ネルソン商会記 ~黒い商人の道筋~   作:富士富士山

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今回は9400字ほど。

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第48話 オペラが始まる

偉大なる航路(グランドライン)” キューカ島

 

この世の全てが漆黒に包まれる時刻、島の灯台にてとうとう俺たちは王下四商海(おうかししょうかい)入りを決めた。と同時にボスが人払いを望んだことにより俺たち3人はここで話し合いが終わるのを待っている状況だ。待ちながらも俺には頭の中で引っ掛かっていることがあった。それはクマ屋が最後に口にした内容だ。奴はバルティゴからの密書を持参していると言っていた。

 

バルティゴ? その単語の意味をさっきからずっと考えてはいる。だが答えが出てきそうにはない。ボスはどうやらクマ屋が口にした内容の意味に気付いたようだが……。

 

「ねぇ、兄さんはあの七武海と一体何の話をしてるっていうの? 外してくれって言われたけど……、私、まだよく分かってないんだけど……」

 

どうやらジョゼフィーヌさんも俺と同じくどういうことなのか分かってないらしい。こうなりゃ俺たちの参謀に聞いてみるしかねぇだろう。

 

「ねぇ、あんたに聞いてんのよ、クラハドール。あんたなら事の成り行きを分かってんでしょ。そのイライラする笑みを見せてないでさっさと言いなさいよ!」

 

ひどい言われようだが俺は何も言わねぇ方が身のためだろう。とばっちりでの札束ビンタはもう懲り懲り。俺もそろそろ学習ってものをしないといけない。

 

「世界政府には真っ向から反旗を翻されているある組織が存在している。それが革命軍。これは周知の事実だな。そして七武海には革命軍に与する奴がいるってのも知ってる奴は知っている情報だ。だが革命軍の本拠地までは知られちゃいない。裏の世界にも一切広まってはいない謎のまま存在している数少ない情報のひとつだ。そして、今回出てきたバルティゴという名……」

 

「なるほど……、奴らにとって最重要な機密情報である本拠地の名を言ってきたことで本気度を瞬間に悟ったボスは人払いをしたってわけか……」

 

「ええっ?! じゃあ、あの七武海は革命軍のスパイってことじゃない。そんな奴と兄さんが何を話すっていうのよ。あ、……でも……。ねぇ、ロー、これ何だかお金の臭いがすると思わない?」

 

そらきたぞ。ウチの会計士が得意とする金の臭いを嗅ぎつける力。ただし俺にはそんな能力はないので俺に同意を求めるのは勘弁して貰いてぇんだが……。

 

「さぁな」

 

そんな楽しくて仕方がないって顔をしながら言われても分かんねぇもんは分かんねぇ、俺の答えはこんなもんだ。

 

「あ~もうっ!! ローは時化てるわね~。だからそんなに不健康そうな顔してるのよっ、まったく。クラハドール、あんたなら分かるでしょ。間違いない。これは絶対お金の臭いだわ、私には分かっちゃうんだから。ぷんぷん臭ってる」

 

まったく、顔が不健康かどうかは余計なお世話でしかねぇ。俺には金の臭いなどはしてこない。それよりも面倒事のような気がしてならねぇってのに……。ジョゼフィーヌさんは既にルンルン気分真っ最中であり、理解に苦しむしかねぇ状況だ。

 

 

 

プルプルプルプル……。

 

こんな時に誰だってんだ?

 

内ポケットから音と振動の正体を取り出してみりゃ、顔形から相手がピーターであることが分かる。

 

「何だ?」

 

若干の苛立ちを包み隠さずに声に出したのちに、

 

~「ああ良かった、ロー先生。不味いことになった。ロッコさんがいなくなった」~

 

返ってきたものは俺にとっては周知のこと。そりゃ船にはいねぇだろうさ。さっき島の北側で直に会ってんだからな。

 

「ああ、知ってる」

 

だからこそ、俺の返事はさらにぞんざいにならざるを得ないわけなんだが、

 

~「知ってるって? 暫く船には戻らないって書き置きされてるのをか? 」~

 

そこではじめて俺の与かり知らねぇことが起こっていることに気付く。

 

「おい、書き置きってどういうことだ! 詳しく話せっ!」

 

灯台外壁の硬い感触と一体化した背筋を嫌な予感めいたものが伝ってくる。こういうのは大体当たるもんだ。ロッコさんとのさっきのやりとりは随分と後味が悪いものだった。俺たちの知らないところで何かが起こりつつあるかのような……。だからこそ手は打っておいた。何かが起こることを想定してだ。だがこんな斜め上の方向からやって来るとは思っちゃいなかった。

 

~「一度船を離れるって言って出て行った。その時にはこんな書き置きはなかった。だが、いつ戻って来たのか分からないが陽が沈んだ後には書き置きが残されてた。しかも僕の船室にだ。船内を隈なく探してみたけど勿論いやしない。ロー先生、どうしようか」~

 

ロッコさんが船に居ないというのはどうやら確かのようだ。じゃあどこへ行ったんだってことになる。カポネ屋とのやりとり。一体何を話していたってのか。何を話す必要があったのか。

 

「ねぇ、ピーター! 気付いてるのはまだあんた一人なの?」

 

俺たちの会話を耳にしてとんでもねぇことが起こってることに気付いたらしいジョゼフィーヌさんも口を挟んできたのに合わせて小電伝虫を譲り渡し、鋭い視線をこちらへと寄越してきてるクラハドールへと目配せをしてみる。奴の顔、言いたいことが山ほどありそうな顔をしてやがる。

 

ジョゼフィーヌさんがピーターからの返事に対し、しばらく秘密にしておくようにと、こっちで調べてみるから安心するようにと語りかけているのを横目にしながら、

 

「この筋書きはお前の想定内なのか?」

 

クラハドールに尋ねてみる。

 

「……言っちゃいなかったか? 想定内と言えば想定内だな。俺たちが四商海に丁度入るタイミングで姿を消したんだ。何だか出来すぎてると思わねぇか?」

 

薄らと笑みを浮かべていつもの仕草で眼鏡を上げて見せながらのクラハドールからの答え。

 

素性が表に出てしまうのはどうしても不味い立場ってわけなのか? ロッコさんは……。一体何者なんだ? ここは奴らに聞いてみるしかないのかもしれない。 

 

さらに考えを巡らせようとすると、

 

「貴様もしっかりと保険を掛けてるんだろ? 俺の前では隠し事は意味を成さねぇぞ。別行動を取ってる新加入組はそういうことなんじゃねぇのか? ここは俺が上手くやっておく。貴様はさっさと行け」

 

クラハドールは何でもお見通しだとばかりに言葉を投げ掛けてきて、ここに居るのは邪魔でしかないとでも言わんばかりに掌で追いやられてしまう始末だ。

 

奴にしてみれば俺が考えていることなど手に取るように分かるのかもしれない。さすがは俺たちの参謀だってことにしておこう。あまり考えてる時間は無さそうだ。このままここに居れば間違いなくジョゼフィーヌさんから面倒な詮索を受けることになる。

 

それだけは御免だ。

 

 

 

 

 

ロッコさんがカポネ屋と何を話すのかは大いに興味があった。カポネ屋は青息吐息ながら最後にコラさんの名を出してきたのである。しかも情報屋として。そんな突っつけば何が飛び出してくるか分かんねぇ相手に対して用があるってんだから興味が湧かないわけはねぇだろう。

 

だが、正面切ってその場に居合わせるわけにはいかなかった。それをロッコさんは許しちゃくれそうになかった。あの雰囲気じゃあな……。

 

それでも俺たちには好都合なことに丁度お誂え向きの能力を持った奴が契約を交わそうとしていた。モシモシの実の能力を持つビビである。奴の力を以てすればその場に居合わせなくとも会話を盗み聞き出来るというもの。さらには空を飛べる奴もいる。揃いも揃って便利な奴らじゃねぇかってわけだ。そこで奴ら3人には別行動を取らせてロッコさんの動きを探らせていた。

 

現状、ロッコさんがまだこの島に居る可能性は限りなく低いような気がするが……。可能性としては二つ。まだこの島に居るが気配を完全に消している可能性。もうひとつは当然島を後にした可能性だ。厄介なことにロッコさんの場合、島を後にするのに船を必要としてねぇ可能性も高い。アラバスタでもこの島でもかなりの距離を六式体技のひとつで軽々と移動しているのだ。島一つ分飛び越えるなど朝飯前なんじゃねぇだろうか……。

 

 

さて、奴らは今どこにいる? 

 

ビビはどうやら一軒のカフェに居るらしい。間もなく開演を迎えるターリー屋のオペラが開かれる会場の近くだ。ハヤブサにカルガモも一緒だということはロッコさんの姿は完全に見失ったとみていいな。

 

本当に島を後にしてしまったのか、ロッコさん。俺たちを置いて……。

 

 

完全に深夜を回っているのにも関わらずそのカフェは喧騒に包まれていた。オペラハウスを取り囲むようにして立ち並んでいる飲食店の一軒。ターリー屋のオペラが満員御礼らしいので、昼間のような喧騒も驚くには値しない。

 

「副総帥殿、お待ちしておりましたよ」

 

店の入り口に姿を現したのを認めて立ち上がったハヤブサに手招きされるまま席へと向かってみれば、テーブル上には律儀にも何も頼まれてはおらず、ただ水が注がれたコップが3つあるのみであった。

 

「お前ら、少しは客らしく振舞ったらどうなんだ」

 

こんなひっきりなしに注文が飛び交ってる店からしたら水だけで居座ってる奴らは迷惑そのものだろう。そもそも目立たねぇようにカフェを選んだんだろうが、これじゃあ逆に目立っちまってるじゃねぇか。

 

「申し訳ありません。ビビ様の手前、私だけ注文するわけにもいきませんので……」

 

「ちょっと、ペル! 私のせいだって言うの?」

 

「クーエ!」

 

「カルーまで……」

 

「コーヒーでいいな!」

 

付き合ってらんねぇことには付き合わないに越したことはねぇんだが、

 

「……あの、ローさん。何か食べてもいい? ……実はお腹ぺこぺこで……」

 

嫌でも付き合わねぇといけないらしい。

 

「好きにしろ」

 

恥ずかしそうに、申し訳なさそうにされればダメだとは言えない。そんな俺は何か間違ってるか?

 

 

ハンバーガーに対して大口開けてかぶりつくビビの姿を目前で見せつけられながら、ハヤブサに今までの経過を聞き取った内容を纏めてみると、ビビとカルガモはずっとこの場に居ながら能力によって聞き耳を立てていたらしい。そりゃ腹が減ってもおかしくないわけだ。そこらじゅうで自分の嗅覚と視覚に襲いかかって来るものが溢れていたわけなんだから。そしてハヤブサは一人、上空偵察に回っていたと。カポネ屋は瀕死の状態ながらもロッコさんと話を交わしていたと。

 

そういうことらしい。

 

 

「満足か? そろそろ報告を頼むぜ」

 

「うん。ローさん、ありがとう。もうお腹いっぱいでとっても満足!」

 

ナプキンで口元を拭い、コーヒーを一杯口にし、背凭れに身を委ねて、ハンバーガーを平らげ終わったビビは随分と満足げだ。じゃあ満足ついでに早速話をしてもらおうじゃねぇか。

 

「ビビ様、はしたない姿ですよ。ほら、副総帥殿が報告を求められていらっしゃいます。余韻に浸っている場合ではありません!」

 

「言われなくても分かってるわ! もう何か最近のペルってイガラムみたいよ?」

 

「ええ、私は海に出るときに心に決めたのです。ビビ様の御供をするということはイガラム隊長のようにならねばと。よってビビ様には耳の痛いことであっても口にせねばなりません」

 

妙な主従の関係を見せられて俺は水分を欲していたが目の前のテーブルに置かれているのは残念ながらコーヒーである。

 

飲みもしねぇもんを頼むんじゃなかったな。

 

とはいえ、この店で緑茶が出てくるとは思えないのでここは我慢するしかねぇだろう。

 

「じゃあローさん、始めるわよ」

 

そう言って姿勢を正し、目を閉じたビビはさらにゆっくりと言葉を紡いでゆく。

 

「貴様がファイアタンク海賊団として手配書に載った時には目を疑ったもんじゃ。五大ファミリーのひとつになったのはひとえに我らのおかげじゃろうて」

 

「おい、何のつもりだ。いきなり……」

 

「ローさん、演技よ。録音していた内容を演技に乗せて口にしているだけ。もうそろそろ私の演技にも慣れてくれない?」

 

「ああ、分かった。続けてくれ」

 

「…………頼んだ…………つもりはねぇ。…………何しに…………きた?」

 

こいつはこの演じ分けをずっと続けるつもりなんだろうか? 最初がロッコさんで後の方がカポネ屋なんだろうが、まるで死にかけみたいな声の出し方じゃねぇか。無駄に懲りすぎてやがる。

 

「つれない奴じゃな。ファミリーがひとつ潰れて貴様がその後釜になったんじゃ。その後の音信不通。我らには実に好都合じゃった。全てはひとつの繋がりの中に存在しておる。連関されたつながりの中には誤りがあってはならん」

 

「…………何が…………言いたい?」

 

「分かっとるじゃろうて。貴様が存在していることは我らにとって実に不都合な真実なんじゃ」

 

おいおい話がやべぇ方向に向かってるじゃねぇか。

 

「イッツ・ア・エンターテインメント!! 商売相手(パートナー)のピンチに間一髪で間に合った。まさにエンターテインメント!! そう思わないか? ……アレムケル・ロッコ……」

 

ん? 

 

「何じゃ貴様……」

 

「ちょっと待て。基本的な質問なんだがこれには3人目の登場人物が出てくんのか?」

 

「うん、そうよ。明らかに声色が違ってたから。誰なのかは分からないけれど……」

 

「私が上空から確認する限り3人目の姿は確認できなかったんですが……。このようにビビ様はしっかりと声を聞いてらっしゃるようでして……」

 

見聞色の使い手か? 気配と姿を消して置いた上で不意打ちのようにして現れたのか? だが、一体どこのどいつだ?

 

「どうした? 先を続けてくれ」

 

「ごめんなさい。ここまでなの。ちゃんと聞き取ることが出来たのは。この先は何だか雑音が混じってしまっていて……」

 

「実は私も奇妙なことなんですが、二人の姿が突然消え去ってしまったのです。一瞬にして影も形もなくなってしまいまして……。残念ながら私はまだその覇気とやらに精通しているわけではありませんので……、申し訳ありません」

 

演技を終えて我に返ったようなビビとハヤブサがお互いに目配せしたのち、共に申し訳なさそうにして謝りを告げてくる。

 

「奴らの船はどうした? 目と鼻の先に停まっていたはずだ」

 

「船も同じくです。出航したそぶりも見せずに消えてしまいました」

 

打つ手なしってことか……。ビビが言う雑音ってのは偶然ではないだろう。覇気によるものなのか、ビビの能力にまで影響してくるような新種の電伝虫なのか。とにかくも肝心の話は聞き取れずじまい。後を辿ろうにも奴らもロッコさんも船諸共に忽然と姿を消してしまいやがった。

 

現状、何も分かってねぇに等しいがボスには話さねぇとな……。偉大なる航路(グランドライン)のど真ん中で航海士が突然いなくなるってのは由々しき事態だ。当然ながらそれだけの問題でもねぇが……。

 

「何もねぇよりかはましだ。分かってることを整理しておこうか」

 

「ファイアタンク海賊団のベッジは西の海(ウエストブルー)の五大ファミリーの一角だったってことよね」

 

「私も何度か世界会議(レヴェリー)には帯同しておりますので、西の海(ウエストブルー)の裏社会を牛耳っているのが五大ファミリーと呼ばれるマフィアであることは承知しております。その五大ファミリーになるのを後押ししたのが航海士殿であるということでしょうか」

 

「ペル、大事なことがひとつ。ロッコさんは()()と言ったのよ。自分ひとりならわっしと言ったはず」

 

「良いところに目を付けてるじゃねぇか」

 

ビビの言う通りだ。ロッコさんは我らと言ったらしい。我らとは? 誰がバックに付いてる? それに、

 

「3人目の登場人物だな。そいつはカポネ屋の後ろ盾ってところか。しかもロッコさんをも知ってるような口ぶりだった」

 

纏めるとこんなところだろうか。これだけ分かっただけでも良しとするしかねぇだろう。

 

「クエ、クエ、クエーッ!!」

 

俺たちが真剣に話し合っていたところを邪魔せずに自分の世界に浸りこんでいたらしいカルガモがようやくにして己の存在を誇示してくる。テーブル上のコーヒーは当然ながら冷めきってしまっている。周りを見渡せば徐々にだが客がまばらになりつつあるようだ。ターリー屋の開演時間が迫ってるってことだろう。

 

「そろそろ時間だな。ボスには俺から話をしてくる。お前たちは先に会場に行け。だが気をつけろよ。まだお前たちが顔合わせはしねぇ方がいい奴らも集まって来てやがる。面倒事はねぇに越したことはないからな」

 

「分かってるわ、ローさん。声が微かに聞こえているもの。さあ、ペル、カルー、行きましょう!」

 

ビビたちが先に店を後にしていくのを見送りながら思案する。

 

気が進みはしねぇが当然言わないわけにもいかない。さあ、どう切り出すか……。

 

 

ボスの事だ。ギリギリまで近くのバーにでも入って一服してることだろう。

 

 

行くか……。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

****

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

バルティゴからの密書……。

 

革命軍トップからの手紙。

 

何のことは無い。内容は商売の如何によっては取引関係を持つ用意があるというもの。友好関係を持ち掛けてくる話でしかなかった。密書と言うような大層なものでは決してなかった。

 

ただ最後に、相見えた時には遠い昔話を語ってやることが出来ると認められてあったのだ。遠い昔話? 興味惹かれる内容ではないか。革命軍のトップであるドラゴンは一体どんな昔話を語ってくれるって言うのだろうか? これはバルティゴに訪問してみるのもやぶさかではないが……。

 

とはいえ、基本的には革命軍とあからさまに友好関係を結ぶつもりはない。ましてや与するつもりなど毛頭ない。目的自体は俺たちと合致する部分があるかもしれないが、俺たちは世界をどうこうしようなどとは考えていないのだ。俺たちはただ俺たちのために動いているのだ。それ以上でも以下でもない。その点においては革命軍などと御大層な組織とは何かが根本的に違っているような気がする。

 

文面には近々にも連絡役を寄越すとも書いてあったが……。名前をサボと言うらしい。まだ若いが将来性は十分らしく、いい関係を築けるだろうとも付け加えてあった。要は期待の有望株を送り込んでくるってわけだ。

 

連絡役か……。さて、どうしたものか……。

 

 

 

考えを巡らせながら右手は勝手に口元から煙草を奪ってゆき、肺は勝手に紫煙を外へと吐きだしてゆく。賑やか過ぎるが故に、雑な造りをしたカウンターを前にして逆に一人忘れられたかのように佇むことが可能となっている何ともこじんまりとした酒場。

 

深夜を回ってもキューカ島のこの界隈は眠ることを惜しむようにして煌々と明かりが灯っており、人々が酒と煙草とたわいもない話に興じ合っている。なぜならばオペラハウスが近くに建っており、間もなく開演時間を迎えつつあるからだ。しかも演じ手はさすらいの人気オペラ歌手タリ・デ・ヴァスコときている。つまりここはオペラを観る前に一杯ひっかけようという連中の溜まり場となっているわけだ。

 

そんな場所で俺の左手は勝手に眩く輝く琥珀色の液体が入ったグラスを口元に運んでゆく。意識しようともしなくとも淡々と続いてゆく一連の動作。我ながらどうしようもない奴だと思ってしまうが勝手に進んでゆくのだから致し方ないだろう。

 

これは不可抗力だ。こんな居心地の良い空間に酒を出されてしまっては、煙草が手元に存在してしまっては、あとは流れゆくままにでしかない。

 

だがそれも束の間のひとときに終わりそうだ。我が右腕の姿が視界の端に入りこんできている。まるでここにいることがあらかじめ分かっていたような迷いのない足取りで奴は俺の隣に滑り込んでくるではないか。

 

「見つかってしまったな」

 

煙草と酒の幸せなループを途切れさせることなくまずは軽口を叩いてみる。

 

「俺は医者だからな。患者の事は大抵分かってるつもりだ。そもそもあんたは分かりやすいが……」

 

首振りと頷きだけで注文を済ませるという見事な芸当を披露しながらローも軽口に応じてくる。そう言えば俺はまだこいつの患者だったな。一度は離ればなれになった右腕の状況は随分と良くなってるようで何よりではあるが……。

 

「で、何があった?」

 

軽口の応酬はひとまずおあずけだ。何か厄介なことが起こっていることは顔を見れば直ぐに分かった。ただ、こいつの場合は敢えて顔に出している時もあるというのが食えないところではある。

 

「……………………」

 

何かを口にしようとしてはいるのだが無言のままだ。どうやら気が進まないらしい。間違いなく厄介事だ。

 

こいつの気が進まないのなら無理に訊ねてみたところで仕方がないので、俺も幸福ループに身を任せるだけであった。ローの沈黙は奴が注文した酒が手元に置かれてからの一口の後まで続いていき、

 

「ロッコさんがこの島から消えた。暫く戻って来ねぇつもりらしい」

 

酒を口にしたことで気持ちが固まったらしい奴から飛び出してきた内容は正真正銘の厄介事だった。

 

俺もローと同じくして直ぐには返す言葉が出てきそうにはない。さっきまでは確かに幸福のループであった煙草と酒のやり取りが何とも気を滅入らせるループに感じられてくるから可笑しなものだ。

 

俺はここで笑ってしまえばいいのだろうか? 否、そんなことをすれば俺は狂人への道まっしぐらだ。俺はまだ少なくとも狂ってはいない。それにローは決してジョークを言ったわけではなさそうであり、これがジョークなら全く以てして笑えないジョークだ。

 

「そうか。詳しく話せ」

 

人間そんな時はつまらない言葉しか吐き出せないものなのだろう。その後ローが聞かせてくれた内容を脳内で整理してみたが、どうやら間違いはなさそうだ。

 

 

ロッコは暫く離れるという書置きを残して島から消えた。

 

 

ここでやるべきことは分かっている。分かり切っている。現状では打つ手はない。ロッコがどこに姿を消したのか分からない。もしかしたらまだこの島に居るのかもしれない。だがそれさえも分からない。俺たちにはそれを探る術がない。奴を辿ることは出来ないのだ。ならば俺たちに出来ることは待つこと。ただそれだけである。奴は暫く離れると言っているのだから。

 

だが、このあるべき理性を、冷静沈着さを押し通せるほどに感情ってやつが柔に出来ているわけではない。

 

 

なぜだ? なぜだ? なぜだ?

 

 

心のままに疑問の言葉を叫びたがっているし、

 

 

カウンターを両拳で叩きつけてやりたい気分で満ち溢れている。

 

 

それでも、そんなものは心の奥底に押し隠してしまわねばならない。先頭にて舵取りをする者の務めだ。

 

 

よって俺が取る選択肢は感情の諸々一切合切を盛大な紫煙として己の体内から吐き出すことである。これぐらいは許されてもいいはずだ。

 

そして吸殻をそっと灰皿に押し付ける。

 

「航海士が居なくなる。ベポはどこまでやれそうだ?」

 

考えなければならないこと。決断を下さねばならないことがある。

 

「ジャヤまでは何とかなるだろう。ピーターもいる。あいつはアレで航海術のセンスもある」

 

返ってくるローの言葉に希望的観測はないはずだ。こいつも大事なところで決断を下す力は持ち合わせているはず。

 

「その先は厳しいか?」

 

「ああ、危険だ。あの辺りの海域はウォーターセブンが中枢よりに移動してから危険度が倍増しって話だ」

 

つまりはそこまでには何とかしないといけないわけだ。

 

「ジャヤまではベポに任せよう。ピーターを補佐に付ける。この問題に片を付けるのはジャヤだ」

 

ジャヤまでにロッコが戻ってくるなんていう希望的観測は勿論考慮に入れない。商売に身を置く者として最悪を想定しておくのは重要なことだ。

 

 

ふぅ~~~~っ、

 

 

時間だな。

 

 

「行こう。話は終いだ。オペラが始まる」

 

俺たちは行かなければならない。進み続けなければならない。

 

 

地獄の業火の一本道、その先へ……。

 

 

 

 

 

 

 




読んで頂きましてありがとうございます。

キューカ、あと少しだけ続きます。


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