ネルソン商会記 ~黒い商人の道筋~   作:富士富士山

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とうとう10話を迎えました。読んでいただきありがとうございます。
ではどうぞ!!


第2章 クーペンハーゲル ~北の海~
第10話 歓喜の調べ


北の海(ノースブルー)” 外洋

 

 

 

 船室を出て外の空気を吸い込んでみる。船内で籠ってジョゼフィーヌからロッコから、皆々からの報告書に目を通すことに、そして考える事に没頭していたせいで頭の中に淀んだ空気が充満していた。

 

 よってこの適度に冷えた外気は実に心地良い。上を見上げてメインマストの先端で風にたなびく長旗を確認する。

 

 風は北北西、申し分ないな。

 

 雪は降っておらず、東の空は暮れなずみ群青色に、海は黒みを帯びつつある。帆はしっかりと風を孕み、船は南東へと舵を切っている。中甲板や船首楼甲板で当直の船員が働いている。風が順調でもやることは山ほどにある。

 

 とはいえ、また風が変われば高みに登らなければならないので、彼らにとっては歓迎すべき天候であろう。

 

 

 俺たちはフレバンスで珀鉛(はくえん)を奪ってその鉱山を爆破し、ネーデリッツの南の入江へと馬車で駆け抜け、黒一色の旗をはためかせるブラック・ネルソン号を発見した。

 

 タカトリはしっかり仕事を果たしたようで、ロッコ達は受け入れ準備に余念がなさそうであった。すぐさまに珀鉛(はくえん)積み込みに入り、俺たちは無事ジェットランド島をあとにしてきた。

 

 左に歩を進めて船尾楼甲板に上がっていく。船尾楼甲板を覆う屋根の窓奥に赤と紫に染まる西の空が見える。

 

「針路南東。問題なしや。風は当分持ちよるやろ」

 

 海図台脇で当直に立つオーバンから報告を受ける。15時からの当直で18時の交替まではもうしばらくありそうだ。舵輪は船員のひとりが握っている。

 

 この当直編成によって俺たちの夕食は遅くなってしまう。もう少し当直を任せられる人間が必要なんだが。まあそれはいい。

 

「ああ申し分ないな。ありがとう」

 

 そう言って右手をあげて了解の合図を出し、船尾楼甲板を覆う屋根の後ろ側、船尾突出部に向かう。突き出している船尾砲を避けつつ、欄干に手を伸ばす。

 

 夕暮れ時を迎える西の空は実に美しい。太陽は赤く燃えるようでいて、左右の空は赤から紫へと移りゆくグラデーションを見せており、海は最後の煌めきを受けて青い色味を帯びている。

 

 まったくもって、嫌になるくらい煙草が旨くなりそうな景色だ……。

 

「言葉がいらなくなる眺めだな」

 

 先客としてこの場に佇んでいるローに声を掛けてみる。こいつは船尾楼の覆いに背を凭れさせて、刀をそばに立てかけながら西の空を眺めている。

 

 無表情ではあるが暗い感じではない。淡々としている。そう、こいつは淡々としているのが一番いい。

 

「そう思ってんなら、何も言うな」

 

 ああ悪かったよ邪魔してと思いながら、俺は煙草に火を点ける。

 

 本当に旨いな……。

 

 ローは俺の存在などないもののように空と海を見つめて、ただ、ぼーっとしている。だが言うことは言わなければならない。

 

「なあロー……。……ベルガーと珀鉛(はくえん)のこと何だが……。俺はそのことを知らなかった。すまなかった。おまえに、フレバンスの人間に悪いことをした」

 

 ベルガー商会が、亡き父が珀鉛(はくえん)に絡んでいたことを俺は知らなかった。その可能性を考えはしたが絶対にそうだとは思ってはいなかった。このことをロッコに問い詰めてみた。

 

 ロッコは知っていたが黙っていたという。親父は苦しんでいたという。そのことで心を痛めていたという。俺にはなかなか話せなかったといい、すまんこってすと額をつけて謝られた。

 

 何ともやるせない世の中ではないか。

 

 こうして俺はローに対して謝罪をしていた。ネルソン家の者として……。

 

「俺は24になる。あんたに、ネルソン商会に世話になってもう11年になる。今さらそういうのはやめてくれ。これでも俺はあんたらに……、感謝してんだ。あそこをまた訪れることができて……、本当に感謝してんだ」

 

 俺はその言葉に耳を疑ってしまう。ローがこんなことを口にするとは。

 

 そうか……、おまえはしっかり落とし前つけてきたんだな……。

 

「事のついでだ。俺もあんたに言いたいことがある」

 

「あんた、コラさんを知ってたんだろ?」

 

 ローはそう言って凭れさせていた背を起こして、こちらに向かってきた。

 

 こいつ……、気付いてたのか……。

 

「いきなり目の前現れて、一緒に来いもねぇもんだ。そうとしか考えられねぇ。来る日も来る日も考えたよ。じゃあなんでコラさんを救ってくれなかったのかってな。だがこうも考えた。コラさんがそれを望まなかったかもしれねぇって」

 

 ローがいつにもなく感情を帯びた表情で捲し立ててくる。

 

「ああ、おまえが言うコラソンを、ロシナンテを知っていた。ロー、おまえのことを知ったのはロシナンテからだ。俺たちはこのことを10年以上もおまえに話すことができなかった。すまん……。本当にすまん……」

 

「だが俺たちはロシナンテも一緒に迎えるつもりだった。だがおまえが言ったようにな、ロシナンテには断られた。全てはこの俺にまだ力がなかったことが原因だ。力があればロシナンテごと迎え入れることが出来た筈なんだ。なあ、ロー、俺たちはおまえのことをロシナンテから託されている。おまえをよろしくと言われている。おまえが背にハートを背負ってるようにな。俺たちも心の中ではしっかりハートを背負ってるつもりだ」

 

 俺も10年間の積年の思いが積もりに積もっているのか、感情を帯びた言葉が次々とほとばしってくる。

 

「……」

 

 ローは何も答えることができないのか、ただこちらを見つめている。

 

「おまえもドフラミンゴに落とし前を付けたいだろうが、俺たちもドフラミンゴにはしっかりと落とし前を付けなきゃならないんだ。そして、おまえは俺たちの中の一員だ」

 

 俺の言葉を受けて、ローは少し表情を緩めると顔を背けて西の空を眺めて、

 

「俺の本懐はコラさんと共にある。あの人の想いを汲み取ってドフラミンゴを潰す。ただ俺にはこの10年でもうひとつ想いができつつある。あんただ。10年世話になってる。俺はあんたがこの先の海で眺める景色を一緒にみたいとも思ってるよ」

 

 何を言い出すかと思えば、嬉しいこと言ってくれるじゃあないか。

 

 

 こいつはまぎれもなく俺の右腕だな。

 

 

 

「おーい!! 甲板。南南東に島を確認。クーペンハーゲル島でーすっ!!!」

 

 突如、大音声が響き渡る。見張り台からの報告だろう。

 

 クーペンハーゲル島、北の海(ノースブルー)においての偉大なる航路への入り口にあたる島。

 

「よっしゃー、転針やー。針路南南東、クーペンハーゲルに向けたれー!!」

 

 オーバンの陽気な指示が聞こえてくる。

 

 西の空は太陽が海の向こうに沈みつつあり紫色を強めている。

 

 

 

 煙草が旨い……。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 クーペンハーゲル島に錨を入れているブラック・ネルソン号の食堂で俺たちは遅い夕食を取っている。

 

 食堂内にはでかい丸テーブルがいくつか点座しており、後ろには厨房と食料貯蔵庫がある。

 

 厨房と食料貯蔵庫にはかなりの投資をしている。食が豊かであることは人生の歓びだと思うからだ。

 

 食堂は実際のところ下層甲板のかなりを占めている。残り部分に幹部たちと船員の船室があり、最下層甲板に医務室と船倉がある。

 

 船尾窓の向こうはすっかり夜の帳が下りた闇に包まれており、その向こうにはクーペンハーゲルの街の光が見て取れる。

 

 食堂内にはそちこちにランタンが灯されており、そのオレンジの光が料理にさらなる色どりを添えている。

 

 ジョゼフィーヌ、ロッコ、ロー、べポ、カールに船員たちが思い思いに木製の巨大丸テーブルに座って食べているのはホワイトシチューである。

 

 ほぐした鮭とホタテにニンジンやらブロッコリーやら野菜が入っており、湯気を立てている様は食欲をかなりそそられる代物である。スプーンを口に運ぶと口に広がるはまろやかなホワイトソースと柔らかいホタテの食感。

 

 ああ……、幸せだ……。

 

 食堂内は賑やかで、うまいうまいとやばいやばいと、うまくてやばいという声がさえずり渡っている。

 

 

 そんな幸福に包まれた食事を終えて、白ワインを飲みながらゆっくりと船尾の方を眺めている。するとどこかから声が上がってくる。

 

「ローさん。頼みますよー」

 

「よっ、待ってましたー!!」

 

「ロー、いいじゃない」

 

 などと口々に皆が声を上げている。

 

 船尾に設えられている一段高くなっているステージ。そこに置かれているのは1台のグランドピアノ。

 

 なかなか立ち上がろうとしないローであったが、皆に泣く泣くせがまれて立ち上がり、船尾のステージへと向かうロー。

 

 その動きに合わせて両弦の壁に吊るされているランタンの光が消されて、照らすのはテーブルにそれぞれある小さなランタンのみとなる。厨房の光もそっと弱くなり、あたりをやわらかい闇とほのかに光るテーブルのランタンの光。

 

 そして、船尾窓より入ってくる月光がグランドピアノをそっと照らし出す。

 

 ローはステージに上がってゆっくりとピアノのそばまで行き、椅子に座る。黒いスーツに身を包み、トラ柄のファー帽子を被って、ステージに座るローの姿は、月光に照らされて実に美しいものがある。

 

 おもむろにローは鍵盤を叩きはじめる。ローの両手両の指が奏でてくる調べ。

 

 食堂内にいる皆々が、すぐに声を潜めて黙り、支配する音はただただローの奏でるピアノの音のみ。それが闇とランタンのほのかな光と溶け合ってあたりを歓喜の渦に包みこむ。

 

 歓喜の調べとでもいう曲名なのだろうか?その音色は静かな幸せに満ちていて、心地良い歓びに満ちている。

 

 俺はいつしか、ピアノの静かな心地良い音色と白ワインの余韻、そしてあたりを包み込む闇とほのかな光とのコントラストに導かれて桃源郷を心に思い描きつつあった。

 

 

 

 ピアノの音が静かに止まった。一拍置いて溢れだす拍手の音、指笛の数々。

 

 ローは立ち上がって、ふっと笑みを浮かべた後に何も言わずにステージを下りてくる。絶え間ない拍手が響き渡る。

 

 ローは闇の中をこちらへやってきてランタンの光の中に姿を現す。俺は拍手を贈ってやり、椅子をすすめてやる。

 

「いい演奏だった。俺には歓喜の調べの様に聞こえたね」

 

 そう賛辞をローに贈ってやる。ローも満更でもなさそうで笑みを浮かべている。

 

 カールが隣に現れてくる。おまえは本当にグッドタイミングで現れるな。

 

「ロー船医!!! とっても良いピアノでしたよ~!!! 何か飲まれますか?」

 

 カールも聞き惚れたようである。いつものようにロイヤルベルガーのロックとローは焼酎をカールに頼む。カールが厨房に向かうと入れ替わりにジョゼフィーヌが現れる。

 

「ローったら、わたし泣いちゃったじゃないのー。あー、とっても良かったー!!」

 

 そう言って瞳に涙を浮かべながらローに絡んでいる。

 

 おいおい、もう半ば酔っ払いじゃないか。ジョゼフィーヌの絡みがほぼ酔っ払いに近くなってきたところでカールが現れて、わが妹はカールに連れて行かれた。

 

 俺たちはひとまず乾杯をして酒を口に運ぶ。強いアルコールが脳天を直撃してくる。この強さがたまらない。

 

「もう見たか?」

 

 そうローは言って、テーブルに4枚のチラシのような紙を広げる。新しい手配書である。

 

「ああ見た。当然の帰結だ。それだけのことをやったからな俺たちは。それともう一枚のそれか。俺も気になったよ。そいつは要マークの奴だな」

 

 今朝、上空に現れたニュースクーという名の新聞配達かもめがもたらした新しい手配書。早い手回しではあるが。

 

 “黒い商人” ネルソン・ハット  1億8500万ベリー

 

 “死の外科医” トラファルガー・ロー 1億800万ベリー

 

 “花の舞娘(まいこ)” ネルソン・ジョゼフィーヌ 7400万ベリー

 

 そして気になったのは、

 

“麦わら” モンキー・D・ルフィ 3000万ベリー

 

という手配書。

 

 俺たちが賞金首になるのはまあ見えていたことだ。珀鉛(はくえん)に手を出す以上はこうなる。

 

 だが、俺たちと同時に手配されたこの男。何も考えていませんとでもいうような開けっ広げな笑顔を見せているし、手配額も3000万。とはいえ東の海(イーストブルー)でこの額はかなりの異例。

 

 そして何よりも問題なのはモンキー・Dの名。この名は海軍の英雄ガープ海軍本部中将と同じもの。

 

 血縁関係があるのか? あるとすれば無視はできない。

 

 ジョゼフィーヌにはすぐにリストアップして情報収集を命じてある。

 

「モンキー・Dの名は重い。興味を掻き立てられる奴だな」

 

 俺たちにとっては手配されたこと、その手配額よりも実はこっちの方が興味の対象であったりする。

 

「Dか……」

 

 ローは意味深に笑みを浮かべてそう呟き、焼酎を呷る。

 

 だがまた表情を戻すと、

 

「で、俺たちはどうする? 賞金首になった。ネルソン商会としての総合賞金額(トータルバウンティ)も3億6700万ベリーだ。まだ偉大なる航路に入ってもいねぇのにな」

 

そう言ってくる。

 

 俺もゆっくりとグラスを傾けながら、

 

「俺たちは不老不死につながると思われる珀鉛(はくえん)を握った。しかも当分は珀鉛(はくえん)を奴らは掘り出せない。そうやって面子を丸つぶれにされた相手は政府の闇組織“ヒガシインドガイシャ”。奴らはどうするかな?」

 

「消しに来るだろ。黙っちゃいねぇよ」

 

「その通りだ。“ヒガシインドガイシャ”のトップはおつるだ。それを退けたとなると次は……」

 

「いきなりバスターコールかもな。中将5人で皆殺しってわけじゃねぇのか」

 

「まあ可能性としてはあるな。だが、おつるを退けたんだ。中将5人では意味がないと考えるかもな。奴らが自信を持って送り出す戦力と言えば……」

 

「大将か……。青雉(あおきじ)赤犬(あかいぬ)黄猿(きざる)がやってくるってのか」

 

ふぅーっと声に出しそうになりながら、アルコールを口に入れる。

 

 そんな気にもなる。なんせ相手は海軍の最高戦力である大将様だ。だが、

 

「まあ可能性の話だがな。それでも新世界から回り込んで北の海(ノースブルー)くんだりまでやって来ることはないだろう。来るなら偉大なる航路(グランドライン)だ。それに、やって来た大将さえ退けたら奴らはどうすると思う?」

 

 ローがその言葉に何言ってんだというようにして口を開く。

 

「あんたなぁ。そんな簡単にはいかねぇぞ。相手は大将だ。わかってんのか? 仮にそう考えるとすれば、奴らは懐柔してくるだろうよ」

 

「そうだ。そこでやっと取引ってことになる。珀鉛(はくえん)でそこいらの海賊や商人やら王国と取引なんて出来ないだろうよ。物の価値をわかってないからな。取引するなら奴らが相手になるんだ。そして、大将をやり過ごさないと取引はできない」

 

 のどが渇いてきて仕方がない。再びグラスを口に持っていく。ローもそのようだ。

 

「それでどうするんだ? 入るのか? 七武海(しちぶかい)

 

「いや。そうじゃない。それでは海賊になる。略奪という厄介事を背負わされるだけだろう。俺たちが目指すのは王下四商海(おうかししょうかい)の方だ。世界でたった4つだけの合法的に闇商売を認められた存在になるんだよ」

 

 王下七武海(おうかしちぶかい)、政府に上納金を納めることで略奪行為を認められた7つの海賊。

 

 それとは別に王下四商海(おうかししょうかい)、政府に上納金を納めることで闇商売を認められた4つの商人たち。

 

 そして、海軍本部、四皇。これを持って世界四大勢力というらしい。3点均衡からしても三大勢力でいいと思われるのだが、奴らはもうひとつ加えることで世界の均衡が保たれると考えたらしい。

 

 ローも腹を括ったな。いい表情をしている。頭の回転速度が上がっているに違いない。

 

「そういうわけだからな。頼むぞ俺の右腕」

 

「わかった。だが、俺にも限度ってもんがある。俺たちには別の角度から物事を考えられる人間がもう一人は必要じゃないか? あんたには左腕も必要だ」

 

 ローの提案を考えてみる。それは確かに俺も考えるところがある。

 

 フレバンスの件でもそういう視点があればと思ったこともある。これは偉大なる航路(グランドライン)でもう一人加える必要があるかな。参謀としての肩書で……。

 

 気付けば、船員たちがアンコールの声を叫び始めている。完全に酔っぱらっているジョゼフィーヌが音頭を取っている。

 

「ロー、ご指名だぞ」

 

 船員たちの心からの叫びに答えて彼らの援護射撃をしてやる。ローはやれやれという表情をしながらも再びステージへと向かっていった。

 

 

 

 

 今晩は眠れそうもないな。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




賞金首になることはしょうがないですよね。
それだけのことしてるんですから。
手配額に対しては納得のいくご反論ありましたら考えさせていただきます。

誤字脱字、ご指摘、ご感想、よろしければどうぞ!!

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