「では、まずチーム分けを開始しま~す!」
「待てや、こら」
見慣れた自宅、見慣れた風景―なのに、家の中に居るはずのない女子生徒を捕まえた俺は、その女子生徒の顔を(俺なりの)笑顔を作って詰め寄った。
「なあ、柿村? なんでお前が休みの日に教師である俺の家に居るんだ?」
「えぇ~、ここって黒先生の家だったの~? 知らなかった~」
「そのわざとらしいとぼけ方はやめろ! 余計にイライラするわ!」
「隊長、大変です! 黒先生が怒りやすい病気に罹っているようです!」
「俺が怒りやすいんじゃないよ!? お前が怒らせやすいんだよ!?」
「またまた~w 黒先生って面白いこと言うよね~w」
「いや、何も面白いこと言ってねぇし……」
「……あのさ、とりあえず先に話を進めても良いかな?」
俺が不良生徒の相手をしながら肩を落とす横で、同じく疲れた表情を見せている白唯がため息交じりにそうこぼしていた。……気持ちはよく分かる。
そんなところで家族の意思疎通が取れたのは悲しいやら嬉しいやら……白唯は腕を組むと、親友である柿村を睨み付けながら少し責めるような口調で質問をぶつけた。
「……それで? 今日は皆でうちに何しに来たの?」
「うわ! シロ冷たっ!? お父さんとの団欒を邪魔されたからって冷た過ぎない!?」
「ちょ、ちょっと綾! 変なこと言わないでよ!」
「ちょ、待っ―し、死ぬ! く、空気を……空気を~!」
相変わらず口の減らない柿村に、白唯は慌てた様子で詰め寄るとその口をふさいでいた。いやはや、こんな風に慌てる娘は珍しい。
しかし、あまりにも必死な白唯の様子が面白いのか、柿村はわざと大袈裟なリアクションを取っていたが、それが演技とは気付いていなかった白唯は心配そうな表情で急いで柿村の口から手を放していた。
「そ、そんなに強くしたつもりは無いはずだけど……ごめん、苦しかった?」
「ううん、全然w」
いつものノリで悪びれもせずに「にひひ」と笑う柿村だったが、さすがに今回はまずかった。
白唯は柿村の悪ふざけに対して大きくため息を吐くと、腕を組んで柿村から背を向けてしまったのだ。
「……綾。……もし次に同じことやったら、しばらく口きいてあげないから」
「シロぉ~! そんなこと言わないでぇ~! ちょっと調子に乗り過ぎました! 許してぇ~!」
明らかに怒った様子の白唯の腰に手を回すと、柿村は半泣き状態で縋るよう喚き始めた。……何故こいつが白唯の友人をやれてるのか、今いち分からん。
まあ、白唯は他の生徒と比べても少し固過ぎるところがあるし、柿村くらいの奴とつるんでいた方が良い……のか?
俺が娘の友人関係に頭を悩ませていると、この場に居るもう一人の闖入者がおずおずと声を掛けてきた。
「あのぉ……先生?」
「ん? どうした見梨?」
闖入者―もとい、『優等生B』こと見梨はいつものように小動物を連想させる雰囲気をまとい、俺に向かって首を傾げたまま質問を投げ掛けてくる。
「私、どうして先生の家に居るんでしょうか……?」
「いや、それはむしろ俺が聞きたいんだが……」
「え? あ、あれぇ……?」
見梨は困惑した表情で俺を見ていたが、その様子を見るにまた柿村に理由も伝えられずに巻き込まれたようだ。……おのれ柿村め、どれだけうちの優等生を不良に引き込めば気が済むんだ。
「……やはり、あいつには専用の厚生プログラムを用意する必要があるらしいな」
「あ、あはは……」
俺がいまだ白唯に泣きついたままの柿村を睨みつけると、見梨が乾いた笑みを浮かべていた。……いや、いつも巻き込まれたままで良いのか、お前は。
「ねえ、あいつって誰のこと?」
「うおっ」
「わっ!?」
そんな中、突然俺と見梨の間に入るようにして藍菜が顔を出してきた為、俺と見梨は驚いて思わず声を上げてしまう。
だが、藍菜はそんな俺達の反応が気に入らなかったようで、俺と見梨を交互に見た後、少しだけ不機嫌そうに言葉をもらした。
「……なんか、すごい息が合ってるわね」
「えぇっ!? そ、そんなこと言われても……」
「いや、いきなり現れれば誰だってこうなるからな普通……」
あまりにも理不尽な妹にため息を吐くと、事の発端である藍菜も何故か渋々納得するようにため息を吐いていた。……いや、お前が間に入って来なければ良かっただけの話だからね?
「まあ、良いわ……それで、誰に厚生プログラムっていうのを用意するって話だったの?」
「あ、え~と……多分、綾ちゃんのこと……ですよね?」
そう言って、最後の方に俺の顔を見ながら確認するように尋ねてくる見梨。
どこか藍菜を怖がっているのか、縋るように俺へと視線を向けてくる見梨は子リスなどの小動物を連想させ、その仕草に癒されながらも俺はその意思をしっかりと継いで深く頷いてみせた。
「ああ、もちろん。あいつのような不良生徒には専用の厚生プログラムを用意するべきだと考えていたところでな―」
「じゃあ、私もそれに参加するわ!」
「いや、なんでだよ」
唐突に参加表明をしだす愚妹に思わず頭を抱えてしまう。……兄さん、時々妹の行動が読めないよ。
「……何故、柿村の厚生プログラムにお前が参加するんだ?」
「厚生プログラムっていうのはよく分からないけど……それって柿村さんと二人きりでお説教するってことでしょ?」
「いや、そう言えなくもないが……」
「どっちかって言うと、ただの補習みたいなもののような……」
見梨は目を輝かせて俺に詰め寄る藍菜を見ると、どこか気圧されつつも俺に助け舟を出してくれていた。……やっぱり持つべきものは優等生だな。
しかし、藍菜はそんな見梨の言葉を聞くと、余計熱を帯びたように俺へと近付きその顔を不機嫌そうに歪めた。
「補習ってことはやっぱり柿村さんと兄さんが二人きりで何かするわけでしょ? そんなの許せないわ! 私も兄さんと補習したいもの!」
「……私、自分から補習したいって人初めて見た気がします」
「奇遇だな、見梨。……たった今、俺も同じことを考えていたところだ」
どこか遠いところを見ながらそう言う見梨の肩を軽く叩き、俺は妹の暴走ぶりに涙した。……一体、どこで教育を間違ったんだろう、この妹。
俺は不良娘やいつにも増して暴走する妹にため息を吐くものの……そんなものはまだ生易しかった。
台所からドタドタと大きな音が聞こえてきたかと思うと、一番の『悩みの種』が顔を見せて来たのだ。
「さあ! 黒センセ、準備が出来ましたよ! 今日は徹底的に黒センセの胃袋を掴んでみせますから覚悟して下さいね!」
「いや、お前が一番ここに居る理由が分からないんだが……」
教育実習生、沙奈原。
本日も何故か教師である俺の家に柿村や見梨と現れたかと思えば、突然白唯に許可を得て台所に向かっていたのだ。
「……頼むから来た理由を説明してくれ」
俺はそんな元教え子の頭が痛くなる行動に、小さくため息を吐きつつ状況整理の為に質問を投げ掛けたのだが―
「あ、沙奈原先生が戻ってきた!」
まるで導火線に火が付いたように沙奈原が到着した途端に柿村が目を輝かせ、その手を上げる。
そして、その手を下に向かって大きく振りかぶると、困惑した俺や見梨を置いたまま柿村は大きな声で堂々と宣言し始めた。
「それじゃあ、料理対決開始ィィィィィ!」
「だから、せめて理由を説明しろおおおおおお!」
そんなこんなでよく分からない『料理対決』という何かが始まったのだった。……頼むから、誰かこの状況を説明してくれ。