東方覚深記   作:大豆御飯

87 / 122
第八章五話 犬猿の仲

「か、ぐや……?」

「あら、だらしない姿ね。私を殺しに来るいつもの威勢は何処に消えたのかしら?」

 

 現れたのは蓬莱山輝夜。助けなんて来るはずがない、そう思い込んでいた妹紅はその登場に一瞬希望を感じたが、しかし直後に首を振る。仮に今輝夜が戦ったところで、深手を負った妹紅を庇いながら戦うのであればもう勝ち目なんて微塵も感じられないのだ。

 

「なんで、来たんだ……」

「理由はまぁ幾つかあるけれど……話は後ね」

 

 ギチギチと異形の体が唸る。それを真っ直ぐに見据えながら、輝夜はその瞳に殺意を籠めた。

 

「言うとしたら、貴方の敵は私ただ一人だということ」

 

 その輝夜を異形が触手で狙うまで時間は無かった。彼女の前面を覆いつくさんとする無数の触手が弾幕の様に打ち出される。

 

 その全てを、輝夜は弾幕で相殺してみせた。

 

「……思っていたよりも軟弱ね」

 

 続いて放たれた槍の様な突きも最低限の動きだけで避けていく。それは避けるというよりも踊っている様な優雅さで、見ている妹紅ですら言葉を失ってしまった。

 けれど、輝夜はその時点で理解した。異形は微塵もその実力を発揮していない。今の乱打は所詮挨拶程度のものだ。だが、勝てない相手ではないのもまたそうだろうと思う。

 

「妹紅!!」

「……うぇ?」

「とっとと立ちなさい。どうせ全身粉々に吹き飛んでも三日で再生する体でしょう? ふて寝する暇があったら文字通り身を粉にしてみなさい」

 

 輝夜は叫び、妹紅を庇う様に弾幕を展開する。スペルカードとして美しさを追求しながら、しかし相手を窮地に追い込むだけの攻撃性を兼ね備えた弾幕は見事に異形の動きを制限し、妹紅が立ち上がるだけの余裕を生みだした。その隙に輝夜は妹紅に駆け寄り、その腕を強引に引っ張る。

 

「さぁ、さっさと片付けて帰るわよ。貴方を待っている人が居るの」

「待っている、人?」

「慧音よ。貴方と話がしたいって。まさかこんな所に居るなんて思わないでしょうに」

 

 輝夜は軽くその肩を叩くと、悪戯な笑みを浮かべて言った。

 

「それとも、私が片付けるのをただ待っているのかしら。それならそれで構わないけれど、優劣はハッキリしてしまうかもねぇ」

「……この」

「悔しければ、行動に示してみることね。こっちだって、何となく貴方が馬鹿やっているだろうなって思ってわざわざやって来たのだから、それ位の意地は見せて欲しいのだけれど。ま、どうせ深窓のお嬢さんだから無理よね」

 

 妹紅の癪に障るように輝夜は言い、そして妹紅は輝夜の狙い通りに精神が逆撫でされる。弾幕の嵐を耐え抜いた異形は怒り狂ったように触手を暴れさせながら二人へと猛進してくる。その最中、妹紅の足から不自然な音が何度も鳴り響いた。何てことの無い、ただ折れていた骨を自力で修復しているだけのことだ。

 

「黙っていればペラペラと……」

 

 そんな異形はすでに妹紅の眼中にはないようで、ボロボロの彼女はフラフラしながらも煮えくり返る様な怒りを顔に表していた。全身を蝕む痛みを堪え、キッと輝夜を睨み付けた妹紅一人で立ち上がり、右手に炎を生みだす。

 

「後から来たくせに図に乗った様な事を言うもんじゃないぞ」

「あら、何か知らないけど一人で行って勝手にピンチになっていたくせに」

「黙れ。諸共焼き焦がすぞ」

「あらやだこわい」

 

 対照的に面白がる様に輝夜は妹紅を横目で見た後、異形を真正面から見据える。

 

「攻撃を与えた量が少なかった方は多かった方に何か奢りね」

「上等だ。里で一番高いもんを要求してやる」

「あら、貴方をお金で買ってもよろしくて?」

 

 輝夜が笑った時、異形が咆哮した。規格外の弾幕を展開した輝夜をより脅威だとみなしたのだろうか、派手に触手を打ち鳴らして大きく跳躍した。

 直後、二人をその心臓を握り潰す様な痛みが襲う。それを予想していた妹紅は輝夜を抱きかかえると異形の巨大な体の下から逃れる為に大きく横に跳んだ。

 

 回避はできた。

 異形が地面に叩き付けられた瞬間、その二人を衝撃が容赦なく叩いた。

 

 受け身を取る余裕もなく、二人は地面を転がっていく。けれど、受けた細かい擦り傷は一瞬で消え、輝夜は髪に付いた砂を適当に払いながら何事も無かったかのように立ち上がった。

 

「……助かったわ」

「あぁ。アレには注意しろよ。どういう訳か、前兆もなくあんなのが襲ってくるんだ」

「それは良いとして質問なのだけど、あのくっ付いているのは冥界の当主である西行寺幽々子で良いのかしら?」

「え? あ、あぁ……」

「ふーん……確か、死を操る能力を持っているのよね。それが変に暴走でもしているのかしら。蓬莱人でさえ苦しめる死の痛み、中々面白いじゃない」

 

 ゆっくりと起き上がった妹紅は輝夜の肩をトンと叩いた。

 

「怖じ気付いた?」

「貴方のその目はいつかの月の様に見掛け倒しであることはわかったわ」

「余裕ね。後で泣いた顔を拝むのが楽しみだわ」

「あらあら。ボロボロにされて素っ裸で帰る貴方を見るのが楽しみでしょうがないわ」

 

 互いに特に意味もなく火花を散らしながら異形と向き合う。深手を負った妹紅と異形の脅威をまだ片鱗しかしらない輝夜。その二人の相性は最悪にして、最高だった。

 


▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。