東方覚深記   作:大豆御飯

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第七章八話B 闖入者

 一本下駄が砂利を踏む音が断続的に響く。ゆっくりと、歩いて近付いてくるその白狼天狗は抜いている剣を軽く振り、その場に居る五人をざっと見た。

 

 それは、先程戦った白狼天狗の内の何者か。その光の消えた瞳、それは美鈴と天子、衣玖を見据え、無表情のままに走り出す。

 

「ここに来て……ッ!!」

 

 天子は思わず悪態を吐いた。

 場面としては最悪。相手が白狼天狗であろうが、三人共疲弊した今、それは十分な脅威となる。

 対して棗はその口角を吊り上げた。予想もしなかった増援だが、それはこちらに傾いている。

 倒せる。

 そう確信し、棗は腰を低くした。

 

 天子、美鈴、衣玖。棗、幽香。

 

 五人が動き出したのは同時だった。

 衣玖が雷を、美鈴が蹴りを棗に仕掛け、幽香がそれを阻害し、美鈴を投げ飛ばして帯電した衣玖にぶつけ、天子はその隙を狙い幽香に緋想の剣を突き立てようとするが、それは棗によって阻まれる。

 天狗はゆっくりと歩いて近付いてくる。

 それが美鈴達三人に焦燥を生み、連携も次第に崩れ始めていった。

 

「気符『無念無想の境地』!!」

 

 ついに天子はもう一度スペルカードを宣言する。瞬間、幽香の拳の直撃を受けたものの、天子はそれに動じず、逆にその腕を掴んだ。そのまま緋想の剣を振りかぶる。

 距離的に回避は不能。それでも幽香は笑った。突っ込んできた美鈴を蹴り飛ばし、天子の体を片腕で悠々と持ち上げると、笑ったまま投げ飛ばした。

 痛覚を消しているからと言って、消耗したからだが満足な力を扱える訳が無い。抵抗もできず宙に放り出された天子は、そのまま地面に臥していた美鈴の上に墜落した。

 

 下から悲痛な声が聞こえる。一々気にしている余裕は無い。顔を向けると既に幽香が目の前に立っているのだ。

 

(死、ぬ……!?)

 

 ここに来て、そのイメージが鮮明になる。それでも、天人故に死ぬことはないだろうが、しかしこのスペルの効果が切れた時、それ以上の苦痛が待っているのはほぼ明白。

 

「総領娘様ッ!!」

 

 その時、棗の相手をしていた衣玖が叫んだ。直後、幽香を貫く様に青白い紫電が空より地面に落ちた。目の前に炸裂した眩し過ぎる閃光と爆音。冗談抜きで意識の全てが白に染まり、その視界が回復するまで暫く経った。

 その間、僅かに聞こえたのは衣玖の悲痛な声。断続的な暴力の音も天子を更に焦燥に追い込む。

 

 視界が戻った時、目に映ったのは意識の途絶えた幽香が横たわる姿と棗に蹴り飛ばされる衣玖の姿。

 

「衣玖!?」

 

 美鈴の上から立ち上がり、まだふらつきはするものの天子は棗に斬りかかる。その一閃も容易くかわされ、バランスを崩した天子は更に足を蹴られ地面に転げてしまう。衝撃に緋想の剣が手から離れ、それでも掴もうとした天子の右手首を棗が踏みつけた。

 

「あ、ギッ……!?」

 

 その手首からした異音。直後に異常な程の痛みが天子を襲い、その足を退けようと左手を伸ばすが、ワザとらしくその踏む足を動かされて天子は痛みに悶絶する。

 

「色々あったけど、結果的には勝利、だけどなぁ……」

 

 その痛みの中、天子は寂しげな声を聞いた。

 でも、それに意識を回す余裕が無い。生まれてから感じたこともない激痛が、彼女の華奢な体を痛めつけてくるのだから。

 

「こっちを見ろぉぉおおおおおッ!!」

 

 その状況下で聞こえた雄叫び。それは美鈴のものだろうか。

 その雄叫びの直後に手首から足が離れ、天子は右手首を庇う様にうずくまる。それでも何が起きたのかを確認すると、美鈴が棗にタックルを仕掛けたのか、天子と衣玖を庇う様に美鈴が倒れる棗を見ている。

 

「何が、勝利ですか……三人を戦闘不能にしてから言ってくださいよ……!!」

「……きっと、知らないだろうけどさ、私って特殊なのよ」

 

 棗は疲労を感じさせない滑らかな挙動で立ち上がった。

 

「終わりが近付くと、逆に私は強くなる。さっきとは違うよ」

 

 その棗の瞳から血の雫が伝った。

 その生々しさに美鈴は一瞬硬直してしまう。

 

 同時に、背後から足音を聞き取った。

 

(ま、さか……?)

 

 ギョッとして振り返ると、直ぐそこに白狼天狗が来ている。

 

(この状況で……!?)

 

 手首を負傷して戦えなくなった天子は何とか体を動かして端に逃げる。しかし、直接挟まれる形になった美鈴は一歩も動けない。

 

「さぁ……終わりだよ!!」

 

 天狗と棗が同時に地面を蹴った。それに対し、美鈴ができたことと言えば、ただそれを眺める位のことだ。

 呆然と、挟み撃ちにやられるだけ。

 

 それなのに、誰かが背中側にグンと引っ張り、美鈴は倒れてその挟撃を回避できた。

 

「え……?」

 

 妙にゆっくりと傾く視界。

 それは、棗に斬りかかる天狗を捉えた。

 

 当の棗は拳を突き出したまま唖然としてその天狗を見詰める。

 

 そして、生々しい音と共に白狼天狗が突き出した剣が棗の手を裂いた。

 比喩でも何でもなく、棗の人差し指と中指の付け根から刺さった剣は彼女の手首までを綺麗に二分したのだ。

 

 棗が声にもならない絶叫をする。

 右手首を左手で掴んで地面を転げまわる。

 

 白狼天狗は無言のままその棗を踏みつけ、剣を振り上げた。

 

 美鈴や天子が何か言う間も無く、その剣は無慈悲に振り下ろされる。

 棗の、首筋を狙って。

 


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