ネルソン商会記 ~黒い商人の道筋~   作:富士富士山

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第86話 ()つ……

偉大なる航路(グランドライン) 『中枢地域(エリア)』 “カーニバルの町” サン・ファルド

 

 

D

 

ワーテル

 

己の名前の真ん中にくっ付いた文字の意味。それは物心ついて(とう)さまに初めて聞いてみたときから今まで、そして今もまだ現在進行中で解き明かされぬままだ。

 

(とう)さまは全てを教えてはくれなかった。もしかしたら(とう)さまもすべてを知っているわけじゃなかったのかもしれない。それともいつかは話すつもりだったのかもしれない。

 

だがそのいつかはもう永遠に来やしない。あの日、あの時にそれは絶たれてしまった。

 

プラバータム、Eのミドルネームを持つ者。4つの家系……。

 

教わったことはそう多くはないが、生きてりゃいずれぶち当たることもあるかと思っていた。

 

そして確かにぶち当たってきた。

 

コラさんは言っていた。Dの一族は神の天敵、そう呼ばれてもいると。

 

海を渡る中でDを持つ人間が俺以外にもいることを知った。

 

ニコ屋に名を明かした時、奴はワーテルをプラバータムだと言った。

 

 

そしてまた今、あそこのタワー屋上でふんぞり返ってやがる女海兵が俺の名を口にした。

 

俺の名が持つ意味をこの女は知っているとでも言うってのか。ずっと辿り着けずにいた答えを持ってやがるってのか。

 

まあいい。今は設計図を手に入れることの方が先決。答えを聞き出すのはその後でいい。

 

まずはあの女の口車に乗ってみることだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ああ、俺も探してた。Eのミドルネームはな」

 

口角を上げてさも余裕を含んだような声音でそう口にしてみたが、内心はそんなもんじゃ無かった。

 

まさかこいつがそうだったのかという驚きに満ちている。

 

確かにそれはあるかもしれねぇ。驚きが無いと言えばウソになっちまうだろう。

 

だが問題はそういうことでは無かった。人生ってのはどうしようもねぇものに足を絡め取られる。そういうもんなのかもしれねぇな。

 

 

あの女海兵からプルトンの設計図を奪い返そうとタワー屋上まで乗り込んだ時、奴の開口一番は有ろうことか、

 

「ホストデビューするってほんと?」

 

だった。その瞬間の衝撃たるや脳天を殴られたに等しいもんで、本名を口にされた以上の衝撃だった。

 

なぜ知ってると問い詰めたいところを墓穴を掘るだけだと咄嗟に判断して死に物狂いで抑え込んだのだが時すでに遅し。悪魔のような笑みを浮かべているようにしか見えない女海兵は俺の表情を見て確信したらしい。

 

どこの店に入るつもりか? 同伴は可能か? アフターは? 質問責めの嵐だ。

 

知るか、そんなことっ!!!

 

あげくの果てには今この場で接客を受けたいとまで言い出してきた。

 

どうやらこの女海兵、あの女王屋と知り合いらしい。それを知った瞬間、女王屋を呪い殺してやるべく呪詛の念を秘かに送った。どこに居るかは知らねぇが。

 

また、海鳴り屋が側で息の根を止められているのも見て取れた。曰く、趣味じゃないらしい。俺はある意味恐怖を覚えた。言い知れぬ恐怖だ。

 

とにかく、キラキラした瞳で恍惚(こうこつ)の表情を浮かべながらこっちを上目遣いに見上げてくる女海兵はここで接客してくれたら設計図を渡すとまで言い出して、俺は生まれてこの方初めてなんじゃねぇかと思うくらいに葛藤していたのだ。

 

正直、ゾロ屋には悪ぃが、奴が斃れたのは渡りに船だった。その場を離れるべき尤もな理由が出来たことで。

 

ガレーラ屋には俺もそう思ってたところだなんて言ったが、内心とは裏腹だ。

 

全員で力合わせてあの女に立ち向かう? 狂気の沙汰じゃねぇか。そんなことしてみろ。俺の墓場まで持っていくべき秘密が白日の下に晒されちまうんだぞ。

 

しかもだ。ガレーラ屋は女の生足姿見ただけで破廉恥を連呼するような奴だ。ホストのホの字でも聞いた瞬間にはどんな反応を示しやがるのか想像が付くってもんじゃねぇか。俺は奈落の底まで断罪されかねない。

 

更にはよりによってEのミドルネームを持ってるときやがった。

 

くそっ!!! 何だか知らねぇが今直ぐ逃げ出したい気分だ。

 

こうなったらあの女海兵に何も喋らさねぇことだ。すべてを闇に葬るにはそれしか方法は無いだろう。連携してだと? 論外だ。俺ひとりで一瞬でカタを付ける必要がある。

 

「フランキー、お前が狙われる理由は無くなったんだ。どうだ? あの女をやっつけてやろうじゃねぇか」

 

「女を泣かす趣味はねェが、それであのバカバーグが助かるってんならァ、しゃあねェなァ」

 

だが俺の思いなどどこ吹く風のようにしてガレーラ屋と海パン屋が追い打ちを掛けて来る。人の気も知らねぇで。

 

「ローさん、モネ様よりご指名入りましターリー!! 1番テーブルへどうぞ」

 

最後にはターリー屋から俺への死刑宣告が待っていた。俺はその瞬間墜ちたと言っていい。精神的に。

 

「そげ屋、ゾロ屋をしっかり見ててやれ」

 

辛うじてそんなことを口に出来た俺自身を褒めてやってもいいはずだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ハヤブサ、悪いが今すぐにここへ降りて来てくれ」

 

俺たちは今、タワー屋上。己の心が墜ちたからには救いが必要だということで俺は直ぐにも小電伝虫を手に取っていた。奴ならばみなまで言わずともこの難局に救いを差し伸べてくれるに違いない。頼れる存在はもう奴しかいねぇんだ。

 

ターリー屋はあの女海兵に絡め取られてしまったに違いない。

 

「ローさん、あなたにそんなご予定があったとは知りませんで失礼しましターリー!! ここはひとつ、あなたに賭けタリ。私はあの設計図が欲しい。あなた方もあの設計図が欲しい。だがあの設計図は今モネ少将のものタリて、立場上私は正面切って行動は難しターリ。しかーし、モネ少将はテーブルに付けばあなたに渡すとおっしゃっターリ。そうなれば、……またあなたから奪っターリはこれ簡単ターリー!!!」

 

そう言ってのけたターリー屋、つまりは俺にホストをやらせて設計図を取り戻させ、その暁には改めて俺を潰して設計図は貰うと言ってやがる。まったく碌でもねぇ野郎だ。

 

ガレーラ屋と海パン屋の理解が追い付いて無さそうなのがせめてもの救いか。ターリー屋が肝心の内容で言葉を濁した分、まだ猶予は残ってるな。女海兵がさっきから再三手招きしてやがるからには予断を許さねぇが。

 

とそこへ翼を(ひるがえ)して現れたハヤブサ。俺の救世主。奴の表情は何事かと怪訝そのものだが、状況を説明してやれば任せろとばかりに頷いて見せた。そう来なくっちゃな。

 

これで墜ちた俺の心も死の淵一歩手前から救いだされることだろう。ハヤブサは俺の身代わりとしてホストを務め、あわよくばあの女から設計図を取り戻し、直ぐにもここから逃げ出す算段だ。俺の拭い去りたい秘密は辛うじてギリギリのところで表には出ず、知られるわけにはいかない奴に何とか知られずに済み。事は円く収まるってもんだ。

 

「あら、あなたもいい雰囲気ね」

 

そら、ハヤブサに喰いついたぞ。俺の見立ては間違ってねぇはずだ。

 

「どうも、ハヤブサと申します。副総帥殿は偉大なホストと成られる御方でございますが、ここはひとつ私にお相手させて頂きたい」

 

――――――――――――、

 

ってそうじゃねぇだろうがっ!!!!!

 

律儀が過ぎて一言余計なハヤブサ。お前は悪くねぇと言ってやりたいところだが、俺は盛大にため息を吐くしか無かった。

 

海パン屋は察しが早いのかははーんとでも言いそうな笑みを浮かべてやがるし、ガレーラ屋の顔色は見る見るうちに真っ赤一直線だ。

 

そして女海兵は、

 

「いいわね。じゃあ彼のアシスタントってことで」

 

嬉しそうにそう告げやがった。

 

こうなったからにはもう自暴自棄になるしかねぇ。

 

「なぁ、お前もやるかホスト?」

 

「こォのォ、破廉恥野郎がァァッ!!!!!!!」

 

その直後に怒声が飛んで来たのは言うまでもない。

 

 

そこからは泥仕合だった。

 

ワーテルローとも有ろう男がホストに成り下がろうとはどういうつもりだと(なじ)られ。

 

プラバータムの教義は禁欲だとそうのたまい。

 

この恥知らずがと完全にワイヤーと化したロープで鞭打ちを喰らい。

 

だが俺もまた禁欲と言う単語に反応して反撃を試み、

 

お前のギャンブル癖はどうなんだと指摘してやった。

 

対してのガレーラ屋の反論は賭けポーカーは精神統一の一環だと言い張り、

 

借金は禁欲への礎だと言い切りやがった。

 

プラバータムが聞いて呆れる禁欲生活だ。

 

 

この不毛な争いに終止符を打ったのは、

 

「はいはい、どうでもいいけど、早くしてくれない? 私やってみたいのよ。高いところから落ちそうなところを腕一本掴んで助けるの。私が見下ろしてあげて、私が引き上げてあげないと助からない。私にあなたのすべてが委ねられてるそんなシチュエーション」

 

女海兵が言いだした世迷言(よまいごと)だった。何を血迷ってやがるんだ。どんなシチュエーションだ、それ。

 

「やってくれたら設計図を渡すわよ」

 

そう言って、奴は己の身体を雪と化し、屋上の縁の先へと移動して紙束とアイスピックを取り出し、壁面に差し付けやがった。正気とは到底思えねぇが。

 

ターリー屋は頷いて見せ、

 

ハヤブサは首を横に振り、

 

海パン屋は親指を立てて見せ、

 

ガレーラ屋の怒りはまだ収まって無さそうだった。

 

つまりは俺に選択の余地は無いらしい。

 

 

 

しょうがねぇな。

 

 

俺は縁まで歩くしか無かった。

 

 

女海兵の変わらぬ微笑み。

 

 

「ねぇ、ちゃんと言って」

 

 

選択の余地が無い俺は、

 

 

「……欲しい」

 

 

と奴の耳元にそう囁き、

 

 

空中に身体を投げ出して、

 

 

突きたてられたアイスピックを掴んだ。

 

 

俺を支えるのはアイスピックのみ。

 

 

足は宙に浮き、

 

 

思わず背中をぞくりと駆けあがる何か。

 

 

「設計図はあなたのもの」

 

 

上から聞こえる女海兵の言葉。

 

 

見上げてみれば、

 

 

伸びる手。

 

 

微笑み。

 

 

「さあ、掴んで」

 

 

何のプレイだ。

 

 

手を掴む。

 

 

アイスピックを引き抜いて、

 

 

紙束を手にすれば、

 

 

それでおさらばだ。

 

 

ここはRoom(ルーム)の中。

 

 

「ありがとう!! ……でも、あなたは神の天敵」

 

 

最後の冷酷な響きに思わず上を見上げれば、

 

 

微笑みは消えていた。

 

 

手は冷たい雪と化し、

 

 

そこから傘の持ち手へと変わりゆく。

 

 

!!

 

 

この感覚。

 

 

海楼石だった。

 

 

離そうとするも離せやしない。

 

 

次の瞬間、

 

 

右手のアイスピックは薙ぎ払われ、

 

 

腕ごと掴まれる。

 

 

眉間に感じる冷たい感触。

 

 

紛れも無い銃口の先に見えるのはサングラス。

 

 

「フッフッフッ、邪魔するぜェ」

 

 

この可能性を考慮して無いわけではなかった。

 

 

だがまさかとは思っていた。

 

 

忌まわしき、

 

 

ジョーカーだった。

 

 

「どこから現れやがった。……どっちだ?」

 

 

そう言うのが精一杯だった。

 

 

「ローさん、そういう時は邪魔するなら帰ってと返すのが喜劇の定番でしターリ」

 

 

ターリー屋の声が聞こえるも、

 

 

俺には眼前で厭らしく笑みを広げる顔しか入ってはこない。

 

 

「それは本体か分身かって意味か? どっちでも一緒だろ」

 

 

「ようやくお前を許すことが出来る。……鉛玉でな」

 

 

生存率1%。

 

 

その意味を今否応なく突きつけられる。

 

 

1%。

 

 

俺が生き残る1%の為に出来ることは何か?

 

 

両腕とも動かねぇ。

 

 

能力は使えねぇ。

 

 

どうしようもねぇのか?

 

 

何が出来る?

 

 

「フッフッフッフッ、いい顔してるじゃねぇか。まだ諦めちゃいねぇ顔だ。だが、終わりだ。プルトンの設計図も貰っとくぞ」

 

 

何が出来る?

 

 

 

「フッフッフッフッ、最後まで足掻くか? いいだろう。これは手向けだ。ひとつ教えといてやる。もうすぐ、新しい世界が始まる。俺が始める世界だ。古い世界は終わる。お前にそれを見せられなくて残念だ。なぁ……」

 

 

何も出来な――――――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




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