東方覚深記   作:大豆御飯

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第九章八話 知らぬ世界

 歪な、それでいて正体不明の大穴が突然開いたと思った直後から意識が少し途絶えた。空中に穴が開く、そんなことはスキマ妖怪がよくしているから見慣れているけれど、それに吸い込まれたことのない二人にとって何が起こったのかを理解するのは少々難しかった。

 

 魂魄妖夢と鈴仙・優曇華院・イナバの二人は人影も何もない静かな世界に立っていた。

 

 そこが元の幻想郷でないことは鈴仙がその波長を読み取って察した。彼女の能力は事物の波長を操ることだが、その能力が何故かこの場に作用しない。今までに感じたことのない波長ばかり。それはまさしく、この場が幻想郷でない証拠となったのだ。その筈なのに、目に映る景色は実際の幻想郷と酷似している。

 どんなに声を出しても、帰って来る返事は無い。人里に入ってみても会話一つ聞こえない。代わりに遠くで何やら戦いのものの様な大きな音が断続的に聞こえた。

 その一角、建物の角から周囲を窺う鈴仙に妖夢が話し掛ける。

 

「……ここは、何処なのでしょうか」

「さぁね……良くない場所だとは分かるのだけど」

「やっぱり、そうですよねぇ」

「何となくだけど、撫子が生み出してたあの白いのに似た匂いを感じるのよね。あくまでも感覚的に、だけど……もう少し彼女の波長を覚えておくべきだったかしら」

 

 鈴仙が悔しそうに言う。

 今二人は何かしらの手掛かりを掴もうとその音がした方へとゆっくり進んでいる。進んでも進んでも人っ子一人見当たらないが、同時に怪しい人物にも会わない。必要以上に用心深く進んでいる所為もあるかもしれないが、やはり不自然であることに変わりない。

 

「……いつでも抜刀できるようにしているわよね?」

「勿論です。何処から来ようと引き抜けますよ」

 

 鈴仙よりも極端に周囲を警戒する妖夢。少しだが肩で息をしているのを鈴仙は見た。基本的に臆病な妖夢だ、今こうして見知らぬ土地で安心もできない状況は精神を擦り減らしてしまうのだろう。少なくとも現状分かっているのはあの音だけなので、その発生源を調べない限りは安心できない。急ぐなら一人で行く方が早いだろうが、妖夢を一人にする訳にはいかなかった。

 

「……ねぇ、妖夢。こんな時に聞く様なことじゃないけど、良いかしら?」

「なんでしょうか?」

「今晩、さ。良かったら美鈴さんも呼んで、三人で外食しない?」

「今晩ですか……」

「そう。紅魔館も白玉楼もめちゃくちゃって話だったじゃない? なら、今日位なら上司の目を盗んだりできるでしょうよ。なに、私は師匠にこってり絞られるだけで済むからさ」

 

 笑って言った鈴仙を見て、妖夢は頬を緩める。こんな時にそんな話を持ち掛けられても反応に少々困るが、日常を思うと僅かに余裕ができた。

 

「……しょうがないですね」

「ふふっ、ありがと。それじゃあ……今は生き残りましょうかね。何もないこの世界を」

 

 コクリと妖夢は頷き、鈴仙は彼女を先導する様に角を出た。何事も無かったことを確認して妖夢は後に続く。そのまま建物に沿って進み、音源へと近付く。

 

「見付けたぁ」

 

 その移動はしかし、そこまで長く続かなかった。

 

「次は君達だよぉ」

 

 灰色の長髪を払い、カツンカツンと足音を立ててゆっくりと近付いてくる長身の少女。

 堂々と、道の中央を歩く少女は笑い、そして踊り子の様な優雅さで両手を広げた。

 

「私は竜胆芙蓉。君達をこの世界に閉じ込めた張本人。故に、今から何をするかはわかるだろぉ?」

「……敵、よね」

「ご名答ぉ!! 私はこの世界を生み出した者。空間から物と力を操る者。圧倒的な理不尽を前に君たちはどう動くのか、見せてもらおうじゃないかぁ!!」

 

 芙蓉がそう叫んだ直後のこと。

 鈴仙と妖夢の目に映ったのは壁の様なものだった。

 建物と挟む様な形で突然生まれた壁。轟音は最早聞き取れず、二人は一瞬何が起こったのか分からずに呆然としてしまった。

 

(地面が、急に盛り上がって……!?)

 

 鈴仙がそう思った時にはもうそれは二人を押し潰さんと迫ってきている。

 

「妖夢、こっち!!」

 

 兎に角躊躇う時間が無い。妖夢の腕を強引に掴んだ鈴仙は壁と建物の間を一気に走り抜ける。動かなければ押し潰されて死ぬのだから、妖夢が痛いというのでさえ聞いている余裕は無かった。

 

 潰される寸前という所で抜け出した二人はそのまま建物脇の路地を奥へと進む。それは追い詰められ、逃げ方すら自分で縛っているのだと自覚しながらも進むしかなかった。

 だが、戦いが継続していることはわかっている。走りながらも反撃の手段を模索し、勝つための算段を立てる。

 

 だが。

 

「……そもそもアイツ何をしてくるのよ」

「何って……?」

「まさか地面を盛り上がらせて壁みたいなもん作るだけで終わったりしないでしょ。それだけだったらあんないかにもなこと言わないし」

 

 撫子はまだ対処できた。パターンが一つだったからだ。

 仮に芙蓉も地面を操るだけならば対処できるかもしれない。けれど、空間から操るなんて言っていた以上、その筈がない。

 では、何をしてくる?

 それを考える為のデータが足りないのだ。

 

「……どうする?」

 

 考えろ。

 

「……どうしたら良いの?」

 

 追い詰められていた思考は深読みを加速させる。

 沼の様に底が見えないにも拘らず、意に反して沈み続ける。

 


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