もしクレマンティーヌが装者で絶剣で女神だったら 作:更新停止
とりあえず投稿です。今回こそ街を出るはずだったのに……
この話を書き始める前のサブタイは『もしクレマンティーヌが薬草集めを始めたら』でした。
その夜、アインズは宿屋で一人考え込んでいた。
ナーベラルは、此処にはいない。彼女はナザリックに戻り、ポーションを全て無限の背負い袋などから出し、代わりに回復魔法が込められた巻物や魔封じの水晶などを持ってきている。
彼女には御身を一人にするわけにはいかない、などと言われたが一人で考える時間がほしいと言って一人で行かせた。
「さて、どうするべきかなぁ」
一人なためか、かつて人であった頃の口調がこぼれる。
彼が今考えていたのは、クレマンティーヌに持ち掛けられた話についてだった。
『あなたがリーダーとして、私とパーティーを組んでほしい』
彼女が協力の一環として挙げたのは、大まかに言えばそんな話だ。
銅のプレートでしかないアインズ達が良い依頼を受けるためには、言い方は悪いがミスリルのプレートのクレマンティーヌに寄生したほうが効率がいいのは明らかではある。周りの人間のいくらかは寄生しているアインズの事を馬鹿にするかもしれないが、彼がリーダーをしているならばそんなことを言うのはそう多くはないだろう。
はっきり言って、いくらかのデメリットはあるもののアインズに対して多くの恩恵がある提案と言えた。
しかし、彼はその案を受ける気はなかった。
「問題は、ナザリックのことを知られるかもしれないことだよなぁ」
アインズは呟く。
現地の人間の中で、彼女やカルネ村の人間などに対しては比較的好感を抱かれるように動いていた。彼女のその誘いも、その行動が生み出した結果の一つだろう。
しかし、それを生かすことはできない。現地の人間に対してナザリックの存在が露呈することは、まだ情報が不十分な現状においては非常に危険だからだ。
そう考えていたその時、急に辺りの空間がガラスの様に割れ、次いで外から爆発音が響いた。何者かが爆発に巻き込まれたのか、外からは大きな悲鳴が聞こえる。
空間の裂け目はほどなくして無くなったが、外の喧騒は収まることは無かった。
「今のは監視魔法か? そうなると、この姿でもある程度の監視魔法対策が行えるようにしていたのは正解だったか」
いつものように
「攻勢防壁が発動したということは、この宿屋にいる人物に対して何らかの監視魔法が使用されたってことか」
脱いでいた鎧を身に纏い、窓から外の様子を眺める。
少し遠く、同じエ・ランテルの市民区画にある別の宿から火の手が上がっている様子が、彼の視界に映った。
「タイミングからして、おそらく監視をしていたのはあそこにいるだれかだろ。どうするかな」
そう言いつつ、彼は虚空より一つの鏡を取り出す。
鏡の名前は
彼は鏡を机の上に置くと、先ほどの爆発現場を映し出すように操作する。
アインズが鏡を操作すると、鏡にはあわただしく動く魔法詠唱者たちの集団があった。
その中には、何人か火傷をしたような様子の魔法詠唱者の姿が見られる。おそらく、それらは『龍雷』によって発生した雷による怪我だろう。
彼らの怪我と装備から、彼らの多くが電撃系魔法に対する耐性を大きく向上させる魔法
この世界の魔法の価値観においては、ユグドラシルでは低位の魔法と言える『電気属性防御』は高位の魔法として扱われているので、この魔法を使える彼らは相当に強い存在であると言えるだろう。
「……なんだか既視感を感じる」
最近、こんな高位の魔法を使える集団に会わなかっただろうか。具体的に言うと4、5日前にカルネ村で。
「いや、六色聖典って機密部隊なんだろ。そんな集団にこんな頻繁に出くわすなんてことはないだろ……ないよな?」
少し見ていると、いきなり彼らが上空を見上げ始めた。
何かあったのだろうかと、その様子が気になったアインズは鏡を操作し、彼らの視線の先を映し出す様に視点を移動させる。
そこには、一面の夜空を照らし出す巨大な桃色の魔法陣の姿があった。
「ん? 何だこれ。ユグドラシルでは見たことがないけど……」
しばらくすると、魔法陣から大量の矢が降り注ぎ始める。
数千にも及ぶその矢の軍勢は、その下にいた魔法詠唱者たちを貫いていった。
「もしかして、この宿屋の誰かの攻勢防壁か。すごいな、魔法の矢の亜種か何かかわからないけれど、位階上昇に最強化、効果範囲拡大までかけられてそうだ」
降り注ぐ矢は10秒ほど経つとその勢いをなくし、さらに数秒で完全に矢は降り注がなくなる。
あの矢に狙われた魔法詠唱者のほとんどは、その身を矢に貫かれ息絶えることとなった。
『偽善者……この世界には、あなたのような偽善者が多すぎる』
目の前で歌い始める少女、彼女はその少女の言葉に口を閉ざすことしかできなかった。
次いで少女が口にした、だからそんな世界は切り刻んであげましょうというその歌が、シンフォギアの奏でる歌、心の底からの想いだとわかったからだ。
いや、きっとそれだけではない。彼女の心の中には、自身の行動が偽善であるかもしれないという疑念があったのだ。趣味の人助けが、かつて彼女の先輩が言った様に所詮は前向きな自殺でしかないのではないかと、あの日天羽 奏の犠牲によってライブ会場で救われた自分の贖罪でしかないのかもしれないかという疑念が。
『何をしている立花!!』
自身の先輩の言葉に彼女は意識を戻す。
しかし、心は曇ったままだった。
―――そこで、クレマンティーヌは目を覚ました。
「……偽善者、か」
少なくとも、今の私は完全に偽善者よね。
彼女はそう呟き、顔を自嘲気味に歪めた。
クレマンティーヌにとって、自身の持つ善性は彼女らによってもたらされたものの一部、自身の心からの発露ではなく彼女たちの心からの発露だったからだ。これを偽善と言わずになんだというのか、まさしく文字通りの偽りの善に他ならない。
「ま、私だって好きで偽善者なんてしてないけどね」
―――本当に?
自身の言葉に反するように心に浮かんだその問いかけ、それを胸の内に飲み込む。
本当にそうだ。そうに違いない。そうでないわけがない。そうでなくては……
「そうでないなら、それは私じゃない。私は、
クレマンティーヌは寝間着から着替えながら、その疑いを頭から振り払った。
「おっはよー。えっと、モモンさんとナーベさん」
「黙りなさい、
「ああ、おはようクレマンティーヌ……朝から仲間がすまないな」
朝、彼女が宿屋の酒場で朝食を食べていると、アインズとナーベが姿を現す。
彼女が挨拶をすると、何故か彼女はナーベから毒舌を返されることとなった。
クレマンティーヌは、昨日は彼女が一切喋らなかったことを不思議に思っていたが、彼女のその言葉から理由を知り少し納得した。こんなにも毒舌だから、彼は彼女に話させなかったのだろう。
それを裏付けるかのように、アインズは彼女の脳天に軽くチョップを叩きつけていた。彼は魔法詠唱者とはいえ、並の戦士をはるかに上回る身体能力を兼ね備えた存在だ。最低でも、私の全力の拳を一切呻き声をあげることなく涼しげな様子で受け止めることができる程の身体能力を持っている。軽い一撃でもかなり痛いだろう。
「いいよ、別に気にしていないし。むしろ彼女がどんな人なのか気になっていたから、知ることができてよかったよ」
「そうか、そう思ってもらえると助かる」
「……どうかしたのか? 顔色が悪そうだが」
クレマンティーヌは、アインズの言葉に意識を戻した。
―――今、確実に彼女たちの感情に引きずられていた。
薄汚れているなど今更だろう。かつて、他者を傷つけることを楽しみにしていたのだ。なぜそんなことを今更気にする。
どうやら久しぶりに
それは顔にも出ているようで、彼女はアインズに心配をかけてしまっている。
「顔色が悪い? あー、ちょと夢見が悪かったからかなぁ。今日は嫌な夢を見たから、少し調子が悪いの」
「夢見が悪かった、か。なら、あまり無理はしない方がいい」
「そうするわー。なめた発言だけど、戦士は精神状態に大きく左右されるし」
彼女はそう告げると、この話題に触れて欲しくないことを表すかのように、テーブルにあったコップに口をつける。
クレマンティーヌの雰囲気から彼女がこの話題に触れてほしくないと気が付いたのか、アインズはこの話題を切り上げ別のことを聞いてきた。
「ところで、昨夜にあった騒ぎのことを知ってるか」
「……騒ぎ? 何かあったの?」
「知らないのか。
私は夜更かしすることが多くてな、昨夜も考え事があって起きていたんだが、夜中にどこかの宿で魔法を使用した人間がいたらしく爆発音が聞こえたんだ。
私が見たところ、使用された魔法は最強化と広範囲化が施された雷系魔法と最強化と広範囲化、それに何らかの強化が施された魔法の矢の亜種の魔法だ。かなり大きな音だったが、気が付かなかったのか」
彼のその言葉に、彼女は昨夜の自分の行動を思い返す。
彼女は、アインズとの会話の後部屋に戻ると、一階の酒場の様子から万が一があると考えて部屋に対衝撃や防音、対監視機能などの各種機能を備えた結界を築くと、さっさとベッドで寝てしまったのだ。
当然、彼女が張った結界は防音機能を備えているため、外の音は全く聞こえない。彼女はぐっすりと眠っていた。
「マジックアイテムで防音の結界を張っていたから、全然気が付かなかったよー。そんな大変なことがあったの」
ふと、そこまで彼女は口にしてからアインズがとんでもない発言を二つしていたことに気がついた。
まず一つ目。アインズは、イビルアイのような例外的存在しか知らないであろう『魔法の最強化』のことと、伝説でしか語られていない『効果範囲拡大』のことを知っていたのだ。
いや、これはまだいい。彼ほどの存在であれば、知っているどころか習得していてもおかしくはない。
問題は二つ目。クレマンティーヌは、『最強化、効果範囲拡大が施された魔法の矢の亜種のような魔法』というものに心当たりがあったのだ。
クレマンティーヌはそっと右手の指輪に目を向ける。
右手の指輪の宝石は、明らかに昨夜よりも黒さが増していた。
―――嫌な予感がする。
そういえば、昨夜寝る直前に張った結界は、対監視機能としてどのような機能が組み込まれていただろうか。
ALOの魔法と組み合わせて結界を展開していたならいいが、そうでないならもしかするかもしれない。
「とりあえず、今日は私はまともに動けそうにないし、その現場を見てくるよ」
「そうか、なら私たちはそろそろ失礼しよう。
ああそうだ。パーティーの件だが、少し考えさせてもらえるか。私は、あまりにも世間知らずだからな。もう少し考えてから答えたい」
「りょ-かい。別に急いでないから、答えるのはいつでもいいよ」
「わかった、感謝する」
「も、モモン様!? あのような
アインズ達はクレマンティーヌに背を向けると、宿屋から出てゆく。
酒場には、クレマンティーヌ一人が残された。
「……魔法の矢の亜種って多分あれのことよねぇ」
そして、クレマンティーヌも手にしたお茶を飲み干すとその場を後にした。
「こっちに人がいる、誰か手を貸してくれ!!」
「宿の名簿が見つかったぞ!! 救助者との照合を頼む!!」
「信仰系魔法詠唱者で回復が使える奴らは、怪我人の回復をしろ!! 教会からの許可は出ている!! 暇な戦士は怪我人をそいつらのところまで運ぶんだ!!」
―――大・惨・事、とか前までの私なら言いそうね
あまりの有様に、クレマンティーヌは昔のころの性根が復活しかけていた。
彼女は今、宿泊していた宿からそれなりに離れた場所にある例の宿屋、昨夜魔法により火災が起きたあの宿屋にいる。
彼女が目にしている光景はまるで、というより実際にそうなのだが、大火災の後の様に凄惨に見えた。
一晩明けたためか、救助活動を行っている人達は騒がしくしているものの、治療をしている人の様子からしてもう殆どの宿泊客が救助されていることが解る。
既に組合や領主からの調査員も派遣されており、名簿との照らし合わせが終わり、問題がなければ調査に入るのだろう。
クレマンティーヌはしばらく救助に協力した後、調査に入った調査員達を見つつ考えをまとめていた。
まず、建物の様子からしてアインズが彼女に告げたように、大規模な雷系魔法と大規模な魔法の矢のような魔法が発動されたことは間違いなさそうだった。瓦礫のいくつかには銃弾で撃ち抜かれたかのような穴が開き、木材の多くが炎系の魔法とは違った焦げ方をしていたからだ。
そして恐らく、その二つの犯人は自分とアインズの2人だと彼女は確信していた。矢の魔法は間違いなくクレマンティーヌ自身の物であるし、もしそれが発動していたのであればこの被害は監視魔法に対するカウンターであると考えられたからだ。あの宿で監視魔法に対する攻勢防壁を備えていそうな存在がアインズしかいなかったとは言わないが、あの規模の魔法を行使できるであろう存在がアインズしかおらず、アインズ程の魔法詠唱者が監視魔法に対する攻勢防壁を発動していないわけがないので、状況証拠から考えて彼の仕業だと判断できる。
しかし、そんなことはクレマンティーヌにとってどうでもいいことだった。
彼女にとって問題となるのは、何故この宿がこのような魔法を受けることとなったのか‥‥ではない。
なぜ攻勢防壁が働く事態になったのか、それが問題だった。
攻勢防壁が働くということは、クレマンティーヌ達が宿泊していた宿屋に何者かが監視魔法を使用してきたということになる。監視魔法が使用されるということは、この宿屋からあの宿屋にいる誰かを監視しようとしていたということに他ならない。
あの宿屋には、冒険者組合から紹介された駆け出しの冒険者が宿泊することが多い。その為、昨夜あの宿屋にいた人間の中で監視されるような人間はそう多くない。
「いや、違うわね。私かアインズさんしかいない、と言い切るべきかしら」
アインズはあの強さで、しかも何らかの訳あり的な存在だ。単純に強さという意味で監視しようと考える存在は少なくはないだろうし、彼が隠している何らかの事情からという線もあるだろう。もしかすれば、昨夜の酒場での騒ぎが原因の可能性もなくはない。
クレマンティーヌも同じだ。強くて訳あり、監視される理由は十分にある。
「とりあえずアインズさんが監視されていたとしても私には理由が想像できないし、私が監視されていたと仮定して考えましょう」
もしクレマンティーヌが監視されていた場合、いろいろな場所に喧嘩を売ってきたため、監視していたであろう存在はいくつも考えられる。
まず一つ目、リ・エスティーゼ王国貴族派の存在。以前彼女はとある貴族を暗殺したことがあったため、この線は十分にある。いくら他の都市に比べ貴族の権力が及びにくいエ・ランテルと言えど、及びにくいだけで及ばないわけではないのだ。圧力をかけて高位の魔法詠唱者を都市内に潜り込ませる程度、造作もないだろう。
二つ目は、王国の裏組織の連中。貴族派とのつながりも深く、以前彼らの商売を邪魔したこともあって理由としても十分だ。正規の物ではないとはいえ、ここもかなりの権力を持っており手段も十分に備えている。
三つ目、邪教徒。特に可能性が高いのは、その中でもズーラーノーンだろうか。以前王都の墓地の地下にあった拠点を破壊したことがあったので、こちらを敵視している可能性が高い。
四つ目は、ラナー王女。可能性はかなり低いが、クレマンティーヌはクライムと仲がいいのでありえなくはない。ただ、彼女ならクレマンティーヌが攻勢防壁を使っていると読んでくるだろうから、使える人員の少ない彼女はこんな無駄使いはしないだろう。
五つ目、スレイン法国。つい数日前に陽光聖典を追い返したので、此処の可能性は十分にある。風花辺りであれば、この街に忍び込んでいても不思議ではない。
あと可能性があるのは、漆黒聖典時に買った恨みとかだろうか。
「可能性が高いのは、やっぱり風花聖典かな」
監視魔法を使用できる魔法詠唱者を用意してきていることから考えて、おそらくスレイン法国が犯人だろう。
「なら、少し攪乱しようか」
彼女は、宿屋をあとにすると冒険者組合の方へと歩きだした。
薬草のやの字もでない。
もっとさっさと話を進めるべきですね……