戦いの話を投稿いたします。
11/16 改稿させていただき戦いの結果が変更となっております。申し訳ありません。
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「当直員は登檣!! 速やかに縮帆作業にかかれ!!!」
船尾楼甲板に出てみると、相変わらず甲高い大音声でジョゼフィーヌの指示が聞こえ、ロッコが目で合図を送ってき、べポは軽く一礼してくる。ジョゼフィーヌがこちらに近付いてきて
「総帥! 針路、東南東。そのままです。漂駐に入ります」
と声を掛けてくる。こういう儀式めいた時だけこいつは口調と呼び名を改めてくる。こいつの有能たる所以ではあるし、確かにこちらも身を引き締められる。皆一様にして漆黒の正装と緊張感を身に纏っていて、戦闘前にはこの雰囲気が心地よい。
闇が消え去り、夜明けが近いことを感じられるが、それにつれてあたり一面を漂う白さが増している。先頭のマストは白靄の中に隠れ確認することはできないが、眼前ではメインマストに登った船員によって手際良く帆が巻き収められていく姿が辛うじて見分けられる。
厄介だ。実に厄介である。
程なくしてローとオーバンも甲板に姿を見せる。この二人は船内を裏で支える守りの要であると同時に戦闘において威力を発揮する攻めの要でもある。ローは医務室での待機を助手のピーターに任せてきたに違いない。ピーターの手に負えない時だけこいつは下に戻る。
こいつもダークスーツに身を纏い、しっかりとタイを締めているが、背中にはハートの刺繍が入り、腕にはコラソンの文字が縫い付けられている。そして、頭にはアニマル柄のファーの帽子。おいおい、ファーの帽子は契約違反じゃないのか。ネルソン商会の正装はシルクハットだ。
だが、ジョゼフィーヌが何も言わないところをみると、どうやら契約違反ではないらしい。俺も今一度皆の雇用契約書を丹念に精査する必要があるかもしれない。
「オーバン。早速だが登ってくれ。是が非でも奴らが来る前にどこのどいつなのか知っておく必要がある」
こいつの目は相当に利く。こんな霧の中では難しいだろうが何とか見分けてくれるだろう。
「了解や。えらい難儀やけど。しゃーないわな」
オーバンはそのままメインマストに向かい、獲物である狙撃ライフルを肩に斜めがけにしながら、サルの木登りのように器用に登っていく。今もメインマストのてっぺんには見張りがいるが、そいつから双眼鏡を受け取って見張りに着く。
ローが船尾楼甲板に上がってくる。
船尾楼甲板は風と雨除けのために屋根を設けている。左右、頭上をコノ字型に覆うような形で設えられている。背後は窓もあり後方確認もできるし、船尾砲が2門鎮座させられていて、砲員が既に配置についている。屋根の下には舵輪があり、今はべポが握っている。その横には海図台。上から巨大な砂時計が吊るされていて、こいつで当直時間を計り、3時間のつどひっくり返す。海図台を囲むようにして、ジョゼフィーヌ、ロッコ、ローが集まり、カールがそばに控える形となる。
「よし。始めるぞ」
戦闘前のミーティング開始だ。
「風はこのまま保ちやす。それに、この霧は多分あと1、2時間でさぁ」
ロッコが口火を開く。この男は海のベテランだ。長年亡き親父に航海士としてつき従い、海を知りつくしている。
「奴らがこの機に乗じて仕掛けてくるのは間違いないだろう。この4、5日の間うっとうしい蠅みたいに付きまといやがって。奴らもじっと俺たちをうかがい狙っていたに違いないからな」
俺が考えを口にすると、
「あいつらは多分海賊よね。そもそもあいつらは霧が出てくることを予期していたのかしら?」
とジョゼフィーヌが疑問を口にする。それについて考えてみる。
相手によるだろうな。奴らの中にいる航海士が並でなければ、ここらの気候を知っているだろうから、予め準備している可能性はある。そうだとすれば、奴らは今すぐにでも船尾をよじ登ってくるかもしれないわけだ。
「その可能性はある。なんにせよぐずぐずしている暇はねぇわけだ。どうする?」
ローがそう口にするのに続いて
「こっちから仕掛けることはまずしない。俺たちは海賊ではないからな。襲われたら返り討ちにする。それだけだ。だが、襲われた以上は容赦しない。迎え討つぞ」
俺が方針を述べると、ローは目を閉じており、一心不乱に考えに没頭しているようだ。
「ロッコ爺の見立て通りにいくなら、そこで旋回して奴らのメインマストに一発お見舞いするってのはどうだ? ロッコ爺も俺と同意見のような気がするが?」
ローはロッコの光る目を見てそのように感じたのだろう。確かにいい案だ。奴らの息の根を止めない限り追撃は免れないだろう。メインマストに一発は最小限の力で奴らを足止めできる。
「ひよっこがいきがりおってからに。ああ、わっしも同じ意見じゃよ。どうでやすか? 坊っちゃん」
言葉とは裏腹にロッコは少し嬉しそうである。ローもよくロッコから覇気の特訓を受けていた師弟関係だ。だがロッコよ。坊っちゃんは余計だ。だが、それを指摘する時間が惜しいのが憎らしい。
「決まりだ。それで行こう。タイミングが肝心だな。砲撃の指揮はロッコ、おまえがやってくれ。打ち漏らすわけにはいかない。だからべポ、おまえに船の舵取りがかかってるぞ。できるな?」
「アイアイ! ボス」
べポが元気よく応答し、ローはそんなべポの肩をポンポンと叩いてやっている。ロッコも、了解でやす、と返してくる。
「ジョゼフィーヌ。船首の守りを頼む」
ジョゼフィーヌはうなずき返し、了解の意を伝えてくると
「おーい、甲板!! 海賊旗が見えよったー。十字架に交差した釘。それから、あれはなんやー? 藁人形の顔かいな?」
と突然頭上より大音声が響き渡る。オーバンが見張り台より報告してくる。
十字架に交差した釘、真中に藁人形の顔。もしや……。
「ホーキンス海賊団だわ。船長は“魔術師”バジル・ホーキンス」
ジョゼフィーヌは手配書集めを趣味にしていた。俺も見たことがある。
“魔術師”バジル・ホーキンス 懸賞金 8700万ベリー
ここのところ急激に名をあげている新興の海賊団だ。厄介な相手だ。だが情報はある。少ないものではあるが。出てくる海賊団は情報が入るその都度リストを作っている。規模、船長の名前、特徴、戦い方。俺たちの商売において情報は命にも等しい。
「ホーキンス屋か。能力者だな。実の名前はわかってねぇが、タロットカードを操り、藁になる。まさに魔術師ってわけだ。厄介だ」
右に同じだよロー。とにかく相手はわかった。奴の能力がどんなものか正確にはわかってないが今あれこれ考えても仕方ない。
「各自、持ち場に付いてくれ。それから、ひとつ言っておくことがある。……今までもそうだがこれからもロッコは戦闘の前面には出ない。ロッコは俺たちの師匠ではある。だがそれゆえに主戦力は俺とロー、そしてジョゼフィーヌだ。これは肝に銘じて自覚しておいてほしい。……以上だ。」
俺の言葉にその場の全員が意を決したように目に力を込めて頷き返してくる。
ロッコの助けがなくとも戦い、迎え討てなければならない。俺たちの真価が試されている。
「カール、ミーティングの内容をオーバンに伝令を頼む。機会があれば狙撃しても構わないと付け足してな」
「了解しました。総帥! それと、こちらをお忘れですよ」
そう言ってカールは小脇に抱えた俺のシルクハットを取り出す。俺としたことがうっかりしていたな。自分のシルクハットを忘れていたとはハットの名がすたる。そう俺の名はネルソン・ハットだ。ジョゼフィーヌめ、こういう指摘はあいつの十八番のはずだが。たまにあいつは俺に対して甘くなる。
カールは渡し終えると小走りに中甲板に下りていく。カールは鼻が良く利き、そして聡い子だ。俺たちのミーティング内容をしっかりと要約してオーバンに伝えてくれることだろう。
俺は背後を振り返り、白靄の中に奴らが現れはしないかと目を凝らしてみた。
さあ、来い。
その瞬間は突然に幕を開けた。白靄にまぎれてボートで船首に回り込んだ奴らが
「ブラック・ネルソン号の者、あいつらを迎え討てー!!!!」
ジョゼフィーヌのいつにも増して気合いの入った大音声が聞こえてくる。開けてきているが、まだ船首はうっすらと霧に包まれている。剣と剣とのつばぜり合いの音が聞こえてくる。あいつの真骨頂は居合にあるので、近接した白兵戦は得手としていないかもしれないが、あいつに任せておけば大丈夫だろう。あいつも覇気使いだ。
そして
来たな。真打ち登場だ。
カタンと音を鳴らしながら、船尾楼甲板左舷の白靄の中から現れて、船縁に降り立った姿。長い金髪を左右に垂らし、真っ白なゆらゆらとしたコートを羽織った長身の男。
バジル・ホーキンス
奴は取り澄ました表情でこちらを見つめている。
「今日は略奪すると運気が上がる日でな。失礼する。黒無地で図柄の全くない旗。いまどき珍しいがネルソン商会で間違いないな?」
「ああ。そうだが」
略奪すると運気が上がる日ねー。言ってくれるな。
こいつは俺たちをネルソン商会と知った上で襲って来たらしい。なるべく残さないようにしているが、動き回れば足跡はどうしたって残る。名が広まっていく。俺たちも決して例外ではない。
「殺生をすると運気が下がる日でもあってな。それにおまえたちに死相も見えない。だが、何よりも略奪の成功率2%というのに興味を惹かれた。たかが一商人でこの確率は初めてだ」
「ああそうかい。褒め言葉と受け取っていいのかねー。じゃあ戦闘の成功率はいくらだった?」
俺の言葉を聞いて、ふふっと少し笑顔を見せた奴は、船縁から甲板に降り立った。
この世には嵐の前の静けさというものがある。その瞬間はまるで時間が止まっているような錯覚に陥ってしまう。だがそれが終わると怒涛の出来事の連続がはじまる。
「おい、おまえー。勝手に甲板に入ってくるんじゃねーよー」
近くにいた砲員たちがカトラス片手に奴に斬りかかった。
おい、やめろと叫ぶには遅かった。砲員の斬撃は避けられることもなく、奴の体に入っているが、当の本人の表情は少し笑っており、体を見る見るうちに藁に変化させて……。
考えてはいた。魔術師であることと藁に体を変化させること。だが、気付くのが少し遅かった。藁人形……。
「おい、おめぇらそいつからすぐに離れろ」
ローも一瞬早く気付いたようだ。だが、それでも遅かった。
斬りかかった砲員たちがなぜか突然斬撃を受けたようにのたうって倒れ、それを眺めながら奴は藁に変化させた腕から藁人形を取り出して見せた。
そういうことか。くそ、やられた。
「ロー」
「あの傷ではまずい。俺はすぐに下へ行く」
「わかった」
くそ、これは奴の作戦だったのかもしれない。さっき奴は俺を見つめた後にローに視線を送り、凝視していた。ローの名もまた広まっていたのかもしれない。攻めの要であるが船医でもあるローを事実上戦力外にする。考えすぎだろうか?
ロッコが目配せを送ってくる。霧が晴れつつあるのだ。
「当直員は直ちに登檣。帆を開けー!!! べポ、取り舵用意だ。タイミングはおまえに委ねるぞ。わっしは砲列に行かにゃあならん」
ロッコの大音声の指示で当直員が我先にとマストを登っていく。
「アイアイ!! マスター」
ローは別の砲員に指示を出して負傷した砲員を担がせ中甲板へ下りて行った。
ホーキンスはさあ、どうする? とでも言わんばかりにこちらを見つめている。
時間を稼がないとな。
「見事なもんだな。やられたよ。お前の能力。一体何を食ったんだ?」
奴の顔は仏頂面に戻り、
「俺は確かに能力者だが。おまえに教えてやる義理はないな。ただ先ほど尋ねてきた戦闘の成功率なら教えてやる。0%だ」
こいつは一体何を言ってるんだ。0%でなんで仕掛けてきた。
「おまえたちは商人でありながら重武装。この海のあちこちを何やら嗅ぎまわっている。何を企んでいる?」
こいつは俺たちに相当興味を持っているようだ。
「俺もお前に教えてやる義理はないよ」
眼前のマストに帆がはためいている。当直員がするすると甲板に滑り下りてくる。
「おーい、甲板!! 敵船が見えよったー。帆を張り増しとるなー。突っ込んで来よるぞー」
オーバンからの報告が頭上より轟く。
べポ。心の中で叫ぶ。
「取りかーじ!! 当直員は各
べポの指示が大音声ででたのはいいが、最後がおい。
「べーポー!!!! 指示ははっきりと何度も言ってるだろうがーっ!!!!!」
ジョゼフィーヌの声だ。船首で斬りつけ斬りかかれながらも、べポの指示が聞こえたんだろう。ジョゼフィーヌ、ほんとうにおっかないよ。べポがトラウマを持ってしまうぞ。
とはいえ、べポが舵輪を左に回して、船はゆっくりとだが転針している。
「左舷砲列キャロネード。狙いつき次第、各個に発射ーっ!!!」
ロッコの威勢の良い指示に導かれて、中甲板に備え付けられた必殺のキャロネード砲が轟音を発し敵船に発射されていく。船体が若干左右に揺れ軋む。
奴は仏頂面から変わってまた薄笑いを浮かべている。なんだなんだ。まだ余裕があるのか?
キャロネードは確かに火を噴いて発射された。だが敵船からの轟音は聞こえてこない。
どういうことだろうか?
「坊っちゃん!! そやつの能力でやすよ。武装色で……わっしらの被害は何とか……食い止めやしたがね」
ロッコが若干息を切らせながら言ってくる。
すると、奴が藁の両腕から取り出したものは船の形をした藁人形だった。だが奴も想定外の結果だったようで表情には驚きを見せてはいるが。
迂闊だった。ロッコに何とか助けられたな。
だが、大砲で敵のメインマストを打ち抜くことは出来そうもない。
どうするか?
父の忘れ形見の言葉を思い出す。
人生はチェス盤と同じだ。下手な動きは死を招くが、立ち止まることも死を招く。
現実を直視するとそこに閃きが舞い降りる。
海図台横にある伝声管をひったくり、医務室で闘っているローを呼び出した。
「ロー、聞こえてるか? お前も覇気使いだ、甲板の様子はわかってるな。今どんな感じだ?」
「俺にしかできない手術は優先的に先に済ませた。あとはピーターでも大丈夫だ。もう一度俺がやる必要があるが、時間は割ける」
ローのくぐもった声が伝声管を伝わってくる。時間は割ける。あいつも同じことを考えていそうだ。
「ROOMは張れるんだな? では頼んだ。だが覇気を纏えよ」
「大丈夫だ。奴らの気配が感じられる距離なら、ROOMは張れる。行ってくる」
こちらの問答にホーキンスは怪訝そうな表情である。
そして一瞬後に左方敵船から恐怖の雄叫びが轟いてくる。ローが敵船を覆うようにROOMを張って敵船に移り、獲物である妖刀“
ホーキンスの能力がどこまでのものかわからないが覇気を纏えば阻止はできないのではないか。
奴の表情が変わる、今まで見せたことのない焦りを含んだ表情だ。奴が振り返り、自船を窺おうとする。
チェックメイトは近い。その瞬間を逃すつもりはない。奴の気がこちらでなく、別の方向に向く瞬間を。
俺は日々の鍛錬で叩きこんだ一連の動作を正確に素早く行うだけであった。そう一瞬で。
俺の能力は“ゴルゴルの実”を食べて得た黄金の力。背後より特注の連発銃を取り出して体から生み出した黄金の弾を込めて発射した。己の最大限の覇気を纏って。
「
一瞬の動作で発射された2発の銃弾は寸分の狂いなく、奴の膝の関節を打ち砕いた。奴がこちらに視線を向けつつあったが、そのスピードでは遅すぎである。
奴は苦悶の表情で甲板に突っ伏した。
「勝負あったな。帰れ」
「ジョゼフィーヌ!!」
「片付いたわ」
船首からジョゼフィーヌが応答してくる。
「良くやった。そいつらとまとめて丁重にお引き取り願え!!」
眼前のホーキンスはどうやら身動き取れそうになかった。ローもすぐにこちらに戻り医務室で新たなる闘いに取りかかっていることだろう。
「0%……。そういうことか……」
奴の絞り出した言葉が俺の耳にずっと残った。
「何人だ?」
ここは最下層甲板にある医務室。必要な手術は済んで、負傷者は包帯を巻かれて奥の簡易ベッドに寝かされている。
「3人だ。ホーキンスにやられた奴ら。船首の戦いでけがを負った奴らもいるが幸い軽傷で済んだ」
「そうか」
返り討ちにしてやったとはいえ無視できない人数だ。死者が出なかったのは不幸中の幸いだった。
「ロッコ爺はさすがだよ。咄嗟で船に武装色を纏っていた。そうじゃなきゃこんなもんじゃ済まなかったはずだ」
またあいつに助けられているな。あいつは
「あんた、心を痛めすぎだぜ。こいつらは表から闇に入ると俺たちが決断しても離れずについてきたやつらだ。こんなことは当の昔に覚悟していたやつらだよ」
医学書が詰まった本棚に背と脇を囲まれた小さなデスクの前にある椅子に座りながら、ローが珍しく俺を慰めてくれる。
俺たちは近くで唸っているポンプの音を肴にウイスキーと焼酎をきゅーっと一杯やりながら今回の反省会をやった。
俺たちの戦いは完全勝利ではないながらも続いていくのである。
読んでいただきありがとうございます。
誤字脱字、ご指摘、ご感想お待ちしております。
次はフレバンスです。