ネルソン商会記 ~黒い商人の道筋~   作:富士富士山

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第41話 駆け上がるぞ

偉大なる航路(グランドライン)” キューカ島

 

私の手配書集めという趣味が筋金入りだという自負ぐらいはある。なぜならば、物心付いた頃に北の海(ノースブルー)に居ながら西の海(ウエストブルー)でちんけなコソ泥やってる二人組の気の遠くなるような1万ベリー刻みの懸賞金推移を追っている人間など皆無だろうから。

 

だからこそ私は賞金首については誰でも知っていると言ってもいい。海を選ばず、職業を選ばず、その首に1ベリーでもお金が掛けられてるのならば興味の対象となり得るのだ。

 

ただここへ来てひとつ問題が生じてしまっている。そう言えば、

 

 

海兵は手配書に載ってないから全くノーマークだった!!!

 

 

ってこと。

 

 

そりゃあ、私だって遠目にあの白髪、髭もじゃのお爺さんが伝説の海の英雄だってことぐらいは知ってるけど……。どんな風に戦うのかは知らないし、ベリーに興味があるのかどうかも知らない。見た感じではかなり疑わしいけど……。あの感じではどう見てもベリーになんか興味は無さそう。

 

あ~あ、四皇それぞれの初頭手配額とか、今現在効力を発揮している手配書の全合計金額とかなら直ぐに頭の中から取り出せるのにな~。海兵に対してはそもそも頭の中に知識として存在してないのだからお手上げである。

 

「お前の首には懸賞金が懸けられておるそうじゃが、なーに、気にせんでもいいわい。……どうじゃ? 海兵にならんか?」

 

何言ってんのかしら、あのジジイ。

 

「申し訳ありませんが、私は商人の娘でございます故、丁重にお断りさせて頂きますっ!!!!」

 

心の中でどのように思っていようとも、まずはやんわりとした言葉使いで拒否の言葉を述べたててみる。賞金首に対してはまず捕縛に掛かるのが海兵としての第一の務めではないのだろうか? 捕縛よりも勧誘の方が優先順位が上だなんて聞いたことがない。

 

私とガープ中将の間には札勘大会に参加する他の対戦者たちが居て遮られていたはずなのだが、気付けば私にまるで花道でも譲るようにして通り道が出来つつある。とんだ有難迷惑ではないか。とにかくここは兄さんと連絡を取らないといけない。兄さんもまさかこの島にガープ中将が来ているなどとは夢にも思ってないはずであろうから。

 

小電伝虫を取り出して通話状態にしてみれば直ぐに反応があって良かったのではあるが、兄さんだと思っていた相手はローだった。まあいいわ、今の問題はそこじゃないし。

 

「ちょっと、ロー。大変なのよ、札勘大会の会場に拳骨のガープが現れたの」

 

生意気ではあるがいざという時には頼りになるあいつに己の窮状を伝えようとすれば、視線の向こうでは物騒な事が始められようとしていた。海兵への勧誘に対してやんわりと拒否を示したことで拳骨のガープが次に取った行動。手近のテーブル上に整えられているベリー札を手に取り、くるくると丸めたかと思えばその即席の球体が真っ黒に変色し…………。

 

って、なにベリー札を丸めちゃってるのよ。全く以てお金の神様に対する冒涜でしかない。きっと今際の際にベリーで泣く破目となるに違いない。

 

「うわっ、ちょっと待って、あいつ何投げてきてんのよ」

 

拳骨のガープが取った次の行動に対して私は思わず小電伝虫に向けて悪態を吐いていた。あのジジイは有ろうことか丸めて黒く変色させたベリー球を私に向けて投げつけてきたのだ。しかも豪速球が聞いて呆れるほどのスピードで。

 

私には避けるのがやっとであり、それは多分に見聞色の賜物であろう。私の顔横を跳び抜けていったベリー球が生み出した音は明らかに空気を切り裂く類の音だった。

 

「ぶわっはっはっはっ!!! 歳は取りたくないもんじゃな、ちょいとスピードが落ちとるやもしれん」

 

海の英雄の名に違わぬ怪物っぷりに私は言葉を発することが出来ずにいる。英雄様の横にいるビビも開いた口が塞がっている様には見えない。見るからにエッっていう口の形のまま固まっていると思われる。

 

「海兵になれんと言うんならこうせざるを得んわい。お前の首にはこいつが懸っとるんじゃからのう」

 

続けて言葉を放ちながら再びベリー札を丸めて掌でぽんぽんとやっているガープ中将。その周りを取り囲むようにして現れ始めている制服姿の海兵の一団。中将の傍の位置を占めている中折れハットを被ってるのは副官だろうか? 腰に帯剣しているのが確認できる。要注意人物かもしれない。

 

小電伝虫からは今度はオーバンのくぐもった声が聞こえてきている。もしかしたらローが持つ小電伝虫越しに聞こえてきている声なのかもしれない。伝えられた内容は誰かの人相風体であり、私の脳内を瞬時に手配書脳へと変化させるのに十分なものであり、記憶の海からひとつの答えを導き出してみせた。私にとってはこんなことは朝飯前である。

 

一方で、背後に居たカリーナと名乗った小娘の姿は既にない。軽すぎるくらいに軽い別れの言葉を最後にして本当に姿を消してしまっていた。そもそもに彼女は賞金首ではなかったのかもしれないが、とにかくここは自分一人で切り抜けるしかなさそうだ。私たちに加入してくるビビ王女にしても後々のことを考えれば海兵と戦うというのはどう考えても不味いだろう。やはり王女なのだから。ゆくゆくはアラバスタの女王となる立場である。となれば選択肢はひとつ。

 

 

取り敢えずは逃げる。

 

 

でも、

 

少しぐらいは助けを求めてみても罰は当たらないはず、

 

「ロー? ねぇ、聞いてるの? こっちも十分不味い事態よ。私このままじゃ、海兵にされそう」

 

というわけで、こんな言葉を告げてみたが返事が返ってくることはない。

 

 

それに、

 

「はい、はーい! 私のベリー扇の美しさに免じて私を不戦優勝者にしてくれないかしら? それでここにある500万ベリーを貰って行ってもいいわよね? ね?」

 

突拍子もなく可愛い声で言葉を発する程に札勘大会への未練、否、ベリーへの未練を断ち切ることが出来そうにない。私は意識をせずとも手を上げてさらなる注目を自身に集め、片手で最高傑作のベリー扇を披露して見せていたが、返ってきた答えはダメですの一点張り。

 

そりゃあ私だってそんなことが罷り通るだなんて思っちゃいないけど、目の前にベリーがあるのにみすみす見逃すっていうのは死んでも死にきれないところがある。でもこれ持ってっちゃったら泥棒だもんな~。

 

そんな私の思いなどには配慮することなく拳骨のガープからは再びのベリー球が投げられてくる。

 

「わしはお前が海兵になるまで止めるつもりはないぞい」

 

もうこうしてはいられない。あの執念は怖すぎる。

 

さらには、

 

~「ジョゼフィーヌ、海兵にはされるな」~

 

畳みかけるようにして呟かれた小電伝虫越しの兄さんの言葉。海兵にされそうな人間に海兵にされるなってどんな指示よ! 勉強しない子供に勉強しろって言ってるのと同じじゃない!!!

 

あとに続いた兄さんからの宣言と指示は要約すれば、お前はお前で何とかしろってことだった。

 

それはそれで結構なことだ。伊達に会計士やってるわけでもなければ、伊達に右腰に刀を差しているわけでもない。

 

やってやろうじゃないの。

 

ただひとつ気掛かりがあるとすれば、それはもう札勘大会とこのベリーである。

 

人生でも三指には入ってくるであろう未練を残して、泣く泣くベリー扇をテーブルに戻した私は己の足に走れと命じてその場を去った。

 

必ず戻るからという去り際の言葉を心の中で呟いて……。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「あんたたちが付いてくることはなかったのに……」

 

そう呟いた私は今逃げている。全力で!!!

 

振り返ればそこには奴がいる。もとい、拳骨のガープがいる。白髪のジジイを侮るなかれ。私の逃げ足はとんでもないはずであるが、それに対して距離を詰めつつあるように感じられるあの爺さんのスピードこそとんでもない。

 

だがそんな鬼ごっこに加わりたいのか知らないが私の横を並走している黄色いカルガモがいる。

 

カルガモって速いのね~。

 

私の(ソル)のスピードに付いてこれるなんてなかなかやるじゃない、このカルガモ。

 

「もう今日からお世話になるのだから、何か役には立たないと。じっとしてなんていられないし……。それにしてもジョゼフィーヌさんて速いんですね。カルーと同じスピードで走る人間なんて初めて見た!!」

 

そうでしょうとも、そうでしょうとも。

 

どんなことであれ、人に感嘆されるというのは悪い気がしないものだ。並走しているカルーと呼ばれるカルガモが発する鳴き声の意味は分からないが、なんとなく同じような事を言っているような気がしないでもない。

 

「それにしても、あんたたちの服装、真っ白なじゃない。気に食わないわよ。特にうちの総帥は絶対に認めないわね。あとで着替える必要がありそうだわ」

 

ビビ王女と言い、先ほど遠目から見えた護衛の戦装束と言い、揃いも揃って真っ白なのだ。まるで私たちと正反対ね。何よりも問題なのは、

 

「あんたの相棒のカルガモ。そんな非の打ちどころがない真っ黄色も問題だわ。総帥なら墨を塗ってしまえって言いだしかねないわよ」

 

「……えぇ? そんなぁ……。黄色くないカルーなんてカルーじゃなくなっちゃう。総帥さんてそんなに黒がお好きなんですか?」

 

「う~ん、そうね。まあ、交渉次第だけど。うちには例外な奴もいるからね~」

 

言った側から泣きそうになってしまってるビビ王女と、恐怖の表情でぶるぶる震えだしている黄色いカルガモを見るにつけ不憫に思えてくるが、こればかりはこちらとしても譲れないことである。まあ、墨は言いすぎだけどね。

 

 

 

「ちょっと、そこ道を開けてーっ!!!!!」

 

気を逸らしていれば危ない、危ない。この島は文字通りキューカにやって来ている人たちばかり。通りはそんな人たちで埋め尽くされているわけであり、そこをスピード落とさず縫って走り抜けるというのは中々難易度が高いことではある。

 

上を見上げれば、縦に伸びるフラッグガーランドと数々のカラフルなパラソルが動く様子が見て取れる。だが、あれに乗るという選択肢はない。なぜならスピードが致命的に欠けているから。あれに乗ったところで後ろから直ぐに追い付かれてお陀仏となるのが目に見えてる。

 

そんな緩そうに見えて仕方がないパラソルたちのさらに上方を飛んでいる一羽の鳥。あれがペルというビビ王女の護衛だ。ああやって自由自在に空を飛び回れる存在が加わるというのは儲けものね。私も空を飛ぶことは出来るわけであるが、翼のあるなしでは出来ることに雲泥の差が有りそうである。その隼のペルが高度を下げてきており、低空飛行をしながらこちらを窺っている。どうやらこちらの指示を仰ごうとしているようだ。

 

とはいえ、上空を見上げつつも意識は常に前方に向けていなければならない。勿論後方にも気を配っておかなければならないのだ。通りは一直線というわけにはいかず、蛇行や曲がり角が常に構えていて見通しはあまりよくない。街路樹が不規則に現れてくるし、色々な屋台も軒を連ねている。

 

それでも私は駆ける。駆けてゆく。あの白髪のジジイから逃げ延びなければ海兵にされてしまうからだ。

 

「待たんかーっ!!!!」

 

チラっと後ろに目をやってみれば、さっきよりも距離を詰められているような気がする。拳骨のガープの声が届いてきている時点できっとそうに違いない。このままでは早晩追い付かれるだろう。

 

う~ん、どうしようか……。

 

 

 

「ジョゼフィーヌさん。鳴ってる……、小電伝虫」

 

カルガモに身を預けながら涼しげな視線で教えてくれるビビ王女。さすが、いい耳してるわね。相手はどうやらローのようだ。

 

「何? 今私忙しいのよ。後ろから白髪のジジイに追われてるんだから」

 

~「いいことじゃねぇか。ヒマよりは忙しい方がよっぽどいい」~

 

こいつ……。また生意気なことを……。全能なる会計士様に対する口の利き方とは到底思えない。あのパンの七日間を再び繰り返したいのだろうか。ローってもしかしてドMなのだろうか。それはそれで私は別に構わないが……。って私、何考えてんだろう。

 

~「ボスからだ。俺もそっちへ加勢する」~

 

「…………だったら、さっさと来なさいよ!! もし私が海兵になったら真っ先にやることって何だかわかる?」

 

一人取っ組み合いの妄想で不意を突かれた私はローにそのまま当たり散らしてやる。勿論質問に対する答えなど望んではいない。

 

~「考えたくもねぇ」~

 

はい、100点。無言でも良かったけど、今の私には100点の答え。私のS心を呼び覚ましてくれる答えだわ。

 

「ありとあらゆる世界中の米という米を買い占めて、あんたが金輪際、米を拝めないようにしてやるからそのつもりでいなさい。あら、そう考えたら海兵も何だか楽しそう……」

 

「ジョゼフィーヌさん、何だか分かりませんが怖いですよ。とても」

 

「クエッ、クエーッ」

 

外野が何か言っているが私には聞こえない。

 

~「分かった。直ぐ行く。それとベポたちにも連絡してやってくれ。新入りたちが側にいるんなら奴らと合流させてくれと、ボスからだ。もうひとつ ――――――」~

 

そう来なくっちゃね。ローの苦虫を噛み潰したような顔が目に浮かんできそうである。そんなローの表情を眺めるのは私の楽しみのひとつだ。

 

少しばかり気が晴れたわけであるから、ベポとカールにも連絡してやろうじゃないの。

 

というわけでカールが持つ小電伝虫を呼び出してみれば、

 

「もしもし、カール? あんたたち、今どこ?」

 

~「ああ、ジョゼフィーヌ会計士! 僕たちはホテルのプール上で寝っ転がってます」~

 

別れを告げた相手が出戻るが如くの怒りを呼び覚ます内容であった。

 

あいつら……。プールで泳いでるっていうならまだ可愛げがある。だがプール上で寝っ転がってるっていうのはクソ生意気な絵図しか想像出来ない。可愛くない、実に可愛くないのだ。まあカールはもう能力者になったとは言え……、ってなんで能力者になったのにプールなんかに居るのよ、まったく。

 

「……カールッ!!!!! あんたもう能力者でしょうがーっ!!! 今すぐ服を着て移動する準備!!! さもないと、二度とキレイなお姉さんを拝めないようにあんたの目ん玉取り出して売り飛ばしてやるんだからね!!!!!!!」

 

~「はいっ!!!! ごめんなさいーっ!!!!!」~

 

「ジョゼフィーヌさん。本当に怖いです」

 

「クエッ、クエエーッ!」

 

外野から聞こえてくる言葉は褒め言葉にしか聞こえてはこない。

 

 

 

さてと、

 

「私はひとまずここで止まる。あんたたちはこのまま進みなさい。モシモシの能力を使ってバカなベポとカールに合流してくれたらいいわ。そしてカポネ“ギャング”・ベッジを追って欲しい。私たちの今の目的はそいつにあるから、そいつを捕まえて欲しい。私たちは四商海入りの話も進んでいるから、いずれどこかで合流する必要はあるけど。詳しい話はそこでしましょう。あんたたちが海兵と向き合うのはやっぱり不味いもんね。あんたはいずれアラバスタの国政を司る身よ。早く行きなさい」

 

私は駆けるのを止めて振り返り、その場に留まることを選択する。急に立ち止った私の動きに直ぐ様に反応することは出来なかったのか、カルーは私の後方でようやく歩みを止めたようだ。

 

「……でも……」

 

ビビが口にした言葉の後に濁したものが何なのかは大方想像が付く。どうやらこの娘は結構な心配性みたい。

 

「私なら大丈夫よ。伊達に刀を振るってやしないし、いつでもあんたの相棒と同じ速さで走りだせる。それに……、もうすぐローの奴もやって来るから何の問題もないわ」

 

「信頼してるんですね。何だか仲良さそうだし」

 

「それはどうかしらね……。あいつは基本、生意気な奴だから。でも、いざという時には頼りになる奴よ」

 

「……分かりました。じゃあ私はカールくんたちを探します。ペルはどうしましょうか?」

 

ビビが向けてくる言葉と表情はなぜだかくすぐったいものを感じてしまうが、まあいいか。

 

「……そうね、あの樹のてっぺんにオーバンが居るだろうからコンタクト取ったり、兄さんを助けたり、空から遊撃してくれれば随分と力になると思う」

 

「分かりました。では私は偵察がてらあの樹を目指しましょう。ではビビ様、ジョゼフィーヌさんもお気を付けて」

 

「ありがとう、ペル。あなたもね。じゃあジョゼフィーヌさん、先に行きます」

 

「頼んだわよ、あんたたち」

 

 

 

こうして私は一人佇む。兄さんならここで一服でもするんだろうけど、私は生憎の所、タバコはやらない。

 

全力で逃げるのを止めてここに留まった理由。

 

ローが小電伝虫で最後に口にした言葉。

 

それは兄さんからの伝言。

 

 

我が兄は中々良いことを言うではないか。

 

 

「いい心掛けじゃ。観念して自ら海兵になろうと言うんじゃな。それでこそ海兵としてのあるべき姿」

 

こちらへと猛突進してくる拳骨のガープは私の様子を見て何か勘違いしてるみたいだけど、気にはしない。その猛突進には後ろが全く付いていけてないようであり、白髪ジジイに従うのはあの中折れハットを被る剣士ぐらい。

 

 

ひとまずは蹴ってみようかしら……。

 

 

その思いと共に右足を振り上げてみれば、

 

 

「ほう、観念せんとな……」

 

 

ジジイは不敵な笑みを浮かべだし、

 

 

蹴りの鎌風が一直線に襲いかかってゆくところへ拳突き出して突っ込んできて、

 

 

受け止めて見せた。それはもう軽々と……。

 

 

 

「いい蹴りしとるわい。……それはロッコに教わったんかのう」

 

 

ただその後に続いてきた言葉が私の心を少し揺さぶってくる。

 

 

海軍本部中将 拳骨のガープ、かつてのロッコを知っている海兵か……。

 

 

 

 

 

****

 

 

 

 

 

~「……カールッ!!!!! 今すぐ服を着て移動する準備!!! さもないと、二度とキレイなお姉さんを拝めないようにあんたの目ん玉取り出して売り飛ばしてやるんだからね!!!!!!!」~

 

ジョゼフィーヌ会計士からの怒りで、まるで雷に打たれたかのような感覚に襲われた僕は今の今までプール上で絨毯のように平らなボートで寝そべっていたわけだけど、思わず飛び上がってしまい、優雅に揺れていたプールの水面に波飛沫を生みだしていた。

 

「カール! 騒いだらプールから閉め出されるぞ!! ってお前もうカナヅチなんだから何やってんだよ」

 

ああ、そうだった。自分で自分のことを忘れてしまうのはまだ慣れてない証拠かな~。

 

何とか運良く手近で漂っていた自分のボートに掴まって事なきを得た。

僕の横で同じく絨毯のように平らなボートで寝そべっていたベポさんが、綺麗な扇形をしたプールの向こうに立て掛けられている看板を指差しながら注意してきた言葉もようやく頭に入ってくる。その看板にはこれまた優雅な筆記体で注意書きがされているんだけど、書かれている内容が遊泳禁止なんだよね。

 

どんだけ優雅に書いていても、ちっとも内容は優雅じゃないよ。そもそもプールなのに遊泳禁止ってどういうことさ、まったく……。もう泳げないわけだからいいけどさ。

 

それでもやっぱりプールから閉め出されたくなかった僕たちは渋々こうやって寝そべってたわけで、っていうか寝そべるしか選択肢がなかったって言う方が正しいけど。それを正直にジョゼフィーヌさんに伝えたら、聞いたことがないような脅し文句を投げつけられたんだけど……。まあ寛いでたのは確かっていうのは百歩譲ったとしてさ。

 

もう、こわいよ~、ジョゼフィーヌさん。僕から目がなくなったら本当にキレイなお姉さんを拝めなくなっちゃうじゃないか。

 

あ~、そうだ。それどころじゃなかったんだ。早くプールから上がらないと本当に僕の目ん玉がとんでもないことになりかねない。

 

「ベポさ~ん!! さっきの会話聞こえてなかったの? 僕たち早くプールから上がらないと目ん玉なくなりそうなんだけど」

 

「……うん? 目ん玉?」

 

ベポさん本当に聞こえてなかったのかな~? 返事が生返事すぎるし、人の気も知らないで寛ぎすぎなんだけど……。

 

もうこうなったら道連れだよ。あの言葉は絶対に僕だけに向けられたものじゃないはずだ。

 

「ジョゼフィーヌ会計士からだよ。さっさとプールから出ないと目ん玉取り出して売り飛ばすって。目ん玉がいくらで売れるのか知らないけど、あの人なら本当にやりかねないでしょう? ベポさんだって、キレイな白クマさんに出会っても一生顔を拝めなくなっちゃうんだよ~」

 

「そりゃ、一大事だ!!」

 

 

 

こうしてベポさんも僕と同じようにこの飛沫ひとつとして立ち上がらないプールで盛大にも飛沫を撒き散らしてしまい、僕らは結局プールから閉め出される運びとなってしまった。

 

あ~あ、プールへ行ってていいって言ってくれたのロー副総帥なんだけどな~。でもこれをジョゼフィーヌさんに言うのはやめておこう。そうしたらロー副総帥の目ん玉がなくなりそうだ……。

 

それに薄々プールに行ってる場合じゃないことは感じていたし。上では僕たちにとって大事な話し合いが終わったらしい。って言うより始まっただけか。懐中時計を取り出してみれば時刻は14時をオーバーしている。

 

総帥は言っていた。これから24時まで鬼ごっこだって。しかも僕たちは鬼でもあり逃げる方でもある。だからこそプールに入ってる場合じゃなかったんだけど、しょうがないよね。プールの上で寛ぐのは心地良すぎたんだから。

 

「何だか騒がしいな」

 

ベポさんが言う通り、ホテルのロビーは何だか騒がしいことになってる。プールに入る前はとても静かな落ち着いた空間だった。声のトーンを落とすのが当たり前のような空間だったんだけど、今はどうだろうか。ホテルを利用する人たちが皆この場に集まって来たかのようなごった返しよう。しかも皆が皆一方向に向かってるように見える。もしかしてホテルから出ようとしてるのかな。

 

かなり動きにくい空間になってしまってるけど、ここに居ても正直何も分からないのでどうなってるのか探ろうと僕たちもロビー内を動きだしてみる。一方向に向かう人たちの波に対して、僕たちは直角に遮ろうとしてるものだから邪魔でしかない存在だろうけど。

 

「カール! あそこ見てみろよっ!!」

 

僕がもみくちゃにされながら、その体で泰然としてるベポさんが指差す方向に視線を向けてみれば、それは窓向こう。その先には総帥たちが向かった空中会議室があったはず。アーチ形の橋のような建物でそれはそれは優美な楕円を描いていたけど……。

 

 

途中から先が存在してない。まるでそこで誰かに真っ二つに切られたみたいに……。

 

 

本気で、……プールに行ってる場合じゃなかったや。

 

 

「あれはもう始まってるぞ」

 

「どうする? ベポさん。あそこにまだ総帥たちがいるかどうかも正直わかんないよ?」

 

っていうか、あそこに僕たちが行ったとしても何かが出来るわけでもないような気がする。何せあんなふうに建物が真っ二つになるぐらいなんだから。

 

「ひとまずここを出よう。俺たちがあそこへ行っても何もできねぇよ。俺たちに出来ることは追い掛ける方だ。ボスが言ってただろ。ベッジって奴を追うんだよ」

 

「うん、そうだね。でも、ビビ王女とも合流しないと。ジョゼフィーヌ会計士はそんなことも言ってた。ただビビ王女ならモシモシの能力を使えるから僕たちを探し出してくれるよ、きっと」

 

「よし、じゃあこのまま人の流れに乗ってここを出るぞ」

 

 

こうして僕たちの追跡行は始まったんだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「わ~お! ほんとに空を飛んでるみたいだ!!!」

 

僕たちの追跡行はまず大騒ぎのホテルを脱出することから始まったわけだけど、次に僕たちが取った行動はこの島の空を縦横無尽に駆け巡るこのパラソルに乗り込むことだった。ホテルを飛び出してすぐに目に付いてきたパラソル乗り場は僕たちを誘惑するには十分な佇まいを見せていたし、誰かを追い掛けるにはお誂え向きの乗り物のように僕たちには思えたんだよね。

 

「意外と頑丈だな。跳ねても大丈夫そうだ」

 

ベポさんがそう言いながら、真っ赤なパラソル内で自分自身を揺らしてみせるわけだけど、結構スリリングではある。いや確かに頑丈そうだけどさ。ベポさん自分の体重と体形分かってんのかな~。

 

逆さになったパラソルがどうやって動いてるのか不思議だったんだけど、滑車が付いてるみたいなんだよね。それで制御された動きになってるみたい。上りも下りも水平移動もほぼ同じスピードで動いてるわけなんだから、きっとそうだ。

 

パラソルの縁から下を覗いてみたらキューカ島の街並みを見渡せる。後ろの方に僕たちがさっきまでいたホテルも見える。総帥たちがいたはずの場所は下から見たように真っ二つになってる。総帥の姿が見えるかと思ったけど、ちょっとここからではもうよく分からない。まあでも総帥たちなら大丈夫だろうと思う。だってもう総帥たちはかなりの強さなんだし。

 

僕たちは僕たちのやるべきことを考えるのが一番だ。

 

このパラソル軌道はあの巨大樹を回り込むようにして島の向こう側まで行けるらしい。今オーバン料理長はあの巨大樹のてっぺんに居る。そこから現れたベッジって人がどこへ向かうのか? それが問題なわけだけど。普通に考えれば行先は海、つまりは自分の船に向かうはず。じゃあその人の船はどこに停まってるのかが次の問題。そこで僕たちは島の向こう側にその船が停まってるんじゃないかと当たりを付けているってわけ。

 

ただ先回り出来るのかどうかは微妙なところだな~。確かに歩くよりかは速いわけだけど。

 

「カール、今回こそサイレントの出番があればいいな。そろそろ使いたいだろ?」

 

「う~ん、そうだね。でも分かんないよ。どうやって役に立つのか……」

 

ベポさんが言ってくれるのは有りがたいけど、正直自分が得たこの能力を使いこなせるのか僕には何とも言えない。

 

少し溜息でも吐きたい気分になって僕の視線は巨大樹の方向へ、青い空へと向かう。

 

 

 

あれ? なんか飛んでる。 鳥かな?

 

 

「おい、カール! あれ、もしかしたら恐竜ってやつかもしれないぞ。何か鳥じゃなさそうだ」

 

 

え? 恐竜?

 

 

「恐竜ってベポさん。確かに偉大なる航路(グランドライン)には太古の島があるらしいけどさ~」

 

 

あ? その恐竜かもしれないやつから何か落ちてきた。

 

「なんか落ちてきたよ、ベポさん。……もしかしたら誰かかもしれないけど」

 

「ああ、そうだな」

 

その落ちてきた何かか誰かか分からないそれは重力に従って真っ逆さまに落下して僕たちの目の前に、先を進む無人のパラソルに奇跡みたいに吸い込まれていった。

 

そして、跳ねてる。トランポリンみたいに。このパラソルこんなに弾力性まであったんだ。

 

 

瞬間確認できたその落ちてきた何かは、何かではなくて誰かだった。しかも3人。

 

 

一人は僕と同じぐらいの女の子、一人は傘を持ってるキレイなお姉さん。もう一人は頭爆発してる人。

 

 

僕たち結構変なことに遭遇してるっていう自信があるけど、今この時の出来事もとびっきり変だった。

 

 

 

 

 

****

 

 

 

 

 

リミットは10時間。それは10時間もあると考えるべきなのか、はたまた10時間しかないと考えるべきなのか。ただどう考えようとも今この時に時間的余裕があるとは思えない。

 

眼前に座する世界最強と呼び声高い剣士が既に抜刀しようとしている。こいつの提案は暇つぶしに付き合えというもの。それは確かに提案のように聞こえてくる口ぶりではあったのだが、相手の立場云々を考慮すれば、はっきり言わなくとも脅しと取ってもいいだろう。たとえ本人が意識的ではないとしてもだ。こちらを見つめ返してくる突き刺すような視線は冗談を言っているのでは決してないことを容易に語っている。

 

こいつは本気(マジ)だ。

 

となれば可及的速やかに決断する必要がある。

 

 

「ロー。ここは俺達で何とかする。お前はジョゼフィーヌと合流してくれ。さすがにあいつだけでは拳骨のガープを相手するのは無理がある。あいつのことだから、新入りの二人と一羽は海兵から遠ざけようとするだろう。それに下に居るベポとカール。奴らも俺たちの異変には気付く頃だ。ベッジの捜索と追跡は奴らに任せればいい。何とかするはずだ。てっぺんに居るオーバンの遠隔援護は存分に利用しようじゃないか。連絡は密に取っておけ」

 

矢継ぎ早に我が右腕に対して指示を出し、一拍置いて、

 

「お前は暇つぶしをする必要があるのか?」

 

片方の七武海が臨戦態勢を整える横でいまだ動かざること山の如しなもう片方の七武海へと訊ねてみれば、

 

「いや、ない。24時に岬の灯台で待つ。ただそれだけだ」

 

決して胸の内を悟らせまいとするような無表情さで淡々と返事を寄越してくる。その淡白さが逆にまだ何かを腹に抱えているような勘繰りをもたらしてきそうだが、まあ今はいいだろう。

 

「……だ、そうだ。ガープに関してはとにかく時間を稼げ。まともに海兵と相手する理由なんかもう持ち合わせちゃいないからな。――――――――、それと、丁度いい機会だ。今ここで伝えておく」

 

眼前の鷹の目はもうソファから立ち上がろうとしているが、あと幾許かは時間があるはずだ。

 

俺が声色を低くしたのに合わせて、動き出そうとしていたローとクラハドールも居住まいを正している。

 

 

ふむ、素晴らしい正装だ。

 

 

さて、

 

 

「いいか、お前たち。ここからが本当の勝負だ。気持ちで絶対に負けるな。高みの奴らと同じ舞台で戦っていると、そう思え!! ここからはいついかなる時も全てを賭けて牙を剥け! 駆け上がるぞ!!! てっぺんまでな」

 

地獄の業火を抜ける一本道。その先にあるものが漸く俺たちの前に姿を現しつつある。止まるつもりはない。全速力でひた走るしかない。頂きまで駆け上がるしかないのだ。

 

「勿論だ」

 

「問題ない。想像は出来てる」

 

俺の両の腕となる二人からの返事は短くも、そこには言葉にせずとも伝わってくる強い意志が感じられる。

 

「ボス、ターリー屋はどうする?」

 

それもあったな……。

 

「奴の歌劇(オペラ)の開演時間は25時だ」

 

25時だと?! 正気の沙汰ではないな……。

 

「だが、チケットは完売らしいな」

 

全く以て、狂気の沙汰だな……。

 

「……全てが終われば見えてくるさ」

 

 

 

行け。

 

 

 

冷厳なる瞳を持つその相手は俺たちの動きを見図らったかのようにして、漆黒の刀を振り上げて一閃した。瞳とは対極の柔和な微笑みを究極のバランスで表情に保ちながら……。

 

 

 

ローは一瞬で姿を消した。

 

 

 

くまも消え去った。さらばだの一言共に……。

 

 

 

部屋は真っ二つに割れた。繊細なまでの切り口を残して……。

 

 

 

クラハドールは天井に出来上がった切り口を掴んで上へと飛び退った。

 

 

 

俺は、

 

 

 

飛んだ。

 

 

 

暇つぶしか……、

 

 

 

はっきり言って俺たちの方は暇ではないんだが、受けて立とうではないか。

 

 

 

“俺たちの戦い”の火蓋が再び切って落とされようとしている。

 

 

 

引きずりおろして引導を渡してやる相手はまだまだ先にいるのかもしれない。

 

 

 

だがそんな奴らに気持ちで負けるわけにはいかない。

 

 

 

少なくとも同じ舞台で戦っていると理解させなければならない。

 

 

 

俺たちが恐怖を感じている場合ではない。

 

 

 

奴らに恐怖を感じさせてやらねばならないのだ。

 

 

 

眼前の相手に因縁はない。

 

 

 

だが、

 

 

 

その背後には奴らが存在しているのは確かだ。

 

 

 

であるならば

 

 

 

伝えてもらおうじゃないか。

 

 

 

お前たちは引きずりおろされるんだと……。

 

 

 

 

 




読んで頂きましてありがとうございます。

どう暇つぶすのかはまた次回となりまして申し訳ありませんが、


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