東方覚深記   作:大豆御飯

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Aルート:妖夢や鈴仙の方


第七章六話A 白濁の怪物

 一歩一歩、撫子が歩いてくる。妖夢は刀の柄に手を掛け、鈴仙は手を銃の形に模して構え、それに向き合う。

 安息とは程遠い、緊張が支配する中で撫子は手の中に小さな白い塊を生み出した。歩きながらそれを手の中で転がし、適当に放り投げる。奇妙な程ゆっくりと宙を舞う塊はやがて下へと落ちていく。

 

 そして、カツン、と。

 鮮明に音を鳴らした。

 

 直後、妖夢と鈴仙を取り囲む様に無数の白い腕が地面から飛び出る。まさに人の腕の様に、五本の指と関節を持つその腕は二人の動きを封じようと一斉に掴みかかる。

 それでも、二人は合図も無しに動き出す。鈴仙は妖夢の前に出て走り出し、タンッと地面を蹴って飛び上がった。その鈴仙の真下を薙ぐように妖夢は一閃、鋭く空気を裂き、光の刃を飛ばす。そしてそれは鈴仙の足元に群がる腕を全て容赦なく切り飛ばした。そのまま刃は撫子へと向かうが、それを小さく飛んで躱すと、突っ込んでくる鈴仙を迎え撃つ。

 

「……何!?」

 

 無論、鈴仙はそんなこと分りきっている。だからこそ、切られて宙を漂う腕を一本掴むと撫子の顔を目掛けて投げたのだ。当然、撫子の視線はその腕に集中する。一瞬でも、その腕を脅威と感じ、対処しようとする。

 鈴仙の狙った通りの動き。

 

「だあぁっ!!」

 

 鈴仙は大声を上げた。普段なら動じることもなかっただろうに、変に緊張状態になっていた撫子はその大声に肩を強張らせ、思わず鈴仙の方を向いてしまう。

 それに鈴仙が目を合すことは難しくなかった。

 

 そして、撫子の見る世界が歪んだ。

 

(やられた……幻影に……!!)

 

 自覚しても既に遅い。まともに鈴仙の紅い瞳を見た応酬は既に撫子を蝕む。目に映る何もかもが震え、焦点が定まるどころか平衡感覚までも奪われてしまった。

 鈴仙はその撫子の側頭部に回し蹴りを見舞う。ガツンと確かな鈍い感触を足に感じ、そのまま一気に薙ぎ払う。仮に相手が普通の人間ならばこれで意識を刈り取ることが出来るのだが___

 

「……生憎、軟弱でも無いようですね」

 

 無数の腕の処理を終えた妖夢が鈴仙の隣に並んで呟く。蹴られた側頭部を抑え、それでも撫子はしゃがんだまま二人を見据える。

 

「わざわざ意識を戻してくれるなんて、優しい限りね」

「面倒だし、さっさと倒れなさいよ」

「痛みが痛みだけで、それ以上何も感じないこの私の性質。今この瞬間だけでもありがたいわね。そして、そのリクエストには答えられないかな」

 

 撫子は、笑った。

 

「これが、私の最期の戦いだから」

 

 撫子はその態勢のまま拳を握り、地面を全力で殴りつける。鈍い音がして撫子の拳から血が飛び出たのを二人が見た瞬間、変化は速やかに訪れる。

 それは、地面が揺れた様な感覚だった。

 それに恐怖を感じた鈴仙は咄嗟に妖夢を押し倒す。直後、一瞬前まで妖夢が立っていた場所に地面から白い杭が飛び出す。空気を裂く暴力的な音がしたが、二人にはそれに反応する余裕はない。継続的な地面の揺れから逃れるように、そして撫子に攻撃するために立ち上がって接近する。

 その勢いに乗せ、妖夢は腰の捻りも加えて楼観剣を一気に突き出す。神速の一突きはしかし住んでの所で白い盾に阻まれ、且つ中途半端にその中にめり込む。

 

「ちっ……」

 

 舌打ちをした妖夢は楼観剣を諦めた。仮に撫子の手に渡ろうと、長すぎる故に扱うことは出来ないだろう。すぐさま白楼剣を抜くと、盾を交わして撫子に斬りかかる。

 しかし既に撫子は後方へと距離を取っていた。反射的に妖夢も距離を詰めるが、地面から級に飛び出した腕によって動きを封じられてしまう。

 

「鈴仙さん!!」

「分かってる!!」

 

 妖夢は名前だけ呼ぶと、頭の上で両手を交差させる。妖夢の影に隠れるように走っていた鈴仙は跳躍し、その両手の交差したところを踏みつけるとさらに跳躍して一気に撫子との距離を詰める。

 撫子は今度、それを凝視はしなかった。鈴仙の態勢だけを確認すると顔を背け、放たれた踵落としをいとも簡単に回避する。しかし即座に態勢を整えた鈴仙は着地と同時に撫子に飛び掛かり、地面に押し倒した。受け身を取ることも出来ず、背中を打ち付けられた撫子の呼吸が狂わされる。

 

「このまま貴方の気道を締めて意識を奪うことも出来るわよ」

「そ、う……」

 

 極めて冷徹に鈴仙は宣告する。

 それは気を失うか降伏するかの二択。

 それでも、撫子は笑った。腕を震わせながらも鈴仙の後ろに向けて指を差す。釣られて振り返った鈴仙はその先の光景に目を見開いた。

 

 無数の白い腕に体の動きを完全に封じられた妖夢の首が、今まさに折られようとしているのだ。

 

 握っていた刀は地面に落とし、口元も封じられて悲鳴を上げることも叶わない。

 

「い、いのかしら……?」

 

 撫子は悪魔的に笑った。

 ここで撫子を仕留める対価に妖夢の首を支払うか、撫子から離れるか。

 その二択に鈴仙は迷わなかった。ゆっくりと立ち上がると撫子を睨んだまま一歩ずつ後ろに下がる。後ろで何かが崩れる様な音がした時、漸く鈴仙は振り返ってその倒れる妖夢に駆け寄る。

 

「すい、ません……チャンスだったのに……」

「こっちこそ。完全に作戦負けね。首は大丈夫?」

「首よりも圧迫されていた全身が痛いですが……まぁ、問題ありません」

 

 首を庇う様に手を添え、強がって笑った妖夢は落ちていた楼観剣と白楼剣を取る。

 

「単純でないことは最初から分りきっていたこと。もう不覚を取らない様、気を引き締めて行きましょう」

 

 その言葉に頷いた鈴仙は振り返って撫子を見据える。

 更なる戦いの為、無数の白い腕を出現させた撫子は不敵に笑う。

 次の激突は遠くない。

 


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