はい。
十六話、二つありましたね。
すいません・・・。
では、どうぞ!
「『天音 真の怪我、痛み、不具合を全て無くす』」
「・・・あ、え・・・・?」
俺の体を紫色のヴェールが包み、森を照らす。
大きく輝き、治まった頃。
・・・痛み、怪我は全て消え去っていた。
「ね?楽になったでしょ?」
「う、うん・・・。」
無は俺に満面の笑みを向ける。
ゆっくりと上体を起こすと、体がいつもより軽い事に気づく。
「な、何で・・・?」
「んー?」
俺が疑問を投げかける。
すると無は少し首を傾げ、口を開いた。
「・・・貴方が、初めて私の能力を破ったから、かな。面白い!」
再び笑うと、無は俺に目線を合わせる。
「私の能力は”世界の理”に直接干渉する。だから、絶対に回避できないはずなのよ。」
口調が変わり、無の雰囲気がガラッと変わる。
快晴の空に雲が現れ、太陽を隠す。
森の木々や草が騒めき、冷たい風が俺の頬を撫で始めた。
ピシッ、と言う音と共に空気が強張る。
俺の眼を真っすぐに見つめるその茜色の瞳に、俺は吸い込まれそうになった。
「ま、ご褒美とでも。また会えたら、遊びましょうね。」
立ち上がった拍子に、白い髪がその顔を隠す。
「『私とあそこまでの距離を無くす』」
顔は見えなかったが、その口は笑っているように見えた。
呟き、一歩踏み出した瞬間。
無は、そこから消え去っていた。
雲が退き、太陽が俺を照らす。
風が夏特有の匂いを持ち始め、その風に木々が揺れる。
蝉や虫が段々と鳴きはじめ、平穏な景色に移り変わってゆく。
体の痛みも、何も無い。
しかし俺は、その場から動けなかった。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
「・・・ねえ、真。」
「なんでござんしょ。」
あの後、天子が俺の所に走ってきた。
一応、全て見ていたようだ。
彼女も、あの異常な妖力を感じ、能力に震撼したらしい。
俺もいつも通り、普通に歩いている。
「・・・・・・その太ももに付いてるナイフって何かしら。」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」
俺は下を見下ろす。
ああ、そうだった。
咲夜さんを真似して、胸ポケット以外にも付けてたんだった・・・。
俺の言い訳も空しく。
数発の拳が降り降ろされるのだった。
「はあ・・・何で気づかないのかしら!?」
「馴染んでた。うん。いつも使うのが胸ポケットに入ってる奴だけだったし・・・。」
「・・・たあ。」
「ほぐうっ!」
気の抜けた掛け声とともに、結構強いグーパンチが腹に入る。
「全く。まあ、気持ちいいし良いんだけどさ。」
天子が被り物を取り、長く青い髪を風にたなびかせる。
強い風を受け、目を細める天子は嬉しそうにしていた。
「そいえばさ。何で戦ってるんだろう。」
「・・・ね。元々は逃げ出した私を連れ戻そうとした人達から私を守ろうとしてからよね。」
天子が声のトーンを落とす。
「迷惑、かな?」
「ううん、全然。」
恐る恐る尋ねると、天子は笑いながら否定する。
「そりゃあ最初は何だこいつ、って思ってたけどね。あそこまで全力で戦ってくれたら、何も言えないわよ。」
「でも、傷つけたし・・・。」
急に振り返った天子は、俺を睨みつけた。
「まだ引きずってんの?私は全然気にしてないから大丈夫!」
「でも、女の子じゃん。」
俺が下を向きながら返すと、天子が首を傾げた。
被り物を両手で抱えながら、少女は驚いたように口を開く。
「・・・初めて女の子って言われた。変なの。」
「嘘だろ・・・?今まで何て呼ばれてたんだよ。」
「人形、ゴミ、モルモット、ペット。」
天子は一つの淀みも無く答える。
平然と、それが当たり前であるかのように。
「・・・それで、そのままで良いの?」
俺が思わず口に出すと、天子は少し笑う。
「・・・・うん。そう思ってた。でも、真と逃げてる時にね、話してるときね、私を人間と見て接してくれてるのを感じてね。」
「やっぱり、私も人間として、比那名居天子として、生きたいなって思った。」
天子はそのか細い腕で目元を拭う。
下した腕あ、少し湿っていた。
声が段々と震え、弱弱しくなっていく。
「でもね、無理だろうなって。こんな醜い私がそんな願いを持つのは変だって、おこがましいって。自分で、自分をずっと否定してた。・・・今も。頭の奥では、ずっと考えてる。」
天子が言葉をゆっくり紡いでいくのを俺は黙って、いや、何も言えずに見ていた。
「叶うなら。変わりたい。このままじゃ、嫌だ。・・・・ねえ、真。」
俺の方に振り返った天子は、顔を不安に歪めながら震える声で尋ねてくる。
「こんな私でも、助けてくれる?」
「うん。」
即答。
間髪入れずに答えた俺に対して、天子は驚きの眼を向ける。
「ここまで来てさ、何もしないってのは嫌だし。というか、人間が人間らしく扱われてないのが一番むかつく。」
それに、さと俺は一拍置く。
「折角天子が話してくれたんだ。それが俺の、戦う理由になる。」
「ふふ、無茶苦茶・・・。」
天子は肩を揺らして笑い、それまで下を向いていた顔を上げる。
「ありがとう、真。」
太陽を思わせる笑みの横。
その柔らかい頬を、一筋の滴が零れ落ちる。