東方夢幻魂歌 完結   作:ラギアz

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まさかの4646字・・・だと・・・!?
長いです。幻夢の過去が少しだけ分かります。

では、どうぞ!


第十章第十四話「夢幻魂歌」

「お、霖之助。」

「ああ、幻夢か。」

 

朝の一仕事を終え、幻夢は外で洗濯物を干していた。

そこに通りがかったのは森近霖之助。頭の右側にこげ茶色の角を生やしている、幻夢の友達だ。外見からわかる様に、人間ではなく半人半鬼である。

 

「・・・その様子だと、何かあったみたいだね。」

「む。流石霖之助だな。どうしてわかった?」

「幻夢なのに・・・洗濯物をしっかりと干せているからだ!」

「ほお、そこまで私の拳骨を喰らいたいかい?」

「すみませんでした。」

 

首を傾げ、霖之助は尋ねた。

幻夢が笑顔のまま拳を握りしめた処で、霖之助は改めて聞いてみる。

 

「大仕事、かい?」

「ああ。・・・魔力と妖力を全部封印しろだと。」

「そうか。七賢者は、遂にそれを決行することにしたのか。」

「そうみたいだねえ。・・・あのさ、霖之助。皆が平等に仲良く暮らせる世界ってのは、絶対に創れない物かな?やっぱり、無謀かな?」

「うーん、一概には言い切れないと思うよ。それは一人で全てを行おうとするからだ。皆で目指す場所を決めて確実に皆で進むことが出来たら、それは幻夢の思い描く世界だとも思う。」

「成程。成程。・・・ま、考え方の違いだよなあ。」

「そうだね。僕のも言いきれないしさ。」

 

大きく息を吐きだした幻夢は、何かを決意した様に呟く。

 

「新しい世界を創れたら、そんな風に出来るのかな?」

「・・・まだ、幻想郷を創りたいのかい?」

「当たり前。子供っぽいし、叶う訳ないけどさ。・・・夢を持たない人間なんて居ないでしょ?」

「そうだね・・・幻想郷、作りたいなあ。」

 

昔、地面に木の棒で描いた夢の世界。

妖怪や人間、全ての異質の力も混ざり合い全部が支えあって生きて行けるような場所。

例え忘れられたとしても、その世界でなら。

 

淡い笑みを浮かべながら二人は小さい頃を思い出し、空を見上げた。

正に夏、と言う風に日差しは強く空は青い。少し視線を落とせば広がる広大な大地、生い茂る緑。

時折吹き抜ける風がとても心地よく、自然と目を細めてしまう。

 

「霖之助。昔あんたが考えて来た、夢幻魂歌ってのは」

 

「ダメだ。それを使う事は許さない。」

 

幻夢がぽつりと呟いた言葉に、霖之助は強く遮る。

少し驚いたような表情の彼女に、真剣な面持ちで霖之助はつづけた。

 

「あれは・・・使用者の夢を喰らい尽くす。自分が思い浮かべる夢幻を、現実のものとする。・・・いわば夢幻魂歌は、世界を創りかえる物だ。我ながら、どうしてこんなものを思いついてしまったんだって後悔してる。」

 

「そっか。じゃあ、無理か。」

「ああ。無理だ。」

 

そして、再び訪れる沈黙。彼らはやはり空を見上げ、自分の夢を空に描いていた。

叶わなくても。夢を見る事は、自由だ。

 

何か言いたそうに、幻夢は時々口を開く。

しかしその度に寂しげな表情を浮かべ、息を吸いこむだけだった。

霖之助はそれに気づきつつも、何も言わない。言ってしまえば、何かが終わる。そんな、何の確証も無い予感を感じて。

 

突如、幻夢の背後に見慣れた隙間が現れる。

 

「やっほー、幻夢、そろそろ準備よ。」

「んー?あー。分かった。じゃあな、霖之助。」

「ああ、行ってらっしゃい。」

 

「行ってきます。・・・。・・・またね、霖之助。」

 

中から出て来た紫は幻夢が入れるくらいまで隙間を広げ、そのまま消えて行った。

幻夢は最後まで笑っていた。

 

・・・一枚だけ花弁が残っている、萎れた花の様に儚く。

 

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

 

 

霖之助は魔力と妖力が封印される儀式を見に、その崖まで歩いていた。

幻夢の娘は家に留守番させ、幻夢がいつ帰って来ても良い様に晩御飯の準備をしているだろう。

やっと崖まで辿り着いた霖之助は、もう集まって居た大衆の上から顔を出す。

半人半鬼の為通常の人間よりも身長は高く、視力も良い。例え最後尾であろうと、全てが見渡せるのだった。

 

崖のすぐ手前、眼下の世界を見下ろすように着飾った博麗幻夢は立って居た。

金で創られた髪飾りに、赤と純白の羽衣。唇を果実の液で赤く染め、手には大きなお祓い棒を携えていた。

綺麗だ。霖之助は一目でそう思う。

澄み切った湧き水の様に、彼女は見る人を魅了する。可愛い、というよりも綺麗と言う言葉が似合う幻夢は、子供にも人気だった。

 

直ぐ近くに居る七賢者も着飾り、幻夢程ではないが黄金や銀などを身に着けている。

霖之助が知っている七賢者は二人。八雲紫と、八雲黄昏だ。

名字から分かる様に彼らは同じ一族であり、大体いつも隣に座って居たりする。

 

「・・・では、博麗幻夢。大いなる天から授かりし力を使い、悪しき力を封印したまえ!!」

 

 

七賢者の誰かが叫んだ瞬間、幻夢の体が蒼く輝き始める。

風が吹き荒れ、神々しい光が球体となり幻夢の周りを飛び始めた。

誰もが固唾を飲みこみ、瞬き一つせずにその光景に意識を奪われる。余りの美しさに感動するものも居れば、目に焼き付けようと躍起になる人も居た。

しかし、霖之助は疑問に思う。

 

これは、妖力と魔力を封印するものだ。

 

・・・そして、封印の力は虹色に光るはずだ。

 

霖之助が眉を顰める中、幻夢は口を開く。

 

「原点は未来。私たちが創り、追い求める夢幻の中にある!・・・解き放て、全ての者の夢幻を。分かちあえ、全ての者の望みを。」

 

詠唱が始まった瞬間、幻夢の纏う光が更に輝きを増した。

それと同時に、霖之助は走り出す。

 

間違いない。彼女は。

 

ーーー夢幻魂歌を発動しようとしている!!

 

人混みを乱雑にかき分けながら、霖之助は必死に手を伸ばす。

それでも距離は縮まらず、幻夢の詠唱はさらに続けられていく。

諦めるなよ。走れ、僕。

未完成の、不完全な妖怪として生まれた霖之助は人間よりもほんの少しだけ身体能力が高い程度だった。

だからこそ、霖之助は手を伸ばし続ける。

 

流石に七賢者も何かが可笑しいと思い始めたのか、立ち上がり幻夢の様子をうかがい始める。

霖之助も、遂に人混みをかき分け最前列へと姿を現した。

 

「幻夢!」

 

息を切らしながら、霖之助は彼女に呼びかける。

たった10m程度。なのに、ものすごく遠い距離。

一歩踏み出すにも時間がかかる中、霖之助はもう一度呼びかけた。

 

「止めろ…止めてくれ、幻夢!!」

 

広がり、漂い続ける蒼い霊力が少なからず霖之助を叩く。伸ばした手を、ことごとく撃ち落としていく。

 

 

 

「・・・ごめんね、霖之助。」

 

 

諦めかけ、項垂れた霖之助に向かって幻夢は振り向いた。

頬には一筋の滴、咲き誇るは満面の笑み。

 

紡がれた一言は、霖之助を再び燃え上がらせた。

 

「ごめん?・・・許せるわけ・・無いだろ・・・!」

 

言葉を心の奥底からひねり出し、同時に幻夢に向かって彼は一歩踏み出す。

 

「夢幻魂歌を使うと・・・死ぬんだぞ?良くても、生きる目的を失ったただの人形になるんだぞ・・・!?」

 

異変に気づいた七賢者が霖之助と同じ様に幻夢に向かって歩み始め、何人かが前に出た霖之助を連れ戻そうと彼の腕を掴む。

 

「なあ、なあ博麗幻夢!!謝るくらいなら・・・・謝るならさあ・・・」

 

その腕を強引に振り払い、森近霖之助は大きく胸の内を吐きだした。

 

 

「もう一度!娘たちと晩御飯喰ってやれよ!もう一度!あのデコピンで起こしてくれよ!」

 

今度は両腕を掴まれ、強引に投げ飛ばされそうになる。

甦り、頭の中を駆け巡る記憶。

彼が小さく、親に捨てられたころから幻夢は一緒に居てくれた。

 

「後一度・・・夢を描かせてくれよ・・・!!」

 

もう後戻りは出来ない。

霖之助は知っている。彼女はもう止まらない事を。

・・・そして、幻夢の命がもう消えかかって居る事を。

 

自然と涙が溢れ、駆け出そうとする力は強くなる。

霖之助を見る幻夢も、目元を腕で拭った。

周囲の人々は何が起こっているかを理解できず、ただ呆然と立ち尽くしている。七賢者でさえ、この二人のやりとりを強引に中断させることは出来なかった。

 

「・・・ごめん。ごめん、霖之助・・・。」

 

何度も何度も目元を拭うも、幻夢の腕が湿っていくだけで流れる涙は一向に止まろうとしない。

遂に、七賢者の一人が幻夢の腕を掴んだ。

恐らくそのまま止めるつもりだろうが、吹き荒れる蒼き霊力によってそいつは弾き飛ばされる。

 

 

違うだろ?そうじゃないだろ?

 

霖之助は、走り出した。

 

幻夢は、もう死んでしまうんだ。

 

霊力が体を叩くのを、微塵も気にしない。

 

自分では、どうしようもできない。

 

そして、立ちふさがる七賢者を押し倒し、乗り越え、幻夢の元へ一心不乱に向かう。

 

なら。最後に、最後に僕が出来る事はーーーー

 

 

目の前に黄昏と紫が立ちふさがり、呪力と霊力を展開した。

大妖怪の攻撃に、霖之助はなすすべも無く吹き飛ばされる。

常人ならば、その一回で気絶するだろう。

幻夢の顔が悲しみに歪み、霊力が不安定になる中。

 

 

「う・・・・うあああああああああああああああああああああああああ!!!!」

 

 

霖之助は、生きている中で初めて大声を出した。

涙を散らしながら、彼は黄昏と紫の間を強引に通り抜ける。

 

 

そして、霖之助は幻夢に向かって笑いかけた。

 

 

 

 

 

 

 

「・・・・創ろう。幻想郷を。」

 

 

 

 

 

 

ーーーーー最後に自分が出来るのは、幻夢と笑って別れる事だ。

 

 

 

背後から襲い掛かった拳で、霖之助の角が折れた。

それでも、彼は幻夢と七賢者を遮る様に立ちふさがる。

 

迫りくる七賢者を、力任せに押し倒し、殴り殴られていく。

 

少し後ろを見れば、幻夢が最後の詠唱を終えた処だった。

 

幻夢の顔には、幾筋もの涙が溢れて。零れて。

 

・・・でも、笑っていて。

 

「ありがとう。・・・さようなら、霖之助。」

「さようなら、幻夢。」

 

瞬間、一気に幻夢の放つ霊力が膨れ上がった。

蒼い極光が視界を塗りつぶし、世界を塗りつぶしていく。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

・・・・其の場には、折れた角と二つの勾玉だけが残っていた。

 

 

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

 

 

「これが、幻夢の最後だ。」

「そう・・・だったんですか・・・。」

 

長い長い話を言い終えた霖之助さんは、どこか遠くを見つめながら続ける。

 

「恐らく、紫はこの日に戻り、幻夢を止める。そして、幻夢の夫も助けるはずだ。」

 

そこで切った霖之助さんは、此方に振り向き強く言い放った。

 

 

「幻夢が、ここでは死なない。・・・これを知っても、君は紫を止めるかい?」

 

 

 

 

「はい、止めます。」

 

 

 

 

霖之助さんの問いに、俺は迷いなく即答する。

 

「・・・そうか。はは、信じていたよ。真君。・・・これを、君に託す。」

「これは・・・?」

 

一瞬呆気にとられたようになった霖之助さんは、直後に少し頬を緩めた。

そして、懐から何かを取り出す。

 

「これは、僕と幻夢が持っていた勾玉だ。・・・何の変哲も無いけど、真君も誰かに渡してみてくれ。」

「ありがとう、ございます。」

 

赤と、青の綺麗な勾玉。

俺はそれをしっかりと握りしめ、霖之助さんの黄色い瞳を見た。

 

「・・・悪かったね。こんな面白くも無い昔話に付き合って貰っちゃって。」

「いえ。・・・話してくれて、ありがとうございました!」

 

立ち上がりながら、霖之助さんは本当に申し訳なさそうに腰を折る。

それに俺もお辞儀を返し、感謝を伝えた。

 

「・・・そんな、大した事はしてないけどさ。・・・頑張ってね、真君。それじゃあ。」

 

 

 

こうして、霖之助さんの昔話は終わった。

長く、短く。

悲しく、優しい物語。

 

そっと俺は拳を握りしめ、晴れている冬空を見上げる。

そして、そのまま立ち上がった。

 

・・・何かがあってからじゃ遅いんだ。

 

行こう。今一瞬を、全力で。

 

明けない夜は無い。

 

夜に捕らわれた朝日を、助けに行こうーーーー

 

お昼時、俺は縁側から博麗神社を飛び出した。


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