カク屋が消えるようにして動き出す瞬間には俺は
ただカク屋の動きに対しては遅れることも無くガレーラ屋が動きを合わせている。
「ゾロ君。君は私を全力で守―――」
「は? 狙撃の王が何ふざけたこと言ってやがる。キングならキングらしくドンと構えてろ。おれは
「ゾロ君、待ちたまえ。……っておい、私の弱さを見くびらないでもらいたい。このウソップ君も真っ青になること間違いなしの震える足を見ろ。立ってるのが不思議なくらいだ。だから向こうのウソップ君をぶった斬ってくるなんて甲斐性なしなことは言わずにこっちのウ……その手には乗らんぞ私はっ!!!」
傍らではゾロ屋の肩にそげ屋が寄り掛かるようにして一人ノリツッコミのような救援要請をしてるが、ゾロ屋の素気無い態度でそげ屋の足のガクブル具合はいや増している。誰も見くびってなどいない、むしろ額面通りにしか受け止めちゃいねぇってのに、
ゾロ屋からは無言のまま視線が送られてくる。そげ屋を頼むとでも言わんばかりに。いやこの場合は鼻屋だろうか。どっちでもいいな、面倒くせぇ。とはいえ見たところのゾロ屋の本音は剣を持つ相手と早く戦いたくて仕方が無いといったところじゃねぇだろうか。既に抜刀している3本の刀、笑みさえ浮かべそうなその表情にありありだ。
まったく、マジで面倒くせぇな、こいつら。
だがこれで構図がひとつ出来上がったようなもんだ。カク屋 vs 海パン野郎を守るガレーラ屋+ゾロ屋。こっちはひとまず放っておいても何とかなりそうだ。
そしてこの場でひとつの構図が出来上がってしまえば、自ずともうひとつの構図も決まってくるというもの。つまりはターリー屋 vs 俺+そげ屋である。
よって上空飛び交うハヤブサは一旦は余りだ。
辺りは既に大混乱の様相を呈している。カク屋の斬撃による一撃は狙い澄ましたかのように海パン野郎へと向かうもの。それに対してガレーラ屋は刀そのものをロープで掴み取ろうとするもの。いや武器破壊まで狙ってるかもしれねぇ。更にはゾロ屋が刀3本で畳み掛けてゆく。それでもカク屋は見聞色ひとつでその斬撃をするりと
悲鳴が飛び交い、
そんな喧騒溢れかえるこの場ではあったが、ターリー屋は何事も無いかのようにして悠然と佇んでいた。一点の曇りも無い微笑を湛え、
こいつだけは次元が違いそうだ。
己の見聞色は煩いほどにそう告げていた。
ゆえに、ガレーラ屋とゾロ屋に気を配ってる余裕など皆無であろう。
「……そげ屋、ひとつ言っとくが、腹括れ。じゃねぇとお前の心臓がこれから先もちゃんと動いてるかどうかは保証出来ねぇ。俺の能力は理解してるな? 俺はお前を突然至る所に飛ばすかもしれねぇが何とか踏み止まれ。……行くぞ」
「ぢくしょうっ!! わぁってるよっ!! そんなことは。やればいいんだろうが、やればっ!!!」
そげ屋であることをかなぐり捨てた鼻屋は目と鼻から流れ出すものを垂れ流し放題ではあったが、辛うじて仮面は外しておらず、何とか意は伝わったようだ。
さて、集中だ。
この場を覆い尽くす喧騒には意味など無かった。俺には喧騒は静寂でしか無かった。ターリー屋が止まっているのであれば、奴から動き出すことは無さそうだ。ならば動くのは俺たちの方からということになる。
己の見聞色が告げることは何も無い。
無そのもの。
そうして何も無いからこそ、ざわついてしょうがねぇ胸中を無理矢理にも押し留めていく。
ここで待つことに意味はない。行くしかないだろう。
「シャンブルズ」
覚悟を決めて動き出した俺がすることは、まずはそげ屋をタワー屋上の誰かと入れ替えること。
瞬間には鞘を放り投げて
ターリー屋の見聞色であれば、当然ながら鉛玉が3つになろうともそれが当たることは無いだろう。それでも玉を避けたその直後はどうか。狙いはそこだ。
己の見聞色を最大限行使して、奴との直線距離へと意識を向ける。逃げ惑う群衆による悲鳴も喧騒も何もかも関係無い。奴は俺からやや斜め上、距離はそこまでない。その間にある空間に意識を集中させて、
「
3つの斬撃は瞬間で直線上のヒト、モノ、すべてを切断してオペオペの前にひれ伏させることに成功するはずであったが、唯一ひれ伏さない相手がターリー屋。
周りの人間のように五肢バラバラで倒れ伏すこともなく、未だ微笑を湛えたまま。
「……私を
ターリー屋の言葉は最後にお辞儀で締め括られ、気配と姿が同時に消えた。
こいつ、見聞色マイナスなのか?!
一瞬の思考を直ぐ様に捨てて、カンマの
ターリー屋が元居た場所へと己の位置を移すも、驚愕すべきことに眼前にはターリー屋。思考の速度、見聞色の速度で上回られれば当然の帰結かもしれねぇが、相手の姿勢は先程と変わることなくお辞儀。
だが傘だけが見当たらない。気配として存在していない。
モノであるはずの傘が消える?!
未知との遭遇によるその時間が止まってしまったような、恐怖に押し潰されてしまいそうな感覚に襲われようとも、動きを止めるわけにはいかない。
よってターリー屋の背後にそげ屋を移す。
「さっきから君の言ってることはさっぱり分からん。だから鉛玉でも愛してみるか? 炸裂
発射態勢を保ったまま移ってきたそげ屋は口調も含めて準備万端であり、ターリー屋の背後から至近距離にて鉛玉を放つ。これで挟み打ち、つまりはシャンブルズでの基本戦法。だが、
傘?!
突如としてターリー屋のお辞儀する手の先に、消えていたはずの傘が現れ出でる。当のターリー屋には鉛玉が炸裂したはずであったが、そんな様子は欠片ほども無く、
「傘を愛して先へ逝け、
禍々しくも硬化された傘が速射の如く動く。それは相手に絶望を見せるに等しい一突き。
カンマの最後の微塵で察知して、そげ屋共々シャンブルズで退避するも、消えたはずの傘が突如現れたことによる一瞬の遅れは致命的で一突きの先端を諸に食らい、移動先にて直ぐ様血反吐を吐かざるを得なかった。
俺には気付いたことがあった。俺も同じ武装色の方向性であるからこそ、この身体の内部を潰しに掛かってくる感覚に気付かないわけは無かった。
だがそれによって生まれる別の疑問。人によって覇気の方向性は偏るはずであるのに、ターリー屋は見聞色マイナスと武装色マイナスを同時に会得していることになる。
「おい、大丈夫かよって、ここ空中じゃねぇかっ!! しかも下、海だぞ。お前飛べんのか?」
俺の思考など知るかとばかりに、背に負ってる状態のそげ屋はまたもやそげ屋なのか鼻屋なのかへったくれもねぇ話し方になってるが、確かにここは空中でしかも海上。一旦、ターリー屋からかなりの距離を取ろうとすればこうなった。
「いや、飛べねぇ」
口にした先からそげ屋は半狂乱になってやがるが、勘違いするなと言いたい。ここで本来半狂乱になるべきは能力者である俺の方だ。
だがまあいい。海に落ちるまでまだ余裕はある。その間に出来ることをやっても十分にお釣りが来るだろう。
「そげ屋、お前をさっきの場所へ戻す。そいつを準備しとけ」
今の今まで偏りなく覇気を繰り出す相手はいなかった。だがあれはどう考えても見聞色マイナスと武装色マイナスをそれぞれに使いこなしている。つまりは今まで出会わなかっただけってことなのか。ここは中枢、
そんな思いの後、そげ屋にはパチンコ発射の準備をさせて元の場所へと入れ替え、更には
こうでもしねぇと未知なる相手には勝負にもならねぇだろう。
戻るはターリー屋の背後。
「逝かねば傘を愛しタリは出来ません」
当然ながら見聞色で察知されているのは確かなようで、背中越しに言葉が放たれてきて、瞬間で後ろに目が付いてるかの如く傘の先端が襲い掛かってくるが
ここから
「カウンターショック “
逃れることは出来ないカウンターを見舞う。それは髄より痺れさせる電気治療。
更には、
「花火は下から見るもんじゃねぇ、まっすぐ目の前で見るもんだぜっ!! 炸裂 “
もうどっちでもいいが、そげ屋をかなぐり捨てた鼻屋からの5発同時発射。しかも放たれたのは爆弾そのもの。誘発するのは至近距離での花火炸裂。
だが、
電撃が到達した相手、花火が炸裂した相手はターリー屋ではなく、奴の傘そのものであった。磁力で以てして確実に引き付け合ったはずであったが、傘をターリー屋として引き付けてしまっていたようだ。
いや、違う。何だ? これは方向性の偏りが無い云々ってもんじゃねぇ……。
!!
くそっ、考えてる暇など無かった。
「おいっ!! あの傘全然潰れてねぇし、タリタリした奴がタリやべぇっ!!!」
そげ屋の意味不明なようでいて分かり過ぎるような言葉はすべてを表していた。電撃を受けて、爆弾5つをまともに受けたその傘はどこまでも無傷であった。そしてターリー屋はその傘をまた手にしてお辞儀をしていた。
確かにタリやべぇにも程がある。
更に傘がまた消える。
こいつはただの見聞色マイナスのはず。じゃあさっきのは何だってんだ?
己の思考など無視するかのように、傘の影も形も気配さえも消え去って、ターリー屋のお辞儀は終了する。
「傘とは博愛ターリて。世界へ
ただ俺には別の音も聞こえてきていた。それは上空から、いやタワーの屋上からだ。そいつは確かに俺たちが南の扇からここへ戻って来た時からずっといた。気にしねぇようにしていたが。
シャーン♪ シャーン♪
ドンガー♪ ドンガー♪
そして、
「エッビッバーリー!! 聴いてけ“戦う
「スクラ~~~~~~ッチ!!!」
それは同時にターリー屋がカンマで逡巡を感じた様な気がした。
「“
「
連関されたつながりの線上。どこに行ってしまったのか知らねぇが、ロッコさんがよく口にする言葉を思い出す。この世に偶然などは存在していない。あるのは必然ただそれだけ。ゆえに海鳴り屋による気まぐれの参戦で生み出されたカンマの逡巡であろうとも、それは連関されたつながりの線上に存在している。
突破するはその一点。
己の見聞色はカンマの刻分ずれて生み出された2つの爆発をカンマの微塵分早く察知することが出来、
「
引き起こされるのは膜の中での凄惨極まるまでの特大爆発。音は轟音にして光は閃光。ただし隔離には成功している。完全に。
「タリやべぇな、おい」
呆然とした表情でいるそげ屋。その一方で、どうやらお気に入りになっていそうなその言葉。隔離に成功していようとも、その先に嫌な予感しかしていない俺からすればその言葉は後に取っておいた方が良さそうだが、それよりも。
「うっは!! コリャまた面白ェモン見ちまった。届いたか、この俺の
遠目でしか確認出来やしないがそいつは異形であった。腕の関節、あれは手長族か。ってことは、スクラッチメン・アプー、やはり海鳴り屋ってわけだ。
「何のつもりだ?」
「アッパッパッパッ!!!! ここでDJやってるより面白ェモン見つけリャァ、チェケラァッ!!!!」
よくは分からねぇが、思った通り俺たちの戦いに気まぐれで乱入したってことらしい。お陰で助かったのは確か。ターリー屋のアレをまともに食らってれば正直この島自体危うかった可能性がある。海鳴り屋もタワーの屋上であのように両手でポーズを取りながら笑ってやがるような場合では無かったはずだ。そして、
「おい…………」
そげ屋が驚愕に満ち満ちた声音で呟いた言葉。だから言わんこっちゃねぇ。
タリやべぇってのはこういうことだ。
有ろうことか、
どうなってやがるんだ、こいつの身体は。
「フフフ、ローさん。あなたの傘愛は微塵も感じられませんが、私も愛を
ターリー屋が涼しい顔して口にした内容。それは俺の嫌な予感が的中も的中でど真ん中。一方で斜め上をいく内容。
つまりはこいつは見聞色マイナスと同時に武装色マイナスを使える上に、覇気を“ベクトル”の概念で駆使することが出来、更には掛け合わせて行使してくるということ。
それこそ、タリやべぇ内容であった。