ネルソン商会記 ~黒い商人の道筋~   作:富士富士山

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第77話 わいもやったる

セントポプラ暗殺未遂事件から少々時は遡る。

 

偉大なる航路(グランドライン) 『中枢地域(エリア)』 “美食の町” プッチ

 

 

「アーロン、ほんまについてかんで良かったんか?」

 

「……ハチがいりゃ十分だ。俺がついてったところでどうなる。それにてめぇが言ったんだろうが、拳の振り上げ方を教えてやるって」

 

わいらはまた“青の洞窟”に来とる。海水が入り込んどって一面に(ふっか)い青色が広がっとる場所や。ここには海列車の駅オレンジステーションがあるさかいな。

 

この上の“トルリの丘”っちゅうところのワイナリーで知り()うた眼鏡の姉ちゃんと骸骨に人魚の嬢ちゃんとタコとヒトデを見送ったった。なんやシャボンディにある遊園地に行くて()うとったさかい。

 

上で(ひと)騒動起こしとったアーロンは結局はあいつらを見送るだけでついてはいかんかった。せやけどや、言葉を交わさんでも頷き()うただけで思いは通じ合っとるみたいやった。

 

まあこれはこれでええんやろ。

 

 

そんでや。

 

丘の上で微かに出始めよった見聞色の気配は今も消えてへん。ほんまのほんまに微かでしかないんやけど。それでもその気配は知ってる気配や。アラバスタのアルバーナにおったあいつの気配や。

 

この島で何をやっとんのかは分からんけど、ここは中枢や。マリージョアも海軍本部も目と鼻の先やねんから庭も同然やろう。そんで自分の庭やいうんやったら注意を怠る可能性はある。微かやろうけど。

 

付け込む隙はそこしかないーっ。そもそも隙さえ無いんかもしれへんけどな。

 

ハットが()うには政府の五老星に繋がるスパイっちゅう話や。アルバーナではアラバスタの王さんとドフラミンゴを逝てまおうとしよった。あいつの得手はわいと(おんな)じで狙撃や。せやから最初に考えなあかんのはこの島でまた狙撃を考えとんのちゃうかってことになる。それをまた阻止すんのか?

 

どうすんのかはそん時考えたらええことや。

 

せやけど、一泡吹かせたるっちゅうんはええ考えやと思うんやけどなー。

 

 

「拳の振り上げ方か……。ええやろ。ほな行こかー」

 

 

とんでもない奴にこそ拳は振り上げなあかんのや。

 

わいに気付いとんのか知らんけど、待っとれよ。

 

何を企んどんのか、今に丸裸にしたるさかいな。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「こらすごいな。ハットに()うたったら、絶対行くって言い出しそうな場所や。そう思わんか?」

 

「……俺には分からん。むしろ派手さが足りねぇだろ」

 

「はは、さよか。まあわいも()うほど興味は無いんやけどな。美味いもんさえあれば」

 

わいらは“アメルの海岸”っちゅうところに来てる。断崖絶壁に建物(たてもん)が貼り付いとって、すぐ側には優美な曲線を描いてキラッキラッに青く輝いとる海岸線や。建物(たてもん)は白くて、至る所に同じく白いパラソルが立っとる。ハットが泣いて喜びそうな景色やないか。

 

って思うんやけど、アーロンはちゃうらしい。相変わらずの仏頂面しとるわ。なーんか美意識がちゃうんやろなこれは。まあわいもこの景色には大して興味は無いんや正直。それでもわいの心が躍ってんのは美味いもんがありそうな匂いがぷんぷんしとるからやろうな。

 

こういうとこには絶対美味いもんがある! 間違いあらへん!!

 

「ここか? さっさと教えねぇか、拳の振り上げ方ってのを」

 

「何言うとんねん。ここは美味いもんがありそうやなーっちゅうだけや。アーロン、せっかちはあかんで、せっかちは。それではモテへん。物事には順序っちゅうもんがあるんや」

 

アーロンが早う答えを寄越せ言わんばかりに迫ってきよったわ。ほんまジョゼフィーヌみたいにせっかちなやっちゃ。あいつも容姿はええのに大してモテへんのはやっぱりそういうことやろ。せっかちはあかん、せっかちは。

 

そもそもあのスパイの気配はもっと上からしとるんや。こんなとこにはおらんやろ。多分“トルリの丘”のさらに上らへんやな。

 

せやからや、ここへやって来たんは“青の洞窟”から一気に引き上げられるあの(おっそ)ろしいロープを回避するためだけや。またあんなもんで吊り下げられたら命が幾つあっても、下の方が幾つあっても足らんさかいな。あんな下半身に怖気が走るもんは無しや無し。

 

丘の上行こう思うたらこの海岸に出るしか方法は無いらしい。そういうわけで来てみたわけやけど、こらちょっと寄ってくのもええかもしれへんな。

 

「あの店入ってみよか。美味いもんがありそうや」

 

「おい! メシはもう沢山だ。さっさと……」

 

「何言うとんねん。メシを疎かにしたもんはメシに泣くんやで。ふざけたこと抜かしてんとこっちや」

 

美味いもんに興味を示さんとはしけたやっちゃでほんま。さっきまであれだけ牛のまる焼きやって言うとったくせに。体で教えたらなあかんなこれは。

 

 

 

 

 

「美味いやんけー!!」

 

海岸縁に建っとった白い洒落とる店はオイスターバーやった。オープンテラスの白パラソルん下でまずは生牡蠣にレモンかけて一口や。白ワインもあって、最高やろ。

 

「どや、アーロン」

 

この幸せを分かち合おうやないかと声掛けてみたけど、……あかんなこの顔は。

 

「牛のまる焼きだ」

 

せやろな。そう言う思ったわ。こいつに体で教えたるには人任せにしたらあかんっちゅうことやろうな。わい自身が料理せなあかんっちゅうことやろ。まあええわ、気にせんことや。

 

「お客様、如何でございますか?」

 

「最高やな」

 

ニコニコしながらワインのお代り持って来てくれる別嬪の店員はんには賛辞を贈ったらなあかん。

 

「ありがとうございます! ですが……あのう……お連れ様は……」

 

「ああ、あんたは気にせんでええんやで。この分からず屋は放ったらかしとったらええねん。外が騒がしいんが気になってしょうがないんやろ」

 

「申し訳ありません。ここはいつもはもう少し閑静な場所なんですが」

 

アーロンを気遣ってくれる店員はんにはわいからフォローしたらなな。アーロンはそんなこと気にもせんとやさかい。料理そっちのけで周りの人だかりに視線送っとるわ。

 

それにしても何やろか、あの人だかり。

 

「向こうはサガットのようです。副市長様の惚れ惚れするような蹴りは人気がございますので。あちらはどうも珍しいお客様がいらっしゃるようでして。先程から大層な量を召し上がっていらっしゃる女性の方でございます」

 

わいの視線に気付いたんか、店員はんが丁寧に説明してくれはった。

 

さよか。サガットか……。副市長はんも大忙しやな。さっきまで一緒に“トルリの丘”におったっちゅうのに。

 

「ご興味がおありでしたらご紹介致しましょうか? 副市長様は気さくな方ですので是非……」

 

「ああ、結構や。あの蹴りはもう十分腹一杯やさかいな」

 

「そうでございましたか。……憧れますよね。私もこう蹴りたくなる時はございまして……」

 

店員はんの厚意は丁重にお断りや。副市長はんの蹴りはたっぷり見せてもらったんやし、ここでまた会うてみ、喜びのあまり蹴りの矛先がわいらに向かんとは言えへんさかいな。せやのにや、驚いたわ。

 

店員はんが最後に何気なく放った蹴りが近くの岩を砕いとったんには。アーロンもあんぐりやで。

 

「はは……、店員はん。蹴りはほどほどにしとくんやで」

 

って言うのが精一杯や。まさかこんなところに副市長の後継者候補が居るとは思わんやろ。っていうかこの島の別嬪はんはもしかしてみんなこんなんなんやろか。

 

とにかく、冷や汗垂らしとるアーロンには伝えたらなあかんな。出されたもんは取り敢えず口に入れとけって。

 

それを何とか目線だけで伝えたったら、言いたいことは分かったんか、手つかずの皿を平らげ始めよったわ。

 

「まあ、ありがとうございます! お連れ様にもお気に召して頂けたようで何よりです。……何なりとお申し付け下さいませ」

 

満面笑顔で繰り出される必殺の蹴りほど怖いもんは無いんや。

 

「店員はん、どうもありがとうな。わいらはもう行くわ。さいならやでー」

 

アーロンが平らげ終わったら退散や。穢れも曇りも無さそうな()の“蹴り”ほど怖いもんは無いんやから。

 

 

 

 

 

「大食いっちゅうの気にならへんか? ちょっと覗いとこうや」

 

「そいつは蹴らねぇだろうな?」

 

どうやらアーロンにも女の蹴りは怖いもんって刷り込まれ始めとるらしい。まあ確かに大食いの女まで蹴りだしたら世も末や。それはさすがにな。

 

 

本来やったら洒落たレストランらしい建物(たてもん)のテラス席周りをぐるりと囲んどる人だかりを割って入ってったら、

 

それは見るも無残な光景やった。

 

確かに大食いの姉ちゃんや。

 

その食いっぷりはええ。料理人として好感は持てる。

 

せやけどや、

 

椅子にも座らんとテーブルの上に座って両足広げながらピザにがっついとる。テーブルん上はどうやったらそんなに食い散らかせんのかっちゅうぐらいの散らかり放題や。

 

別嬪はんやのにな。親が見たら泣いて喜びそうな光景や。ある意味世も末やで。

 

「残念だな」

 

「ああ、ほんまに残念や」

 

アーロン、お前と意見が一致する時が来るとは夢にも思わんかったわ。

 

溜息吐きたい気分になりながら周り見回してみたら、おっさんばっかりやないか。

 

まさか、こういうプレイか思うて隣のおっさんに声掛けてみるわけや、

 

「ええ趣味しとんな、おっさん。大食いの姉ちゃん見んのがそんなにええのんか?」

 

「……そんなわけ無かろう。この店はそれなりに由緒正しい店だ。あの娘には何とかしてテーブルマナーを叩き込んでやりたいものだが、そうもいかん。あれは海賊だ。ほれ……」

 

わいの言葉に心外やと言わんばかりの嫌そうな顔を見せて言うてきたおっさんが見せてくれたんは手配書やった。

 

ジュエリー・ボニ―。確かに海賊や。しかも億越えの。

 

「周りに取り巻きが見えるだろ。ボニ―海賊団だ。どうにかしたいがどうしようもない。俺たちはここでやきもきしながら眺めるしかないのさ。せめて、この光景がここを通る衆目に晒されぬようにな。俺たちはこうやって何とか人としての尊厳を守ろうとしているのだよ」

 

「下等種族の鑑だな」

 

ほんまにな。アーロン、お前にも結構まともな思考回路があって安心したわ。人としての尊厳か。これは人の良心たる防波堤ってわけやな。

 

それでもや、こういうのは黙っとったらあかんねん。言うべきことは言ったらなあかん。

 

「安心しとき。わいが代わりに言うて来たるさかい。アーロン、行くで。善は急げや」

 

乗り気とは思えんアーロンやったけど、何とか首を縦に振らせてわいらは店ん中へ入ってった。

 

こういう時はさりげなく入ってくのが一番や。戦々恐々としとる店員から追加されたピザの配膳を代わったって、ジュエリー・ボニ―んところに向かう。アーロンとの配分は3:7や。

 

「待ってたぜ~、お~か~わ~り~!!!」

 

言葉の端々から残念加減が溢れ出しとるけど、

 

「お待たせやで、お客さん。せやけどなお客さん、もうちょっと食べ方気にした方がええんとちゃう? ほら、向こうのみ~んなお客さんのこと心配してんねんで」

 

「おい、お前、船長に向かって……」

 

ぐっと我慢して言葉抑え目に言ったったら、当然取り巻き連中は突っかかってくるわけや。せやけど当の本人はどこ吹く風や。わいらが持って来た追加のピザを皿ごと引っ手繰ったら、そのままがっつき始めたわ。

 

わいらの動きに最後の希望やとでも言わんばかりの眼差しを向けとった外のおっさん達の視線も曇ってく一方や。

 

わいも諦めようとしたその時、ふとボニ―の手が止まった。

 

「てめぇが考えてること当ててやろうか? ……“トルリの丘”の更に上に居るあいつが何を企んでやがんのか」

 

ピザを手にしたままわいを横目にして囁いてきた言葉は予想外のもんやった。

 

何やこいつ……。

 

わいの考えてること? 

 

こいつ……、見聞色か。

 

ボニ―はわいが面食らっとるのを余所にしてまたがっつき始めよったが新しい一切れを平らげ終わったら、

 

「てめぇが考えてることの大半については黙っといてやる。失礼だな、女に向かって」

 

そう抜かしよった。

 

そんな風に思うんやったら、まずは椅子に座ってからがっつかんかーいっ!!!!!!

 

って叫びたいとこやったけどやめといた。

 

間違いない。こいつ見聞色を使(つこ)うとるわ。しかも感情を読み取れるっちゅうことは覚醒しとんな。

 

「ウチらもてめぇと一緒であいつの動向は追ってる。あんの“ブリアード”、絶対に許さねぇ。今にウチらで叩き潰してやる」

 

こいつは政府の五老星のスパイを知ってるようや。

 

ブリアード? そう言うんか?

 

「あいつは“ブリアード”言うんか? 何か知ってんねんやろ? 教えろや」

 

「魚人と一緒か? てめぇらネルソン商会だろ。四商海に教えてやる義理はねぇ」

 

「下等種族がっ!! 黙ってれば言いたい放題言いやがって……」

 

ボニ―に浮かんだ嘲りの表情を敏感に感じ取ったんかアーロンが語気を強めたんを黙って制して、

 

「……そう言うなや。こいつは情に厚いええ男なんや。今に魚人族を代表する大商人になるんやで。……まあ教える気無いんやったらええわ」

 

言葉の楔を打ち付けたった。ついでにや、

 

テーブルから引きずりおろして無理矢理椅子に座らせたった。

 

「おいっ! くそっ! てめぇっ!! 何しやがんだ。椅子の上でメシが食えるかーっ!!!!」

 

「メシ食うんやったらまずは椅子に座ることやな。せやないとその別嬪、台無しやで」

 

血相変えてやって来た取り巻き連中はアーロンに黙らせた。わいがやることは椅子の上でもがいて罵詈雑言を浴びせてきよるボニ―を体ごと椅子に縛り付けたることや。こういう奴には力ずくでも矯正はしたらなあかんやろ。

 

「よう聞きや、嬢ちゃん。メ・シ・は・椅・子・の・上・に・座ってや」

 

「ふざけんなーっ!! てめぇっ!!!!!」

 

やかましい文句は両の指で耳栓や。ほな、さいならやな。

 

「てんめぇ、覚えてろよ。はっ!! “ブリアード”の見聞色は世界一だ。かくれんぼに意味はねぇぞ。探し回っても見つからねぇ。精々、逃げ回るんだな」

 

最後にそんな捨て科白だけは聞こえてきた。

 

まあええやろ。そのあとにアーロンが言いよったんや。

 

 

「お前は良いことをした。……()()()()()。大商人になるつもりはねぇが」

 

 

これが聞けただけで儲けもんやろ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

かくれんぼに意味はない。

 

探し回っても見つからん。

 

ボニ―が言うとったことはほんまや。

 

“トルリの丘”まで上がって来たところであいつの気配は一切消えてもうたわ。わいらに気付いたっちゅうことなんか。さっぱり分からんけどこれで八方塞がりや。

 

「お前が拳を振り上げる相手ってのはあの女が言ってた“ブリアード”って奴か?」

 

「ああ、せや」

 

八方塞がりついでにアーロンにはあいつとの経緯(いきさつ)を教えたったわ。

 

「そういうこっちゃ。拳振り上げるからには振り上げる相手は高みにおるやつや。せやないと意味なんか無いやろ」

 

アーロンは黙ったまんまやった。せやけど、わいの話を聞いてないわけやない。確実にこいつには沁み込んでいっとる。そんな気がする。

 

「なぁ、アーロン、拳振り上げ――――」

 

 

 

来る!! 間に合わん!!!

 

 

 

わいの見聞色が拾った気配は刹那で負けとった。

 

 

 

それでも確実に上から撃ち下ろされた狙撃は何とか掠りで済ませるほどには刹那分の余裕はあったんや。

 

 

 

「やつか?」

 

 

 

アーロンの強張った表情には頷いたるだけやった。

 

 

 

始まる。

 

 

 

どういうつもりか知らんけど。

 

 

 

向こうはやる気や。

 

 

 

受けて立とうやないか。

 

 

あいつらもこれから戦いやな。

 

 

 

分かる。

 

 

 

教えたったらええやないか。

 

 

 

俺たちの力を。

 

 

せやろ。

 

 

 

わいもやったる。

 

 

 

狙撃戦は望むところやっ!!!!!!!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 


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