東方覚深記   作:大豆御飯

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第八章終話 長所

 輝夜は妹紅の方を向けなかった。その背中に、彼女の視線を感じながらも、振り向くことができなかった。

 殺し合いに感じていた喜びの日々。それを、自ら壊してしまったという虚無感。互いに罵倒し、殴って蹴って、爆散させて笑いあった。そんなあの瞬間はもう、今見せてしまった本気の自分が壊してしまったのだ。

 

 もう異形の姿は跡形もない。起き上がらない幽々子の姿が有るだけ。輝夜はただ、呆然と空を見上げた。

 

「……強かったんだな、そんなに」

「……地上へ降りて何百年生きようと、月の民の姫であったことに変わりはないもの」

「そっかぁ。結局月は、何年経とうと見上げるものなのね」

 

 聞こえてきたのは、妹紅の穏やかな声。思わず振り返った輝夜の目に入ったのは、何とか立ち上がった妹紅の姿。蓬莱人とは言えその驚異的な回復力に驚くと同時、妹紅が笑みを浮かべていることに言葉が出なかった。

 どうして、笑ってくれるのか。今まで散々手加減してきた、下に見ていた、そう思われても仕方ないのに。いつだって、殺し合いをする時の妹紅は全力で、とても輝夜は対等でなかったというのに。

 

「それでも良いさ」

「良いって……私は、貴方に……!!」

「その、無駄に感じる罪悪感。もう十分穢れているんじゃないか?」

 

 揶揄う様な笑み。まだ力が入りきらないのか、一歩踏み出す度によろけてしまう。

 だけど、笑みだけは崩さなかった。子供の様に、笑っていた。

 

「私は、お前が本気だろうがなんだろうが、全力でぶつかれることが嬉しかった。お前が底力を隠していようが何だろうが、それは紛れもない事実だ。今更底力を知ったところで、どうにも思わんさ」

「妹紅……」

「……私はまだ、お前には遠く及ばない。だからと言って、それがお前にぶつからない理由にはならないよ」

 

 ぽすん。

 ふらふらと歩いた妹紅は、そのまま輝夜の胸に顔を埋めた。

 

「理由にして……たまるか……!!」

 

 漏れてきた嗚咽。そうだ、分かっていた筈だ。

 妹紅は、輝夜の前では意地でも弱音を吐かないのだということは。

 

「……ごめんなさい」

「謝るなよ……」

「……ごめん、なさい」

 

 馬鹿だと、浅はかだと言われようと、輝夜は妹紅を抱きしめることしか出来なかった。

 これから先、妹紅との殺し合いで自分はどうするのが正解なのか。深く、隠していた事実を表した今、輝夜は嘗てない暗雲の中に居た。

 これからもよろしくと言えば良いのだろうか。それを、自分が言うべきなのか。

 先の見えない、左右も前後も分からない暗雲。その中で、道しるべの様に聞こえてきたのは、聞き慣れない声だった。

 

「うぅ……頭が痛いわ。随分酷使されたのかしら」

 

 見ると、頭を押さえながら立ち上がる幽々子。周囲をざっと見渡したのち、輝夜と妹紅をみて「あらあら」と頬を緩めた。それは、何処か慈愛に溢れた微笑み。見ているだけで、優しく包まれそうな気がした。

 ゆっくり、近付いてくる。妹紅はそんな幽々子にすら気付かず、ただずっと輝夜の胸で泣くばかり。どうすることもできない輝夜は幽々子に顔を向けるだけで、幽々子もまた近付く以上に何かすることはなかった。

 

 どれだけの時間が経っただろうか。嗚咽も気が付けば聞こえてこない。それでも尚妹紅が顔を押し付けて隠すのは、照れ隠しか何かだろうか。幽々子が再び「あらあら」と微笑み、二人の肩にポンと手を置いた。

 

「二人共、助かったわ。ありがとう」

「……私は、礼を言われることはしていない」

「あらあら。拗ねているのかしら? 誰に言われずとも、貴方の功績は当事者である私が一番理解しているのよ?」

「……だけど結局」

「自分は最後、傍観者だったと言いたいのかしら? まぁ、私は貴方達を傍観していただけだから、深いことまでは知らないのだけど。だったら介入するなって話よねぇ」

 

 クスクスと口元に手を当てて幽々子は笑う。

 

「まぁ、それでも良いじゃない。誰よりも命を懸けた貴方を誇らぬ者が居るのなら、私はその者を愚かと笑いましょう。他でもない、貴方であっても」

「そう思っているのは、輝夜姫、貴方も同じでしょう?」

 

 妹紅はハッと顔を上げた。そんな妹紅の目を見て、頷いた。

 褒めても何にもならないことは分かっている。ここが良かったと言おうと、何の解決にはならない。だから輝夜はそれ以上何も言わなかった。

 だけど、輝夜には分かる。幾ら蓬莱人と雖も、誰も助けに来ないかもしれない場所で命を懸けることの恐ろしさを。遊びとは程遠い、本当の死を間近に感じることの恐怖を。

 

「……勇者であった、貴方が居なければきっと今この結末にはなっていない。貴方が命を懸けたから、だから輝夜姫も全力を出したのでしょうから」

 

 輝夜は頷いた。それだけで妹紅には伝わった。

 腐れ縁の悪友だから、殴り合い罵倒する仲だから、終わる訳にはいかなかった。

 

「……そう、か」

 

 今まで全力でぶつかり合ったことはなかった。そうなのだと今知った。

 だけど妹紅はもう、そんなことを気にしようとは思わない。長所を妬んでも自分は伸びないのだから。

 

 そうだ、今は何よりも、二人の力で勝てたのだ。

 そのことを喜ばないで、一体何を思えば良いのか。

 

 妹紅は、輝夜と目を合わせ、今度こそ心の底からの笑顔を見せた。

 




これにてこの章は終わりとなります
想定では後三章
最後まで頑張りますので、これからもよろしくお願いします!!

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