もしクレマンティーヌが装者で絶剣で女神だったら   作:更新停止

18 / 34
もしクレマンティーヌがエ・ランテルにいなかったら

 6月29日 22:52 エ・ランテル内周部

 

 アインズとナーベは、内周部と外周部を区切る城壁の前にいた。

 彼らの周りには、(ゴールド)白金(プラチナ)の冒険者が並んでいる。

 

「では、行こうか」

 

 アインズが小さく、しかし力強い声でそう言うと、周りの冒険者たちが各々の武器を構えた。

 

 彼らの目的は、今目の前でアンデッド達に占領されている門を奪取し、門を一時的に閉ざすこと。

 現地で戦っているだろうミスリル級冒険者と協力して開門閉門を行う施設を奪還、門を閉ざした後に周囲のアンデッドを殲滅する手はずになっている。

 

「ではナ-べ、やれ」

「はっ、『魔法最強化・電撃』(マキシマイズマジック・ライトニング)

 

 しかし、アインズはそうする気はまるでなかった。

 

 ナーベラルが放った『電撃』(ライトニング)により、彼女の前方のアンデッド達が貫かれ消滅する。

 そうしてできたその道を、アインズは剣を振り回しながら駆け抜けてゆく。その速度はまさしく疾風のごとき速さで、周りの冒険者たちが気が付いたころには、彼らの目の前のアンデッドは粉砕されていた。

 

「おいおい……組合前での戦闘は本気じゃなかったって言うのかよ」

「嘘だろ、一体どんな武技使ったんだ」

「……すげぇ」

 

 瞬く間、それよりも早くアンデッドが死んでゆく。

 呆然とする彼らに、アインズの剣が起こした風が吹き付けた。

 

『二重最強化(ツインマキシマイズマジック)電撃球(エレクトロスフィア)』」

 

 冒険者達の隣からナーベラルの冷たい声が響き、彼女の両手から雷の塊が放たれる。

 雷はアンデッドの大群に命中すると、それらを跡形もなく吹き飛ばした。

 

 二人の姿は、まさに英雄。おとぎ話の十三英雄を体現するかのように、二人は20分程度で門の周りのアンデッド達を消滅させた。

 

「さて、こんなものか」

 

 アインズはそう呟くと、呆然とする彼らと呆けるミスリル級冒険者達を後目に門の前に仁王立ちした。

 

「ぼさっとするな。私は、ここでアンデッド達が街に入らないよう足止めを行う。お前達は、門の閉鎖か『天狼』の連中の治療を行え」

 

 彼の言葉に正気を取り戻した冒険者たちは、門の閉鎖と治療のために動き出した。

 

 

 彼の目的は、冒険者モモンの名を高めること。

 今回のような一つの都市の危機は、不謹慎な考え方かもしれないが、彼にとって恰好の舞台だった。

 

 

 

 アインズは、このアンデッド軍勢を戦士として蹂躙するために、とある魔法を行使していた。

 魔法の名前は、『完璧なる戦士』(パーフェクト・ウォーリアー)。レベルはそのままに、能力値を戦士の物に変更するという効果を持つ。

 発動中は魔法行使ができない、本職の戦士よりは多少能力値は劣る、彼らのように超常的なスキルなどは使用できないなどのデメリットがあるものの、魔法職の人間が高い身体能力を得ることができる貴重な魔法だった。

 

 アインズのレベルは100。魔法を使用しないそのままでの身体能力は、三分の一の30~35レベルに相当する。この世界における一般的な英雄と同程度だ。

 そのままでも十分に強いが、アインズは今回の場合それではインパクトに欠けると考え、この魔法を使用した。

 

「はぁぁ!!」

 

 門に近づくアンデッド達を蹂躙する。

 アインズには戦士としての心得はないために、単純に剣を振り回すだけでは何体か彼の脇を抜けていってしまう個体がいるが、それらはナーベラルが『魔法の矢』で処理するため問題はない。

 

 日頃のストレス発散も兼ねて、彼は全力で剣を振り回した。

 

 今のアインズは、レベル100の戦士に匹敵する身体能力を持っている。

 そんな彼が全力で剣を振るえば、それだけで嵐の様な暴風が起こり、肉を持たない軽いスケルトン系アンデッド達はその風に吹き飛ばされてゆく。

 

 彼が大地を強く踏みしめるだけで、足元のタイルは弾け飛び飛礫となってアンデッド達を襲う。

 

 今の彼は、まさに竜巻の様な災害的な強さだった。

 

 

 

 剣を振るい初めてからどれ程時間が経っただろうか、アインズの耳にプレアデスの一人、エントマ・ヴァシリッサ・ベータから『伝言』(メッセージ)が届く。

 

『アインズ様』

 

 彼は、一度戦士化の魔法を解除すると、自らも『伝言』(メッセージ)を使用してその言葉に答えた。

 

「エントマか?」

『はい』

 

 アンデッドの頭部を粉砕しながら、彼女の言葉に耳を澄ませる。

 

『お話ししたいことが』

 

 その言葉に、彼はアンデッドを吹き飛ばしながら少し考え、返答した。

 

「―――今は少し手が離せない。時間ができ次第私の方から連絡を取る」

『畏まりました。では、その時はアルべド様にお願いいたします』

 

 少し時間をおいて、エントマからの『伝言』(メッセージ)が続かないことを確認すると、アインズは再び自らに戦士化の魔法をかけ直した。

 

「もうそろそろ、門が閉じ始めてもいい頃合いだろう」

 

 アンデッド達を蹂躙するアインズのスキルが、城壁の門の開閉を行う部屋にいたアンデッド達が全滅したことを告げていた。

 

「―――おい、今から門を閉じる!! アンタもそろそろ引くんだ!!」

 

 男の声が、アインズの耳に届く。

 アインズは、一回転して近くのアンデッドを吹き飛ばすと、ナーベラルに向かって叫んだ。

 

「ナーベ!!」

 

 何を求めているかを言う必要はない。彼は、名前を呼ぶだけで伝わると確信していた。

 そして、彼の意志は確かに伝わる。

 

「『二重最強化(ツインマキシマイズマジック)―――」

 

 アインズは、再び一回転してアンデッド達を吹き飛ばすと、その場から跳び引く。

 

「―――電撃球(エレクトロスフィア)』っ!!」

 

 放たれた二つの稲妻の塊は、アンデッドの軍勢にぶつかると弾け、動死体(ゾンビ)骸骨(スケルトン)達を跡形もなく消し飛ばした。

 

 多くのアンデッド達が吹き飛ばされた為、軍勢の攻勢が一旦途絶える。

 その隙に門が閉じられ、外側から空けられることの無い様にきちんと固定された。

 

 これで、この門からアンデッド達が入ってくることは無いだろう。

 

 門が完全に閉ざされると同時に、周りにいた冒険者達が喝采を挙げる。

 アインズ達が来るまで門のアンデッド達と戦っていたミスリル級冒険者達に至っては、涙さえ流していた。

 

 アインズは、手に持った大剣を背中に背負うと、周りの人間に気が付かれないように小さく息を吐く。

 

「喜ぶのはまだ早いぞ、他の門はまだ空いているんだ。

 全員怪我はしていないだろう。体力は有り余っているはずだ。

 ―――武器を手に取れ、他の門に移動する」

 

 興奮気味な冒険者達が、真剣な顔つきに戻った。

 

 そう、門は此処だけではないのだ。他の場所で頑張っている奴らもいる。

 

 門に来るまで、顔にこそ出さなかったものの、彼らの心は絶望一色だった。

 街に進行してくるほどの大量のアンデッド、その先にあるのは街の崩壊だ。知識のあるものは『死の螺旋』という言葉すら想い浮かべた。

 

 だが、結果はどうだ。

 その絶望は、一人の戦士、一人の英雄によって覆されようとしている。

 

 ―――英雄、モモン

 

 大剣を振るいアンデッド達をなぎ倒す彼の姿に、冒険者達は魅せられた。

 この絶望的な状況下の、たった一つの希望として輝いてすら見えた。

 

 ―――おおおおおぉぉぉ!!

 

 冒険者達は吠える。

 彼は、この街の希望だ。この窮地を覆す希望だ。

 彼がいるなら、この街にまだ未来はある。

 

 彼らは武器を手にとると、戦っているだろう冒険者達の元へと進んでいった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 エ・ランテルでは、三つミスリル級冒険者集団が活動している。

 『虹』、『天狼』、そして『クラルグラ』だ。

 常にそのミスリル級冒険者達しかいないわけではないが、常駐に近い形で活動しているのはその三つだけであった。

 

 

 その『クラルグラ』のリーダーを務めるイグヴァルジという男は、エ・ランテルの街を内周部と外周部に区切る門の一つで多数のアンデッド立ちと戦っていた。

 

「―――くそっ、きりがねぇ。いったい何体いやがるんだ。ここは本来アンデッドが一番少ないはずだろ!!」

 

 『クラルグラ』が守る門は、外周部にある墓地とは正反対の位置にある。ゆえに、本来であれば襲い来るアンデッド達は一番少ないであろう場所だ。

 にもかかわらず、『クラルグラ』達には大量のアンデッド達が襲い掛かってきている。

 

「それだけ、敵が多いってことっ、だろ」

 

 イグヴァルジの仲間の一人が、手に持ったメイスで~骸骨(スケルトン)を破壊しながら答える。

 

「そうかよ、くそっ!!」

 

 ―――武技『斬撃』

 

 イグヴァルジは、武技によって強化された斬撃で目の前の黄光の屍(ワイト)を斬り裂く。

 

 『クラルグラ』達は、確実に一体ずつアンデッド達を始末してゆくが、あまりに多いアンデッドの大群にだんだんと街の中に押し込まれてゆく。

 『クラルグラ』の中に『火球』(ファイヤーボール)『電撃球』(エレクトロスフィア)の様な広範囲をまとめて攻撃できる魔法を習得している高位の魔法詠唱者がいれば話は違ったかもしれないが、そんな人間はこの場にいない。

 少しずつ、確実に彼らは死へと近づいていた。

 

「いい加減、消し飛べ糞アンデッドども!!」

 

 ―――武技『流水加速』

 ―――『斬撃』

 

 彼の切り札である武技、自らを加速させる能力を持つ『流水加速』を使用して、『斬撃』を使用しながら回転するような形で周囲の敵を切りつける。

 『斬撃』の力は強力で、彼の周囲の骸骨(スケルトン)動死体(ゾンビ)を土へと返し、骸骨戦士(スケルトン・ウォリアー)崩壊した死体(コラプト・デッド)を大きく傷つけた。

 

 怪我により身体のバランスが崩れたためか、一瞬その動きを止めた上位のアンデッド達を彼の仲間たちが攻撃する。

 

 少し高位のアンデッドが現れても、今のように連携することによってある程度戦えていたが、体力の減少と共に少しずつ『クラルグラ』達の限界は近づいていた。

 

 いや、もうその限界は近いのかもしれない。

 リーダーであるイグヴァルジを除いて、彼らの多くは体力の無駄な消耗を抑えるために、ほとんど何も言わずに黙々とアンデッド達を打倒していた。

 そう、つまり体力の限界を意識しなければならないほどに、彼らの体力は削られているのだ。

 

 

 

 そして、そんな彼らを絶望に追い込む存在が訪れる。

 

「う、嘘だろ……」

 

 それを見た『クラルグラ』のメンバーの一人が、呆然とした言葉で呟いた。

 

 現れたアンデッドは、『骨の竜』(スケリトルドラゴン)

 本調子の彼らであれば必ずしも倒せない敵というわけではないが、アンデッド達を相手に体力を消耗した彼らにとっては決して敵わぬ敵だった。

 

 しかも、今の状況では骨の竜(スケリトルドラゴン)を相手にする際に、同時にアンデッドの大群も対処しなければならない。

 

 骨の竜(スケリトルドラゴン)が大口を開けて『クラルグラ』の面々に襲い掛かる。

 

 彼らの瞳に、絶望が宿った。

 

 

 

 

 

 

 

 

「―――なんとか間に合ったようだな」

 

 直後、骨の竜(スケリトルドラゴン)に彼らの背後から投擲された漆黒の大剣が突き刺さる。

 その一撃を食らった骨の竜(スケリトルドラゴン)は、頭部を砕かれて消滅した。

 

 『クラルグラ』のメンバーたちは、自身の背後、剣が投擲された方向に振り向く。

 そこには、こちらに歩いてくる漆黒の鎧を身に纏う男と漆黒の髪をした絶世の美女の二人組、さらにそのあとに続く数人の冒険者の姿があった。

 

 男の手には、先ほど骨の竜(スケリトルドラゴン)に突き刺さった剣と同じものが握られている。おそらく、あの剣を投擲したのは男の方なのだろう。

 

「安心すると良い。此処からは、私が君たちの役目を引き継ぐとしよう。

 ナーベ、守りの魔法で『クラルグラ』達を守れ」

「了解しました、モモンさ―――ん」

 

 男は、ナーベと呼ばれるその女性に命令を下すと、『クラルグラ』の面々の前でゾンビたちに対する壁のように立ちふさがる。

 

「では、行くとしよう。―――はっ!!」

 

 

 

 そこからの光景は、まさに圧巻の一言に尽きた。

 

 彼がその剣を振るう度に、刃の間合いにいたアンデッド達が吹き飛び、同時に間合いの外のアンデッド達もその剣の起こす風で吹き飛ばされる。

 彼が一歩踏み込めば、人三人分程度の距離が一瞬で詰められる。目にも留まらぬ神速の一歩だ。

 

 彼の一つ一つの動きが、彼が英雄と呼ばれるにふさわしい能力を持つことを指し示していた。

 

 アンデッド達は、瞬く間にすべて土に帰ることとなる。

 

 

 

「これで終わりだな。次に行くとしよう」

 

 アンデッドを倒した後、鎧の男は女性を伴い立ち去る。

 後には、疲労困憊で倒れ伏す『クラルグラ』の男たちと、門を閉めに来たであろう数人の白金級冒険者を残すだけだった。

 

「あいつは、いや、あの人はいったい何者なんだ」

 

 『クラルグラ』の一人が、門が破損していないか確認している冒険者に声をかける。

 

「あの人の名前はモモン。傍にいる女性はナーベ。

 つい先日、組合に登録した冒険者だよ」

 

「モモン……」

 

 傍で聞いていた『クラルグラ』のリーダーであるイグヴァルジが、小さく彼の名前をつぶやく。

 

 彼は、英雄譚の十三英雄と同等の存在となることが夢だった。その為に、厳しい鍛錬にも耐え、くだらない雑用のような依頼も内心で悪態をつきながらではあるが堅実にこなしてきた。

 その努力が実を結び、ミスリルのプレートを手にするに至るまでになった。

 戦士としての、フォレストストーカーとしての実力も、そこらの森妖精(エルフ)に負けたりしないような域にまで達した。

 

 かのアダマンタイトの領域にまで到達できる、そう信じて冒険者としての道を突き進んできた。

 

 

 

 ―――だが、その思いは今日砕けた。

 

 モモン、先ほどの男の実力は、イグヴァルジも心を折るに十分な物だった。

 

 イグヴァルジは、モモンの領域には、本物の英雄の領域には絶対に到達できない。それがわかってしまったからだ。

 

「くそっ」

 

 拳を大地に叩きつける。

 考えてしまったのだ。自分は、あのような強さにまで至ることができるだろうか、と。

 

 彼には、モモンのような強さにまで到達できるだけの才能がない。世間一般的には才能がある存在なのかもしれないが、その才能はモモンの様な英雄にはほど遠い。

 

 物語の英雄は、現実には目にできない存在だ。たとえどれだけ強かろうと、自分の実力と比較したりせずにあこがれるだけで済む。

 しかし、実際に目にしてしまえば、比較せずにはいられない。自分は、絶対に英雄にはなれないのだと確信せずにはいられない。

 

 目を背け続けてきたその事実に、彼は目を向けなければならなくなった。

 

「……強く、なりたい」

 

 彼の背中には、いつもの様な力強さは無かった。




イグヴァルジとか、誰だかわかる人いますか?

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。