東方覚深記   作:大豆御飯

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第七章五話 遭遇

 変な踊り。

 以前、太極拳の稽古をしていた時に言われた言葉だ。確かに、そう言われたら仕方がない。しっかりと会得した者が見たらまた違うが、何も知らぬ素人が見たら本当に変な動きでしかない。

 そんな、気分だった。

 本当に、変な踊りの様だった。

 

「とりゃあ!!」

 

 気の抜けた様な気合が入った様な曖昧な声を上げた天子は持っている剣、緋想の剣を地面に突き刺す。それだけで襲い掛かる天狗の足元が不自然に突き上がり、その天狗を空高く突き飛ばした。

 

「衣玖」

「……分かりましたよ」

 

 天子は名前を呼ぶだけでやって欲しいことを伝える。本来付き添いできただけの少女は一瞬面倒臭そうな顔をしたが、しかし天高く腕を伸ばして指を差す。

 それだけの挙動で、雷光が空気を裂き、大地へと一直線に貫いた。無論、空中に放り出されていた天狗等言うまでも無く体を不自然に痙攣させながら地面に落ちてきた。

 

「紅いの」

「美鈴です」

「確か、反対の入り口から鬼が侵入している筈だから、さっさと合流するわよ。相手が私達を敵対認識した以上、こうして向かってくるに決まっているのだから、一纏まりになって迎え撃つ方が良いでしょう?」

 

 気だるげに天子は緋想の剣を地面から抜くと美鈴に振り返って言った。天子の鮮やかな戦いに見惚れていた美鈴は自分の名前を教えただけで、それ以上何も言えなかった。

 もう周囲に天狗は居ない。何かあったのかと窓から顔を出す里の人々に天子は適当に手を振りながらスタスタ歩いて行く。その後に続いた衣玖の眉がピクッと動いた。

 

「総領娘様」

「……気符『無念無想の境地』」

 

 直後、天子の直ぐ近くの空間が裂け、見たこともない影が飛び出てきた。その影は握った拳を躊躇なく天子の顔面に向けて突き出す。

 思わず顔を覆いたくなるような、そんな鈍い音が辺りに響いた。

 しかし、それ以上の動きが無い。その一瞬を見ていた美鈴も、その不思議な光景に何も言い出せない。

 

「……妙だね、お姉さん」

「一切の痛覚を消すこと。天人ともなればそれ位容易いこと。ついでに言うとこの幻想郷のあらゆることに楽しさを見出し、髪は綺麗で汗も掻かないし服も汚れないわよ」

「……?」

「で、誰かしら? こうして殴ってきた以上、味方ではないでしょうけど」

「酸漿棗。黒幕の内の一人さ」

 

 黒幕、そう言った瞬間に場の空気が変わった。頬に拳をめり込ませたまま天子はゆっくりと向き直ると、ワザとらしく剣を握り直す。棗はその頬から拳を離し、一歩下がる。それに答える様に、彼女と初めて会い見える衣玖と美鈴も一歩、前に歩み出た。

 しかし、正直美鈴は彼女への勝ち筋を見いだせていなかった。昨晩聞いた限りでは、この棗と言う少女はこの世ならざる力を使うらしい。その得体の知れないものに己の武術はどこまで通用するのか。

 

「……にしても、一対三は酷くないかな?」

「それでも尚強かったと聞かされているけど」

「そりゃどうも。でもまぁ、お姉さんたちにまでその条件でする必要は無いよねって思ったの」

 

 先頭に立つ天子が怪訝な顔を浮かべた時、何か威圧感が辺りの空気を更に重くした。

 カツン、と足音が聞こえる。それは天子達の後ろから聞こえていた。

 振り返ると居た、妖怪の中でも屈指の実力を誇る花の妖怪、風見幽香がゆっくりとこちらに歩いて来ているのを。更にその傍らにはいまだ幼い毒の妖怪、メディスン・メランコリーもフワフワと飛んできている。幽香の口元には残虐な、メディスンの口元には無邪気な笑みが浮かぶ。ただ二人共視線が何処か泳いでいて、正常でないことは一目瞭然だった。

 

「……なるほど」

「ちょっと衣玖。何一人で分かったようなこと言っているのよ」

「一人でも何も、空気を読むまでも無いでしょう。三対三の対等な戦いになると言うことですよ」

「とは言っても、そんな単純な話にも見えませんけど……」

「何でも良いわ」

 

 棗と二人の妖怪に挟まれる形になって尚、天子は笑みを見せる。心の底からこの状況を楽しんでいる様で、その表情には少しも不満も不安も無い。

 

「いずれにせよ、所詮地上の妖怪。それを遥か彼方から見下ろす私の足元にも及ばぬ存在でしかない。せめてこの私を喜ばせるために踊って見せることね」

 

 剣を払い、それを天子は高らかに掲げる。

 それが開戦の合図となった。

 


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