ヒーローのなり方   作:かず21

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一話

少年はヒーローになりたかった。

 

小学校の校舎を飛び出した途端、視界が漂白され、朔夜(さくや)は思わず目を細めた。ぎらぎらとした7月末の陽射しとそれに焼かれた運動場。口やかましい蝉の声が津波のように押し寄せる。

 

「暑い。これは暑いを通り越して熱すぎる」

 

熱さにやられる前に校舎に戻ろうとした時、Tシャツのすそを僅かに引っ張る感触がした。

こんなことをする知人は一人しかいない。

 

詩音(シオン)。遅いよ」

 

振り返れば予想通り一つ下の妹がいた。

詩音は紅いツインテールを揺らしながら俯く。

 

「朔夜くんだって今来たばっかりのくせに」

「え、何で分かったの?」

「チャイム鳴ったばかりだから」

 

それもそうだとわざとらしく肩をすくめる。

朔夜と詩音は仲のいい兄妹だが、二人は全くといって言いほど似ていない。

黒髪黒目の中性的な顔立ち。ジーンズにTシャツと赤い生地のパーカーを羽織っている。性格と同じ活動的な格好をした朔夜と違い、詩音は控えめな人間である。

薄手の黄色のパーカーにミニスカート。透き通るような紅い瞳。誰もが彼女に小動物めいた印象を与える。髪型も相まって友人の間では、赤ウサギなどと呼ばれている。顔も性格も似ていない二人の共通点などお揃いで買ってもらった色違いのパーカーぐらいだ。

朔夜としてはもう少し積極的と言わないまでもオドオドとした部分を直してもらいたい。でなければ一生友達なんかできないだろう。

 

「朔夜くん。今日もあそこに行くの?」

「当然! なんたって僕はヒーローになる男だからね! 訓練だって大事だもん」

「じゃ、パパのお迎えの車が来てるよ……そろそろ行かないと」

 

備え付けの時計で確認すると約束の時間まであと数分だった。

 

「詩音も来る? どうせ暇だろ?」

「うん、行きたい」

 

詩音は一つ返事で顔を輝かせる。

 

「それじゃ、競争だ!」

 

相手の同意を確認せず校門めがけて走り出す。数秒で下校中の生徒に混ざりながら門をくぐり抜けた。

道路を挟んだ真向かいには、詩音の言う通り迎えの車である黒いバンが停まっていた。

運転席を覗くと白衣を纏ったいかにも研究者然とした男が一人座っていた。ここ最近ずっと研究に没頭していたのか無精髭が生えている。

男の名は柊 孝太郎。朔夜と詩音の父だ。

孝太郎はA4プリント片手になにやら熱心に読んでいる。僅かに見える情報が設計図だと伺わせた。

 

「父さんおまたせー」

 

コンコンとノックし、呼びかける。

ようやく朔夜を認めたようで設計図をしまいながらロックを外す。当然のように後部座席へと乗り込んだ。

 

「やあ、来たかい愛しの朔夜。詩音はどうしたんだい?」

「遅いから置いてきちゃった」

「やれやれ、またかい。世界で一人しかいない妹なんだ。もっと気遣ってあげなさい」

「はーい。了解であります」

 

悪ふざけで敬礼の真似事をしている間に今にも泣きそうな顔で詩音が追いついた。

 

「ま、待ってよ。ひどいよ。朔夜くん」

「いやー、ごめんごめん。詩音が遅すぎるから」

「ち、違うもん。朔夜くんが速すぎるだけだもん。それにまだ、本気出してないだけだし」

「それ前も言ってた。詩音は絶望的に運動神経悪いよね」

「うう~パパ」

 

微笑ましい二人のやり取りを聞いていた孝太郎は、苦笑しつつ仲裁に入る。

 

「二人ともそこまでにしなさい。車を出すからシートベルトを。…………じゃ、行くよ」

 

黒のバンが音をたて走り出す。

朔夜と詩音は車で送り迎えしてもらっている訳ではない。孝太郎の仕事先である『防災省』へ向かうためだ。

そこで朔夜は孝太郎の手伝いをしている。

 

「お父さんさっきのやつ新しい武器?」

「ああ、新兵装『クリスタルコネクトキャノン』略して『CC砲』(シーツーほう)。一言でこいつを言い表すならロマン砲さ」

「ロマン……砲」

 

その甘美な響きに思わず喉を鳴らす。想像が走り、それを扱う自分を思い描いてしまう。

 

「いつ完成するの!?」

「うーん、当分先かな。まだ設計図は未完成だからね」

「えー」

 

まるで新しいおもちゃを取り上げられたような年相応の反応に孝太郎は申し訳なさそうに笑った。

 

「そういえば二人とも学校のほうはどうだい? 楽しかったかい?」

「うん。僕は楽しかったよ。でも、詩音が相変わらず僕と遊んでばっかりでさ。もう4年生なんだからさ、友達くらい作りなよ。お兄ちゃん心配だよ」

「別にいいもん。朔夜くんがいれば……」

 

こんな感じで困ってる、と肩をすくめる。

 

「確かにね。お父さんも流石に心配だなー」

「…………パパのイジワル」

 

父の援護攻撃でも無駄のようで殻に篭ったかのようにだんまりになった。

これはダメだ、と朔夜は諦めるほかなく、これみよがしに大きなため息を吐く。

それから車を走らせて数分。やがて緑が消えて行き、住宅街を抜け、背の高いビルがちらほら現れだしたころ目的地である『防災省』が見えた。

 

「じゃ、朔夜。いつものやつそこにあるから着替えといて」

 

すぐ隣に見飽きたトランクがあった。中にあるのは着慣れた”パイロットスーツ”だ。

 

 

防災省は5年前に突発的にできた行政機関である。

『自然災害を未然に防ぐ』という銘で創設されたがそれ以上のことは公表さていない。あまりにもその存在を秘匿するあまり世間から忘れられている始末だ。

トウキョウの市街地から離れた場所に設立された『防災省』で一番初めにすることは施設にある厳重な警備システムをクリアすることである。

国家の機密プロジェクトを運営する行政機関だけにガードマンの他、カード、声帯、網膜、指紋と4重のロックが掛かっている。これらをパスしてようやく施設に足を踏み入れた。

防災省はテンプレートな箱型ビルだがそれは表向きの顔である。

その実、地下にシェルターもかくやの広大な空間を確保している。

地下600mほど大型リフトで移動し、本部を目指す。通路の照明は今日もばっちり機能しているようで地上となんら変わりない。

 

「じゃ、ここでお別れだ。父さんと詩音は管制室に行くから朔夜は格納庫へ行ってくれ」

「格納庫!? ってことは今日はシュミレーターじゃなくて本物動かしていいの!?」

 

特殊加工を施したバイザーのおかげで朔夜の表情は伺えないが、高い声をさらに高くした喜声で機嫌のほどが知れる。

朔夜は現在ライダースーツのようなパイロットスーツを着用している。最新科学を詰め込んだそれはあらゆる環境に適し、パイロットの生存率に大きく貢献している。

 

「それになんと今日はR装備の使用許可もおりてまーす。どうだい、すごいだろ?」

「っ~~!」

 

声にならぬ声と体全身で喜びを表現している息子の様子を見てまんざらでもない気分になる。

 

「お父さん。R装備って何?」

「ああ、詩音は見たことなかったね。まあ、後でわかるよ。そろそろ行こうか」

「いやっほう! 先に行ってくる!」

 

言うが速いか、脱兎の如く朔夜は駆け出し、みるみるうちに背中を小さくしていった。

一連の朔夜の奇行をみて詩音は

 

「朔夜くん可哀想」

 

 

「遅いぞ! どこで道草食ってやがった!」

 

有頂天で格納庫へ突入した朔夜の鼻っ柱をへし折ったのは整備長である殿村軍曹だった。

背は消して高くはないが筋肉と脂肪でがっちりコーティングした体躯に泣く子も黙るコワモテ。そのうえ立派な黒ひげがどこぞの海賊を連想させる。それがオイルの染み付いた作業服で機械いじりをするのだからアンマッチにもほどがある。

 

「着替えに手間取っちゃって遅れちゃった。ごめんね黒ひ――殿村のおじさん」

「おい、今、黒ひげって言いかけなかったか?」

「いやいや、気のせいだよ。えへへ」

 

危うく彼の嫌う黒ひげたる悪名を口にしそうになった。ただ、趣味がサーフィンなのは狙っているのではないだろうか?

 

「まあ、いい。整備はとっくに済ませたからさっさと起動しにいってこい――――怪我に気をつけてな」

 

気遣いなどあまり表に出さない軍曹殿に「了解」と返事を返し、キャットウォークへと走った。

その元気な後ろ姿を見送った殿村は小さなため息と悪態をついた。

 

「まったくとんだじゃじゃ馬(・・・・・)だよお前は」

 

今度は大きくため息をつき、その場を離れた。

 

 

それは広い格納庫の中で一際、存在感を示していた。

鋼鉄の巨人が中央を占拠するように直立している。今にも朔夜の視線を受けて動き出しそうだった。

鈍い白の装甲、青色のバイザー、丸みのあるフォルム――明らかに既存の兵器とは違う形状である。

 

「久しぶり。元気してた?」

 

巨大人型機動兵器クリスタルユニット――略してC・ユニット――機体名”X・プリメント”に気軽に話しかける様はまるで友人との日常の一風景を思い起こさせる。

もちろん、物言わぬ相棒はなんの反応も示さないが、それでも朔夜は親しみを覚えずにいられなかった。

 

「おい、早くしろ! 時間押してんぞ!」

「はいはい。了解ですよ軍曹殿!」

 

そう怒鳴り返し朔夜はコックピットハッチの開放レバーを引く。

プシューと空気の抜ける音。

二重に重ねられた装甲板が開き、胸部にやや広々とした空間が露出した。人間2人ほどは入れそうな広さだ。

朔夜は胸が高鳴るのを感じながら飛び込むようにコックピットに乗りこむ。

 

「ハタチ。機体の起動をよろしく」

 

自分の名前にあやかったAIに指示を出す。

 

【声紋チェック開始。コードネームを提示してください】

 

ほどなくして機体に搭載されたパイロット支援システムが抑揚のない機械音で要求する。

 

「認識ワード『プリンセス』――このコードネームいやだな。女の子みたいだし」

【照合成功。プリンセスと確認。起動開始します】

 

OSが立ち上がり、次々とモニターに文字を羅列していく。

 

「行くぞ。”X・プリメント”」

 

命を吹き込まれたかのようにバイザーに光が灯り、駆動音を上げる。と、同時に通信メッセージが入る。

 

「えーと何々……持久テストも兼ねるので演習場まで予備電源で移動すること、か。了解了解」

【命令を実行。予備電源に切り替えます】

 

朔夜は予備電源に切り替わったのを確認するとフットペダルを踏み込んだ。

 

「”X・プリメント”無事稼動! 演習場へと移動を開始します!」

 

管制室のオペレーターの言葉通りC・ユニットが動き出す。

その様子にほっと一息ついた孝太郎の肩を誰かが叩いた。

 

「やあ、孝太郎君。あれはうまく動いたようだな」

 

振り返ればここの最高責任者である寿(ことぶき) 重蔵(じゅうぞう)がプロレスラー顔負けの面をぶら下げながら現れた。

 

「いらしていたんですね長官。。――ほら、詩音あいさつしなさい」

「……こんにちは、重蔵おじさん……」

 

詩音は蚊の鳴くような小声の後、すぐに孝太郎の後ろに隠れる。

親戚である重蔵にでも人見知りスキルは変わらず発動しているようだ。

 

「すみません。まだ、慣れてないみたいで」

「いや、構わんよ。この年頃ならこんなものだよ。私の娘なんて口も利いてくれなかったからね」

 

それはひとえにその顔の怖さではないだろうか? 今も詩音にとっておきの笑顔で接しているが放送事故レベルである。

 

「それでどうだね。朔夜君、いや、”プリンセス”の偽装は?」

「はい、今のところ誰にもバレてないみたいですよ。朔夜もうまくやってるみたいです。この調子なら小学生の間までなら隠し通せそうです」

 

ある事情により朔夜は女の子として通している。ヘルメットを加工しているのもそういう事情だ。

ただ、いつまでもつかは分からない。なんせ、中学になると成長期に入り、男と女では差が出始めるからだ。そうなっては女として通すのは無理がでる。

 

「いや、案外朔夜君なら中学生でも通せそうじゃないかね? ほら、体の線とか細いし顔も中性的だしね」

「それ本人の前で言うのはやめてくださいよ。気にしてるんで――――事後報告になりますが二号機が完成しました」

 

そう言って手持ちのデバイスを操作し、二号機のデータを表示させる。

基本的には朔夜の搭乗する一号機と変わりなく、唯一違うのはバイザーの色が赤いというところだけだ。

 

「二番目のパイロットもこちらに向かってるそうです」

「おお、そうか。よくやってくれた。流石だ孝太郎君。君が頼りになるのは非常にうれしいよ」

「はは、どうも。ただ、二号機のパイロット――春日 雛乃ちゃんからいい返事はもらえていません。無理を言ってこちらに見学をしてもらいますが、正直……」

「だが、それでもやってもらわなければ困る。ようやく見つけた適合者だ。世界の命運がかかってるんだ」

 

ドライな意見だが、孝太郎も全面的には賛成だ。あれに勝つには戦力は一人でも多いほうがいい。

反面、これはエゴだと自覚もあった。大人の都合で未来ある少女の命を危険にさらすというのだ。非道だと罵られても仕方ない。。

 

「そちらの問題は追々解決するようにしますよ。幸いまだ余裕がありますし、ゆっくりと時間をかけて説得するつもりです」

「うむ、期待しているよ」

 

重蔵が力強く頷き、視線をメインモニターへ移す。続いて孝太郎も。縦横5mの大型画面にはちょうど演習場についた”X・プリメント”が映っていた。

 

 

3ヶ月前にロールアウトした”X・プリメント”をこうして動かすのはこれでようやく20を超えた。一度動かしただけやれ調整だの、やれ整備だので長いスパンが挟まれるためだ。

だが、最近になって操縦する頻度が増えたのは気のせいではあるまい。どういう訳かは子供の自分にはあずかり知れぬ所だがあまり関係ない。

 

「僕はお前をうまく使いこなしてヒーローになれればそれでいいんだ」

 

それが柊 朔夜の夢であり叶えるべき願いである。

 

『それでは訓練を開始します。コンテナトラックに積んであるR装備を装着してください』

「了解」

 

外部スピーカーで了承し、コンテナへと歩む。その滑らかな動きはよく訓練された証拠だった。

コンテナの中にある武器をモニター上に呼び出された情報を元に装着していく。

本来なら格納庫で装備して出撃するのでこのような訓練は無意味のはずだが知っていて損はないだろう。

特に苦戦することなくR装備をアジャストしていく。

背中に機体の身に迫る太刀”ハバキリ”左腰に27口径ハンドガン、左手の甲にバックラーがマウントされている。

朔夜の得意分野は近接戦闘であり、それに合わせて開発したのがR装備だ。牽制用のハンドガンに戦闘を補助する複合兵装のバックラー。何より特徴的なのが主兵装である太刀”ハバキリ”である。

肩から伸縮自在のチューブが伸びており、それが柄頭に繋がっている。クリスタルのエネルギーを直接受け取ることで少し面白いことができる。

 

『では、テストを開始します。クリスタルの起動をしてください』

 

再度、了解の意思を示し、AIに命令する。

白い装甲が赤く染まり、所々黒く色づく。

 

【クリスタル正常に稼働中。問題なし】

 

”X・プリメント”には既存のエネルギーをメインに使っていない。代わりに人の身の丈あるクリスタルと呼ばれる結晶を使用している。

動力源であるクリスタルについては朔夜は深く知らないが乗り手の精神を媒介としエネルギーを発生させる事と古代人が使っていた現代では再現できない代物だというのは父から聞いていた。それゆえに稼働時間はパイロットの気力に大きく左右されるのだが、朔夜の持ち時間は3時間と少し。これが多いのかは少ないのかは比較対象がいないので分からない。

分かることといえば、莫大なエネルギーを宿しているこの鉱物は特別な人間にしか反応せず、普通の人間ではただのきれいな宝石と化す。

だが、朔夜には関係ない。なにせ彼は選ばれた人間だからだ。

だってそうだろ? 普通の人間は手の甲に(Code)などないのだから。

バーコードに似た3本線の紋様がいっそ強く光った。

訓練に使用されるターゲットマーカーの出現位置を予測し、飛びかかろうと疑似筋肉にに力をこめた矢先だった。

 

「! これは……警報?」

 

耳障りで、気を急かすようなサイレン。朔夜はついこの間受けた防災訓練を思い出した。

 

「ハタチ。これは? 防災訓練はこの前やっただろ?」

【肯定。しかし、これは防災訓練の警報ではありません】

「それじゃこの警報はなんなのさ?」

 

パイロット支援システムは淀みもなく即答した。

 

【第一種警戒態勢によるものと断言。敵ですプリンセス】

 

 

今日も今日とて加藤 正信は陸上自衛隊の駐屯地で戦車の計器と睨めっこしていた。

操舵を任されて1年だが、ようやくこいつになれつつある。

とはいえまだまだ不安もある。それが伴って今もこうして自主的に居残りをしているのだ。

 

「にしても今日はやけに暑いな」

 

冷房をケチってハッチを開いているのが敗因だったのか。それとももうそろそろ日が落ちると言ってもいい時間帯なのに気温を下げないおてんとさまが悪いのか。

首に巻いたタオルが水分を含み過ぎたのか先ほどから汗をぬぐっても気持ち悪い感覚が付きまとってくる。

 

「今年一番の暑さだな。まだ7月だってのに……」

 

そばにおいていた水筒を口にするが一滴の水が舌を濡らすだけで肩透かしを食らう。

ちょうどいいと正信はハッチを開き、戦車から降りた。

そろそろ集中力も切れるころだし、体中汗だらけでいい加減シャワーを浴びたかった。

しかし、異変は突然起きた。

 

「ん……なんだ、この匂いは? 甘くて……うっ!」

 

宿舎に戻るため戦車から飛び降りようとした時、何処かで嗅いだことのある甘い匂いが鼻腔をくすぐったかと思うとすぐに不快なものへと変わった。

遅れて腐臭だと気づいた時と同時、突如、今までに一度も聞いたことのない大音量の警報が鼓膜を揺らす。

あまりにも突然だったため着地にまで失敗した。

自分と同じように居残りしていた連中もざわつき始める。

 

『敵影発見! 敵影発見! 軍籍のあるものは速やかに配置につけ! これは訓練ではない! 繰り返す――――』

 

そこから放送は聞こえなくなった。いや、聞く必要がなくなった。

なぜなら演習場に”それ”はいた。

 

「え……な…………」

 

手にしたペットボトルを取り落とし、下半身から力が抜けひざから崩れ落ちそうになった。

なんだあれは。いつの間にあそこにいたんだ。

演習所の中心に未知の巨大生物がいた。

はじめは二足で立つ姿が人を思わせたが、ずんぐりとした巨躯と深い黒の逆立った体毛に鋭い牙と爪が否定を表した。さらに、体が深く沈んだかと思うと、前足をついて4足歩行となる。

それはまるで――――

 

「熊……?」

 

ただし、所々体のパーツに欠損が見られ、一部肉が腐っている。その醜悪な姿はまさに怪物の名に相応しい。

 

「おい、動くぞ!」

 

誰かが悲鳴のような声上げた。

怪物はその巨躯から想像できないスピードでどんどんと加速していく。一歩一歩が地鳴りのように大きな音を響かせる。

そして、それはこの時間帯ならたくさん人がいるであろう食堂並び周辺の施設へと突っ込んだ。

 

「あ……」

 

しゃがれた声が漏れた。

まるでビスケットのように砕かれた建物。常識を逸した光景に今度こそ足から力が抜けた。

今ので何人の人が死んだ? 訳も分からないうちに彼らはその使命を全うすることもなく散った。

そして、怪物は次の獲物を探すように辺りを見渡し、ほどなくして正信のいるハンガーに狙い――目が合ったような気がした――をつけた。

次はお前たちの番だ。逃がしはしない。すぐにお仲間のところへ送ってやる。

逃げたい。ここから今すぐ逃げ出したい。

 

「おい、しっかりしろ!」

 

耳元で誰かが怒鳴り込んだ。

振り返ればお互いあまり知らない仲だがよく演習で一緒になる同期だ。

 

「ぼさっとすんな! お前確か操舵担当できたよな!? 俺は火器担当すっから今すぐ迎え撃つぞ!」

「え、でも……」

 

名前を呼ばれようやく我に返る。

 

「じゃなきゃ死ぬぞ俺たち!」

 

外を見れば怪物はすでに姿勢を低くしていた。

 

「あ、ああ!」

 

そうだ。このままでは死ぬ。反撃しなければ。

ただ、彼にはあれを倒すイメージが全く沸かなかった。

 

 

茜色に染まった綺麗な空。だが、その真下は燃え上がる戦場と化していた。

 

 

太陽が傾き始めてそれなりの時間が経過した。だというのに未だに気温は下がることを知らない。

冷房の効いたMBT内でも吹き出る汗の量は変わらなかった。とにかく暑いのだ。原因は判明している。

外付けのカメラが捉えている化け物が文字通りその身を燃やしていた。別に焼夷弾をぶち込んだ訳ではない。あれがひとりでに燃え始めたのだ。

それからだ。気温が上昇していったのは。

 

「おい、避けろ! 熊型が狙ってんぞ」

「!」

 

同乗者の怒鳴り声よりも速く車体を右にそらす。遅れて正信のいた場所に火炎弾ともいうべき火球が着弾した。

 

「だああクソ! なんなんだよあいつはよ!」

「化け物だろ! いいから撃つんだよ!」

 

喚くように正信は同乗者に叫ぶ。

あの化け物は映画の怪獣のように口から火球を吐き出す。

おかげでろくに隊列も取れぬまま各々の思うがままに砲撃するしかなかった。

結果、演習場は焼け焦げ、少ないながらも出撃した味方の数はさらに減った。

 

「今度こそ!」

 

必殺の一撃をはらんだ砲弾が見事に化け物の右腕部を吹き飛ばした。

同乗者の佐々木が僅かに歓声を漏らす。だが、すぐさま嘆声へと変わった。

まるで何事も無かったかのように二の腕から下が修復し始める。ものの数秒でそれは元に戻った。

 

「なんだよあれ……おかしいだろ」

 

何度やっても同じ結果だった。どこに打ち込んでもあれはすぐに再生した。

まるで災害みたいだ、と正信は思った。

人では対策は取れても対抗できない。逆らおうとすれば見返りにこちらが飲まれる。そして、災害は人の地に大きな爪あとを残し、過ぎ去っていく。

ゆえに昔から人は災害を恐れ、避け、我慢し、通り過ぎるのを待った。あれもそれと同じだ。人類じゃ勝てない。抵抗は無駄だ。

 

「おい、こうなったら他のやつらと連携して一斉にぶっ放すしかねえよ。頭をぶっ飛ばせば流石のあいつでも――――」

「無理だ」

 

佐々木の言葉をさえぎるように言った。怪訝な顔を向ける同乗者が正信の顔を見てぎょっとした。

 

「お前、どうしたんだ。顔が真っ青だぞ?」

「ああ? ああ、どうだっていいだろ」

 

戦闘前は歯の根も震えんばかりに緊張していた正信だが、今は奇妙な落ち着きがあった。

それも仕方ないだろう。なんせ――――

 

「味方とは連携できないよ。だって、たったいま、最後のシグナルが途絶したんだから」

 

佐々木の顔から血の気が引いた。

今この戦場にいるのは一機のみ。なら、次にアレの犠牲になるのは誰かは明白だった。

 

「あ……」

 

はたして誰の声だったか。

MBT内でけたましくアラートが鳴った。

スクラップになった戦車を持ち上げ、怪物が投げつけた。

もう回避をとろうとは思わなかった。

小さな弧を描き、叩き付けられた戦車が爆発――――するところまで幻視した。

幻視――つまりところそうはならなかった。

見る見る迫ってくる鉄の塊を前に途方も無く大きな人影が飛び込んできた。

人影は正信たちをまたぎこえて、片腕で飛来したMBTを払いのけた。

衝撃。

破片があっちこっちに飛び散り、細かい部品が戦場に落ちた。

 

「なんだよ……あれは? 巨大、ロボット?」

 

即席の相棒が心中を代弁してくれた。

燃え盛る炎と向かい合ったまま影――全長15メートルほどある赤い影が首だけ振り返った。

緑のバイザーがきらりと光る。その姿はアニメや漫画でよくみる巨大ロボットだった。

赤を基調とした機械仕掛けの巨人はほっと息を撫で下ろすかのような動作を取る。まるで自分たちの安否を確かめるかのような態度だ。

 

「大丈夫? 生きてる?」

 

驚いた。

人型の兵器から声が聞こえたからではない。その声が余りにも幼すぎったからだ。

思わず「君は?」と返してしまった。

 

「僕? 僕はね――――」

 

長ったらしいタメの後、この悲惨な戦場とは不釣合いの明るい声が響いた。

 

「人類の救世主、つまり、ヒーローさ!」

 

立てた親指がやたら印象的だった。

 




始めましての方は始めましてお久しぶりの方お久しぶりです。
4月に新作投稿ーとかいってこんなにもかかりました。申し訳ない。
改めてジャンルは巨大ロボットもの。コンセプトは「リアルロボットが使途を倒す」みたいな感じです。
皆さんの暇つぶしになれたら幸いです。
では、このへんで。
これから応援お願いします。

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