俺は娘と妹にどう接すれば良いんだ?出張版   作:赤谷 狼

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第1話 娘と妹との怒涛の日常生活? 【1】

 ―少し前、俺が愛した女性がこの世界から姿を消してしまった。

 そして、俺は共に残されたその娘と同居して日々を過ごしていたのだが―

 

「ねえ、そろそろ布団を干したいんだけど?」

「はっ、すぐに退かせて頂きます」

 

 矢田部 黒乃(やたべ くろの)。齢二十七歳にして、十七歳の娘に逆らえないでいた。

 俺の仰々しい態度にわざわざツッコミすら入れないクールな娘を横目に見つつ、俺は布団から出ると大きなあくびをする。

 

「……眠いのは分かるからあくびをするのは良いけど、もう少し口元は隠しなよ」

「そこで『あくびをするな』って言わない辺りに白唯の優しさを感じて父さんは嬉しいぞ」

「……日頃頑張ってる人にそんなこと言うわけないでしょ?」

 

 何この子、超可愛いんですけど~。

 こんな気遣いの出来る娘を持つとか、俺ってどんだけ果報者なの。

 

「白唯……お父さん、感動して前が見えなくなりそうだよ……」

「はいはい、朝ご飯出来てるから早く着替えて」

 

 しかし、そんな俺の言葉を軽々しくいなしてしまう我が娘。……反抗期かな?

 俺と娘の白唯は血が繋がっていない。

 もっと言えば、戸籍上の繋がりも無い。

 俺の娘―『野々瀬 白唯(ののせ しろい)』は、俺の恋人だった桃佳が『人工授精』という方法で産んだ子供だ。

 『クローン技術』の応用だそうで、父親もおらず、桃佳の遺伝子だけで生まれた。

 母親である桃佳が俺と結婚する前にこの世を去ってしまった為、天涯孤独の身だった白唯を俺が父親として預かっているのだ。

 じゃなきゃ、こんな可愛い娘が俺みたいな目つきの悪い奴の娘なわけが無いよ、うん。

 

「……さっきから何見てるの? ……そんなに見られてるとやりづらいんだけど」

 

 俺が綺麗に育った娘の姿に感心していると、白唯は俺の布団を畳みがら少し睨み付けるような目で俺を見てくる。ふむ、これこそ目に入れても痛くないほどに可愛いというものだな。

 

「構わん、続けたまえ」

「落ち着かないから先に台所に行ってて言ったのに……はあ……」

 

 とは言いつつも無理矢理追い出そうとはしない娘。相変わらず素直じゃないなあ。

 そして、俺は白唯が布団を畳み終えて持ち運ぼうとしたところで、その布団を白唯から奪い去っていく。

 

「あ……」

「畳むのは任せたが、運ぶことまで許可した覚えは無いぞ?」

「大丈夫だってば、私が持って行くから」

「おいおい、か弱い娘に布団干しを任せる親父がどこに居る? いや、世間は知らんけど」

 

 そう言って俺は布団を持ち去ったまま、部屋の外に出ようとしたのだが―

 

「あら? 兄さん、もう起きちゃったの?」

「藍菜か」

 

 俺の部屋の外に金色の長い髪を二つに結った女性が現れた。

 彼女の名前は『矢田部 藍菜(やたべ あいな)』。

 名前からも分かる通り、この俺『矢田部 黒乃』の家族であり、妹だ。

 昔、母親を失って絶望していた親父が再婚して出来た妹で、イギリス人ハーフの母親を持つクォーターだ。

 これがまた、とにかく目立つ奴で、路上を歩いていて読モの誘いを受けたのは一度や二度じゃない。日本人らしからぬ顔立ちに、学生にも関わらずダイエットも徹底し、周囲の女性陣の憧れの的だ。

 つい最近再会して俺の家で一緒に住むようになったのだが、色々と問題があり―

 

「もう、たまには兄さんを起こすついでに一緒に寝ようと思ったのに……」

「ちょっと待て藍菜……起こしに来たのに一緒に寝る、というのはおかしいんじゃないかと兄さんは思うんだが?」

「そう? だって、兄妹で一緒に寝るだけでしょ? おかしいことなんて何一つ無いでしょ?」

「おかしくない……のか?」

 

 この妹、割と心配になるくらいにブラコンなのである。

 気を抜けば一緒に居たがるし、何かと兄である俺にアピールしてくるとんでもない妹なのだ。

 

「……良いか、藍菜。兄妹にも『プライバシー』というものがあってだな、寝ている兄の布団に妹が入ってくるのは『プライバシーの侵害』にあたると思うんだ」

「私だってそれくらい分かってるわよ」

 

 しかし、どれだけブラコンでもちゃんと話せば分かってくれる。

 こんな風に聞き分けの良い妹に育って兄は嬉し―

 

「あ、でも、私の布団はいつでも兄さん用に空いてるわよ?」

「……わお……兄さん、妹の愛が重過ぎて潰れそうな時があるなぁ」

 

 行き過ぎた愛は、時に大胆な行動を起こしてしまう……さすが転校初日に『私はこの世界で、一番兄さんを愛してる』とか言うだけはある。……この妹、俺の斜め上の回答しか用意してないわ。

 

「……そういうやり取りも良いけど、そろそろ布団干そうよ」

「あ、悪い」

 

 俺が予想外の成長を遂げた妹の将来に思いを馳せていると、俺の後ろに居た娘から呆れた声が掛けられてしまう。……いかんいかん、娘の機嫌を損ねるのは父親の中でもっともやってはいけないことだからな。

 

「藍菜さんも、そこを退いてあげないとその人出られないからさ」

「あ、そうね。ごめんなさい」

「ちょっと待って、白唯。今、お父さんを『その人』呼ばわりしなかった?」

「……別に良いでしょ。ほら、早く外に持って行って」

「いや、全然良くないよ!? 娘に嫌われたらお父さん生きていけないよ!?」

「大丈夫よ兄さん! 娘よりも妹の方が良いんだから!」

「何の励ましだよ!? 妹も良いけど、娘とのコミュニケーションも大事なんだぞ!?」

「妹とのコミュニケーションの方が大事よ!」

「はあ……」

 

 そんなこんなで、俺と娘の白唯、妹の藍菜の三人での暮らしが今日も始まる。

 大切な恋人を失って、真っ白になった世界が彩られるようになったのは嬉しいが―

 

「ね、兄さん? 布団を持ったままじゃご飯食べられないでしょ? 私が食べさせてあげるわ」

「そういうのは良いから。……やるなら私がやる」

「いや待って、布団を持ったまま食べないからね?」

 

 ……なんか、よく分からない状況になってるんだよなぁ。

 白唯、父さんはお前はもう少し物分かりの良い子だと思ってたのに……最近、藍菜に対抗してどんどん変な方向に育っちゃって父は悲しい。

 

「……いや待てよ? でも、娘に食べさせてもらうのも悪くは―」

「……やっぱりやめた」

「白唯いいいいいいいい!?」

 

 うん、俺も割と変な奴だったわ。


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