた小がその大を救う可能性を持っていなかったのか?

 小の中には未来においてより多くの大を救う術を持つ者がいたのではないか?

 

 この悩みと苦しみは一生彼を解き放つことはないだろう。

 否、例え死んだとしても彼を骨の髄まで蝕み続けるだろう。

 だが、しかし、今この時だけは彼は迷いを振り切って歩いている。

 他ならぬ―――愛する娘に背中を押されたのだから。

 

「……はい。はやてちゃんが元気なれるように精一杯応援します」

「大丈夫ですよ、きっと、良くなりますよ」

「まずは、プレゼントではやてちゃんを元気づけます」

「うん……そうだね」

 

 四人の少女達は彼とは違いどこまでも希望を信じている。

 そのことに思わず眩さを感じ、目をこする切嗣。

 それを泣いているのだと解釈した魔法少女二人の元にアースラのエイミィからある一報が届く。

 

 

(二人共、大変だよ! 見つかったんだよ―――闇の書の主が!)

 

 

 

 

 

 アースラ内部では巨大なスクリーンの前にクロノ、リンディ、エイミィが揃って立ち上がって映し出されている者を見ていた。

 一面が炎と荒野の世界に浅黒い肌に白い髪の毛の男が立っていた。

 それは身体的特徴から見れば間違いなく闇の書の主だ。

 今度こそ、万全の状態で見つかったと立ち上がってガッツポーズをするエイミィの隣でクロノは難しそうな顔をする。

 

「やったね、クロノ君! すぐになのはちゃんとフェイトちゃんとクロノ君で協力して捕まえようよ!」

「……いや、ダメだ」

「へ? なんで、今はヴォルケンリッターの姿もないのに―――」

「それだ。それがおかしいんだ」

 

 不自然さを指摘するクロノの横でリンディもまた同意見なのか頷く。

 どういうことかと不思議がるエイミィと念話でつながっているなのはとフェイトにクロノは頭の中を整理するように伝えていく。

 

「主が一人きりで蒐集に出るなんて自殺行為だ。幾ら強くとも単体で出るデメリットが大き過ぎる。しかも、闇の書すら持っていない。これじゃあ、わざと捕まえてもらおうとしているようなものだ」

 

 今までの主も含め、今回の主も単体で蒐集に出たという記録はない。

 さらに言えば、誘うかのように少し移動しては立ち止まるという不自然な行動を続けている。

 結論から言えばこれは―――

 

「罠の可能性が高い。転移と同時に隠れ潜んでいる騎士達にやられるかもしれない」

「ただ単に時間が無くなって焦っているってことはないの?」

「可能性としてはあるが、それなら、確実に質の良いリンカーコアを持っている人間を誘き出した方がいいだろう?」

「あ、そっか」

 

 蒐集を効率よく行いたいのならリスクを犯してでもフェイトとクロノを誘き出した方が良い。

 焦っての行動なのか、完成さえすれば負けないという自信の表れなのかは分からないが都合よく自分達の目の前に丸腰で現れる方が不自然だ。

 狡猾な相手ならそのようなミスを犯すはずもない。

 

「でも、どうしようかしら。明らかに怪しいけど動かないわけにはいかないし……」

「以前のように主の目的が陽動で、その間に騎士達が別の場所で派手に動くという可能性も否定できない」

 

 悩むリンディにクロノ。

 できればもっと時間かけて考えたい所ではあるがそのような時間はない。

 もしも、ただの相手のミスであればすぐにでも動き出さなければ逃げられる。

 しばしの間悩んだ末にリンディは決断を下す。

 

「クロノと武装局員が主の元に先行。なのはさんとフェイトさんはすぐに出動できるようにアースラに待機。状況によって臨機応変に対応してください」

 

 現状出せる指示の中ではこれが最も無難なものであった。

 しかし、執務官と武装局員を罠の真っただ中に放り込むかもしれない。

 そんな指示を出した自分に胸が痛むが表情にはおくびにも出さない。

 自分が不安そうな顔をすればクルー達全員が不安になる、それが艦長という役目だ。

 

「分かりました。艦長」

「クロノ君、気を付けてね。相手は下手したら全員でかかってくるかもしれなから」

「全員相手だと勝てる見込みはないな。でも、負けはしないよ」

「頑張ってね」

 

 転送ポートに消えていくクロノの後ろ姿に若干の不安を覚えながらも見送るエイミィ。

 様々な可能性を考慮した結果の作戦であるため大失敗はないはずだとも思うが何故か不安が残る。

 しかし、この時アースラの誰もが気づくことはなかった。

 あの闇の書の主は―――偽物の偽物だということに。

 

 

 

 

 

 リンディからの指示によりすぐさま動き出さなくてはならないと思うなのはとフェイト。

 しかながら、はやての身の上の話を聞かされたためにプレゼントすら渡せずに帰るのは良くないと思う。

 そのために動くに動けずにそわそわと小刻みに動き始める少女二人。

 その様子を冷たい眼差しで見つめながら切嗣は作戦が成功したことを確信する。

 

(偽物が管理局の囮となっている間に騎士達からリンカーコアを奪い闇の書を完成させる。そうすれば、邪魔が入ることなく永久凍結が可能になる。管理局が気づいて来ても丁度良い保険になるだけだ)

 

 全ては今夜、終焉を迎える。最少の犠牲で最大の幸福が保証される。

 奇跡も何もない実につまらない、すさんだ舞台。

 出演者は優しい少女とその家族。そして、客など居ぬのに踊り続ける滑稽な道化。

 開演の幕は今上げられようとしていた―――

 

 

「そう言えば、ヴィータちゃんやシグナムさんは元気ですか? はやてちゃんのお父さん」

 

 

(シャマル、妨害を!)

 

 だが、そこへ二人の可憐な少女が飛び入りで参加する。

 奇跡を起こし、観客を魅了し続ける飛び切りの役者が。

 誰よりも道化と正反対に位置するスターが現れる。

 

「……ああ、元気だよ」

「あ! そう言えば……ごめんなさい」

 

 素早く、近くに潜ませていたシャマルに念話妨害を行わせる切嗣。

 すずかに対して口止めを怠る程愚かな彼ではないが、常に成功するとも限らない。

 何より身内とそれに近い石田とそうではないすずかでは無意識下での規制が違いすぎる。

 

 脅しであればうっかりでも口を割らないであろうがあくまでもお願いとして言っておいたのだ。それも優しいシャマルが。

 切嗣ならばすぐ身近になのはとフェイトがいなければ洗脳魔法の一つや二つは使っただろうが気づかれる可能性を考慮して止めたつけが最後の最後で回って来る形となった。

 

「あの……ヴィータちゃんって」

「シグナムって……」

「うん、二人はね、僕の―――大切な家族(・・・・・)だよ」

 

 恐る恐る尋ねてくるなのはとフェイトに隠すことなく伝える。

 策は不完全な形となった。しかし、まだ失敗と言うには早すぎる。

 管理局側が不自然さに気づきこちらに向けて動き出す前に真の覚醒を行えば問題はない。

 せいぜい二人には騎士達の最後の戦いの相手でもして貰うとしよう。

 

 

「さあ、そろそろ行こうか。はやてにプレゼント(・・・・・)を上げにね」

 

 

 何の感情も籠っていない声で四人に呼びかけ背を向ける切嗣。

 なのはとフェイトも話し合いがしたいので危険は承知でその背中についていく。

 

 役者は揃った。終焉のカーテンは今上げられる。

 始まる舞台(Fate)は喜劇か悲劇か。それは彼等にすら分からない。

 だからこそ面白いのだと、誰もいないはずの観客席の客は異形の笑み(・・・・・)を浮かべる。

 

 ―――さあ、開演の時だ!

 




闇の書を改変した主って地味に凄いと思う。
後、スカさんは出来はともかくその姿勢は褒めそう(白目)

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