もしクレマンティーヌが装者で絶剣で女神だったら   作:更新停止

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 誰もツッコミしないんですね。

 クレマンティーヌの挙げた知り合いの女性の中にあの人がいないこととか、クレマンティーヌが使った踊る三日月刀や『空間斬』のウルミ剣のこととか。


もしクレマンティーヌが街に戻ったら

 森の中を駆ける。

 

 三人の男たちは安眠の屍衣(シュラウド・オブ・スリープ)に包まれた死体を担ぎ、武技を使って森の中を全速力でかけていた。

 

 彼らがしばらく進むと、彼らの視線の先に一台の馬車が現れる。

 

「風花の者です。予定の時間よりも早いようですが、何かあったのですか」

 

 馬車の中から商人の様な身なりの青年が顔を出し、男たちに問いかけてくる。

 

「話はあとだ。追撃が来ているかもしれないから早く出してくれ」

「っ!! 了解しました。すぐに出します」

 

 馬車に男達が飛び乗る。

 男達が持つ人ほどの大きさを包んだ布を見て、青年は顔色を変えると馬車を出発させた。

 

 夜の道を馬車はすさまじい速さで走る。

 馬車は非常に速く、明らかに商人が使用するような馬車ではない。王国の騎士や戦士長が乗る馬よりもはるかに精強さを感じさせるような馬が馬車を引いており、何らかのマジックアイテムを使用していることをうかがわせた。

 

「予定を変更して、王都ではなくエ・ランテルにある拠点に向かっていますが大丈夫ですか」

「ああ、助かる。部隊の消耗も激しいからな。隊員の蘇生のためにも、任務を中止して本国に戻りたい」

「了解しました。では、進路はそのままで進みます。

 ところで、荷台に回復のスクロールがあるのですが使いますか。第四位階の物が三つ、第三位階の物が七つ、第二位階の物が二十ありますので多少使っても大丈夫ですよ」

 

 馬を操作しつつ、青年は荷台にいる男たちに声をかける。

 男たちは青年に礼を言うと、そのうちの一人が荷台の箱の中からスクロールを取り出して他の二人に使用した。

 スクロールに込められた魔法により彼らの傷は癒え、血の気が悪かった顔に少しだけ赤みが戻る。

 

 全身の傷がなくなったことを確認すると、三人はようやく息をついた。

 

「カイレ様を含め、死者十人か。あの吸血鬼といいクレマンティーヌといい、随分と運が悪いな」

 

 男の内の一人が呟く。

 しんとした荷台に、暗い空気が蔓延した。

 

『獅子ごとき心』(ライオンズ・ハート)、皆さん暗くなりすぎですよ」

「ああ、魔法か。ありがとう。

 今回は化け物ばかりに遭遇したからな、少し心が疲れていたみたいだ」

 

 青年が彼らに『獅子ごとき心』(ライオンズ・ハート)を、心に勇気を与える魔法をかける。

 男たちの内の一人が彼に感謝を告げると、心を落ち着けるかのように目を閉じた。

 

「ところで、エ・ランテルにある拠点とはどんなところなんだ」

 

 先ほどの男とは別の男が、青年に話しかける。

 

「ああ、拠点と言っても秘密基地の様な場所ではないですよ。ごくごく普通の建物、外周部にある廃棄予定の衛兵用の宿舎です。エ・ランテルの中心部を挟んで墓地とは正反対にありますからお参りの人に見つかることはありませんし、廃棄予定ですから衛兵も近寄ることのない、まさに隠れるにはうってつけの場所です」

「宿舎か……とりあえずは、ちゃんとしたベッドの上で寝れそうで良かったよ」

「予定ではもっといい場所を用意していたのですが、ちょうど一昨日の夜に火事で崩れてしまいましてね。すみません、漆黒聖典の方々を衛兵の宿舎などに泊めるなど良くないことだとはわかっているのですが……」

「構わんさ、野営では屋根すらないんだ。建物の中で過ごせるだけでも十分だ。文句を口にする奴なんていないだろうよ」

「……そうですか、そう言ってもらえると助かります」

 

 青年は少しばかり落ち込みつつ、男に笑顔で言葉を返した。

 

「―――そういえば、エ・ランテルの門を超えるときは身を隠した方がいいか? 検問があるだろう」

 

 男がふと、そんなことを口にする。

 

「その必要はありませんよ」

 

 その言葉に、青年は毅然とした態度で答えた。

 

 

 

 

 

 

「だって、今のエ・ランテルはそれどころではありませんから」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「うーん、翼さんみたいに漢字で行くべきかな、こう『百華繚乱』みたいな感じで。いやそれとも、クリスちゃんみたいに英語で行くべき? マミさんみたいにイタリア語っていうのもいいけどなぁ」

 

 例のオリジナルソードスキルの名前を考えながら歩く。

 とりあえず正式な名前が決まるまでは、名前から(仮)を外しただけで保留にしておいた。

 

 彼女がそんな考え事をしているのは、ただ歩くだけでは暇なためだ。集団で行動する一般的な冒険者とは異なりクレマンティーヌは自分一人で行動しているので、こうやって移動時間にどうしても暇となってしまう時間ができるのだ。

 

 

 

 クレマンティーヌがエ・ランテルに到着したのは、シャルティアとの戦いが終わって四時間ほどした頃だった。

 地平線の向こうにはうっすらと太陽が顔を出し、幻想的な風景が広がっている。

 

 

 エ・ランテルの門の前にまで来たクレマンティーヌは、門が閉じていることに気が付いた。

 

「あれ、ちょっと早かった?」

 

 まだ朝は早い。本来の街であれば閉じていてもおかしくない時間帯だ。

 だが、此処はエ・ランテル。多くの冒険者が拠点としているこの街は、このような時間でも夜間に依頼を行っていた冒険者たちのためにかなり早い時間から門が開いているはずだった。

 

 流石に日も出ぬうちでは閉じてしまっていることが多いので、あのシャルティアと戦った場所とこのエ・ランテルの間で見つけた開けた場所で少し休んで時間調節をしていたが、どうやら無駄になったらしい。

 

 他の都市であれば門の横に小さな扉が取り付けられていることもあるが、帝国や法国との境界にあるこのエ・ランテルにはそんなものは無い。故に、クレマンティーヌは門の前で待つしかない。

 

「はぁ、まあもうすぐ開くだろうし少しくらい待つかー」

 

 太陽が完全に姿を見せるまで、あと一時間もないだろう。6月とはいえ朝だ、かなり冷えるが我慢する。

 彼女たちの世界のように産業革命もなく、温暖化という概念すらないこの世界は本当に寒い。天気次第では、日中の最低気温が10℃を切ることすらあるのではないかと考えてしまうほどだ。まあ、体感気温は着ている服の品質によって左右されることもあるし、そもそも温度計なんて見たことがないので実際はどうなのかわからないが。

 

 空気が冷たいと、傷口や両腕がかなり冷たくなる。少し歌を歌うと、それに反応するためかわずかに暖かくなるが気休めだ。

 

「テントでも張るべきかなー」

 

 そんな考えを持ったところで、クレマンティーヌは一つ奇妙なことに気が付いた。

 あまり早朝の門を外から見ないので忘れていたが、こんな時間でも本来門には衛兵がいるはずだ。

 外で女性がうろうろしていたら、流石に声をかけてくるだろう。

 

 ―――あ、多分これ居眠りしてる。

 

 彼女の心の中で、悪戯心の様なものが湧く。

 

 三日月刀4本と鉄の剣、それにシャルティアに折られたスティレットを取り出し、その内の鉄の剣と折れたスティレットは腰にさす。三日月刀は、込められた魔法付与の力で宙に待機させた。

 

 宙を舞う三日月刀を足場に、城壁の向こうへと跳び上がる。この時、クレマンティーヌは足音を可能な限り抑えて跳んでいた。

 

 彼女がこそこそとしているのには理由がある。もちろん、大した理由ではないが。

 

 クレマンティーヌは、居眠りしている衛兵を驚かせようとしていた。

 寒空の下待たせようとした罰だ。組合長のザックちゃんにばれたら大目玉かもしれないが、居眠りしていた衛兵がそのことをばらさなければ大丈夫だろう。ばれなければ悪いことではないのだ。

 

 そう考えていた彼女は、城壁の向こう側を見て顔色を変えた。

 

 

 

 

 

 それは、まさしく死の都だった。

 

 動死体(ゾンビ)骸骨(スケルトン)が道路を闊歩し、集合する死体の巨人(ネクロスォーム・ジャイアント)が軍の訓練場で蠢いている。

 何体か骨の竜(スケリトル・ドラゴン)もいるようであるし、エルダーリッチの様な服装のスケルトンすら見かける。

 

「……はぁ!?」

 

 一難去ってまた一難とは、正にこのことだとクレマンティーヌは実感した。

 

「本当になにこれ、いくら何でも今日の私不死者に好かれ過ぎてない?」

 

 私呪われてるかも、思わず立花響の口癖が口に出る。

 

 三日月刀を蹴って城壁の上に飛び乗ると、街の様子をよく眺めてみた。

 

 

 まず、辺り一面アンデッド。

 先に挙げた動死体(ゾンビ)骸骨(スケルトン)集合する死体の巨人(ネクロスォーム・ジャイアント)骨の竜(スケリトル・ドラゴン)だけではない。

 死霊(レイス)不浄なる闇(ヴォイド)、アンデッド化されたモンスター達も存在する。

 

 大通りにははち切れんばかりに身体を膨らませたアンデッド、疫病爆撃種(プレイグ・ボンバー)が何体も転がり、酔っ払いのようにふらふらと食屍鬼(グール)がふらついていた。

 

「これは……」

 

 墓地からあふれ出たにしては、明らかにアンデッドたちの内容がおかしい。

 骨の竜(スケリトル・ドラゴン)が1体までなら自然発生したものとしてわからなくもないが、それが何体もいることはいくらなんでもおかしい。モンスターのアンデッドが街中で自然発生するなどほとんど、いや全くと言っていいほどありえない。

 

 この死の都は、明らかに人為的に作られたものだった。

 

 そんな中、軍事関係の建物がある……あったこの外周部と、冒険者組合や魔術師組合、冒険者や旅の人間が使用する宿屋などが存在する内周部とを区切る城壁、そこを通るための門があるはずの場所に大量のアンデッドが集まっている様子が見えた。

 いや、よく見れば地球にあった無双ゲームのようにアンデッド達が吹き飛ばされてゆく様子が見て取れる。

 

「戦っているのかなー?」

 

 間違いなく、あの場所では戦闘が起こっているだろう。

 そして、アンデッド達の大群が吹き飛ばされてゆくというそのあまりにも現実離れした光景から、あの場で戦っているのはアイン―――モモンさんだと想像できる。

 魔法詠唱者のくせして背中に背負っていた大剣を暴風のように振り回しているのだろう。相変わらず非常識な人だ。

 

 陽光聖典の連中のように信仰系魔法詠唱者であるならばまだしも、魔力系魔法詠唱者でありしかも肉を持たないスケルトン系の存在であるあの人は、一般的な常識に当てはめれば高い身体能力を持っているなどありえないはずなのだが……

 

「やっぱり、本物の英雄ってのは違うかー」

 

 シャルティアを倒せたために少しだけ強さに自信を取り戻せたが、また心を揺さぶられそうになる。

 

「いや、もしかしたら嫉妬しているのかもしれないわね」

 

 いつもの気楽な雰囲気を無くした様子で、クレマンティーヌは小さくつぶやいた。

 

「ま、変に落ち込むのは無しにしよっか」

 

 外周部と内周部の境で戦闘が行われているということは、内周部は無事なのだろう。

 

「変なこと考えるよりも早く、あそこに加勢に行かないとねー」

 

 クレマンティーヌは城壁から飛び降りると、三日月刀を足場に空中に跳び出した。




 次回から、エ・ランテル編が始まります。

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