副総帥殿は何としてでもお守りせねばならない。
と考えるのはおこがましいだろうか?
そうかもしれないな。
なぜなら副総帥殿は強い。俺など足元にも及ばないほどに強いことは確かだ。悪魔の実の能力と覇気と呼ばれる力を掛け合わせて昇華させている。その力はキューカ島で最初に出会った頃と比べてみて格段に上がっているのだ。凄味を増してきていると言ってもいいだろう。さっきの攻撃も凄まじかった。電撃は上空からでも視認できるほどの火花を散らしながらあの傘男に向かっていた。強烈であった。
あの傘男が異常なのだ。終始余裕の笑みを絶やさない。物腰は常に柔らかく、掴みどころがない。一方で繰り出される傘からの一撃は激烈そのもので動きは変幻自在。様子を窺う限り副総帥殿は劣勢だ。ウソップ君も付いてはいるし乱入者も現れはしたが。
だからこそお守りせねばならない。力及ばずともだ。
ビビ様は言っておられた。ドフラミンゴは副総帥殿を殺すつもりであると。副総帥殿を死なせてはならないと。ドフラミンゴは祖国を
お守りせねばならない。
その想いと共に奥歯を噛み締めながら、旋回してゆく。サン・ファルド上空での偵察飛行ルートは出来あがっており、その3周目が終わって4周目に入ろうかというところだ。
眼下では戦いが繰り広げられている。
パウリー殿とゾロ君、そして海パン殿だ。こちらも気掛かりなところではあるが、俺ひとりですべてを守ることなど出来はしない。なので俺が守らねばならないのはやはり副総帥殿だろう。海パン殿はパウリー殿とゾロ君が守っている。そうだ。あれは戦っているのではない。守っているのだ。
みな、守っているのだ。
チャカと何度話し合ったことか。我らの本分とは何か? それは戦うことではなく守ることであると。
ゆえにお守りせねばならない。
何度目かも分からぬほど繰り返したその言葉を胸の内でまた繰り返しながら海を眺めてみる。
船の数が明らかに増えてきていた。何かが起こりつつある。そんな気がする。それが何かは見当も付かないが。
何かの内のひとつは見つけた。
空を飛ぶ人間。女。海兵。
「女海兵が飛んで来ます」
直ぐにも小電伝虫を通話状態にして報告を入れる。
~「分かった」~
副総帥殿からの返答を聞き終えて、ふと思い出す。コブラ様のお言葉を。
――――――ペルよ。
この女海兵の登場はその一点だろうか?
そうかもしれない。そうでないかもしれない。
どちらにせよ、見逃してはならない。
副総帥殿はお守りせねばならない。
これより、瞬き厳禁だ。
****
女海兵とハヤブサから聞いて俺の頭ん中に真っ先に思い浮かんだ相手はヒナさんだったが、現れた相手の髪の色は緑色であった。
女海兵と言う通り、確かに正義の白いコートを羽織ってやがる。だが知らない顔だ。何者なのか? このタイミングで現れたのはどういうことか?
「おいっ!! 海兵とも有ろうもんが何だその丈の短さはっ!!! 破廉恥なっ!!!!」
無数に現れてくる疑問の数々を軽く吹き飛ばす叫びをあげたのはガレーラ屋だった。
おいおい、面倒くせぇ奴がここにもいやがった。確かに言う通り丈は短いがそれがどうした。そんなに顔を真っ赤にして叫び出すことか。
「これだからガレーラの兄ちゃんはいけねェ。ネーちゃんの生足見るだけでそんな大騒ぎしてやがったら、“小屋”で拝んじまった時にゃァ一体どうなっちまうんだって話だぜェ。ほら、恥ずかしがってねェで腰に腕回して太腿
「変態エロ野郎め、口を慎めっ!! って言うだろう。ウソップ君の友達のサンジ君なら。鼻血を垂らしながらね。ちなみに私なら、お世話になりますっ!! 今日もありがとうございますっ!! と感謝を捧げるだろう。心の中で。世の中は感謝だよ、キミ」
妙な展開になりつつあった。諭し口調で実演し始めた海パン野郎とそれを鉛玉で阻止しながらしれっと己の考えを口にしてやがるそげ屋。
いつから性癖暴露大会になってんだ?!
「私はいいと思いましターリ、傘が似合いそうだ。そんな恰好を見ターリては思わずお辞儀をしてしまいたくなっターリて。ターリー!!!」
「てめぇら気合が足りねぇな。何大騒ぎしてやがる。ただの足だろうが」
「ワシも特に何も思わん。そんなもんは見飽きたからのう」
「アッパッパッパッ、人間は面白ェ反応しやがるなァ。女は足じゃなくて手だろうがァ」
だから何で女の足をどう思ってるか暴露大会になってんだ?!
で、何だこの空気は? お前はどう思ってんだっていう無言の圧力は??
無視を決め込もうと精一杯の努力を試みてみたが奴らの圧力は相当なもので、
「……綺麗だ。と耳元でこっそり言ってやる」
白旗を掲げざるを得なかったんだが、その結果は予想だにしないもので、女海兵は顔を赤らめて両頬に手を当てていた。つまりは照れているようだった。
っておい!! 何の辱めだこれは。繰り出される口笛と野次に俺は苦虫を噛み潰すことしか出来はしなかった。
「……ふぅ~~、大の男が揃いも揃って、ほんと子供みたいなこと言って、ちょっと嬉しいけど……。本題に入るわ。サン・ファルドタワー前にて大乱闘事件が発生していると通報を受けて来たんだけど、当事者はあなたたちってことでいいかしら?」
「だったらどうだってんだ?」
真顔に戻って本題を切り出してきた女海兵に対してこの場を代表するようにして切り返してみる。心の中ではさっさと本題に入ってくれたことに感謝の言葉を告げていたが。そげ屋、お前もたまにはいいことを言うもんだな。確かに世の中は感謝だ。
「だったら事件を抑えるのが私の仕事になるわ。当然じゃない? なるほど……
指差しながら品定めし始めた女海兵に対して、
「オウ、オウ、ネーちゃん、やろうってんのかァ」
「わ……私はこの鼻に賭けても善良なる市民そのものだぞ」
「ウソップ、あきらめろ。お前の鼻に賭けて、もうバレてんだよ」
それぞれの返しをしている。ゾロ屋の奴。いいことを言う。そげ屋、いや鼻屋、お前の鼻に賭けてもお前は海賊だ。
さて、それにしてもこの女海兵は妙な表現を使いやがるな。抑制ってどういう意味だ。普通の海兵なら捕縛って言うところだろ。3人。順当に考えればゾロ屋に鼻屋、そして海鳴り屋ってことになる。奴らは海賊だ。俺とガレーラ屋は四商海でターリー屋は七武海の一員。カク屋は政府の一員。
いや、待てよ。
そこまで考えて閃いたことがある。
もしこの女海兵がカク屋のことを知らなかったとしたらどうだろうか? 有り得ない話じゃねぇよな。海兵が全員CP9の存在を知ってるとも言えないはずだ。そうであればカク屋をこの場の首謀者に仕立てあげちまえばいいんじゃねぇか。
それにこんな仮説を立てることも出来るんじゃねぇだろうか? この女海兵は単独で現れた。普通海兵が単独で現れることはそうそうねぇことだろう。俺の知る限り青雉屋ぐらいだな。拳骨屋や赤犬屋でさえ部下を引き連れてやがった。つまりはこの女海兵は特殊ってことだ。海兵で特殊な立場にいる人間と考えるとどういう種類の人間か。
情報部に所属する奴ら。ヒナさんに関係する人間ってことはないだろうか。そう考えた時にこの女海兵が最も邪魔だと考える奴は誰か? CP9って結論にならねぇだろうか? どこであろうと組織が巨大となれば縄張り争いは必至だ。これは鎌を掛けてみる価値はあるかもしれないな。
「やっぱりあなたかしらね。私に興味を示そうとしなかった男。そう言う男ほど案外……」
俺がひとつの答えに行き着いたところで状況は動き出していた。女海兵はどうやら対象をゾロ屋に定めたようで、瞬間で肉眼では捉えられない速度で動き出してゆく。
「丁度いい。おれも肩透かし喰らっちまって力を持て余してたところだ。相手になってやる」
「ゾロ君、ゾロ君、相手をしてもいいが、私を守ることも忘れないでくれよ」
「気が合いそうじゃな。ワシも同じことを考えておったところじゃ」
「オウ、オウ、おれはカヤの外かよォ。折角の一張羅が泣いちまうぜェ」
「なるほど、なるほど、……そう参られまターリか。お手並み拝見といきまターリ……」
「アッパッパッパッ、こりゃァ、また面白ェことになってきたなァ」
どいつもこいつも言いたいこと言ってやがる。勝手な奴らだ。そう考える俺こそ虫が良すぎる話をしようとしているが、その前に動き出した奴らがいる。
カク屋と、
「おいおい、破廉恥海兵っ!! そりゃねぇだろう。そう来るってんなら立場上まずいがやるしかねぇな」
ガレーラ屋だ。
3本目の刀を口に銜えて臨戦態勢十分のゾロ屋。
刀2本を逆手に持ちながら空中に飛び出したカク屋。
硬化されたロープを持ってワイヤーアクションと叫びだしたガレーラ屋。
入り乱れようとするその展開に俺は高みの見物を決め込むようにして言葉を挟み込んでいけばいい。
「盛り上がってるところ悪ぃが、俺からひとつ提案がある。抑えんのはひとりで十分だとそうは思わねぇか? この事件を引き起こした張本人はそいつだ。……さて、そんな
そう口にする俺の顔の口角は意地悪くも吊り上がってたかもしれねぇ。
ゾロ屋の刀3本から繰り出される斬撃は空を切り、ガレーラ屋が繰り出した“ワイヤー”もまた宙を
「
女海兵に背後からの一撃を受けて血飛沫あげて倒れ伏すカク屋の姿があった。
「どう……いう……つも……りじゃッハッッ―――」
カク屋がそう言うのも尤もな話だ。女海兵の一撃は容赦が無かった。背中に雪の結晶を描きだすような斬撃の嵐。それを不意打ちで繰り出した。
「見飽きたなんて言うからよ」
女海兵は笑みを浮かべていた。返り血を浴びておぞましいくらいの笑みを。
「ありがとう。いい助言だったわ。私もそんなことじゃないかと思ってたの。……でも、
多分に
表紙にプルトンと記された。
瞬間で時間が止まったような錯覚を覚えた。
だが一方で身体は瞬間に反応もしていた。
指先に
「シャンブルズ」
手繰り寄せたものはしかし、紙束ではなく雪の塊であり、
「そうやっていつも女に嘘を吐いてるの? 悪い男ね。欲しいのなら取りに来たら?」
女海兵の笑みが消え去ることも無かった。奴は直ぐ様、雪と化して立ち昇ってゆき、行き着いた先はタワーの屋上。
俺を、俺たちを
さっきまで勝手そのままに言いたい放題言ってやがった奴らはだんまりだ。どうやら怒らせちゃぁやべー奴と認識し直したらしい。そんなもんは分かってたことだろうに。女ってもんはそういうもんだ。どんな幻想抱いてやがる。ジョゼフィーヌさん見てりゃ分かるってもんだぜ。口にはしないがな。
「あなた、トラファルガー・D・“ワーテル”・ローっていったかしら? こっちへ来たらちゃんと耳元で言ってね、欲しいって」
降りてくる女海兵の言葉の後半はぐるまゆ屋が聞けば
何だと……。
この時、俺の脳内に生存率1%という警鐘が残っていたのかどうか定かではない。
本来なら嫌な予感と感じるべきだったんだが……。