ここまで読んでくださった全ての皆様、本当にありがとうございます!!
もう終盤ですが、最後までよろしくお願いします!!
「やぁやぁ、世界の壁って案外簡単に壊れるもんだね。壊して言うのも何だけど、驚いたよ」
「馬鹿力、便利ですね。それにしても、まさか別の世界との綻びがあるなんて」
「そんなもんさ。紙に穴を開ければ、裏面にも穴が開く。不思議な様で必然のこと」
力技で芙蓉の世界に入ってきた二人はそんな会話を交わす。意識を保つことが限界のマミゾウや妖夢達には見えていないかもしれないが、芙蓉には嫌でも目に入ってしまう。
砕けた世界の穴は直ぐに修繕されていく。けれど、二人が入り込んだ事実はもう変わらない。初めて起こった大誤算に、芙蓉の頭は混乱していく。
「……して芙蓉さん。先はお世話になりました」
芙蓉はまだ名も知らぬ長身の少女が口を開く。
「私は射命丸文。覚えていないこともないでしょう」
「昨日、棗が捕まえて……」
「そう。こことはまた違う、真っ黒の世界に連れ込まれて、そこで貴方達に思考を暴走させられた天狗ですよ」
共に来た小柄な少女はいそいそと倒れている妖夢達の方へと走って行く。
けれど、それを目で追うことはできなかった。
何故かしら、恐怖が体を縛っているのだ。
彼女の中の幼さが再び芽吹く。脅威に責められている様な感覚が、訳も分からず蘇ってきたのだ。撫子や棗達と過ごしたあの暗い過去の記憶が、蘇ってきているのだ。
「見た所随分とやってくれたみたいじゃないですか。人里を再現しているのはどうしてでしょう? 地理の有利はそちらにあるとでも言いたいのでしょうか」
文は言葉に怒気を孕ませる。
文は分かっている筈だ。マミゾウも妖夢も鈴仙も、そう簡単にやられる様な者ではないと。確かに文は妖怪の中でも最高格の強さを持つ。けれど、その三人を一方的に倒せるかと言われた時、意地を張らなければ無理と答える。
その上で、文は強気に出ているのだ。
「とは言え、どういう理屈かは知りませんが、この世界にはこの世界の法則があり、それを理解出来るものでなければそうそう干渉はできないと」
「……」
「故に貴方は一方的に相手を倒せた。誰の攻撃も当たったところで効きすらしない」
言った文ですらまだ理解はできていないのだろう。
でもそれで良かった。
「……ところで、貴方達が私の思考を暴走させる過程で、何かしら私の知らない力を送り込まれたのですが」
「……そうねぇ」
「条件はこれで対等ではないですかね? 無論、やってみなければわかりませんし。そもそも、それが何の目的かなんて知りません。貴方の様に無敵になるためだったのかもしれませんが、効果がありませんでしたし」
文は背中に手を回した。握られたのは紅葉の形の扇。
鴉天狗の武器。自然の脅威を越えた暴風を生み出す、正真正銘の破壊兵器。
「幻想郷最速にして頭脳明晰、風を操る鴉天狗一の記者、伝統ブン屋の射命丸文。少々手荒な突撃取材と参りましょう」
最早小柄な少女や倒れていた三人が何処に居るかなんてことはもうどうでも良かった。嘗てない、目の前の最大脅威だけが芙蓉の全てを支配する。咄嗟に文に向けて不可視の一撃を叩き込んだ。
だが、既にそこには誰も居ない。
見上げるとそこに、翼を広げた少女が居た。
「どもです」
既に扇を振りかぶっている。
芙蓉には、何か言う暇すら与えられなかった。
別世界の人里を、超局地的な暴風が暴れ狂う。
その中心に立つ芙蓉には何故か被害が無かった。
キョトンとした顔を浮かべる彼女の耳に、暴風の唸り声の向こうから少女の声が聞こえた。
「死なないように、頑張ってくださいね」
服が破れる様な音が聞こえたのは同時だった。
「ちょっと待って」
そこまで言った瞬間が限界。
風の刃が、巻き上げられた石が、木の破片が芙蓉の体を掠め切り裂き、抉った。
回避はできない。痛みの中、背筋を翔る死の恐怖。痛い、痛い。怖い。
地獄なら早く晴れて欲しい。上も下も分からない。無敵の少女は今、この世界で誰よりも死の崖へと引き摺られていく。
「た、助けて!! 誰か!! 誰でも良いから、誰か、助けっ、助けてよぉ!!」
その声は誰にも届かない。地獄は晴れることを知らない。
天子にも衣玖にも、マミゾウにも、妖夢と鈴仙にも破ることができなかった少女の表面がガリガリと削られていく。嘗て闇を知り過ぎた心が、今再び闇へと沈んでいく。
泣き喚き、助けを乞いても差し出される手は無い。
灰色の壁の様に見える暴風の向こう、少女の表情が見えた。
「あ」
そうだ
「あぁ」
正義を振りかざす人は皆
「 」
そんな顔をしていた。
そうだったじゃないか。
ずっと昔にやったゲームの最後のボスだって、
結局、主人公に倒されるんだ。
正義の下に。
少女は咆哮した。
世界が、歪んだ。
倒されるのが運命だと思い込んで、皆と頑張ってきたけど。
もううんざりだ。
壊してでも生きたいと思った。
そうだ、ずっとそう思っていたじゃないか
この世界が何処であろうと、
ずっと自分を探して生きてきた。
奥底の、心の暗い奥底の自分を探して生きてきた。
今、私はここに居る。
咆哮は暴風を上書きし、
虚空には亀裂が走り、
世界は混同する。
「……何です?」
暴風を吹き飛ばされた文は顔を顰め、亀裂へと視線を向ける。
「やらかしたみたいだねぇ」
何処か焦った様な萃香が文に並び、背中をドンと叩いた。
「多分だけど、今からはこっちが地獄を見ることになるだろうよ」
萃香が向く先には膝を着いて肩で息をする芙蓉。
その更に向こう、誰も居なかった筈の道の中央に、立っていた。
背の低い、黒髪の少女。
「……ふよう、ねえちゃん?」
少女は呟く。
「……ここは、どのせかい?」
これにてこの章は終わりとなります
出てきた少女、一応すでに出ています