もしクレマンティーヌが装者で絶剣で女神だったら 作:更新停止
カースドナイトのスキル強すぎ。
心地よい風が吹く中、クレマンティーヌは目を覚ます。
辺りは彼女が眠った時と変わらず、静かな自然あふれる景色のままだった。
「ふぁー、よく寝たー」
テントから外に出た彼女は、腕を突き上げて大きく背筋を伸ばして体をほぐす。
少ししてある程度眠気が飛ぶと、彼女はテントと寝袋を片づけてゆく。
そんな彼女を照らす太陽は、中天近くまで登りお昼が近いことを告げていた。
「んー、寝すぎたかなー」
予定ではもう何時間か前に起きている予定だったので、少し寝すぎたと彼女は口からこぼした。
彼女は、元々万が一のためにすぐに出発できるようにしていたこともあり、手早く身支度を整えることができた。
「こんな時間だしー、街に入るのはもしかしたら今日でなくなるかもしれないなー」
背中から黒い半透明の翼が出現する。
その翼を大きく羽ばたかせると、クレマンティーヌは木々の間を舞い始めた。
当事者たちは、この遭遇は偶然の産物であると言うかもしれない。
しかし、この瞬間の遭遇はきっと偶然ではなかった。
もし、クレマンティーヌが攪乱をしようと考えなければ、とある集団が彼女に監視魔法を使わなければ、彼らが法国から王国に侵入しなければ、彼らが侵入するためにその道を使わなければ、盗賊がその近くに拠点を築かなければ、冒険者がそこにいなければ、IFをいくつ言っても足りないほど、偶然過ぎるがゆえに必然を疑うほど、その出会いはあまりに多くの偶然の上に成り立ったからだ。
あれから約7時間後、クレマンティーヌは夜の大森林の中をひっそりと進んでいた。
そんな時、彼女の視界の端で大きく光が発光する。その光が灯った方向に彼女が目を凝らすと、彼女のよく知る存在がそこにいた。
クレマンティーヌが彼のことに気が付くのと、彼がクレマンティーヌのことに気が付くのはほとんど同時だった。
さらに、相手が自分のことに気が付いたと直感した瞬間も、奇しくも同時だった。
「―――クレマンティーヌだ!!」
―――武技、『流水加速』
―――『疾風走破』
―――『能力向上』
―――『能力超向上』
気がついた彼、漆黒聖典の隊長は気が緩んでいた他の隊員に声を張り上げ警戒を促す。
クレマンティーヌは、隊員達が警戒を始めるよりも早く、翼を消しながら数多の武技を自身の身体に重ね掛けし特攻する。
クレマンティーヌが普通に正面から戦えば、数で劣る彼女に勝機は薄い。無いとまでは言わないが、かなりの無理な戦いであることは確かだった。
故に、彼女の戦い方はたった一つ。全力で突撃し、攪乱し、常に多対一となることを避け続けること。
―――武技、『穿撃』
左手に持つスティレットを赤い光で輝かせながら、クレマンティーヌはこちらに背を見せていた第二席次へと突貫し突きを放った。
彼女に背後を向けていた第二席次は、得意の時間干渉系魔法を放つ間もなく心臓を貫かれる。
―――開放、『スリング・ストーン』
そして、クレマンティーヌが魔法蓄積により武器に込められた魔法を解き放つと、体内に岩石が生じ内側から引き裂かれるような形で第二席次は息絶えた。
さらに、クレマンティーヌは隊長に向けて左手のスティレットを投げつけると、自身の腰に下げていた袋を腰からむしり取り袋の底を持って振る。
―――開放、『アビス・ディメンション』
その動きに不自然な物を感じた隊長は彼女の動きを止めようとするが、クレマンティーヌが放ったスティレットから解き放たれた闇の奔流に足を止められてしまう。
他の隊員の中では、第十席次の"人類最強"の異名を持つ彼だけは反応できたが対応に動くにはあまりに遅く、他の隊員達は直前にあったこともあり、急な状況の変化に対応するどころか反応すらできなかった。
クレマンティーヌは、大地を全力で踏みしめると跳躍する。その跳躍は、武技による強化がふんだんに行われていたために10m近いものとなる。
―――開放、『アビス・ディメンション』
そして、クレマンティーヌによりばらまかれた金貨―――ユグドラシル新金貨から、魔法蓄積により込められた闇の光が解き放たれ、漆黒聖典達がいた場所は漆黒の闇に被われた。
「漆黒だけにってねー」
軽口を叩く。
漆黒聖典が漆黒に被われるというその光景に、つい寒い言葉がこぼれてしまった。
彼女の奇襲は、完全に成功していた。
彼女は眼下の光景を見て、これで神人である人間以外は確実に仕留められたと確信していた。
その瞬間に、全てを完璧にこなせたと信じていた。
しかし、普通であれば最高の対応であったクレマンティーヌのその動きは、今この瞬間は完全に失敗だった。
アビス・ディメンションは、近くにいたとある存在すら巻き込んでしまったのだから。
―――今のはぁ、痒かったですよぉ
背後から聞こえたその声に、クレマンティーヌの全身が凍りつく。
咄嗟に声の発せられた背後へと振り返ろうとした彼女は、視界の端に自身の身体へと突き進む槍の姿を納めた。
―――武技、『限界突破』
―――『知覚強化』
―――『即応反射』
―――『要塞』
―――『可能性知覚』
―――『回避』
―――『超回避』
武技の同時使用可能数を上昇させる『限界突破』という武技を発動させ、それを除いた10の武技を並列して稼働させる。
それらを全て使い、迫る槍の動きを読み、回避のために身体をひねり、全力で対処する。
その御陰か、心臓へと迫っていた槍は彼女の脇腹をかすめるだけで済んだ。
しかし、掠めただけでしかないはずの槍は、それだけで『要塞』を突き破り彼女の脇腹を抉り取る。
「―――っ!!」
身体に激痛が走るが、どうにかして無視。痛覚に干渉する武技はあるが、これ以上の武技の同時使用はできないため、それを使うことはできない。
彼女の目の前にいる化け物から貰った一撃は、彼女に軽いではすまない傷を与えていた。
「あはははは!! 随分上手く避けるみたいねぇ!!」
―――武技、『不落要塞』
さらに一撃、次は薙ぎ払い。
クレマンティーヌは、地に足が着いていない状態でこの動きを避けることは困難を極めると判断し、槍の軌跡にスティレットを合わせ不落要塞で受ける構えをとる。
同時に万が一不落要塞で受けきれなかった場合を想定し、背中に半透明の翼をはやして背後に、地面へと後ろ向きに飛行する。
本来、不落要塞で受けきれない動きなど(番外席次の一撃を除いて)存在しないため、そのような動きをする必要はない。しかし、このときのクレマンティーヌは反射的にこのような行動をしていた。
そして、その動きは彼女に味方する。
「嘘でしょっ!?」
槍は、不落要塞がかけられていたはずのスティレットをほんの一瞬で圧し折ったのだ。
ほんの一瞬だけスティレットが耐えたためにクレマンティーヌは槍を避けられたが、もし下がっていなければ打撃で肉体を両断されるというおかしな事態が起きていただろう。
クレマンティーヌが地面に降り立つと、彼女から少し離れたところにその化け物も降り立つ。
化け物は白い翼の生えた赤い鎧と、SF映画の研究室にでも出てきそうな見た目をした刺々しい槍を持っている。
目の色やその人間離れした肌からして、おそらく吸血鬼かそれに類するもの。少なくとも、人間ではなかった。
「なんなの……あんた」
クレマンティーヌには漆黒聖典などもはや意識にない。彼女は、目の前の怪物だけに意識を集中する。
「何者か……と聞かれても、何と答えればいいか困るでありんす。ああ、もしかしてあの男の様に名前を聞いているのでありんすか」
「……わかりきったことを」
わかりきったことを、などと言ったが、彼女は何か回答を期待していたわけではない。単に少し時間が稼ぎたかっただけだ。
痛みを抑えるかのように脇腹を抑え、傷口を相手には見えないようにしつつ回復魔法をかける。彼女は、この傷を少しでも治す時間がほしかった。
「それは申し訳ありんせん。わたしは、コキュートスと違って本来このような場で名乗ったりしないでありんすから、うまく言葉の意味が読めんした。
私の名前はシャルティア・ブラッドフォールン。少しは楽しませてもらいたいものでありんす」
まるで貴族の子女たちの様に、小さく礼をする化け物、いや、シャルティア。
クレマンティーヌはその様子を見つつ、脇腹の傷の様子がおかしいことに焦りを感じていた。
(傷が……治らない!?)
魔法少女であれば、程度の差こそあれ確実に覚えているであろう回復魔法。彼女の場合『鹿目まどか』の願いが他者を助けるものであったためか、戦闘中に使用できる程度には効力のある回復魔法を持っていた。
脇腹が抉れるだけであれば、『鹿目まどか』の友人の様に即座にとまではいかなくとも、少しの時間で回復できるほどの物だ。
しかし、彼女の魔法は何故か傷を癒してはくれなかった。
「おや、もしかして今のうちに傷を癒そうとしているでありんすか。油断も隙もあったものではありんせんね。
でも、残念ながらそれは無駄な行為でありんす」
シャルティアは槍の穂先を少し下げると、クレマンティーヌのことを哀れな者を見るような眼で見つめた。
「私の務める
「
そういえば、と今更ながら周りに漆黒聖典がいることを思い出す。
シャルティアから目を離さないよう辺りの物音に耳をすますが、シャルティアが発するもの以外を聞き取ることができなかった。
『知覚強化』により強化された感覚でも聞こえないということは、おそらくもう逃げたのだろう。おそろしい手際の良さだ。
「鬼畜……いいほめ言葉でありんす。私を創造したペロロンチーノ様もきっとお喜びになりんす」
ペロロンチーノ。クレマンティーヌには聞いたことがない名前だった。吸血鬼であろう彼女を創造したということは、そのペロロンチーノとやらはおそらく吸血鬼だろう。
「……井の中の蛙、まさしくそうだったみたいだわ」
アインズ・ウール・ゴウン、シャルティア、ペロロンチーノ、人類最強を自負していた彼女ではあるが、最近は自分の弱さを自覚してばかりだった。
「では、そろそろいいでありんすか」
シャルティアが下げていた穂先を上げる。
クレマンティーヌは、折れたスティレットを右手で構えると、腰にさしていた鉄の剣を左手に取った。
「では、蹂躙を開始するでありんす」
クレマンティーヌの目の前でシャルティアがそう告げると、彼女の視界からその鎧姿が消えた。
「っ!? 『流水加速』!!」
―――武技、『知覚強化』
―――『可能性知覚』
反射的に『流水加速』を行使し、加速した世界の中で知覚強化と可能性知覚という二つの武技を行使する。
知覚強化は、文字通り感覚を強化する武技。そして、可能性知覚は第六感を強化する武技だ。
三つの武技を同時使用しているためか、クレマンティーヌは何とかシャルティアが動く影を捉えることに成功する。もっとも、あくまでクレマンティーヌが捉えたのはシャルティアの影、残像だ。本体は、速すぎてその場所にいることしかわからない。さらに言えば、流水加速や可能性知覚は身体に対する負担が大きい武技、長時間使えば筋肉や脳に大きな負担をかける。こちらは回復魔法で修復できるが、できればそんなことはしたくない。
シャルティアの姿が、加速した世界でなお高速で迫ってくるのがわかる。クレマンティーヌには、速すぎて彼女の動きそのものを捉えることは叶わない。
しかし、だからと言って彼女には殺される気は全くなかった。
シャルティアの動きが、急に捉えられるようになる。
彼女は、いつの間にかクレマンティーヌの背後に回っており、右手の槍を引き絞っていた。
―――武技、『剛撃』
―――『回避』
―――『超回避』
攻撃の威力を増す武技をかけ、右足の爪先で地面を叩く。
クレマンティーヌの身体は、左足を中心におよそ90°だけ円運動を行いシャルティアの槍を回避した。
次いで、槍による薙ぎ払い。
避け方が良くなかったのか、薙ぎ払いは背後から迫ることとなる。
―――武技、『疾風走破』
―――『重心稼働』
クレマンティーヌは武技の力で、シャルティアの槍が振るわれる前に二歩だけだが前に進むことができた。
たった二歩、しかしされど二歩。
その二歩で、クレマンティーヌの身体はシャルティアの槍の間合いから逃れた。
―――武技、『即応反射』
無理な姿勢で歩みを進めたために崩れた体勢を、武技を使い立て直す。
そうしてシャルティアの方を向いたときにはもう、シャルティアの槍が彼女の心臓へと進んできていた。
千日手、周りから見ればそう見えただろう。
シャルティアが槍を振るい、クレマンティーヌがそれを回避する。
シャルティアの槍はクレマンティーヌを捉えきれず、クレマンティーヌは避けることはできても攻撃には移れない。この言葉だけ見れば、正にそうだ。
しかし、現実は大きく異なる。
シャルティアはただ槍を振るっているだけ、つまり遊んでいるだけに過ぎないが、クレマンティーヌは回避するだけでいくつも武技を使い体力と精神力を削られているのだ。
そう、この奇跡の戦いは、シャルティアが遊んでいるために起こっているに過ぎない。ふとした気まぐれでシャルティアが本気を出せば、その均衡は簡単に崩れる。
そして、クレマンティーヌにとって不幸なことに、シャルティアには弱者をいたぶる趣味はあっても、弱者と戯れる趣味はなかった。
「―――そろそろ、あきたでありんす」
しばらく槍を振るった後、シャルティアはクレマンティーヌと距離をとってそう呟いた。
激しい乱舞から解放され、クレマンティーヌは息を荒くする。シャルティアの攻撃を回避するためには呼吸すら邪魔であったため、まともに呼吸をしていなかったのだ。
「あきた……ね」
クレマンティーヌにとって、それは辛い言葉だった。
彼女が必死に回避していた攻撃が、シャルティアにとって全くもって本気では無かったと言うことに他ならないからだ。
「弱者と遊ぶのは嫌いではありんせんが好きなことではありんせんし、ただ槍を振るだけなんてつまらないでありんすから」
そう言うと、シャルティアは左手に白銀に輝く光の槍を出現させる。
槍は、アンデッドである筈の彼女が持つ物としてはあり得ないほどに、神聖な空気を強く放っていた。
「見たことない魔法ね、それともそれも
「正解でありんす。これの名は、聖浄投擲槍と言いんす。その名の通り、神聖属性の攻撃でありんすえ」
そういうと、シャルティアの手元にあったはずの槍がひとりでに動き出し、クレマンティーヌへと飛来してきた。
投擲もせずに槍が飛んできたことには驚いたが、その槍、聖浄投擲槍はそれほど速くはなく―――もちろん、それは先ほどのシャルティアの攻撃と比較しての話だ―――クレマンティーヌにも十分に避けられるものだった。
クレマンティーヌは、落ち着いてその槍を回避する。新しく武技を使用しなくとも、今使用している流水加速と回避、超回避の三つで十分に回避できるもののためだ。
もっとも、そんなわけはなかったが。
回避した直後、槍が進路を僅かに変え、すでに抉られていた脇腹をさらに抉る。
「――――――――っ!!」
声にならない悲鳴を上げる。
「あははははっ!! やっぱりこうでなくちゃ。あなたたちの様な人間どもは、そうやって悲鳴を上げている方がそれらしいわ!!」
シャルティアの笑い声が夜の闇に響く。クレマンティーヌは、そんなシャルティアに何も言うことはできなかった。何が起きたのかわからなかったから、いや、起きたことを信じたくはなかったからかもしれない。
「……まさか、ホーミング?」
「ええ、正解よ―――こほん、正解でありんす。この聖浄投擲槍には、MPを消費することで追尾機能を持たせることができんすから、先の様にかわそうとすることは無意味でありんすえ」
シャルティアは、クレマンティーヌに背筋が震えそうなほどに綺麗な、残虐な笑顔で笑いかける。
「安心しておくんなし、聖浄投擲槍には一日に使える回数に制限がありんす。何度も使えるものではありんせん」
その言葉に、クレマンティーヌに希望が湧いた。
追尾機能があるとはいえ、聖浄投擲槍に回数制限があるなら耐えきればいい話。あと一度なら、無理をすれば耐えきれなくもない。そこから先はわからないが、少なくとも聖浄投擲槍はどうにかなる。
その考えは、続けてシャルティアが告げた言葉に砕かれた。
「―――そう、あとたった3回だけでありんす」
シャルティアの手に、輝く槍が現れた。
残スキル数
聖浄投擲槍:3/5
不浄障壁盾:2/2
時間逆行 : 3/3
エインヘリヤル:1/1
眷属招来 : いっぱい
残マジックポイント:いっぱい
残ヒットポイント:まんたん