ネルソン商会記 ~黒い商人の道筋~   作:富士富士山

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いつも読んでいただきありがとうございます。
今回より偉大なる航路に入ります。いつもより長めです。
辻褄を合せるため1話の設定を変更しております。申し訳ありません。
あと、もしかしたらと考え、アンチ・ヘイトタグを追加させていただきます。
ご了承ください。ではどうぞ!!


第3章 サイレントフォレスト ~偉大なる航路~
第13話 再会、そして始動


偉大なる航路(グランドライン)” ミュート島 “静寂なる森(サイレントフォレスト)

 

 

 

 

 音がしない世界というものが存在する。

 

 

 鬱蒼と茂る森……、それは音の宝庫であるはずなのに、発せられるのは俺たちのものばかり。

 

 

 落ち葉を踏み荒らす音、コートが帽子が木々に触れる音、そして俺たちの息遣い、それらは確かに聞こえる。

 

 

 だが、この森自体が発する音は何ひとつとして聞こえてはこない。

 

 

 サイレントフォレスト……、静寂なる森の世界がここには広がっている。

 

 

 

 

 俺たちは北の海(ノースブルー)、クーペンハーゲル島で取引と諸々を済ませて島を後にしてきた。

 

 クーペンハーゲルでの最後の夜は大変だった。太っ腹な気まぐれをした酒場でローとの黒くも熱い話し合いを終えると、ジョゼフィーヌは完全に出来上がっていた。

 

 財布からお金を吐き出させるのは容易であったが、店から連れて帰るのは一大事であった。何せ梃子でも動かないようにカウンターに突っ伏している状態であった。相当足を踏み鳴らして、テキーラを体内に取り込んだのであろう。

 

 俺たち二人は何とかしてそのどうしようもない酔っ払いを両側から抱えて、青息吐息の状態でその夜はホテルに戻り、翌朝、腑抜けた酔っ払いのなれの果てを二人がかりで叩き起こして何とか船に戻った。

 

 

 そして、南東へと嵐吹き荒ぶ中、船を向け、導きの灯に文字通り導かれて、俺たちはこの世界を2つに分かつ唯一の大陸、赤い大陸(レッドライン)を前方に確認した。それはそれはこの世のものではないような高さで俺たちの前に立ちはだかっており、見下ろして睥睨してくる存在であった。

 

 さらに、その赤い大陸(レッドライン)に割れ目のように存在している駆けのぼる運河は、嵐によって湧き起こる強大な波の力をそのままぶつけるようにして頂きまで続いていた。そう、リヴァースマウンテンまで。

 

 俺たちはロッコの類稀なき操船の下、船員たちの必死の作業によって、その運河を難なく駆けのぼり、運びゆく海流の力によって偉大なる航路(グランドライン)へと航跡を刻みつけることに成功した。

 

 偉大なる航路(グランドライン)側に流れ下った先には、頭に何とも下手くそな麦わら帽子を被ったどくろマークを描かれた、船の100倍以上はありそうな巨大なクジラが、嬉々として出迎えてくれたし、運河の両岸に立つ灯台には頭に花を飾ったこれまた何とも奇特な爺さんがいたが、俺たちはそれらを一顧だにはせず、海図台に置いたひとつの永久指針(エターナルポース)の示す先を頼りに先へと向かった。

 

 偉大なる航路(グランドライン)、世界の中心でありこの世の権力の中枢である町マリージョア、つまりリヴァースマウンテンの裏側に位置する町から赤い大陸(レッドライン)に対して直角に世界を一周する航路。航路と言ってもその幅は数百キロに及ぶと思われ、いくつもの島が混在している。

 

 そして何よりも問題であることは海流や風に恒常性がなく羅針儀(コンパス)が物の役に立たないこと。全くの出鱈目な偉大なる航路(グランドライン)では、各島々から発せられる独特の磁場を記録指針(ログポース)に記憶させながら進むか、一つの島の磁場を記憶した永久指針(エターナルポース)を使うかしか航海する術は存在しない。

 

 さらに気象、偉大なる航路(グランドライン)に存在する島は夏島、秋島、冬島、春島の大体4つに分類され、それぞれに四季も存在するため季節は16段階に分かれる。当然そんな括りには当てはまらないとんでもない島も存在するだろう。

 

 ゆえに無知で心の弱い存在は容赦なく駆逐されていく。そんな世界が偉大なる航路(グランドライン)

 

 こうして、俺たちの船はその偉大なる航路(グランドライン)に入ったわけではあるが、リヴァースマウンテンの麓である双子岬をあとにしていきなり、容赦なく洗礼を受けた。おまえたちにこの海を渡る資格があるのかと問われてでもいるかのように。

 

 雪も凍る氷点下の嵐に見舞われたかと思えば、何とも心地良い春風が運ばれてきたり、炎天下のうだるような暑さに遭遇したり、はたまた大粒の雨と強風による嵐にぶち当たったり。

 

 俺たちは艱難辛苦をただひたすらに乗り越えて、永久指針(エターナルポース)が指し示す秋島、サイレントフォレストへとやって来たのだ。

 

 

 

 そして今現在、森の中を移動している。そばを歩くのはローのみ。なぜならこれはただの散歩にすぎないからである。あくまでも散歩。

 

 森の木々は赤、黄、茶色と色鮮やかに紅葉しているが、高さが優に10mを超えるためその美しさを間近で感じ取ることはできないでいる。差し込む光はなく、辺りを澄みきった空気が漂い、落ち葉の香り、土の香り、木々が発する呼吸が感じられる。

 

 決して、音はしないが。

 

 そう動物がいないのだ。今の今まで全く遭遇しない、獣一匹、虫一匹見当たらない。足跡も存在しない。鳥のさえずりさえ聞こえてこない。この森の生態系は一体どうなっているのか何とも疑わしいのだが、森は現実として存在している。何とも不思議に満ちた空間である。

 

 その不思議加減に圧倒されて俺たちは終始無言であったのだが、

 

「あんたの幼馴染だと言ったな。これから会いに行くのは」

 

 ローが右横で下草を踏み分けながら聞いてくる。

 

「ああ、そうだ。俺のもう一人の幼馴染。会うのは20年ぶりと言っていい」

 

 前方を見据えながら懐かしい気配を探しながら俺もそう答える。

 

「そうか」

 

 そう言ってローはそれ以上深くは突っ込んではこない。

 

「それにしてもフォレストなんてよく名付けたもんだな。俺たちは明らかに登っている。フォレストではなくてマウンテンに改名するべきだな」

 

 少しばかり愚痴を口にしてみる。

 

 そう言いたくもなる状況なのだ。ここは何とも山並みであり俺たちは今勾配を確かに上がっていた。

 

「森じゃねぇか」

 

 ローからの返事はこの一言で終わる。こいつはこういう奴だった。こいつに意見を求めた俺がバカだったな。

 

「ところでロー、珀鉛(はくえん)の不老不死の話、本当のところどう思う?」

 

 俺は話を変えて、気になっていたことをローに聞いてみる。

 

「何とも言えねぇな。俺のオペオペの能力には最上の業として人に永遠の命を与える不老手術があるが……、不死まではできねぇ。だが何かあるな。不老か不死につながるものが。珀鉛(はくえん)の鉱石そのものだけではどうしようもねぇだろうからあれを加工してんだろ。大量の鉱石から加工して取り出せるのは少量なのかもしれねぇ。そして、そいつを使って研究をしてるんじゃねぇか。政府にはベガパンクがいる……」

 

 ローが自分なりに考えていたであろうことを口にする。思うところは大体同じだが、そうだな奴らにはベガパンクがいた。

 

 それにローの能力。俺たちは悪魔の実に関しても独自に調査している。悪魔の実図鑑を手に入れ、それぞれの悪魔の実の能力がどういった特徴を持ち、どこまで応用が利くものなのかを考察している。

 

 ローのオペオペの実は非常に考察し甲斐があるもので、応用の幅も広かった。俺たちはローの能力は悪魔の実の中でも最上位の階層に分類されると結論付けている。

 

 俺のゴルゴルの実の力はどうだろうか? 黄金を無限に体内から生み出せるのであれば、素晴らしいと考えていたが、己の体を黄金にできるだけで生み出すことはできなかった。体内から取り出しても一定の時間を経てそれは消えていくのだ。

 

 

 そんなことを考えているうちに前方に気配を感じるようになる。ローも感じているようで目で合図を送ってくる。木々の先に一つの気配が確かに存在する。その気配を目指して俺たちは先を急ぐ。勾配の頂きが近いように思われる。

 

 そして、ぽっかりと木々が消えて少し明るくなっている場所が確認できる。

 

 さらにその奥には1本の木が目立つように存在し、それを包み込むようにして螺旋状に階段が設けられており、上方には、

 

 

 ツリーハウス……。

 

 

 こじんまりとした小さな三角屋根の小屋と奥にはテラスらしきものが見えた。気配はそこから感じられる。

 

 

 あいつめ、お待ちかねだな。

 

 

 

 

 この再会を生み出したはじまりは20年以上前、1冊の本に出てきた言葉が壮大な計画のとっかかりとなった。

 

 スリーパー

 

 諜報の世界の言葉で対象機関に潜入し指令により目覚め、活動を開始する工作員の事を言う。

 

 この言葉がずっと残っていたのだろう。父が死んだと聞かされたあと呆然としながらもすぐに商売を始める計画を、奴らにほえ面をかかせてやることを、そのために誰かを潜入させることを決めた。

 

 誰かとは幼馴染のあいつしかいなかった。こんなことはあいつにしか出来ないであろうし、最も信頼することができたからだ。

 

 俺はあいつに全てを話した。

 

 これからの計画、野望、そのためにおまえにどうしても潜入してほしいと。あいつは二つ返事で笑って了承してくれた。

 

 そこからはじまった。

 

 あいつの死を偽装して死んだことにし、名前を変えてあいつは旅立っていた。

 

 マリンフォードへ……。

 

 

 

 木製の螺旋階段をひとつひとつ上がっていく。ローもあとをついて来る。上がっていくにつれて視界が開けていくのがわかる。良い場所に建てたもんだ。

 

 階段を上がりきり、右手に小屋を見ながら細い廊下を渡ると一気に視界が開けて、こじんまりとしたテラスになっておりウッドチェアーに座りながらあいつが出迎えてくれた。

 

 

 20年の歳月を越えて再会するのは、海軍本部大佐“黒檻のヒナ”、海軍へと潜入させている俺たちネルソン商会の一員である。

 

 

 ヒナは薄いピンク色のストレートな髪を左右に垂らし、煙草を咥えて紫煙をくゆらせながら不敵な笑みを浮かべていた。服装は正義のコートではなく、漆黒のコートにパンツスーツ、革手袋を嵌めて、しっかりとシルクハットを被っている。

 

「久しぶりね、ハット。まだあの頃の面影が残ってる。感慨深いわ、ヒナ感激」

 

 ヒナはそう言って立ち上がりこちらへやって来る。懐かしい声だ。

 

「ああ、久しぶりだな。おまえも元気そうで何よりだ」

 

 そう言って軽く抱擁を交わすと、

 

「あなたね。ハットの右腕君。聞いてるかもしれないけど、わたくしがヒナよ、よろしく。ハットの幼馴染で今は海軍本部大佐として潜入してる。あなた……、随分と頭がキレそうね、良かったわ、ヒナ満足」

 

と、ヒナは笑顔を見せながら、少し下がって控えているローに興味を向ける。

 

「トラファルガー・ローだ。お前の事だろうから十分知っているだろうが。そして、お前の言うとおり相当にキレる奴さ」

 

 そう言って俺もローを紹介してやる。

 

「よろしく。……ヒナさん……」

 

 ローは多くを語らずに一言挨拶を述べる。

 

「どうぞ、座って。コーヒーを用意するわ」

 

 ヒナはローの挨拶に笑顔になりながらそう言って、煙草を咥えたまま小屋へと入っていった。

 

 

 テラスには綺麗に正三角形の形をしているウッドテーブルに3脚のウッドチェアー、テラスの先には見晴るかすサイレントフォレスト、色付く大絨毯が辺り一面に広がりその向こうに海が広がる壮大な景色が目に飛び込んでくる。吹きつけてくる風が実に心地良い。

 

 俺たちは椅子に腰かけ、

 

「あまり驚いてはいないようだな」

 

「あんたがやること為すことにはもういちいち驚きゃしねぇよ」

 

とやりとりを交わしながら、眼下の壮大な景色に目を奪われていると、盆に3つのカップを載せてヒナが小屋の中から出てきた。

 

「いいところだな」

 

 そうこの場所の賛辞を贈ってやる。ローも無表情だがうなずいている。

 

「一人になりたくなった時にここへ来るのよ。わたくしだけの場所。素敵でしょ?」

 

 ヒナがまた笑顔になってコーヒーカップをどうぞと置いてくれる。俺も煙草を口に咥え火を点けようとすると、ライターの炎が近くでゆらめき、火を点けてくれるヒナ。

 

「ありがとう」

 

「構わないわ。でも、あなたもやるのね煙草。この景色を見たらすいたくなってくる。わかるわ、ヒナ共感」

 

 こうして二人、紫煙をくゆらせながら、何とか我慢してコーヒーを飲んでいるように見受けられる残り一人を加えて話を進めていく。

 

 

「もう立派に賞金首ね二人とも。情報は入ってるわ。バジル・ホーキンスを返り討ちにして、フレバンスではおつるさんを退けて珀鉛(はくえん)を奪った」

 

 コーヒーを口にしたあと紫煙を吐いてヒナがそう言ってくる。フレバンスか、そうだ、あの闇組織の事を聞いておかないとな。

 

「おつるは“ヒガシインドガイシャ”の特務総督らしいな? 一体奴らどういう組織なんだ?」

 

「確かにおつるさんは特務総督よ。“ヒガシインドガイシャ”はね、ここ2、3年で作られた組織なの。革命軍の攻勢が強まってきているから政府の上層部も焦っている。そこで、世界各地に直轄地を設けようとしているのよ。表向きはね……」

 

「表向き……?」

 

 ヒナの説明が核心に触れ始め、ローが思わず聞き返している。

 

「フフフっ、いい反応ね、嬉しいわ、ヒナ歓喜。そう、本当のところは有用な資源に用があるだけ。上手いこと手懐けて資源を掘り出せれば、あとはどうなろうと構わないっていうわけ。そして今、組織が精を出しているのが珀鉛(はくえん)海楼石(かいろうせき)よ」

 

 と、ヒナは頬笑みながら手袋越しに持つ煙草でローを指し、続きを説明している。

 

 そういうことか。俺たちが思い描いていたことと少し違うが大した問題ではない。それよりも海楼石(かいろうせき)か……、いい情報だ。

 

「興味を持ったみたいね。本当に良い目をするのね、あなたの右腕君は」

 

 そうとも。ローはうっすらと笑みを浮かべつつ目が輝いて見える。悪いこと考えてる顔だな。

 

「でもわたくし、手配書の金額だけは不満よ、ヒナ不満。覇気を使えるなら、もう少し上でも良かったはず。四商海(ししょうかい)入りを狙ってるんでしょ?」

 

 そう言って話を変え、ヒナが今度は不満げに顔をゆがめている。

 

「そのつもりだが、おまえも覇気を使えるのか?」

 

 素朴な疑問をヒナにぶつけてみる。

 

「ええ、でも普段は使わないわ。能ある鷹は爪を隠すって言うでしょ……。政府の上層部は狐だらけよ。事は慎重に運ばなくてはならない。目立つわけにはいかないのよ」

 

 そう言って、ふーっと盛大に煙草を吹かす。

 

四商海(ししょうかい)に入るつもりがあるなら、とっておきの情報があるわ。……バロックワークス、アラバスタ王国、その国の王女、そして麦わらの一味」

 

 バロックワークス、こいつらは確か四商海(ししょうかい)の一角。アラバスタ王国は今流行りの反乱真っ最中の国。

 

 それと、王女と麦わらの一味?

 

 何だと言うんだとヒナに対して目で先を促す。

 

「バロックワークスは言わずと知れた王下四商海(おうかししょうかい)の一角。この組織のトップはMr.0(ミスターゼロ)と呼ばれる男。でも彼は王下七武海(おうかしちぶかい)のサー・クロコダイルでもある。政府は全く気付いてないけどね。とんだお笑い草でしょ、ヒナ笑止。そのクロコダイルはアラバスタ王国の乗っ取りを狙ってる。そして王国の王女はなぜか麦わらの一味と共にアラバスタへと向かっているわ。ということは?」

 

 ヒナはそう言ってまた少し微笑みながらローの方を見てゆっくりとコーヒーに口を付ける。

 

「クロコダイルがアラバスタの反乱を演出してやがって、王女は麦わらの一味と共にクロコダイルを潰すことを考えてる。そうなれば俺たちが手を下さずとも四商海(ししょうかい)だけでなく七武海(しちぶかい)の椅子まで空くってわけか」

 

 ローの答えにヒナはよくできましたとばかりに頬笑み、

 

「そういうこと。ハット、あなたもこの名前には注目した筈よ。モンキー・D……、間違いなく彼はガープ中将の孫に当たる。彼がクロコダイルを倒せる可能性は高い。それに、クロコダイルはダンスパウダーに手を出しているわ」

 

そう言ってのける。

 

 ヒナが言うことはもっともだ。モンキー・Dの名でガープの孫、器からしてクロコダイルの比ではない、まだルーキーだが可能性は高そうだ。だが確証もない。ここは一度様子を見に行く必要があるかもしれない。ダンスパウダーも気になるしな。

 

 まあ何にせよ面白いじゃないか。実に面白い情報だ。四商海(ししょうかい)の椅子が空き、珀鉛(はくえん)とダンスパウダーがあれば……。

 

「満足そうなところ、さらにもうひとつ。今夜この島で行われる闇オークションも主催はバロックワークスよ。多分クロコダイルは現れないでしょうけど、悪魔の実が出品されるという話よ、フフフ、どう?」

 

 ヒナは最後にもうひとつ爆弾を用意していたみたいだ。ローも笑みを隠しきれないでいる状態のようで、あれは絶賛高速回転中だな。だが、ローはすぐに無表情に戻して、

 

「実は俺も爆弾を抱えていた。ここで話しておいた方がいい」

 

と、爆弾に爆弾を重ねてくる。

 

 何だと? 俺もヒナも若干不意を突かれて噎せそうになる。

 

「ドフラミンゴも海軍に一人潜入させている。名はヴェルゴ。コラさんの前の先代コラソンだ。あんたには黙っていて悪かった。だが諸々おあいこだろ、これで」

 

 そうローは言ってのけやがる。

 

 こいつ、ずっと黙ってやがったか。だがおいおい、だとするとさらに面白い状況になってくるぞ。

 

「ヴェルゴ……、聞いたことがある名前ね……。確か新世界、G-5支部に今はいるはず」

 

 ヒナが思いだすようにして言葉を口にした後、俺の方を見てくる。

 

「泳がせておけ。奴らがどういう風に動くのか監視するんだ」

 

「賛成よ、ヒナ賛成」

 

 ヒナがわが意を得たりとそう言ってくる。

 

「そのヴェルゴの素性を明かして突き出すのが、ドフラミンゴへの宣戦布告の合図だ」

 

 ローが俺の考えに同意のうなずきを返してくる。

 

「了解よ、ヒナ了解」

 

 そう言って、ヒナは最後にコーヒーカップに手をやったあと、

 

「そんなところね。ではこれが、今までのわたくしが知りえた詳しい報告よ」

 

と言いながら俺の前にアタッシェケースを二つ見せてくる。

 

 中にパンパンに報告書が詰まってることが想像できる。まさに宝の宝庫だな。

 

「ありがとう。良くやってくれたな。では俺からもだ」

 

 ヒナに感謝の言葉を贈りつつ、俺はコートの懐から3つ折りにした2枚の紙とテーブルの下から小ぶりの茶色いボストンバッグをヒナに見せた。

 

「おまえの雇用契約書だ。おまえも俺たちネルソン商会の一員だからな。契約書を作ったのはジョゼフィーヌではなくて俺自身だが、多分大丈夫だろう。そして、こっちは20年分のおまえへの給金……、と考えていたが、この前の電伝虫越しに気付いてな、中身は全部煙草だ」

 

 こいつには感謝しかない。この気持が上手く伝わればいいが。

 

「まあ、ハットにしては嬉しい心遣いね。心が動かされるわ、ヒナ感動」

 

 どうやら伝わったようで、ヒナは契約書をすぐに一瞥してサインを済ませ俺に1枚をよこしてくる。

 

「ジョゼフィーヌの契約書好きは変わってないのね。……ほんまに、えらいこっちゃ~……って、オーバンは相変わらず?」

 

 そう呟いて、一瞬ヒナは遠くを見つめるような表情をする。

 

「どいつもこいつも相変わらずだ。おまえのオーバンの口調、本当そっくりだよ。……ヒナ、おまえ大丈夫か?」

 

 だが、俺のこの言葉を聞くと、すぐにキッと睨みつけたあとに両手を広げて、

 

「ハット、あなたに心配されるようになったら世も末だわ。ヒナ不覚」

 

と言って、首を横に振り少し笑みを浮かべた。

 

「頼んだぜ。俺たちの命運をおまえは握ってる」

 

「その通りだ」

 

 俺たち二人の言葉にヒナは了承のうなずきを返しながら立ち上がり、

 

「わたくしは、暫くしたら異動になるわ。行き先は情報部・監察。場所はマリージョア。昇格もする。そうなれば単独行動が容易になるから電伝虫での連絡もできるし、密かに落ち合うこともできる。でも、もう暫くはアラバスタ近海にいるわ」

 

「そうか、マリージョアか。奴らにまた一歩近づけるな……。……わかった、またおって連絡する」

 

そう言いながら俺も立ち上がり、軽く抱擁する。

 

「ロー君、ハットを助けてやって」

 

「……了解した」

 

 ローもそう言って、ヒナと抱擁を交わす。

 

「またね」

 

 ヒナの最後の言葉を聞いて、俺たちは受け取ったアタッシェケースを手にして、世にも美しいテラスの景色を見納めにしてツリーハウスを後にした。

 

 ジョゼフィーヌやオーバンにはヒナのことは何ひとつとして言っていない。最重要の機密事項だからだ。信頼していないわけではない。だが、情報はほんの些細なことから漏れる。知っている人間は必要最小限であるべきである。

 

 俺はあいつらに殺されるな、今日の事を知ったら……。

 

 墓場まで持っていかねばならないことだ。

 

 螺旋階段を下り行くと、そこに広がるのは再びの静寂な空間であった。

 

 

 

 とはいえ、俺たちの戦いはようやく本格始動である。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




読んでいただきありがとうございます。
またもやいろいろと詰め込みすぎたかもしれません。
申し訳ありません。

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