東方覚深記   作:大豆御飯

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第七章三話 天の申し子

「……まさか、こんな最悪な貧乏くじを引くことになろうとは……」

 

 人里の別の入り口、美鈴もまた、塀に張り付いて内部の様子を窺っていた。ジャンケンの結果、一人になってしまったのは正直失敗だと今更ながら思う。とは言え、向こうが突入したら内部の様子も変わる筈。美鈴の役目はそこから挟撃を仕掛けることだ。

 

「その時まで辛抱ね……」

 

 拳を握らず、しかし全身は急な事態に備えて神経を集中させる。

 が、しかし。少々内部に集中し過ぎた様だ。

 

「気になる位ならさっさと行きなさいよね」

 

 ゲシッと何者かに尻の辺りを蹴られた。何とも情けない声を上げてバランスを崩してしまった美鈴は、勢いを殺せずに里の中に入って転倒してしまう。

 そして、運悪く二人の白狼天狗と目が合った。しかし、襲てくる様子は無い。敵であるかどうか判断しているのか。何にせよ、光の灯っていないその瞳は気味が悪く、普通でないことは一目で分かった。

 

(結果的にこんなことになったけど、どうしようかしら。チャンスと言えばチャンスで、ピンチと言ってもその通り。ていうか蹴ったの誰よ)

 

 誰か分からないのに恨んでも仕方がない。ゆっくりと立ち上がると、そのまま服の汚れを払う。

 

「さて……」

 

 こうなった以上仕方ない。怖じ気付いても何も始まらないのだ。

 

「不本意だけど、やるしかないのね」

 

 両手を前に構える。足を軽く開き、その二人の白狼天狗を睨みつける。それが敵対認識されたらしい。二人の天狗は刀を抜くとそのまま襲い掛かって来た。

 全身に緊張が走る。その攻撃を受け止めようと二人の動きに意識を集中させた瞬間、今度は声が聞こえた。

 

「ちょっと、そんな所で構えられたら邪魔じゃないのよ」

 

 反射的に美鈴は振り返った。直後、何者かの足が彼女の肩を踏みつけ、真っ直ぐ

その天狗に斬りかかる。

 青く、流れる様な長髪に装飾の施されたスカート、そして桃の飾りが付いた帽子を被り、その手には黄金に輝く一振りの剣。その影はたった二振りでその二人の天狗の意識を刈り取った。

 

「ご安心ください。総領娘様は何も殺生を犯した訳ではありませんから」

 

 呆気にとられる美鈴の横に並んでそう言ったのは、綺麗な服を纏った紫色の短髪の少女。総領娘様と呼ばれた少女は地に倒れる天狗を見ながらつまらなそうに呟く。

 

「何よ、もう少し楽しめると思ったのに」

「そう仰らずに。総領娘様は相手の弱点を確実に突くことが出来るのですから」

「ま、良いわ。そこの紅いの」

「わ、私?」

「私は、貴方達に協力しろと頼まれた比那名居天子。そっちは付き添いで来た永江衣玖よ。私は見ての通り、衣玖の方も実力は申し分ないから、精々頼りなさいよね」

 

 適当に剣を振り、天子は美鈴に背を向ける。その先には既に天狗達がこちらに向かっているのが見える。

 

「次から次へと、退屈はしないわね」

「良いことでは無いですか」

「えぇ。あの鬼もそろそろ暴れ始めるだろうし、ここらでちょっとばかし見返してやろうかしらね」

 

 スタスタ先へと歩いて行く二人の背中を眺めていた美鈴はふと思った。

 

 呑気だなぁ、と。

 


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