もしクレマンティーヌが装者で絶剣で女神だったら 作:更新停止
せっかくなので、タレントを生かそうかと思った次第でありんす。
ガゼフ・ストロノーフ。
彼は、世間一般的には最強とされている男である。
もちろん、実際に最強の男かと言われれば、彼は否定する。
なぜなら、自分よりも強い存在を何人も知っているからだ。
だがそれでも、彼が最強を語られるにふさわしい実力を備えた人物であることは事実だった。
そんな彼は今、命の危険に瀕していた。
下手をすれば、帝国との戦争中以上の危険だ。
目の前にあるのは、赤いとろみを持った液体。
見ているだけで涙が溢れてきそうな、地獄のような赤色。
匂いからして、食べれば死んでしまいそうになるであろうそれ。
そんな危険物を、彼の目の前の人物は笑顔で差し出していた。
「―――さあ、食べなよ!」
食べたくはないが、食べざるを得ない。
食べ物を捨てるなど、平民育ちのガゼフには絶対にできないことだ。
彼がこんな事態に陥ったのは、しばらく前に彼が言った一言が原因だった。
「やっほー、元気してるー?」
「む、クレマンティーヌか。あの村で会って以来だな」
ある日の昼過ぎ、クレマンティーヌがガゼフの屋敷を訪れた。
たまたま庭で剣を振って休日を過ごしていた彼は、彼女の姿を見ると剣を置いてクレマンティーヌに近づく。
「また休みの日なのに筋力鍛錬なのー?
ワーカーホリックなのはいいけどさー、休みぐらいきちんと休みなよー」
「ワーカーホリック? ……まあいいか。
俺は、王国の盾にして剣だ。少しでも強くなる必要があるからな。そうそう休んでなどいられんよ」
ワーカーホリックなるものの意味は分からないが、言葉の様子からして彼女はガゼフのことを心配しているのだろう。彼女の様子に、以前彼女が、過度な鍛錬は逆に悪影響を及ぼすと言っていたことを思い出した。
それ以降、ある程度鍛錬を抑えるようにしていた。
彼女のその言葉は真実であり、十分な休息をとることで身体のキレが良くなったと感じている。
過度な鍛錬は身を壊す、それがわかっていないわけではないのだ。
だが、彼はそれを承知の上で己の身体を痛めつけていた。
―――悔しかったのだ。
あの日、カルネ村における陽光聖典たちとの戦いにおいて、ガゼフはただ見ているだけしかできなかった。
目の前で天使達と戦うクレマンティーヌを、友人が一人で強敵に立ち向かうのを、ただ見ているだけしかできなかったのだ。
それも、己の力不足が原因でだ。この事実に悔しまずにいられようか。
「ぶー、ガゼフの鍛錬ばかー」
「はぁ、休日に俺が何をしようと自由だろう」
「ぶー、ぶ……」
突然、クレマンティーヌが口をつぐみ顔色を悪くする。
「どうかしたのか?」
「え? あ、ううん。何でもないよー。
……ちょっと引きずられたかな」
「引きずられた? 何がだ」
「別にー。大したことじゃないから気にしなくていいってー」
クレマンティーヌはガゼフにそう言うと、何事もなかったかのように顔色を戻した。
「……それでさー、休日にただ鍛錬するんだったら、ついでに私の鍛錬にも付き合ってよー」
「お前……また俺に夕飯をおごらせたいだけだろ」
彼の言葉に、クレマンティーヌは視線を逸らす。
「ま、まっさかー。ちゃんと全力で戦うつもりだよー」
以前ガゼフがクレマンティーヌに勝利した際、彼と彼女の間で、今後は勝利した方が敗北した方に飯を奢るという約束をしていた。
彼女の性格から考えれば、今の彼女が金欠なのは予想がつく。食事にも困窮しているとまでは考えたくないが、仮にそうだとしてもそうおかしな話ではないだろう。
「まあいい、俺も相手が欲しかったからな。
街の外に行こう。ここでやってもいいが、物音で兵士を呼ばれるわけにもいかない」
「はいはーい」
―――まあ、金欠の原因であろう俺が言えた話ではないか。
カルネ村で兵士たちに使用されたポーションの総額を考えながら、ガゼフはため息をついた。
ガゼフとクレマンティーヌは、王都から大きく離れた草原でお互いに武器を構えて向かい合っていた。
ガゼフは刃の潰された両刃の剣を、クレマンティーヌは先端の潰されたスティレットを構えて睨み合う。
そしてしばらく睨み合ったのち、いつものようにガゼフが先に動き出した。
―――武技、『流水加速』
クレマンティーヌの動きが遅くなり、ガゼフの世界が加速される。
加速した世界の中を、彼は大きく一歩を踏み出した。
ガゼフはクレマンティーヌとの距離を瞬く間に詰め、彼女に剣を振り下ろす。
―――武技、『要塞』
クレマンティーヌは『要塞』によりその一撃を受け止め、強引に上に弾いた。
流石に剣を放すことはなかったが、ガゼフはその衝撃で体勢を崩す。
その隙に、クレマンティーヌはスティレットを赤く輝かせて突きを放った。
―――武技、『穿撃』
―――武技、『即応反射』
ガゼフは武技により体勢を立て直すと、彼女の一撃を受け流す。
スティレットはガゼフの剣と擦れ合い、彼の左側の空を切ることになった。
その瞬間、クレマンティーヌに隙が生まれる。
ガゼフはその隙を見逃さず、剣に赤い輝きを灯した。
―――武技、『四光連斬』
四つの斬撃を同時に放つ武技、四光連斬。
クレマンティーヌに、薙ぐような二つと斬り上げるような二つ、計四筋の赤い斬撃が放たれる。
―――武技、『即応反射』
その斬撃を、彼女はクラウチングスタートの様な体勢にしゃがみ込み回避した。
「はあっ!」
――武技、『流水加速』
―――『能力向上』
「ふんっ!」
―――武技、『斬撃』
―――『要塞』
回避のために体勢を低くしたクレマンティーヌが、そこから飛び上がるように突きを放つ。
ガゼフは、その一撃を斬撃と要塞の武技を重ね掛けした剣で迎撃した。
ぶつかり合う剣とスティレット。その勝負の結果は一瞬でついた。
ガゼフによって振り下ろされた剣が、スティレットを吹き飛ばしたのだ。
「嘘っ!?」
その光景に、クレマンティーヌの表情が驚愕に染まる。
ガゼフとクレマンティーヌには、純粋な筋力差はほとんどない。若干クレマンティーヌの方があるが、基本的にほとんど同じだ。
そのため今の競り合いは、ガゼフの上段からの振り下ろしによるアドバンテージを加味しても、武技による身体能力の強化を行っているクレマンティーヌが勝つはずであった。
そうであるにもかかわらずこのような現象が起きたのには、ガゼフが使用した『要塞』に秘密がある。
いや、秘密と言うには大げさだろう。彼は、普通に要塞を使用しただけに過ぎないのだから。
武技『要塞』の効果は、相手の攻撃の減衰だ。発動時、指定した箇所に生じた衝撃を軽減する。
習得にそれほど苦労するものではないが、極めれば非常に強力な物となる。理屈の上では枯れ枝で鋼鉄のメイスによる一撃を受け止めることができると言えば、この武技がどれほどの物かはわかるだろう。
ガゼフは、クレマンティーヌのスティレットの一撃により発生した衝撃を要塞により減衰させ、スティレットの勢いを殺していたのだ。
いくら筋力差があると言えど、一切の勢いが込められていない一撃に負ける程、王国戦士長の一撃は弱くはない。
そのため、彼はクレマンティーヌの一撃を打ち破ることができたのだ。
だが、それはクレマンティーヌもである。
クレマンティーヌは、元漆黒聖典第九席次だった人間だ。人類の守護者たる漆黒聖典の一人であった彼女もまた、この状況に対応できないほど弱くはない。
スティレットを吹き飛ばされたことに驚愕した彼女であったが、驚きで動きを止めることなく戦闘を続行する。
彼女は、振り下ろした体勢で動きを止めたガゼフの脇腹に、蹴りを入れる。
とっさに剣を放したガゼフの左手にそれは防がれるが、彼女はその左手を足場に跳躍。吹き飛ばされて宙を舞うスティレットを掴み取った。
「―――はっ!」
その動きは、ガゼフにとって隙にしか映らなかった。
空へと跳躍するということは、回避を放棄することと同義だ。今ガゼフが攻撃を放てば、クレマンティーヌは回避することはできない。
―――武技、『六光連斬』
空中のクレマンティーヌに六つの斬撃が放たれる。
しかし、その一撃が当たることはなかった。
―――解放、
クレマンティーヌの靴底に仕込まれたオリハルコンの金属板から、
クレマンティーヌは、その透明な板を蹴ってガゼフに向かって加速、『六光連斬』により発生した六つの斬撃を回避する。
そして、剣を振り上げたガゼフの懐に飛び込み、スティレットを首筋に突き付けた。
「はい、ドスッと。今回は私の勝ちでいいよねー」
「ああ、俺の負けだ。まさか躱されるとは思っていなかったよ」
ガゼフは、首筋のスティレットを見て剣を手放した。
それを見たクレマンティーヌは、突き付けたスティレットを腰に仕舞う。
「ふふふ、最後の詰めがちょーっと甘かったかなーって……あ」
勝てたことに嬉しそうなクレマンティーヌであったが、途中で表情を硬くした。
今回の勝負はクレマンティーヌの勝ち。つまり、ガゼフの夕食は彼女が奢ることになるのだ。
「クレマンティーヌ?」
ガゼフは、急に動きを止めた彼女を心配そうに見つめる。
彼女は少し考え込むと、何かを決意したかのように顔を引き締めた。
「ガゼフ、夕食は手作りじゃ駄目?」
―――この言葉に肯かなければ良かった。
後になって、彼はそう思った。
そんなわけで、彼はこんなことになっているのである。
「なにー、せっかく作ったのに食べないのかなー?」
クレマンティーヌは、満面の笑みでガゼフを見つめる。
クレマンティーヌが作ったのは、地球では魚香茄子と呼ばれる料理である。凄く辛い麻婆茄子と言えばわかりやすいだろうか。
もちろん、この世界に茄子や鷹の爪がないので厳密には魚香茄子ではない。それに近い食材で再現した魚香茄子擬きだ。
だが、擬きとはいえかなり近い味に再現されている。そこまで味に大きな違いはないだろう。
強いて違いを挙げるとすれば……
―――それは、もっと辛いということである。
そんなことを知る由もないガゼフは、目の前の赤色に恐怖しながらも、勇気を出してそれを口に入れた。
―――
彼が真っ先に感じたのは味ではない、口の中で暴れまわる痛みだった。
もはや辛いなどと言う話ではない。あまりに強烈すぎる辛みは、痛みにすら昇華されている。
この料理の様な、香辛料をふんだんに使った料理を食べたことがなかったガゼフは、その痛みに料理を吐き出しそうになった。
だが彼は、そうしそうになった自らの口を強引に閉じる。
料理を無駄にするなど罰当たりもいいところだ。まして友人の手料理を吐き出すなどもってのほか、絶対にそんなことはできない。
痛みに苦しみながら、彼は口の中のものを咀嚼した。
しばらくして痛みに慣れ始めた頃、彼は、不思議なことに気が付いた。
―――うまい
おいしいのである。
こんな劇物のような料理だが、一応旨いのである。
確かに辛い。この料理には、咀嚼することも躊躇う辛さがある。
しかし、辛いと同時に旨いのだ。その見た目からは考えられないほどに旨い。
「どうかなー、おいしい?」
「……ああ、びっくりだ。これは旨い」
自然と、ガゼフの右手が口元に料理を運ぶ。
顔から汗が滝のように溢れるが、それに構わず彼は食べ続けた。
十分ほどで、彼は完食することになった。
「思っていたよりおいしかったぞ」
「一言多いぞー、まーそう言ってもらえてよかったよ」
手に持っていたフョークを置き、彼女の顔を見る。
大したことではなさそうな口ぶりで彼女はそう言ったが、自分の手料理をおいしく食べてもらったことが嬉しかったのか、彼女の顔はほんの少し笑顔をうかべていた。
「―――なら、これも大丈夫だよね」
そう言って、彼女は再び赤い料理を彼の目の前に置いた。
見た目からそれは違う料理だとわかるが、明らかに同等の辛さを持っているのがわかる。
思わず、ガゼフの眼は点になった。
「自分の味覚では大丈夫だったけど、本当においしくできているか心配だったんだよー。
ガゼフがおいしいって言うし、本当においしいみたいね。よかったー」
冗談ではない。これ以上痛いものを食べたら死ぬ。
「お、おい、クレマンティーヌ―――」
「んー? もしかしてこれじゃ足りない?
―――大丈夫だよ、宮保鶏丁に棒棒鶏、まだまだ色々用意してあるからねー」
意識が遠くなった。
それからしばらく、目を血走らせてクレマンティーヌと戦うガゼフの姿が、王都の近くで見かけられたとかなんとか。