ネルソン商会記 ~黒い商人の道筋~   作:富士富士山

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いつも読んで頂きましてありがとうございます。

かなりお待たせ致しました。現実というものに何とか折り合いつけながら向き合っておりました。

お待たせした割には6500字ほどとご期待には沿えずかもしれませんが、

よろしければどうぞ!!


第39話 いま再びの出航

偉大なる航路(グランドライン)” ソリティ(アイランド) 天空の鏡(シエロ・エスペッホ)

 

「漸くにしてここまで来た。まだ楽観視は出来ないがな……」

 

夜の帳も下りた時刻、船内の自室にてグラスを傾けながら言葉を口にしてみる。鼻腔を抜けていくのは芳醇なまでの葡萄の香り、喉に歓喜をもたらすのは熟成された酸味なのか甘味なのか渋味なのか何とも言えない複雑さと奥ゆかしさに溢れたもの。この世の享楽へと誘う液体を嗜むことが出来る者達でテーブルを囲み、嗜めない者たちはたっぷりとミルクの入ったココアで寛いでいる船室。出航を目前にして俺たちはミーティングを始めようとしている。

 

朝も早い時間、島の海岸で秘密裏にヒナと話し合いを持った後に別れ、船へと戻ってみれば船員たちがローの指揮の下、塩の木(ソルトツリー)の切り出しに精を出している様が見て取れた。クエロ家の少女からの許可を受けてのおおっぴらな伐採活動である。これで積荷は中々バラエティに富んだものとなることだろう。珀鉛(はくえん)にダンスパウダー、そして塩の木(ソルトツリー)が加わってくる。船倉にはまだ空きがあることを考慮すれば、次のキューカ島でも何かを積み込むべきだが、それはまあいい。

 

「これが政府から送られてきたっていう封書ね。……入海の件にて伝書使(クーリエ)を送るって……、たったこれだけなの?」

 

ジョゼフィーヌがまるで愛用の羽ペンを回すいつもの仕草の様にグラスを右手で器用にも回しつつ左手で書状をためつすがめつしながら訊ねてきたのは尤もな事だ。

 

政府からの伝書バットが飛んで来たのはつい先程。ヒナは飛んで来ることはないだろうと推測していたがそれはやって来た。届けて来たのは古風な防水封筒であり、表面に何も描かれていなくとも裏面にはしっかりと政府の封蝋が施されていた。だが中に入っていた書状に書かれていた内容はこれでもかというぐらいに簡潔な一文。

 

入海の件にて、応じて伝書使(クーリエ)を送る

 

だけだったのだ。政府からの書状にしては簡潔が過ぎるというところだろう。会計士のジョゼフィーヌからしたら文章はどうとでも取れるようにしておくのが一番だと言う。難解な言葉をもっともらしく使いながら曖昧模糊とした文章で契約書を作成し、相手を混乱状態にして主導権を握ることを至上の喜びとする我が妹であるが、その妹から見たら興味を引くところはないといったところか。確かに簡潔であり過ぎる。

 

「政府も暇人やな~、使いっぱ送るって書いとるだけやんけ」

 

行間を読んでいないようで読んでいるのか、読んでいるようで読んでいないのか分からないオーバンがグラスの中身を飲み干した後に両掌を上にあげる仕草を見せながらそう言ってくる。こいつが口にすると身も蓋もないものになってしまうが……。

 

「イマイチ分かんねぇんだが、これは四商海への勧誘と取っていいのか?」

 

ローが一口分を舌で味わうようにして堪能する様を見せた後、確認するようにして言葉を発してくる。

 

「多分ね。入海って書いてるんだから、そうなんじゃない?」

 

「入海だからいつ出航するのか聞いてきてるのかも」

 

「べポさん、そんなこと言い出したら、それこそ政府の人たちは暇人ってことになっちゃうよ」

 

ローの質問に対してジョゼフィーヌがひとまず答えてみせ、それをべポが背後からココア片手に覗きこみながら勝手な事を差し挟み、カールがさらにやんわりと突っ込みを入れるという有り様。

 

こいつら……。

 

どこにいつ出航するかで書状を出してくる奴がいるのか、まったく。そんな奴らにはとっておきのものを披露してやる必要がありそうだ。

 

「書状はそれとして、問題は書状と一緒にこいつも同封されていたことだ」

 

“黒い商人” ネルソン・ハット 4億8000万ベリー

 

“死の外科医” トラファルガー・ロー 3億ベリー

 

“脚本家” クラハドール 1億2000万ベリー

 

阻撃手(ブロッカー)” ザイ・オーバン 1億1500万ベリー

 

“花の舞娘(まいこ)” ネルソン・ジョゼフィーヌ 1億ベリー

 

それは新たなる手配書であり、俺たちの首に懸けられた金額が上がったということである。

 

「え~、また上がったの~」

 

「わいもか」

 

それぞれ言い分はあるだろうが、ここで問題なのはそういうことではない。なぜ書状と同封されているのかという点である。

 

「奴ら、諸手挙げて歓迎してるわけじゃなさそうだな」

 

ローの言う通りだ。書状と同封しているということはそういうことだろう。出来ることなら正義の名の下に俺たちを何とかしたいのだろうが、結果が出ない以上は方向性を変えてみたといったところか。逆に四商海入りを決めなければお前たちどうなるか分かっているだろうなと脅されている様にも取ることが出来るかもしれない。何にせよ思惑は存在していることだろう。俺たちにとっては決して歓迎出来そうにない思惑が……。

 

「脅しだ」

 

席には腰を下ろさずに給仕という執事としての職務を忠実にこなしているクラハドールが、恭しくもワインボトル片手に話の輪へと加わってくる。

 

「前半の海でこの額を懸けてきたってことは誘いを断った場合どうなるのか想像するのはわけねぇことだ。政府も暇じゃねぇだろうが、奴らはやると決めれば徹底的にやる。次は大将一人で済むはずがねぇ」

 

我が執事は自らの意見を披露しつつ次なる一杯を注いで回ってゆく。再び満たされたグラスを眺めながら思考に耽ってみれば辿り着く先は進むも地獄退くも地獄の未来しか思い浮かびやしないがそんなことは今更であることも確か。

 

「どうするボス? ……って、聞くまでもねぇか……」

 

ローが新たなる一杯を口にした後で問うてきたが、勿論答えなど最初から決まってはいる。

 

誘いは受ける。それ以外の選択はない。

 

だが、分析をしておくに越したことはない。受ける、受けないによるリターンとリスク。現状を出来るだけ正確に掴んでおくことはこの先を突き進んで行くに当たり外せないだろう。

 

気がかりなのは青雉の前に姿を現しておきながら、存在だけであの絶望に近かった状況を打開しておきながら、ロッコには一切懸賞金が懸けられていないということ。これでは何か勘繰ってくれと言っているようなものだ。当の本人は押し黙ったままであり、何も言葉を発しようとはしていない。話す気がない以上は仕方がないか……。

 

「四商海入りは受ける。受けたところで俺たちを取り巻く状況が平穏になるわけはないだろうし、厄介なことがこれでもかと待ち受けてはいるだろうが、これが前提条件だ。俺たちのヤマはここから新たなスタートといっていい。ひとまずは次のキューカ島でやるべきことだが……」

 

頭の中に浮かび上がってくる諸々を一旦は閉め出して、間近に迫ることに対して意識を向けて言葉を紡ぎ出していき、

 

伝書使(クーリエ)に会い、政府からの話を聞く。奴らは条件を付けてくるだろう。そこで意味を持つのが手元にある珀鉛(はくえん)でありダンスパウダーだ。それにニコ・ロビンが言っていたその製造工場もおまけに付けてやろうじゃないか。とはいえ、その心臓部まで渡すつもりはないがな」

 

方針を語ってゆく。

 

「政府は誰を寄越すかしらね」

 

「碌な奴じゃねぇんだろ……」

 

「おばんざいでも作ってもてなしたったらええんちゃうか?」

 

こいつらは言いたいことを言っているが、オーバンよ。少なくともおばんざいでどうにかなる相手でないことだけは断言しておこう。

 

「……一人とは限らねぇぞ。応じてってのはそういう意味だろ。複数寄越してくる可能性はある」

 

だがクラハドールが口にした懸念は一考に値する。確かに一人とは限らない。それこそ珀鉛(はくえん)とダンスパウダーでそれぞれ別の相手がやって来る可能性がある。どんな交渉相手かはまだ分からないが、そもそもに交渉となるのかどうかさえ分かってはいないが……。

 

「そうだな。どういう展開になってもおかしくはない。俺たちもそれに応じるだけだ。備えだけはしておこう」

 

そう締め括ろうとしたところへ、

 

「兄さん、大事なこと忘れてるわよ。キューカ島に居るんでしょ? ビビ王女たち。加入させるんでしょ? 兄さんが言い出したんじゃない。どういう風の吹き回しか知らないけどアラバスタから連絡が入ったって……」

 

ジョゼフィーヌがくるくると回すグラスをこちらへと向けながら指摘をしてくる。

 

忘れるものか。俺たちに新たに二人と一匹、否、一羽か。が増えるんだ。確かに大事なことである。とはいえ、絶対に話の出所を明かすわけにはいかないので、あまり話を広げたくないだけだ。広げればぼろが出てあっという間に気付かれてしまうに違いない。この稀代の会計士の手に掛かれば。機密事項が機密でも何でもないものとなってしまうだろう。そうなれば、こいつは特大級の癇癪を起こすに決まっている。結果がどうなるのか、考えるのも恐ろしいことである。故に、

 

「俺としたことがすっかり忘れていた。そうだ。また二人と一羽を加入させるつもりだ」

 

何とか思い出したとでも言うような言葉を口にしておく。

 

「私は歓迎だわ。仕事量がさすがに手一杯になってきてるし。彼女ならいいアシスタントになるかもしれないもんね」

 

「僕もキレイなお姉さんは大歓迎です」

 

「ほ~う、その一羽っちゅうんはいざとなったら食料に早変わりするんか? そらええやないか。ジョゼフィーヌ、契約に盛り込んだれよ~」

 

理由は様々、若干聞き捨てならないものも存在しているが概ね歓迎の声に包まれている俺たちネルソン商会への新たなる加入。

 

「中枢へ進出となれば俺たちの事業は多岐に渡ってくる。人手は大いに越したことはねぇが……。……ポリグラフには掛けるのか?」

 

二杯目を既に空けてしまったローが尋ねてきた質問への答えは諾ということになるだろう。クラハドールとは違って得体が知れない相手ではないが、例外は存在しない。加入する相手の素性と裏はしっかりと取っておく必要がある。

 

「勿論だ。向こうも何かしらの思惑を持って入って来るわけだからな」

 

ローの問いかけにそう答えながら押し黙ったままのロッコの様子を窺ってみる。グラスは中身で満たされており、多分あれは2杯目だったはずだ。こちらの視線に気付いたのかロッコは俺に対して視線を合わせてきて、

 

「アラバスタは中枢より遥か西でやすが、代々治めるネフェルタリ家は中枢とは切っても切れない関係でやすよ、実はね。行けば分かるこってす。先へと進めば分かるこってすよ、いずれね。ぼっちゃん……、わっしの手配書がねぇってのを聞くのは野暮ってもんでやすよ。わっしにもよく分からんこってすからね……」

 

こちらを上手くはぐらかすような言葉を投げ掛けてくる。

 

「ロッコったら、もったいぶっちゃって……。あんた、もしかしてとんでもない大物なんじゃないの? 懸賞金さえ付けるのが憚られるような……」

 

ジョゼフィーヌの推測は考えられる話であり、もしかしたらもしかするわけだ。

 

「そんな邪推はそれこそ野暮ってもんだぜ、あんた。ロッコさんの言う通り、先へ進めば分かることだ。……手配書で言えばこれにも目を通してた方がいいんじゃねぇか」

 

十中八九でジョゼフィーヌからの反撃を食らうであろう口撃を繰り出したローは上着の中から2枚の手配書を取り出してくる。

 

モンキー・D・ルフィ 1億ベリー

 

ロロノア・ゾロ 6000万ベリー

 

それはレインベースの奔流迸る中で別れを告げたあの麦わら達の新たなる手配書であった。アラバスタの一件で政府もとうとう見過ごすことは出来ない奴らだと見定めたらしい。額が3倍以上に跳ね上がるとは恐れ入る。

 

「これで奴らも一端の大海賊様ってわけか……」

 

「そういうことだ。この額になれば海軍も将官クラスを遣らざるを得ねぇだろう。まあ俺たちには関係ねぇことだが……、興味深くはある。……ついでだがこれも奴らに入ったってことなんだろな」

 

たしぎ 1200万ベリー

 

次にローが取り出して見せたのは元女海兵が刀片手に凄んでいる写真が載せられている手配書であった。どうやら女海兵も公認として麦わらの一味となってしまったらしい。

 

「元女海兵の未来に幸あれ……。としか言いようがないな」

 

俺の放った言葉に対し、皆一様にして神妙な面持ちとなり、うんうんと頷いている。麦わらの面々がここに居れば突っ込んでくれたかもしれないが、残念ながらこの場には存在しない。

 

 

そんなことよりもだ。

 

「奴らには奴らの目的があるし旅がある。俺たちは俺たちの野望のために突き進むだけだ。キューカ島へ向かおう。出航準備だ」

 

その締め括りと共に俺たちは各々のグラス乃至はカップを飲み干し、若しくは盆を小脇に抱えて立ち上がり、会はお開きとなった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

こんな夜更けを形容する言葉があるとすれば草木も眠る時刻とでも言えようか。だが俺たちは眠ることはない。否、眠ってなどいられない。檣頭(しょうとう)の長旗を仰ぎ見れば風が吹き始めていることが分かる。出航するには申し分ない。不思議と陽が落ちなければ風が生まれないソリティ(アイランド)近海故にこんな時間に錨を上げなければならないわけである。

 

船尾甲板前端の手摺に両手を置いて眼下で出航作業に大わらわな船員たちを眺めていると身が引き締まるものを感じずにはいられない。闇の中でもそちこちにランタンの明かりは灯されており、マストの先へとよじ登っていく者、甲板にてロープを操作している者、各備品が定位置に収められているかを確認するのに余念がない者、皆が皆この船というひとつの生命体に命を吹き込もうと躍起になっているではないか。

 

「フォアマスト、遅れてるわよ!! 急いでっ!!! カール、そこの樽二つは左舷側! じゃないと釣り合いが取れないじゃない!」

 

ジョゼフィーヌの気合が入った指示が飛んでいる。中甲板に仁王立ちし、四方八方に目を配りながら叱咤激励する姿は頼もしい限りだ。こんな時にはもしかしたらあいつは実は弟なんじゃないかと疑ってしまいそうになる。

 

我が妹の頼もしさに満足を覚えつつ振り返り、甲板後端へと向かえば屋根の下、ロッコとベポが舵輪脇にて打ち合わせを行っているのが見て取れる。

 

「航路設定は?」

 

「問題ありやせん。途中気になる岩礁が幾つかありやすが、行きのあれを何とか渡り切ったんでやすから大丈夫でやしょう。またボートを下ろしてベポに測深をやらせやすよ」

 

ロッコの返答もまた実に満足のいくものである。ベポもしっかりとした頷きを寄越す。砂時計の砂が淡々と下へ下へと落ちている様子さえ活力を与えてくれそうだ。

 

索巻き機(キャプスタン)?」

 

「準備万端だ」

 

船尾甲板中央にて錨を上げる準備をしていたローからも静かながら決然とした返事が返ってくる。

 

「ミズンマスト完了!!」

 

「メインマスト完了!!」

 

「フォアマスト完了!!」

 

一拍置いて、

 

「総帥!! 出航準備完了しましたっ!!!!」

 

ジョゼフィーヌからの響き渡る大音声にて報告が飛んでくる。

 

 

完璧だ。

 

 

振り仰げば風にはためく長旗がかすかに見える。見張り台ではオーバンが夜目を凝らしていることだろう。気付けば横にはクラハドールが一分の隙も存在していない正装姿で侍っており、恭しくも愛用の銃となった連発銃を手に持っていた。

 

「総帥、お願いします」

 

 

よし、

 

 

「錨上げーっ!!!」

 

 

そして、銃を受け取り闇空へと貫かせんばかりに上へと掲げてゆく。

 

索巻き機(キャプスタン)はローによって淀みなく回転しており、錨がするすると上げられていく様が容易に想像できる。

 

この船に乗り組む皆が、ネルソン商会である皆が皆俺の方向に顔を向けており、そこに悲壮感などこれっぽっちもありはしない。あるのは期待に満ちた表情だけだ。漆黒の正装は闇夜の中でも煌々と照らしているランタンの灯によって浮かび上がるようではないか。

 

 

息を大きく吸い込む。そして、

 

 

「出航!!!!!」

 

 

俺の中にある全ての思いを吐き出すようにして高らかに出発の時を宣言し、銃の引き金を引く。銃弾は2発闇空へと放たれてゆき、劈く銃声と共に歓喜の雄叫びがそちこちから湧き上がってくる。

 

左舷向こうでは小ぶりな船の甲板上に姿を現しているクエロ家の少女の姿が見て取れた。彼女は俺が渡したシルクハットを天に掲げこちらへと振って見せている。

 

 

 

いま再びの出航。骨休めは終わりだ。俺たちは闇夜の大海原を突き進み、先へと向かう。 




読んで頂きましてありがとうございます。

あまり進展はございませんで、申し訳ありません。次はキューカ島に入っていくと思われます。

誤字脱字、ご指摘、ご感想、よろしければ心の赴くままにどうぞ!!

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