東方覚深記   作:大豆御飯

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美鈴達のパートですね


第七章六話B 平等な勝負

 三対三。始まった戦いはしかし、その初手から既に戦局が片方に支配される。

 メディスン・メランコリー。毒を操る彼女は先ず毒霧を周囲に撒き散らした。咄嗟に衣玖が紫電で吹き飛ばしたものの、無尽蔵に撒き散らされ続ける毒はその程度では収まらない。それも、まさに美鈴達三人の動きを阻害する様に撒き散らされ、状況は棗側に傾いていく。

 

「……まったく、面白味が足りないわね」

 

 その状況の中、天子がポツリと呟いた。天地人を操ることが出来ると豪語する彼女はまだその全力を出し切っている訳ではない。この追い詰められる状況を楽しんでいた天子だったのだが、流石にそれも飽きてきたのだ。

 そうなると彼女は躊躇しない。持っている緋想の剣を体の前で構えると、そのままその刃に左手を添えて宣言する。

 

「『全人類の緋想天』」

 

 直後、極大で真紅の光線にも似た光弾の密集体が放たれた。それは毒の霧を吹き飛ばし、その発生源であるメディスンを捉え、そのまま絶え間なく放たれ続ける。その圧倒的な暴挙を前に、美鈴は思わず見惚れてしまっていた。

 

「紅いのと衣玖!! ボーっとしてないで他の二人を頼むわよ!!」

「え、あ、はい!!」

 

 言われてから美鈴は先ず棗の方へと走った。勿論、美鈴は最初から勝てるとは思っていない。昨晩自分の口からも言った通りだ。それでも、もうするしかない。目配せで衣玖に幽香の方を頼み、固く拳を握って棗に殴りかかる。当然、当の棗もそれに呼応して拳を握り、美鈴に向けて一歩前進する。

 互いの拳の交錯は一瞬、しかしその結末は偏る。

 

 柔らかい物を潰し、その先の固いもので挟み込んだ様な感触が美鈴の拳に伝わる。

 それが、棗の頬に自分の拳がめり込んだものだと本人でさえ分からなかった。

 

「……」

 

 それは全て無意識の内、反射的に起こった出来事。それでも、美鈴は棗の拳を見切り、避けて且つ自分の攻撃だけは命中させた。最初から良くて相打ちのつもりだった美鈴にとってこれは僅かな誤算であり、小さな光となる。

 

「……やるじゃない。結構響いたよ」

「一つ、聞きます」

「何よ」

「今まで、格闘技などの経験は?」

「……行くよ!!」

 

 幸い、幽香の相手は衣玖がしてくれている。そちらがどうなっているかは分からないが、棗に集中できることは悪くない。

 その棗の華奢な体から、相反する力で右拳が振るわれる。けれど、それは美鈴からしたら素人が拳を振るう、まさにそのままだった。

 危なげなく美鈴はそれを回避すると、両掌で棗の胸をドンと突き出した。それだけで棗の肺から一気に空気が押し出され、そのまま地面に倒れ込んだ彼女は咳き込みながらも美鈴を睨み付ける。

 

「……一番相手にしたくなかったタイプのお姉さんだね」

「それは誉め言葉と受け取りますよ」

「それで良いよ。厄介だし……それに」

「……?」

「……この話は良いや。どうせあの二人なら勝てるだろうから、私はお姉さんを止めればそれで良いからね」

 

 あの二人、それは間違いなく幽香とメディスンのことだろう。しかし、美鈴はそれらについて深く考えないことにした。勝てているとは言っても相手は主犯格。気の迷いを見せたらそこを狩られるに違いない。棗が立ち上がるのと美鈴が構えるのは同時。しかし、先に動いたのは棗だった。

 動いた、そう思った時には美鈴も全力で体を捻る。距離を一瞬で縮めてきた棗の神速の一発を回避できたのは偶然かもしれない。

 そのまま美鈴は右腕を棗の首筋に打ち付ける。衝撃で棗の体は宙に浮き、そのまま抵抗する間も無く地面に叩き付けられる。

 そのまま足の関節を締めようと掴みかけた時、横から何か重たい衝撃が美鈴を襲った。

 

「すみません……」

 

 その衝撃は、幽香に吹き飛ばされた衣玖。時間は殆ど立っていない筈なのに、既にその広い服はボロボロで、傷付いた柔肌が見える。

 

「大丈夫、ですか?」

「私の心配なら無用です、と言いたいですけどね……総領娘様は大丈夫でしょうが、あの緑髪の妖怪、尋常でなく強いですよ」

 

 何とか衣玖を支えて二人立ちあがり、既に立っていた棗とゆっくりと近付いてくる幽香を見据える。

 

「割と、不味い状況ですよね。これ」

「その様です。ですが、やるだけやってみましょう」

 

 バチン!! と電気が爆ぜた。それに合わせて美鈴も構える。

 どうやら簡単にはいかないらしい。美鈴が苦笑いすると同時、戦いは再会する。

 


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