後、5000文字ないくらいです(だんだん短くなっていく……)
11
うだるような暑さ。灼熱の太陽がコンクリートを灼き気温上昇を手伝っている。時刻は13時を迎えようとしているが、まだまだ暑くなりそうだ。行き交う人々も肌をさらした服装が多い。
現在、この地域一帯は試験的に未来デザインなるものを導入している。
とはいっても何も未来的装置を設置しているのではなく、ユニバーサルデザインや暖色を活用して街並みを明るくしている程度だ。
だが、人々の表情はどことなく明るい気がする。もしこれが効果ありと認められ、増えていけば人々の心にまたゆとりが戻るかもしれない。
だというのにその少年だけはそれにそぐわない表情――否、表情すら隠すような服装をしている。
長袖の黒パーカーを深々と顔が隠れるようにかぶり、眼鏡とマスクを着用していた。これでは表情も確認できない。それどころかいつ熱中症になってもおかしくない。
「……熱いし、なぜか視線は感じるし……やっぱり外に出るんじゃ…いや、やめよう。独り言は気持ち悪いだけだ」
あれで変装をしているつもりなのかもしれないが、場違いな格好のせいで余計な注目を集めていた。更に異様におどおどしており、せわしなく周りを見ている。場所が場所なら通報されているかもしれない。
すれ違う人々から漏れる苦笑にようやく自分が場にそぐわない恰好をしていることに気付いたが、どうにもできなかった。
注目の的である朔夜がこうして外に出たのは5年ぶりとなる。
なぜ人目を避けてきた朔夜が外へ出たのかと言えば妹との再会を嫌ったとしか言いようがない。彼の中の優先度では妹との再会が何よりもダメだと今回の行動が照左の証だろう。
だから、こっそりと部屋から飛び出した。
もしかしたら今頃、風香が自分のことを捜しているかもしれない。ただ、そうだとしても今の朔夜には心の中で謝ることしかできない。
「そろそろ移動しよう……あんまり、注目されたくないし」
居心地が悪くなってきたので、当てのない逃避行を続ける。
今度はどこへ行こうか、とひとりごちる。
町並みは5年ですっかり変わってしまった。昔よく遊びに行ったおもちゃ屋さんは今も健在だろうか。
「ちょっといいかい?」
弾かれたように声の主へ振り返る。
背後に佇立していたのは青い制服に身を包んだ二人組の男性だった。
見れば誰でもわかる。彼らはお巡りさんだ。どういう経緯で自分に声をかけたかわからないが恐らく自分にとってプラスになることはあるまい。最悪、注目を集めかねない。
自惚れを抜きにこれだけの人がいたら自分のことを知っている人がいるだろう。もし自分の存在が周りに認知されれば大騒ぎまではいかなくても物珍しさに人が集まるかもしれない。下手すると自分に恨みのあるものによって身の危険が起きる可能性もある。
そう想像するだけで震えが走った。
なら、やることは一つだ。
反転し、脱兎のごとく駆けだす。背中から制止を求められたが当然従うわけなく、自身のスペックをフルに発揮した。
例えば、胸ほどある階段の手すりを跳躍だけで乗り越えたり
例えば、陸上選手顔負けのスピードで人込みを搔い潜ったり
例えば、5年のブランクを感じさせない持久力を発揮したり
縦横無尽、右左に駆け回った結果、朔夜は警察官を振り切ることができた。
途中で応援らしき人たちが現れ、倍の人数で終われた時は流石に肝が冷えたが、運良く逃げ切れたようだ。
それにしてもよく持ってくれた。5年も外に出てないというのに体はあまり鈍っていないようだ。
それでも、流石に息切れが激しいので適当なベンチで一休みすることにした。
何となしに辺りを見渡す。
先ほどの明るい街並みとは打って変わり、ここは寂れた雰囲気を漂よわせていた。
この場所が開発から取り残されたのかどうかは分からないがあまり長居したいとは思えない。どことなく自室を思わせるからだ。
休憩もほどほどにこの場から立ち去ろうとした時、声が聞こえた。
はっきりと聞こえたわけではないがすぐ近くの裏路地からだ。
「だか…………っと付き――――ろ!?」
今度は先ほどよりある程度はっきりと聞こえた。若い男の声だ。
続いて短い悲鳴が聞こえた。今度は女性の声だ。
断片的な情報を照会し、一つの結論が頭を巡る。
よくあるベタベタな展開。今時、アニメでもなさそう話だ。
まさか、と心の中で自分を馬鹿にしたが、放っておくこともできない。万が一ということもある。その可能性を考慮して――――どうするというのだ。
万が一、その裏路地に暴漢に襲われそうな女性がいるとしよう。
だからと言って自分に何ができるというのだ。また、首を突っ込んでは誰かを傷つけ、何も救えず、余計な被害を起こそうというのか?
だというのに体が言うことを聞かず、問題の路地を顔だけ出して覗く。
案の定、そこにいたのは一人の男と派手さはないが可愛らしい――恐怖で歪んでなければ――高校生くらいの少女だった。
男はいまどき珍しいスカジャンにスキンヘッドという気合の入った風貌だった。そんな男がドスの利いた声で迫るものだから少女はすっかり怯えた表情で声も出ない様子だ。あれでは助けも呼べないだろう。仮に呼んだとしてもこんな人気のない場所では意味はないかもしれない。
もし、自分が助けに行けば少女を救えるだろうか?
そんな馬鹿な考えが過ぎるが、すぐに振り払う。
やめておけ、と自分の中で警鐘が痛いくらい鳴り響く。
――大人しく誰かを呼べ。まだ周辺には自分を追いかけまわしていた警察官がいるかもしれない。
もう一人の自分がそう警告した。
だと言うのに自分の中にある何かが熱くなった。その何かが自分を突き動かそうとする。
それを無理やり律するため言い訳を並べる。
「その通りだ。俺は何もできない。俺はヒーローになることを諦めたんだ……」
だから、心の中でごめんなさい、と謝罪して踵を返そうとした。その時不幸にも女子学生と目があった。
女子学生もこちらに気付いたようで目にいっぱいの涙を貯めながら、わななく唇で必死に言葉を紡ぐが、声は一切聞こえない。
しかし、その声なき声ははっきりと聞こえた。
助けて、と。
その瞬間、自分の中の何かに突き動かされるままに朔夜は男と女子学生の間に割って入った。どこまで効果があるか分からないが女子学生を自分の小さな背に隠すように下げる。
「ああん? なんだお前?」
男は初めこそ突然の来訪者に面食らっていたがすぐに朔夜を値踏みし、とるに足らない存在だと認識すると凄んで見せる。
朔夜は睨み返すこともできず、ただ、震えた。この震えが何なのかは彼にも分からなかった。
「どけよお前。俺はその子と話してんだよ。お前みたいなもやしはお呼びじゃねえよ」
朔夜は何の反応もせず、男を見上げている。
その内、男は聞こえるようにわざとらしく舌打ち下かと思うと、拳を振るった。
がつんと軽快な音をたて、朔夜の視界が白く揺れた。
後から頬が熱を帯びる。
男の拳は中々の威力のようで殴られた朔夜がたたらを踏んだことに気付かないほどだ。
しかし、朔夜は倒れなかった。体勢を立て直し再び男を見上げる。
「このっ!」
男はもう一度拳を振るう。今度はボディーへ。
だが、結果は同じ。朔夜は腹部を庇うようにしながら再び男を見上げる。
「気持ち悪いんだよ!」
そこから男が何度も暴力を振るう。拳だけでなく、肘や蹴りなども繰り出すが、うめき声こそ上げど決して朔夜は倒れはしなかった。
だが、そろそろ限界も近かった。目をまともに開くこともできなくなってきた。口の中も血の味しかしない。心のどこかにいる冷静な自分があと一撃が限界だと知らせてくれた。
それでも、と自身を叱咤し震える膝に力を籠める。
今はまだ倒れるわけにはいかない。男が飽きるまで、後ろにいる女子学生を守るまで自分は倒れたくない、と本気で願った。
しかし、願うだけでは何かを成すことなどできない。証拠に男の一撃が鳩尾を捉えた。それが決定打となった。
全身から力が抜けていく。朔夜はその場に崩れ落ちた。
「なんなんだよお前は! 気持ちわりぃな! おい!」
男はイライラを吐き出すように追い打ちをかける。感覚がマヒしたのか痛みはないが衝撃で胃液が逆流する。
「やめて下さい! 死んじゃう! 死んじゃいます!」
上ずった声で女子学生が止めに入った。情けないことに立場が反転した。
流石に男は女には手を出さなかったが、その内自制が利かなくなるかもしれない。
実際にその熱を帯びた目の色が変わった。あれはろくでもないことを考えた時の物だ、と対人スキルの低い朔夜でも直感的に分かる。
「なら、ここでストリップショーでも始めようか。ん?」
「スト、リップ?」
少女はまるで未知の単語を口にするように呟く。頭ではその意味を理解しているのに心がそれを拒否したのだろう。
「脱げって言ってんだよ。じゃないとそこに転がってるやつを殺すぞ?」
少女の体が強張る気配を感じた。視線が一瞬合う。彼女は申し訳なさそうに謝罪を口にした。
果たして、少女が決断するまで時間はかからなかった。
ブラウスに手がかかる。ゆっくりと丁寧に剝がすようにボタンが一つ一つ取れていく。そのたびに少女の頬が羞恥の色を強めていく。
そして、シャツの襟もとから肌が晒された。男から下品な口笛が聞こえる。
朔夜は怒りを感じた。男にではなく惨めな自分に腹を立てた。
結局、自分は何もしていない。むしろ、少女を追いつめるのを手伝っただけだ。自分のせいで少女はこれから望まぬ事を行うのだろう。
それだけは止めたかった。
誰でもいい。自分はどうなっていいからせめて目の前の女の子だけは救ってくれ。
朔夜は祈ることしかできなかった。
果たして――祈りは届いた。
最初にそれを聞いた時は何かが破裂したのかと思ったが、すぐに古い記憶がそれを否定した。
視線を移す。そして、予想通りそれはあった。
黒光りに輝き、武骨なフォルムのそれは圧倒的なまでに存在感を放っていた。
「拳銃?」
少女が呆然と呟く。
「血……?」
側面の額に痛みを感じた男は手を当て、赤く染まった右手を見て唖然と呟く。
「女の子?」
朔夜は拳銃よりも圧倒的な異質を放つ射手に注目した。
制服姿の射手はたいそう美しい少女だった。栗色のロングヘアーに大きなはしばみ色の瞳は鋭く、男を睨んでいた。まるで歴戦の傭兵そのものだ。構えも堂に入っている。
油断なく拳銃を構え、桜色の唇から警告が発せられる。
「そこの暴漢魔。いますぐ両手と頭を反対側の壁に付けなさい。さっきのは警告よ。ぎりぎりの側面を狙ったけど、次は直撃させるわ」
「はあ? なに寝言言ってんだ?」
面を喰らっていた男はすぐに食って掛かった。それが命取りだった。銃声が再び鳴る。ほぼ同時に嫌な音をたてて男の額に銃弾らしきものがヒットする。
血飛沫こそはなかったが、男の意識を刈り取るのには十分な威力があったようでそのまま男は額を赤くして倒れた。
「ゴム弾よ。死んでないわ」
冷たく言い放ち射手の少女がこちらに近づいていく。
颯爽と現れてはピンチを救った少女。その姿はまるで――――
「――――ヒーロー?」
射手の少女が何か言ったような気がしたが、耳に届くことはなかった。
意識が遠のいていく。張り詰められていた糸が切れたようだ。
遠くから誰かの声が聞こえたが、結局それも耳にすることは叶わなかった。
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