「―では、矢田部先生、沙奈原先生。よろしくお願いしますね」
俺と沙奈原は教頭先生に頼まれ、二人で裏庭の除草作業をすることになり、裏庭へと来ていたのだが―
「oh…なんという大惨事……」
「手入れされてない、とかいうレベルじゃないですね……」
俺と沙奈原は裏庭から大量に生えてしまっているおびただしい量の雑草を見て、そう呟くのが精一杯だった。……確かに、この量は教頭先生達の歳で対応するのはきついわな。
俺は雑草を見ながら溜息を吐くと、手にした軍手を沙奈原へと分けつつ、学校の周辺へと目を向ける。
「……一応、裏庭以外の場所は教頭先生達も手分けしてやってくれるらしいが……ここが一番難関だな」
「あ、軍手ありがとうございます。でも、来週には生徒や教員で校内の除草作業をするって話してましたよね?」
「その前にここだけでもやっておきたい、ってことらしいが……まあ、これだけ大きくはみ出てればやらざる得ないよなぁ」
試しに伸びている雑草を軽く引っ張ってみる。
しかし、かなり根強く根を張っているらしく、力づくで抜くのは厳しそうだ。
「とりあえず、根の部分をスコップで掘ったらそこに置いてくれ。そしたら、俺が運ぶから」
俺は近くに置いてあった運搬用の台車を指差す。教頭先生がついさっき用意してくれたものだ。
「ついさっきお前も言ってた通り、来週の除草作業があるから今日はそこまで本格的にやる必要は無いからな? とはいえ、一応学生達が通れるくらいには片付けておきたいが」
「除草作業って何年ぶりでしたっけ……。あ……なんか、年齢を意識した途端、気持ちが急に……」
「そんなこと言ったら俺だっていい歳だっての……。とにかく、年齢なんていちいち気にすんな。お前はまだ全然若いんだからな」
「く、黒センセぇ……」
年齢のことで落ち込んで肩を落とす沙奈原をフォローすると、涙目で返された。いや、お前はまだ普通に若いだろうが……。
そんな沙奈原をおいて、さっそくスコップで雑草の根にスコップを入れて掘り起こそうとするが―
「うお……こいつは中々根気が要りそうだな」
思った以上に根が張っており、一つ一つ掘って抜く作業はかなりの重労働になりそうだった。
やっぱり、あの年齢の先生方には厳しいよな、これは……。
「……こりゃ明日は腰が痛くなりそうだ」
「黒センセ……なんか発言がおじいちゃんみたいですよ」
「ふん、失礼な。俺はまだそんな歳じゃない」
「いや、発言の話ですってば……それにしても、結構汚れそうですよね。……改めて、ジャージで良かったなって思いますよ」
俺と沙奈原はそれぞれ用意していたジャージを着用していた。
俺は特になんの変哲もない黒いジャージを着用しており、沙奈原は白いジャージに黒いラインの入ったものを着用していた。
そんな沙奈原の姿を見て、俺はふと昔のことを思い出した。
「よく考えてみたら、沙奈原のジャージ姿見たのって久しぶりだよな?」
「え……? あ、あれ? 私、黒センセの前でジャージ姿なんて見せたことありましたっけ?」
「あったじゃん、初めて会った時。あの時、お前どうしてジャージなんか―んんっ!?」
そこまで言いかけた途端、そこから先を遮られてしまう。何を思ったのか、隣に居た沙奈原が慌てた様子で俺の口をふさいできたのだ。
「んぐっ!? な、何するんだよ!?」
「す、ストップ! ストップです! そういうことは思い出さなくて良いんですよ!」
「何が!? ただ、お前が俺と初めて会った時にジャージ姿だったことを聞いただけ―んぐっ!?」
「わ、忘れて下さい! 忘れて下さいよ! 女性には色々とあるんです―あ、黒センセの息が……」
「ぷはっ!? お、俺を殺す気か!?」
俺は再び口をふさいできた沙奈原の手を無理矢理どけると、空気を吸って大きな声で言い返した。し、死ぬかと思った……。
そんな俺の言葉に対し、沙奈原は自分の手を見つめたまま、どこかぽーっとした様子で固まっていた。一体どうしたんだ?
「い、今さっきまでこの手に黒センセの口が……」
「……沙奈原先生? そんなに自分の手を見て、あなたは何を考えているのでしょうか?」
「い、いえ!? そ、そんな……わ、私にはそんな度胸無いですよ!?」
「何が!? なんの度胸が無いの!?」
「で、でも、ちょっとだけなら……」
「待て、一体お前は何をしようとしてるんだ!?」
恍惚とした顔を見せる沙奈原の肩を揺すると、「あれ?」と沙奈原がようやく我に返ってくれる。……勘弁してくれよ、ホント。
「わ、私ってば一体何を……」
「……俺が聞きたいくらい―いや、良い……やっぱり聞かなくて良いわ」
俺は途中まで言いかけたものの、また沙奈原が暴走することを考えて途中で言葉を止めておく。……こいつも暴走すると何をしでかすか分からんからな。
そんな風に俺が教育実習生のことで頭を抱えていた時だった―
「あ~!」
その声が聞こえた瞬間、俺は戦慄した。
しかし、恐れたのはその声の主―柿村などという小娘の存在ではない。
確かに、柿村はただでさえ面倒なこの状況を悪化する存在だということは間違いない。
だが、問題はそんな些細なことではない。
俺がもっとも恐れていること―それは、こういう時には得てして『俺が恐れる存在』が柿村と一緒に居ることが多いからだ。
「先生達の密会現場はっけ~んw」
「ちょ、お前―」
一刻の猶予も無い。
この状況を『俺が恐れる存在』に知られるわけにはいかないのだ。
すぐに俺は柿村を黙らせようと、その足を浮かせたのだが―
「へぇ……」
「ふぅ~ん……密会現場、ね」
遅かった。
俺はそれを悟った瞬間、踏み出した足を柿村から遠ざけるとその体を反転させていた。そう、まるでいつでも逃げられるような態勢に。
「……どこへ行くつもりですか?」
「ねえ、兄さん? ……妹を置いてどこに行くつもりかしら?」
「いえ、用事を思い出したので……」
俺は恐怖のあまり、つい敬語に変わっていたしまっていたことにすらすぐに気付かなかった。
それほど、本能が……俺の背中ですごいオーラをまとう娘と妹を恐れていたのだ。
「……詳しく聞かせてもらって良いですか?
「私もぜひ聞かせてもらって良いかしら? ね、
犬もすくむような恐ろしい声音で俺を呼ぶ二人を背に、俺は周囲に生えながら「我関せず」としている雑草達を見ながらこう思うのだった。
あぁ、今は雑草のお前達が羨ましいよ、と―。