ネルソン商会記 ~黒い商人の道筋~   作:富士富士山

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第69話 湧き出て来る生を途絶えさせてはならない

偉大なる航路(グランドライン) 『中枢地域(エリア)』 シャボンディ諸島

 

今、お前は生きているか?

 

 

それとも、死んでいるか?

 

 

生きているとして、それを実感しているか?

 

 

ふとそんな質問を呼び起こしてくるものがこの島にはあった。

 

 

 

 

 

ヤルキマンマングローブという超巨大樹が79本集まって出来た島の集まりに近いもの。それがシャボンディ諸島である。

 

途絶えることなく湧き出してくるシャボンの光景は幻想的の一言に尽きるが、それは生命力に溢れているとも言えるのではないか。

 

シャボンが湧き出るとは生きているということだ。今この瞬間も巨大樹はしっかりと生きているということだ。そう考えると、シャボンが湧き出なければそれ即ち死を意味することになる。この光景を目にしている以上、そうなればさぞ味気ないものであろう。まさに死そのものだ。

 

心なしか巨大樹の上に立っているだけで湧き出てくる生命力のようなものを感じてならない。

 

巨大樹という大きな存在が生きているということを実感することで、また自分も生きているということに思いを馳せることが出来る。

 

このエネルギーをずっと感じていたい。

 

湧き出て来る生を途絶えさせてはならない。

 

そんな気持ちを胸の奥底で噛み締めていたくなる。

 

 

 

シャボンは絶え間なく上へ上へと湧き出し続けて……。

 

 

お前は生きているか?

 

 

ああ、生きているよ。

 

 

毎日、そんな迷うこと無き断言を目覚めと共に、挨拶をするかの如く口にしていきたい。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

水と霧の都からの大海行を終えて、海列車が滑り込んだのは45番GR(グローブ)に建つレッドステーション。駅から降り立てばそこはもうシャボンの世界だった。

 

下からひょっこりと顔を覗かせたかと思えばたちまち空中に浮き上がり、ふわふわと揺れながら上昇してゆく。辺りを見渡せばヤルキマンマングローブの幹にご丁寧にも45と記されているのが見て取れる。この界隈は観光地のようで土産物屋やレストランといった商店が建ち並んでおり、賑やかな喧騒に包まれていた。

 

海列車での旅路は色々あり過ぎたので諸々整理が必要であったが、麦わらが隣にいる状態でそんなものを望めるわけもなく時間はあっという間に過ぎていったのだ。端的に言えば奴は隣で食って寝ていただけなのであるが、なぜかそれだけでは終わらなかった。食堂車を破壊する勢いで、否、むしろ破壊してあれほど肉を食い尽くしたというのに、奴の食い意地が衰えることはまったくなく。満腹になってなお盛んな様で、列車中を引っかき回して腹に詰め込んで行っていた。

 

そして疲れたら寝る。まるで子供なのだが、まるでじゃなくとも子供なので仕方がないのだろう。ただ、麦わらの問題は普通には寝ないということだった。

 

有ろうことか、このどうしようもない大飯喰らいはなんと寝ながら何かを食い始めたのだ。

 

有り得ないことであった。確かに寝ているのだ。鼻提灯まで出しながらそれはそれは気持ち良さそうに寝ているのだ。であるのにも関わらず、奴は口も同時に動かしていた。俺たちは思いもよらず人類の奇跡に立ち会ってしまったようなものだ。

 

連れのナミ曰く、アラバスタはアルバーナ宮殿にて世話になった際にはその術を編み出していたという。

 

確かにこれは術だな。誰にも真似できない唯一無二のものだ。とはいえ真似する気にもならないが……。

 

これによって俺たちは寝てる相手に対して食事を用意し続けるという至極納得のいかないことをさせられていたわけだ。

 

文句を垂れながらの奉仕活動は大変であった。俺たちが奉仕すべき相手は他にいるのだがと思いながら、俺たちは次第にナミを尊敬の眼差しで見詰めていたことだろう。なんだかんだでしっかりと世話を焼くのだ。こいつらさぞかし気苦労は絶えないのだろうなと(おもんばか)ってやらざるを得なかった。

 

ナミは色々と話を聞かせてくれた。

 

病気は肉を食べれば治ると結構本気で思っていそうなこと。

 

航海中では真夜中になると冷蔵庫を巡っての一大決戦が毎日開かれること。

 

空島で入国料を求められた際、よくよく数え上げてみれば残金が5万ベリーしか無かったこと。

 

俺たちはバカさ加減に笑うしかなかったが、当事者であればどうかは推して知るべしだ。

 

 

だが同時にこいつらがどれだけ互いを信頼しているのかは伝わってきた。どれだけ隣で大口開けながら寝ているこいつが愛されているのかを感じ取ることが出来た。

 

いいチームだった。

 

 

今も奴らはこのシャボン空間に興味津津のようであり、湧き出てくるシャボンを突っついたり、中に顔を突っ込んだりとはしゃいでいる。当然ながら俺たちも巻き添えを食っており、さっきまではシャボンを被っていた。一通りはしゃいだあと、ボンチャリというシャボンを使った移動手段を見つけたようで、それに乗って移動しようと大騒ぎしているところだ。そこは我が妹も変わらずではあるが……。

 

実に平和な光景だ。大変よろしい。

 

かりそめであることは百も承知なのだから……。心の中に抱える諸々はこんなもので済まないのは確かなのだから……。

 

麦わらたちは失踪したニコ・ロビンを探している。ガレーラ暗殺未遂に関わっているらしいニコ・ロビンを探している。それに他にも抱えていることはあるらしい。

 

それに、俺たち……、否、問題は俺たちの方だ。

 

同業の青い薔薇協会(ブルーローズ)相手に150億ベリーの借金状態なのである。どうしてこうなったのかは分からない。そもそもに記憶が定かではないというのが更におかしい。全財産が15億に満たないやつがその10倍の借金を抱えるなどまともな判断ではないのだ。

 

恐る恐る我が会計士にお伺いを立ててみれば、あえなく撃沈にて俺たちは冷戦状態に近い。致し方が無い。会計士からすれば予想だにしないこと。俺たち的に言えばアラバスタに突然青雉が現れたみたいなものだ。あれはない。あってはならないことだ。

 

そうか、これは教訓として使えるな、……アラバスタの青雉……、アラバスタに突如として青雉が現れたように、有り得ない出来事が起こってしまう突然の衝撃だ。

 

否、脱線している場合ではない。

 

借金は事実であり、俺たちへの貸付は厄介なことに闇金王へと移ってしまっている。早急に返済計画を実行に移さなければ直ぐにでも取り立てが始まりかねない。碌でもないのはその利息だ。といちと言われればまだ可愛い方かもしれない。更に超えて来ることも考えられる。

 

ジョゼフィーヌは正直居ても経ってもいられないだろう。あいつの目はこれを口にしてから一切笑っていない。たとえ柔和な笑顔をみせていたとしてもだ。

 

借金によって手に入れたはずのサンファルドの4分の1。“ヘブン”からの上がりが4等分されたわけではないので、これは正直詐欺同然なのだが。まあ気付いたら150億借金の時点で詐欺同然と言っていいのだが……。

 

とにかく俺たちは濡れ手で粟を掴まねばならなくなった。その方法を練る必要がある。

 

それはいいとして問題はそれだけではないことだ。

 

奴らの取引は一体何だったのか? というそもそもの疑問も存在している。

 

青い薔薇協会(ブルーローズ)の連中、ドフラミンゴ、祭り屋フェスタ、それぞれの思惑は違うはずだ。祭り屋フェスタの背後も気になる。この取引はもしかして裏があるのではないか。サンファルドは“ヘブン”が関係しているだけなのか。ドフラミンゴが口にしたというサンファルド、セントポプラでの取引と関係はないのか。

 

本当に謎だらけだ。だが問題はそれだけでも済まない。

 

 

この傷。俺の頬に刻み込まれるように残ったこの傷である。不思議なほどに痛みなどなかったこの傷が今このタイミングで痛みだすというのはどういうことだ。記憶の曖昧加減もこの痛みによる影響が多そうである。今も鈍い痛みは残り続けている。

 

この傷の意味、答えを見つけなければならないのは確かだろう。問題はまだある。

 

 

青い薔薇協会(ブルーローズ)の連中が使用していた機械(マシン)の数々。繰り出した攻撃、奴は覇気のひとつだと言っていたが、俺たちが全く知らない概念だ。

 

天文学的借金額と謎だらけの闇、未知の戦闘方法。ステージが一気に上がったと痛感せざるを得ない。

 

本当ならもっとローと詳細を詰めていきたかったが、既に奴はここにはいない。ペルと共に引き返していた。サンファルドの取引も気になる。仮でもなく4分の1は俺たちのものとなったのだ。誰かが行く必要はあり、それが副総帥というのは悪くない選択であった。

 

 

さて………………、

 

 

―――――プルプルプルプル―――――

 

 

また、これだ。

 

 

あれから電伝虫が鳴り止むことはない。どうしようもないので海列車に備え付けられていたものを急遽買い上げた。更には各島に散らばる皆にありったけ買い集めるように指示を出したぐらいだ。

 

碌でもないが致し方ない。コールはカネの成る木だ。カネが鳴っていると思うしかない。

 

~「わちき、わちきだえ」~

 

くそ、わちきと名乗るやつが4人はいたはずだ。これならわちきわちき詐欺が出来そうだな、まったく。

 

こいつの声音はどのわちきだったか……。早急に顧客リストも作成する必要があるな。

 

「……ハムレット聖、お電話頂きまして誠にありがとうございます。ネルソンでございます」

 

声音は低く抑えていく。今までの記憶を総動員させて辿り着いた答えは合っているか。

 

~「さっさとタバコを買って来るんだえ」~

 

何とか繋がったか。ハムレット聖=わちき野郎=タバコの図式は出来上がっているが、こいつめいい度胸ではないか。この俺にタバコを買って来いとはな。俺はタバコを愛しているが他人のタバコを買ってきてやる愛までは持ち合わせていないのだが……。

 

「承知致しました。よろしければご用途を教えて頂けませんでしょうか。更なるご奉仕も出来るかもしれません」

 

前回のコールから数時間しか経っていない。用立てしたのは1箱、2箱って数でもない。それこそ20箱届けてやったはずだ。だと言うのに追加を寄越せとはどういうことか? 届いていないのか? もちろんそんな否定の文句は使わない。何度かコールを受けて学んだことのひとつだ。そして、ひとつ考えられるとすれば碌でもない使い方をしているのかどうかだ。

 

~「おまえ、うるさいえ。ケーキに挿してやるだけだえ。“タバコケーキ”は美味いし、奴隷のスピードが上がるって言ってたえ。分かったらもっと買って来るんだえ。そしたらおまえにもやるえ。鼻に挿したら最高ぞえ」~

 

「“タバコケーキ”ですか。是非ご賞味したい。早速にもご用意致します」

 

こうして直ぐにも通話は切れたわけであるが、……最悪だ。奴隷にケーキを振る舞うのはいいとして、ろうそく代わりにタバコを挿してそれを食わせるってどんなプレイだ。しかもそれで奴隷のスピードが上がるってどんなトレーニングだ、まったく。“タバコケーキ”……、トラウマになるな。

 

最初のコールを受けて俺たちは直ぐにも動き出していた。遠隔操作をしなければならないからだ。俺たちはありったけのコネを使って調べ上げ、前任者が使っていた“仕入屋”と“運び屋”を探し出し、いきなりたっぷりと鼻薬を嗅がせてやって手配を進めた。全てを電伝虫でだ。かなりの持ち出しになるはずで、これでそれ相応のリターンがなければやってられない。一連の流れを組み上げて、繋ぎ合わせて、細部に配慮を行き渡らせたところで、はじめて対価を得られるのだ。

 

それにまだこんなものは序の口に過ぎないであろう。いずれもっと面倒なコールが掛かって来るに違いないし、既に何件かそういうものも受けているとも言える。

 

これは想像以上に心に積み重なっていく(おり)のようなものが増えていきそうだ。

 

 

 

辺りに視線を配ってみれば、麦わらたちとジョゼフィーヌがボンチャリなるものに乗り込んでこちらに向かって来るところであった。自分自身で漕ぎ出しながら空中を進み往くのは何とも楽しそうではある。

 

「また鳴ってたの? それ」

 

「おい~、俺にも一回だけ取らせてくれよ~」

 

海列車内でも何度か掛かっていて受け答えしているのを見ていたせいか麦わらたちも一応興味を持って聞いてくるが、もちろんやらせはしない。最悪の結末しか想像出来ない以上は。

 

ジョゼフィーヌは無言にてこちらを見詰めてくる。

 

「ハムレット聖、またタバコの手配を頼む。量を前回の3倍にして週3定期配送。多分これがベストだ」

 

直ぐにその沈黙加減にいたたまれなさを感じてしまう俺は何とか言葉で埋めてみる。余計なことは言わない。言う必要もない。

 

「……了解。……兄さん、大丈夫?」

 

だが、不意に飛び込んでくるこんな言葉は反則だ。調子が狂う。

 

「……痛むの?」

 

え?

 

驚いた。顔に出ているのか、そんな表情をしてしまっているのか。この傷の鈍い痛みに何とはなしに気付かれているとは思いもしなかった。

 

確かに痛みは消えやしない。

 

「……大丈夫だ」

 

それでもそう答えてみる。少し心配そうにこちらを窺うジョゼフィーヌの様子は本当に調子が狂うからだ。

 

 

だがそれも、大変よろしい。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ボンチャリに乗って向かった先は50番GR(グローブ)。造船所とコーティング職人の作業場が広がる区画である。ここまでやって来るにも随分と難儀であったのは想定の範囲内だ。理由は麦わらに尽きる。いたるところにあったグラマンと謳われた饅頭に終始ご執心となればさもありなん。天竜人に出くわさなかっただけ幸運と言えよう。正直まだ捕まりたくはない。特に担当する奴らには……。

 

というわけでのガレーラカンパニーのシャボンディ事務所を前にしている。麦わらにしても俺たちにしても目的地は同じ。詳細な理由に違いはあれど、大差もない。

 

複数階に及ぶ豪壮な建物にはこの地に対する奴らの並々ならぬ意思表示を感じてしまう。確かに海列車駅のさらに先まで線路は伸びていたし、工事が続けられている様子も見て取れた。

 

そして、事務所は案の定取り囲むようにして人だかりが出来ている。どうも関係者以外は立ち入り禁止にしているようで、その関係者というのも身内に限定されているらしい。

 

これは出直すべきかと考えているところへ麦わらたちが居なくなっていることに気付く。正直嫌な予感しかしないが……。

 

「もう知らないわよ。面倒見切れない。子供の遠足の引率してるわけじゃないんだから」

 

当然ジョゼフィーヌはご立腹だ。子供の遠足の引率ってのは当たらずとも遠からずのような気もするが、確かに面倒は見切れない。

 

遠くから様子を窺えるカフェでも探そうかと思い始めたところへ、

 

「来たな」

 

クラハドールの登場である。

 

その眼鏡を上げる独特の仕種に少しだけ懐かしさを感じてしまうのは俺たちにそれだけ沢山の出来事が立て続けに起こっているからだろうか。

 

こいつとも話し合わねばならないこと。意見を聴きたいことはそれこそ無数にあるのだ。

 

うん?

 

奴の出で立ちをひとつひとつ思い出すようにして視線を動かしていると違和感を禁じえない箇所が存在している。

 

「あんたがリュック背負ってるなんてどういう風の吹き回しよ。しかも、なんか大きくない? それ」

 

「ああ、船大工も齧りはじめてな……」

 

そう答えるや否や、ついて来いと言わんばかりに歩きはじめるクラハドール。

 

「ではお前にもっと打ってつけの仕事があるぞ、クラハドール。ひとまず電伝虫での営業マニュアルを作ってだな……」

 

ここぞとばかりに俺は畳み掛けようとしたわけであるが、

 

「知ってる。俺もいくつか受けて伝手を当たってたところだ。……ん? 何だその顔は? 俺を誰だと思ってやがる。貴様らの執事にして脚本家だぞ。用意は出来てる」

 

軽く口角を上げながら飛び出してきた言葉は俺たちを安心させるには十分だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「そろそろいいだろう」

 

クラハドールが俺たちを連れて行き、そう口にした場所はとある建物であった。

 

カフェでもなく、ホテルでもない。この界隈に数多く存在するコーティング職人の作業場らしい建物。だが、中に入ってみても人が居るような気配は無く、何に使うのか分からない無数の器具の傍らで無造作に並べられたテーブルと椅子があるだけであった。

 

クラハドールがリュックを下ろす。

 

っておい、リュックじゃないのかそれは。

 

なんとリュックの中は裏側からくりぬかれていて、中から現れたのは黄緑髪で三つ編みの少女。見た目はウサギだがニャーと鳴く不思議な動物と一緒であった。

 

「え? ウソ……。ちょっと……どういうことか説明しなさいよ」

 

ジョゼフィーヌがあんぐり口を開けてしまうのも道理だ。誰もそんなところに少女とウサギの様な動物を隠していたとは思うまい。道理で普段は着もしていなかったコートを羽織っていたわけか。

 

「すまん。外の連中に姿を見られるわけにはいかなかったもんでな。特にガレーラの事務所前に陣取ってる連中には……。紹介しておく。ガレーラカンパニー社長室第二秘書のチムニーだ。隣の猫のようなウサギはゴンベって名らしい」

 

クラハドールはやれやれといった表情をしながらコートを脱いで普段の様子に戻ると恭しくも紹介を始めてくる。

 

俺たちも続けて自己紹介を済ませ、この妙な行動についての説明を求めてゆく。

 

「今はこうでもしないと誰とも会えないもん。いきなり変な憶測を立てられたらあなたたちも困るでしょう? だからクラハドールさんに助けてもらってここまでやって来たの。まだあなたたちを事務所の中に入れるわけにもいかないし。ここなら周りを気にしないで話が出来るわ」

 

俺は目の前で椅子に座り、テーブル上に手を広げながら捲し立てる少女に圧倒されていた。拙い言い回しもあるが、難しい単語を織り交ぜて、今の状況をみての政治的な意思決定を口にしている少女が目の前にいるのだ。カールもこんな風に振る舞うようになるのだろうか。そう思えば何とも楽しみになってくるものだ。

 

「彼女のガレーラでの立ち位置は肩書通り。第一秘書が別に存在してるらしいがシャボンディではまだ見掛けていない。第二秘書とはいえ、社長には極めて近いところにいる。それにこの通り、……切れる」

 

「ねぇ、チムニー、じゃあ教えて欲しい。あの新聞での事件、何があったのかを。まず私たちはそのためにここまで来たの」

 

チムニーがクラハドールの助けを受けながら説明してくれた内容。

 

ガレーラカンパニー社長アイスバーグの暗殺未遂事件。事件は確かに未遂で終わっていて、実は社長の意識も戻っている。絶対安静でベッドから動かすことは出来ないようだが。本人の口からそれとなく語られた内容は犯人がニコ・ロビンと仮面を被ったもう1名であったということ。だがその狙いまではよく分かっていない。

 

正直分かっていることは少ない。ただアイスバーグ本人が気付いていることを胸の内に仕舞ったままである可能性もある。

 

さて、俺たちはどうするべきか。ジョゼフィーヌ、クラハドールに視線を送ってみる。二人とも思案をしているところだろう。特にクラハドールはもしかしたら全体像を既に掴んでいる可能性もあるが、……妙に視線を流してくるな。

 

「……ネルソン・ハットさん、王下四商海ネルソン商会総帥のあなたに実はお願いがあります」

 

突如としての力強い声音。

 

しっかりとこちらを見据えてくる眼力。

 

居住まいを正しての言葉には途轍もない威圧感が伴っていた。

 

俺の直感が言っている。

 

この子は今話した以上のことを実は知っていると。もしくは推察でもこの事件の全体像と背後にある有象無象を描けていると。

 

「今私は王下四商海ガレーラカンパニー社長代理として発言しています。賊は必ずまたやって来ます。どうか、どうか社長の護衛をお願い出来ませんでしょうか。社長には戦闘の素養もありますが今は正直動けるとは思えません。次の襲撃があればどうなるかは……。……ガレーラは、我らがガレーラは社長あっての組織なんです。社長にもしものことがあったら我らは一瞬にして瓦解します。どうか、どうか……お願いしますっ!!!!!!!!」

 

そこにはただただ真摯に、真っ向から今この現状と向き合っている少女の姿があった。

 

否、その小さな双肩に四商海という巨大組織の行く末を背負った未来の頭の姿があった。

 

俺たちは固唾を飲んでそれを受け止めるしか出来なかった。

 

「顔を上げて下さい。その状態ではお話は出来ない。……そう、それがいい。あなたの申し出、ガレーラカンパニーからの申し出。引き受けても構いません。ただ我々としても条件があります。……あなたはまだ話していないことがある。知りえていて、想像出来ていて、敢えて語っていないことがある。それを教えて頂きたい」

 

そこで、チムニーはふと笑みを零す。反則の様な柔らかい笑みを。

 

「じゃあ、あなたからお願いします。知りえていて、想像出来ていることがあるはずです。クラハドールさんは特に」

 

そしてそう呟く。そうまで言われてしまっては俺たちは話すしかないではないか。硬軟を使い分ける手練れ、策士だ。こうして俺たちはもちろん全てではないがかなり踏み込んだ内容を口にした。知りえていること、想像出来ていることのかなりの部分を。

 

「……降りてきていいよ」

 

俺たちが語り終えた頃合いを見計らって口に出た言葉と共に上階から降りて来る男が一人。頭にピーンと綺麗な潔いまでの寝癖を付けている。どこかで見たような気がする。こいつは……。

 

俺たちが乗っていた海列車にこいつも乗っていたはずだ。乗務員として……。

 

「ご紹介します。ピープリー・ルルです。本業は海列車の乗務員じゃなくて歴とした船大工ですけど。……諜報の素養があります。試すようなことをしてしまい申し訳ありません。ですがこれもビジネスです。あなたたちネルソン商会の海列車内での音声は全て盗聴させてもらっていました。あなたたちは間違ったことを決して言わなかった。あなたたちなら信用が出来ます。どうぞよろしくお願いします。……申し遅れましたが私は社長室第二秘書、ガレーラの裏側を主に見ています。対外の防諜、組織の永続的発展がお仕事です」

 

後に続いたのは、所謂てへぺろというやつであった。ジョゼフィーヌが羨ましそうに見詰めていたことは見なかったことにしてあげたい。

 

こうして俺たちは話し合った。語り合った。

 

彼女の社長の護衛は引き受ける。

 

小さくとも大きな、切れ味抜群のスパイマスターに敬意を表して。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

そして、

 

 

ガレーラ事務所前。

 

 

「おいっ!!! 襲撃だーっ!!!! 3階の窓から入り込んだぞっ!!!!!」

 

 

遠目ではあるが麦わら帽子が煌めいていたように見えた。

 

 

「ねぇ、もしかしてだけど、あの人、知り合い?」

 

 

滅相もございません!!!!!!!

 

 

俺たち3人総意としてこう断言したかったところではあった。ところではあった。ところではあった。

 

 

俺たちを見くびらないでもらいたい。

 

 

これでも手のひら返しの準備はして来たつもりなのだ。

 

 

ただこれだけは言っておきたい。

 

 

否、叫んでおきたい。

 

 

「「「麦わらっ!!!!!!!!!!」」」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




少しだけでも前に進めたい。毎週更新予定でおります。

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