「私も詳しくは分かってないんだけど、五老星には直接動かすことが出来る諜報員がいるらしいの。凄腕の諜報員がね。その中で“ブリアード”と呼ばれる者がいると聞いたことがあるわ」
ヒナさんが教えてくれたブリアードの情報は私には十分過ぎるものだった。モシモシの
そのことをヒナさんにもぶつけてみたら、
「……なるほど、ヒナ、納得。“ブリアード”は狙撃手だって聞いたこともある。もしかしたら、ドフラミンゴは狙われてるのかもしれないわね。七武海が五老星に狙われる理由なんて、普通に考えたら有り得ないことだけど。裏では何があるのか分からないわ。いずれにせよ、良い情報よ、ビビ。ただ、それもこの場を切り抜けてからの話ね」
私だけでは辿り着けそうもない、その先に有りそうな可能性を見つけ出してくれた。とはいえ、ヒナさんの言う通り、すべてはこの場を切り抜けてから。ジョーカーの分身体を何とかしないといけない。
港の側になるこの場には、既に私たちが戦い始めて時間が経っているためか、島の人たちは逃げているみたい。この騒ぎ自体には気付いているだろうから、そろそろ島の守備隊が来ても良さそうだけれど。春の女王の町なわけだし。ミカヅキ海賊団って言ってたっけ、その海賊たちも横たわったまま。アインっていう青い髪の人とモサモサしていた人はいつのまにかいないけれど。
「まだ挨拶も出来てなかったよな、申し訳ない、ビビ王女。改めて、俺は革命軍のサボだ。革命軍って聞いて良い思いはしねェかもしれないけど、俺たちはただただ無闇に国を潰そうと動いてるわけじゃ無いんだ。アラバスタのことはよく聞いてるし、今回は君のボスに取り次いでもらいたくて、ここへ来た。それにしても、さっきのすげェな。ドラゴンさんの覇王色は見せてもらったことがあるけど」
降り止まぬ雨の中でも、それを感じさせない軽い足取りで近づいてきたサボという人。確かに革命軍と聞いて思わないところがないわけではないけれど……、
「ビビ、サボくん、動いてっ!!」
そんな考えを巡らしている余裕は今の私たちにはもちろん無くて、ヒナさんから注意の言葉を掛けられる。
「すまない、後にしようか、ビビ王女」
サボさんもハット帽に手を掛けて、苦笑いを浮かべながら動きだすのに合わせて私も動き出す。
「クエーッ!!」
私の動きと思いを感じ取ったかのようにして、すっと横に現れてくれるカルー。
「カルー! ありがとう、さっきはごめんね。私、ちょっとどうかしてたみたい」
何でもないことだと言わんばかりに頷いて見せるカルーに何だか救われる気持ちになって、直ぐに背に飛び乗ってみる。
「ヒナ准将、相手はドフラミンゴの人形一体だけだが、それでもドフラミンゴだ。時間を掛けても俺たちの方が分が悪くなる一方だろう。そうなるくらいなら、一気に
「ええ、そのつもりよ。ヒナ、上等」
「ワタシも加勢させてもらうよ。構わないだろう?」
「僕もいいですよね? まだまだ戦えますよ」
ベポ君のお父さんであるデポさんとカール君も共闘すると言ってくれて心強いことこの上ないけれど、それでもジョーカーの分身体を止められるかどうかは何とも言えない。
「フッフッフッ、一気にだと? てめェら、束にかかりゃァ俺を止められるとでも思ってんのか、ふざけが過ぎんのも大概にしろ。ここで命を落とすと悟った方がてめェらのためだ」
分身体と言っても、言葉をしゃべるし、それはドフラミンゴそのもの。嫌らしく上がる口角も、サングラスも変わらずそのもので、
「まずいッ! みんな、散らばれーッ!!!」
サボさんからの警告に一気に散開する私たち。カルーも動きを心得て不規則なジグザグの動きを加えながら高速で移動する。
横目で見るジョーカーの分身体は両腕を交差させた後、振り払われた掌から放たれた糸は瞬間で鞭状にしなり、
「“
更には十本の鞭となって私たちに襲いかかってくる。一人当たり2本の鞭が左右から挟み込むようにして。
速いッ……!!
「ダメッ!! カルーは逃げてッ!! もっとジグザグに動くのよッ!!!」
そう言葉を掛けてあげながら、カルーの背で立ち上がった私は跳躍する。
逃げる時間は終わったんだ。
分身体との間合いを一気に詰めるべく空中を跳びながら、周りを見渡してみれば、ヒナさんは迫り来る鞭に対して
デポさんは後退していなくて、その手から電気? 稲妻が迸っていて、ジョーカーの分身体の方こそむしろ避けてまわっていた。
「……エレクトロか。だが、当たらねェと意味ねェだろう」
「そうでもないと思うがね」
デポさんの動きは巨体の割にはスピードがあって一気に加速して飛び掛かっていったけれど、
「それに、てめェはいつから突貫王女になりやがったんだ。
私に対しても当然のように分身体は容赦がなくて、モシモシの
ッ!!!
瞬間、打ちつけられる痛みが右足に鋭く走って……。
「クーエーッッッ!!!!!」
それでも落下地点にはカルーがいてくれた。なんて頼もしいんだろう。
「……カルー……、ありがと……」
掛ける言葉は絞り出すことしか出来ないけれど、感謝しかない。
きっと反転してきた鞭は武装色の覇気で硬化されていたんだと思う。咄嗟にぶっつけでも“
アインッて人に実戦で初めて“
ッ!!
「カルーッ!!! ターンよッ!!!!」
横たわってばかり、想いを巡らせている場合ではいられなかったんだった。カルーは私の声に直ぐ様反応して、急停止からの華麗なターンを決めてくれた。
瞬間で背後を抜けてゆく銃弾。あれも糸なのかと戦慄を覚えてしまう速さだった。気付けた私のモシモシも進化してる気がするし、しっかりターンしてくれたカルーには後でいっぱい御馳走してあげないといけない。
背後を駆け抜けた糸弾の行先で大爆発を起こしているけれど、怯んでいちゃダメ。
振り返ってみたら、デポさんが分身体に接近戦を挑んでいる。腕も足も赤く染まっているのが見て取れるけれど、まだ倒れてはいなかった。
ヒナさんは空中にいる。きっと六式と呼ばれる体技の空を飛べる技を使ってるんだわ。サボさんとカール君も一緒に動いて分身体に近付いていっている。畳み掛けるような闘いの気を感じてならない。
勝負所かもしれない。
「カルー、一気に回り込むわよ」
雨の水分で幾分か重みを増したハット帽を両手でしっかりと被り直して、私は前だけを見据えた。
****
ヒナ焦燥、かもしれない。
相手の攻撃を防御できないわけではない。何とか守れているという自負は少なからず存在している。だが、よく考えてみれば攻撃を当てることは一切と言って出来てはいない。
相手が人形だからなのかしら。
初手に繰り出されてきた鞭に
そこから、足の回転数を一息に上げて、速度を
と、己の気持ちを奮い立たせてはみるものの、サボ君には可愛いらしいあの子のフォローまでさせてしまって、ヒナ、反省の想いしかなかった。彼の動きは卓越していたのだ。
鉄パイプを振り回して複数の鞭を受け止めて見せ、片手を使ってその指の力だけで鞭による衝撃を受け止めてもいた。反転してどこまでも追ってくる武装硬化された鞭に対しても受け止めて見せていたし、むしろカウンターを返してさえいたのだ。あれがベクトルと呼ばれるものなのか。武装色の力をそのまま飛ばしているように感じられた。
ただそれでも、あの分身体は掠り傷ひとつさえ負っているようには見受けられない。
ビビは大丈夫かしら。遠目に何とかして食らいついている様子は見て取れるけど、あの子をフォローするまでには至らない私が正直、不甲斐なくて堪らない。
ヒナ、不満よ。ヒナ、不満。
私は己自身に対して不満なのだ。
そんな時はリスクを負って前に出るしかない。時間を掛けたとしても潰せる相手ではない。畳み掛けて一気に押し切るしかなさそうだ。
丁度、ミンク族の彼が分身体の懐にまで踏み込んでいる。
サボ君を横目に見れば、あの子と何やら言葉を交わし合っている。あの子はサボ君の背にぴったりと、おぶわれているじゃない。
そこから組み立てられることは何か。
一拍だけ深呼吸をした。意識してゆっくりと息を吐き出し、雨靄の中かすかに感じる自らの呼気を感じて、また意識して少しだけゆっくりと、でも深く息を吸ってみた。
背中に羽織る正義のコートが悩ましい。雨露から守ってくれるシルクハットが頭上には無いことで、この上ないほど恨めしく感じてしまう。それが本当の私にとってどれだけ力になったことだろうか。
それでも、
今の私は背中に正義を負った上で、前に出るしかないのだ。
己に克を入れた私は飛び、そして駆けた。
感じる。研ぎ澄まされた五感と第六感が今この時だと確かに告げている。
サボ君が一気に跳ねる。
ドフラミンゴの分身体に今も正対するミンク族の彼に対して、斜めの角度から入り込んでいくような形。
分身体は低い姿勢から地を這うような五本の鉄糸で牽制してくるも、
焼き切るような電気の力で応酬するミンク族の彼。
サボ君が振り上げた右腕に握られた鉄パイプから弾かれる武装色の力。
と同時にサボ君の背から降り立つあの子。
瞬間に広がる、立ち上がるひとつの空間。
私もその一点に懸けていた。
それを見逃すつもりは毛頭なかった。
空間が広がったと同時に、低空からあの子を担ぎあげて一気に飛び駆けるは
サボ君も既に駆けていた。
カルガモに乗ったビビが背後に回り込んで来ていたのも知っていた。
渾身の電気で食らいつくミンク族の彼もまた分身体を放すはずはなかった。
一点にて収束するその始まりはこの子の静かなる拳。
ただ一点にて磨かれた、防御を無効化する悪魔の
それが確かに炸裂した直後に、
秒を置かずして畳み掛ける4人同時攻撃。
それは鉄パイプと掌から迸る強烈な武装色の波動。
それは稲妻を顕現させる電気の迸り。
それは相手の水分から湧き上がらせる内なる衝撃。
そしてこれは、ヒナ、最上等な蹴りのかまいたち。
でも、
「フッフッフッフッ、気は済んだか、てめェら。……なら
「
前に出たその先にあったもの。
それは、ヒナ、絶望。
全身に絡まる目には見えない無数の糸。
でもそれは確実に私たちの動きを封じ込める糸。
なのに、己の意に反して勝手に体が動き出すという悪魔のような戒め。
絶望へと向かう
何の為に戦っているの?
何の為に戦ってきたの?
無数に脳内を駆け巡る問答の数々。
何とかして抗い続けようとする両の腕。
何とかして反抗しようとする両の足。
なのに悲鳴を上げそうになる私の頭。
どうしようもなく叫びだしたくなる私の口。
それでも私は何とかして……。
それでも、
「……ヒナざん、……動げる……よ」
その嗚咽に近い声を聞き、その濡れてくしゃくしゃになった表情を目にしたと同時に振り返った先で、ただの糸に成り果てた残骸を目にした途端、私の全身を駆け巡っていくこの気持ち。
ヒナ、大感謝……、字余りね。