東方覚深記   作:大豆御飯

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第七章四話 再対峙

 その腕が振るわれる度、その足が付き出される度、襲い掛かる天狗はいとも簡単になぎ倒される。目の前で展開されるのは戦いなんて言う高貴な物でも何でもない、一方的な暴力だった。

 また鈍い音がくぐもった様に消えていき、腹部を殴られた天狗が一人、崩れるように倒れた。

 

「まぁ……スペルカードを無視してしまえば、鬼の実力なんてこんなものだ」

 

 適当に体の誇りを払いながら、萃香は得意気に呟いた。妖夢と鈴仙は殆ど傍観しているだけ。それでも、たまに天狗と戦うことはあったものの、その全てを萃香が片手間でなぎ倒してしまった。

 

「ここらの天狗は大方片付いたかね。ほっとけば勝手に治るんでしょ?」

「え、えぇ、意識を失わせさえすれば……」

「じゃ、こいつらはほっておいて良いんだね。後二人位連れてきたから、そっちはそっちで上手くやっているだろうし……でもまぁ、落ち合うに越したことはないか」

 

 言うと、腰に下げた瓢箪を持ち、その蓋を開けて中の酒を呷る。

 

「……さて、ここ等で別行動にしよう。貴方達は天狗が居なさそうな所を縫って移動しながら本丸を探してくれ」

「……分かりました。やってみます」

「頼むよ。正直、天狗を潰すだけだと埒が明かないと思う。まぁ、居なかったらその時だ」

 

 口元を手の甲で拭った萃香は瓢箪の蓋を閉めて振り返った。

 

 その、直後だった。

 

 地鳴りがしたと思った直後、萃香の真下の地面が文字通り割れたのだ。

 

「……えっ?」

 

 一瞬何が起こったか分からず、萃香は、そして妖夢も鈴仙も動くことが出来なかった。

 ただ、時間は急加速していく。その割れ目から、大きな純白の、いつか見た腕の様な物が何本も伸びてきたかと思うと、萃香の全身を掴み、巻き付き、抵抗する間も無くその中に引きずり込んでいく。

 萃香を飲み込み、割れた地面が元に戻るまでそう時間は掛からなかった。

 つい一瞬前まで頼れる仲間が立っていた場所は今、誰の面影も見せずに風だけが吹いていく。

 

「……悪人ってのは、こんなことだってするわよね」

 

 そんな声が聞こえたのは、二人の背後からだった。

 聞き覚えはある。

 鮮明に、その声を覚えている。

 

「さぁさぁ、最大の味方は今消えた。嘗て私に敗れた二人だけで、果して何ができるのかしら?」

 

 ゆっくりと振り返ると、居た。

 もっとも出会うべき、それでいて出会いたくない最悪の相手が、居た。

 

「浅茅、撫子さん……」

「どうしたのかしら? そんな顔しちゃって。ともあれ、こうして対峙してしまった以上、もう手段は一つしか無いでしょう?」

「……相手の言う通りになるのは癪だけどね。生憎その通りよ、妖夢」

「ならば、見せてみなさい。私に、真の正義を。悪を挫き、世界を主張するに足る本物の正義を!!」

 

 何かに陶酔したかのように撫子は叫ぶ。直後、幾重もの腕が彼女を中心として出現する。それは剣であり、槍であり、盾でもあり、棍棒でもあり砲台でもある。純粋にありとあらゆる兵器を表すそれは、もはや目で見るだけでその脅威が分かる。

 それもいつか見た腕の比ではない。少なくとも二十は超えるであろうその腕の数は単純に質と量の両方で二人を上回っていることをも示す。

 

「……幾つか、質問があります」

 

 そんな中、妖夢が重く口を開いた。既にその手は刀の柄に触れ、いつでも抜刀できる体勢になっている。神速にして最高の一閃を放つ準備はもう出来ている。

 質問を終えれば即ち開戦の合図となるだろう。

 

「なら答えてあげましょうか」

 

 尚も撫子は飄々としていた。彼女も既に戦闘態勢は整い、いつ妖夢が抜刀しようと、鈴仙が弾を放とうと対処できる故なのか、それとも他に何か理由が有るのか。

 

「一つ、萃香さんはどうなったんですか」

「少しばかり動きを封じているだけよ。これから先は私達悪人でなく、貴方達正義の逆転の時。その為の登場人物を今更こちらの者にするのは申し訳ないじゃない」

「……二つ、先の戦闘は本気ではなかったのですか?」

「その通りと言えばその通り。厳密に言うと違う。『全力を出せるようになった』が正しい表現ね」

「……つまり?」

「そこから先は、私を倒してからのお楽しみ。さぁ、そう言う訳で、行くわよ!!」

 

 撫子の顔が狂気に染まる。

 ただ、それが何故か妖夢と鈴仙には、ただ虚しいだけの空白の表情に思えた。

 

 本当に、今こうして戦うことに意味はあるのか。今この瞬間考えることでもないけれど。

 でも、撫子と言う少女は、こんな顔をする様な少女だっただろうか。

 


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