書き分けができそうにないと思っていたのに、なんで転移前を舞台にしてしまったのか……
最初のうちはそこまで疎遠にするつもりはなかった。
週に一度が月に一度になり、用事で一度タイミングをはずすと、その後は何かと理由をつけてインしなくなってしまったのだ。
今日は疲れているから。
明日は早いから。
なんとなく気分が乗らないから。
だんだん理由にもならない理由でインしなくなり、それを仲間に説明するのが億劫になり、また間が開く。
意識の隅に引っかかりつつも可能な限り考えないように、きっかけがあれば復帰するさと言い訳を続けていたのだ。
今更戻ってもみんなが遠慮するだろう。
みんなだって忘れているさ。
みんなだってリアルがあるからそこまでインしていないはずだ。
特定の誰かでなくあえて「みんな」という思考で自分だけじゃないと自分に暗示をかける。
思い出に蓋をしつつなんとなくすっきりしない気持ちを抱えてリアルを生きていく。
そうこうしている内に待ち望んだ「きっかけ」がやってきた。
「きっかけ」の名前は「限界突破アップデート」を知らせる一通のメールの形をしてやってきた。
* * *
モモンガこと鈴木悟にとってユグドラシルはただのゲームではない。
青春あるいは人生の一部を捧げた舞台であるのだ。
そのモモンガにとって「限界突破アップデート」はどう捉えられたのか?
まず、一人のプレイヤーとして喜んだ。
同時にアップデートを歓迎できない自分がいることに気がついてしまった。
このアップデートによりユグドラシルは激変する。
それは仲間たちと過ごした舞台が実質的に消えてしまうのと同じだったからだ。
アインズ・ウール・ゴウン総出で倒したボスはレベル上限が解放された事によって雑魚に成り下がるだろう。
そうなれば必死の思いで手に入れたアイテムも徐々に価値を失っていくだろう。
戦士職最強のたっち・みーも、魔法職最強のウルベルトも単にレベルに差があるというだけで、最強から蹴落とされるに違いない。
仲間たちがいればこの変化に悪態をつきつつも楽しめた、とは思う。
しかし現在まともに稼動しているのはモモンガのみ。
正直一人で変わり行くユグドラシルを続ける気力はもてそうになかった。
だからだろう。
本来の歴史において最終日に出したギルドメンバーに出すはずだったメールはアップデート内容の告知が出た数日後に送られることになった。
「最後の半年間、また一緒に遊びませんか?」
それは社会人として鈴木悟が許容できるギリギリのわがままであった。
* * *
アップデート当日。
モモンガは円卓の間で自キャラの成長方針を考えようと職業と種族の一覧を眺めていた。
しかしメンバーにメールを出したせいか、いつも以上に仲間たちのことを思い出してしまう。
この職業はペロロンチーノが泣く泣くあきらめたやつだ、とか。
こっちの職業はそれなりに貴重なアイテムを消費しないとなれないのに、使い勝手が悪かったと珍しく武人建御雷が愚痴ってたとか。
そうしてしばらくたったの時、
ギルドメンバーたっち・みーさんがログインしました。
久しく見なかった表示を目にし、思わず立ち上がって振り返りながら用意していた言葉を
「お久しぶりです! たっちさ…………ん」
うまく発せなかった。
円卓の間に入ってきたのは間違いなくたっち・みーであった。
「……えーと。大変ご無沙汰してました。モモンガさん」
が、彼はなぜかその背中に「我、帰還せり!」と文字を背負っており、見得を切ろうとして失敗したようなポーズで固まっていたからだった。
正直これにはモモンガもコメントに困った。
せめてポーズが決まって口上でも言ってくれれば「何をやっているんですか」と突っ込んだり「最初に会ったときも同じようなことをしてましたね」とか返したりできたのだが。
二人しかいない円卓の間に微妙な空気が流れる。
このままではいかんとモモンガがとりあえず席についたらどうかと促そうとした瞬間、
「いっやほぉぉぉぉぉ! これから三連休! 遊ぶぞぉぉ!」
凍りついた空気をぶち壊す大声で、何の意味があるのか錐揉み回転しながらヘロヘロが現れた。
「あれ? 二人だけ? モモンガさんお久しぶり。それとたっち。その格好なんぞ?」
「いや、これは、その……」
ぐにぐにと動く黒い粘体の前でしどろもどろになる純白の騎士という光景は、アインズ・ウール・ゴウンでしか見ることができないに違いない。
懐かしい空気を感じつつ、モモンガは、いや鈴木悟は久々に心から笑った。
「とりあえず、座りましょう。たっちさん、早いところその文字しまわないと。
るし☆ふぁーさん辺りに見られたら、たぶんずっといじられますよ?」
「あ、ああ。そうだな」
ウルベルトのやつにだけは死んでも見られたくないしな、などと言いながら文字を消すたっち・みーに、だったら最初からやならきゃいいのにーと返しつつ、びよんと跳ねて椅子に乗るヘロヘロ。
それだけでずっとギルドを守ってきた甲斐があったと思えてしまう自分は単純だなと考えながらモモンガも会話の輪に入っていった。
* * *
結局あの後も少しずつメンバーは集まり、遂には全メンバーがログインするという快挙を成し遂げた。
久々に顔を合わせた結果として思い出話に花が咲き、狩場の相談などは夕飯の後にとだけ決まり、なし崩し的に雑談タイムに突入してしまった円卓の間は賑やかだった。
なんだかんだいって止めて行ったメンバー達だが、別にユグドラシルが嫌いになったわけではない。
レベルはカンスト、ギルドは総合で9位になり、大抵のイベントは制覇した。
拠点のナザリック地下大墳墓も馬鹿みたいに時間と金をつぎ込んで作りこんだ。
そんな偉業を達成したメンバーは、みんな程度の差はあれ廃人だったのだ。
遊びたいがリアルを犠牲にしてまでやることもない。
ユグドラシルは実装できそうなものはほとんど実装しきっていたと言って良かったのだ。
そこに来てのアップデート。
期限も半年であればリアルでちょっと無理すれば続けられないほどではない。
心血を注いだギルドも健在とあれば多少の後ろめたさや躊躇はあっても来ないという選択はできない程度に、メンバーはユグドラシルが好きだったのだ。
そのちょっとばかりの後ろめたさと、一人のメンバーの言葉が原因でモモンガは孤独だったときとは別の悩みを抱かせることになっていた。
「いや、そこで私のせいにされても困るよ? やったのはたっちさんであって私は本当に無関係だからね?」
「だがなタブラ。お前が普段言っている、ギャップ萌え? だったか。久しぶりに会うのだから何かしらせねばならないと思ったんだ」
「いやいや、ギャップ萌えってのは意外性が大事だけど『実は』ってのが重要であって無理して演出するようなものじゃ……」
たっち・みーとタブラがくだらないことで議論をしている。
「今回のアップデートの「人化」スキルは納得いかん。異形種は異形であるからこそ良いのであって人になれるようでは……」
「でもボクはあってもいいとは思うんだよね。今の状況になったのはやっぱり運営の配慮が少なかったからってのもあるわけで……」
ウルベルトとやまいこが今回のアップデートについて語り合っている。
そんな風に円卓の間で賑やかに議論がされているのを嬉しく思いつつ、モモンガは悩みの原因となる発言をしたぷにっと萌えに真意を問いたださんとしていた。
「なんで私に贈答用チケットを集めたんです? いや、上限が最大になったことは嬉しいんですが、もっとギルドのためになるような配分があったんじゃないんですかね? 正直私のビルドは強いってわけじゃないですし……」
最初に来てくれたたっち・みーとヘロヘロの二人ともが、今までギルドを維持してくれたからと自分に贈答用チケットをくれたときは不覚にも泣いてしまった。
その次に来たウルベルトがたっち・みーに対抗心を燃やし自分にチケットを送ったのも、相変わらずだと笑える範囲だった。
仲の良かったペロロンチーノが自分にくれたのもわかる。
流れがおかしくなったのは、るし☆ふぁーが「あ、これ40枚で限界達成なのか。じゃあメンバー全員のチケをモモンガさんに集めたら最強の魔王様、誕・生! じゃね?」とか言った辺りだったと思う。
タブラが「ほう、ギルドメンバーの力を結集して魔王になるとか設定厨としては見過ごせないね」とか乗ったのも良くなかったと思う。
だが、止めを刺したのは間違いなく目の前にいる、ぷにっと萌えだった。
アインズ・ウール・ゴウンの諸葛孔明の異名をとる彼が「モモンガ最強化計画(るし☆ふぁー命名)」にゴーサインを出したのだ。
絶対にギルドのためになると言って。
軍師のお墨付きが出た後、メンバーは一気にモモンガにチケットを渡してきた。
小市民なモモンガにしてみれば、貴重なチケットで+2とか+1しか上がらないのはもったいないとしか思えなかった。
一人の256レベルより複数の200レベルのほうが総合的に強いという思いも、もったいないという気持ちに拍車をかけた。
だから、ぷにっと萌えから明確な答えを聞きたかったのだ。
ぷにっと萌えは少し間を空けてから、口を開いた。
「モモンガさん。たぶん今回のアップデートはバランスを取ることを考慮していません」
「ええ、それはなんとなくわかります。今までのアップデートではあったスキル調整の告知が一切ありませんでしたから」
「だからですね。わたしはやりたいんですよ」
「何を?」
「ギルド長、41人で、ユグドラシルのトップをいただきましょう」
それは残り半年のユグドラシルを大混乱に陥れる宣言だった。
なんとか書き上げましたが口調とか考え方とかにまたミスがありそうで怖いです。
とりあえず次回辺りに設定しておいたアップデートの穴をぷにっと萌えさんに語って貰おうかと思います。
たぶん、この話はぷにっと萌えさんが無駄に出張ることになるでしょう。