百万大図書館   作:凸凹セカンド

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槍騎士、迷走する

 

 

 

 

「そういえば、本屋さんっていくつ?」

 何故か家まで上がりこんだシャルナークは、ムーディの作った夕食を当たり前のように食べている。ムーディは三人分作るのも四人分作るものあまり変わらないと気にした様子もなく、寧ろいつもより賑やかな食卓に満更でもない様子だ。

 元々親交のあるクロロと、クロロの仲間うちでも特に人当たりのいい好青年然としたシャルナークに警戒心もあまりない。

 シェスカは魚の身と格闘しながら、おざなりに答えた。

「今年24だけど…」

「へぇ団長より2コ下だね」

 気分を害した風でもないシャルナークの返答に、思わずシェスカはクロロを見た。

「何だ?」

「……ルシルフル童顔過ぎない?」

「ぶっは!」

 

 爆笑するシャルナークの足を、クロロは思い切り蹴り付けた。

 

 

 

 

 

 

 槍騎士、迷走する

 

 

 

 

 

 三次試験会場に到着するまで自由に行動していいとのことだったので、ディルムッドは隠れるように移動し、霊体化した。

 人間ではない彼には休息が必要なく、ただねっとりとした粘着質な視線が付き纏うことに耐えられそうになかったので行方をくらますことにした。

 変態に耐性のない彼に、44番ヒソカは少し刺激が強すぎた。神経を逆なでする敵に出会うことはあっても、自分のいろんな意味で身の危険を感じる相手に見えるのは初めてだったのだ。思わず槍に手が行こうとするのを必死に耐えている。

 殺すのは簡単だ。だが、自分の都合だけで人を殺すというのは、騎士道に反する。

 ディルムッドは心の葛藤の末、できるだけ関わらないことにした。

 だとすれば、接触の不可能な霊体化することが、何よりも効率がいい。

 彼は、この世界でやろうと思えば正確無比な間諜になれるだろう。間諜まがいなど騎士のやることではないが、主が望むのであれば、それも吝かではない。

 飛行船の中を、丁度いい場所を探し彷徨う。

 霊体化して人との接触はこれでない。今度は、到着するまで静かに過ごせる場所を探していた。

 ハンター試験は、受験者の緊張を孕んだ空気がそこかしこに漂っている。それは、武人として嫌な雰囲気ではないのだが、休息をとっているときもそれでは気疲れしてしまう。特に、この試験に受験しているなかでも、トップクラスの実力を誇る幾人かはおそらくは辟易しているものもいるだろう。

 休めるときに休む。それはとても重要なことだ。

 別段体は休息を必要とはしていないが、それとは別に心のリラックスができる空間を彼は求めていた。

 ふと通りかかった部屋の隅を見れば、奇術師ヒソカと名乗る変態がトランプタワーを崩し、快感に耽っている場面に遭遇してしまった。

 

 ああ、主。シェスカ様。この程度では俺は負けません。まさか女ではなく男の変態に気を使わねばならない日がこようとは思いもしませんでした。しかも、盗人と同じくらいのレベルです。危険です。排除したほうが世界のためだと思います。もしも興味をもたれて店に来たらどうしましょう。ご命令に背いて即効で殺してしまうかもしれません。いや、こんなことは騎士道に反しましょう。やつも話をすればもしかしたらまともな……ない、本当にない。俺もまだまだ修行不足です。これもシェスカ様をお守りする完璧な騎士になるための試練なのでしょうか。いえ、そうなのでしょう。シェスカ様が俺を試験に送り出したときにこのような出会いを果たすとは、これを試練といわずなんといいましょう。俺は乗り切って見せます。必ずや忠義に応え、ライセンスを獲得して見せます!

 

 

 ディルムッド ハ コンラン シテイル

 

 

 結局いい場所を見つけることができず、彼は飛行船の展望台でぼんやりと朝日が昇るのを眺めていた。

 

 

 

 三次試験会場、トリックタワー。

 試験内容は、制限時間72時間以内に生きて下まで降りてくること。

 

 ディルムッドはトリックタワーの淵に立った。下を覗き込むも、地面は見えないほどに遥か下にある。

「まさか、試験の為だけにこれを建てたのか?」

 まず突っ込むところが違った。

 ふと視線を向けると、86番のナンバープレートの男が微かな取っ掛かりを頼りにタワーの攻略に乗り出している。

 わずかな時間であっという間に降りていく彼を、好奇心の旺盛な二人の少年が見守っている。

 順調に進んでいるかと思われた86番だったが「うわあああああああ!」怪鳥の餌食となった。

「なるほど」

 視線をスタート地点に戻す。外が駄目なら中になる。この塔に仕掛けがあるのだろう。しかし、どうしたものかとディルムッドは首をかしげた。

 

 彼は、このトリックタワーから飛び降りようかと考えていた。

 勿論ただ飛び降りるのではなく、ところどころ手なり槍なりでブレーキをかけるつもりだ。それで十分にどうとでもなる。怪鳥に関しては、あまり心配していない。

 しかし、そうなると一番乗りになるだろう。

「……72時間も、何をする?」

 間違いなく暇だ。

 シェスカのように本を読み続けて暇を潰すこともなければ、体を休めるために休息をとる、ということも必要ないのだから。

「……普通に攻略するか」

 もし仮に72時間に間に合わないようならば、最終手段――――壁をぶち抜き外からゴール、も考慮しながら、足の向きを変えた。

 ぐるりとさほど広くもないスタート地点を見渡すと、55人いたはずの受験生の姿が半数以上消えていた。

 こつこつとブーツの先で叩くように歩くと、空洞がところどころに存在することがわかった。つま先で押すと、微かに持ち上がる。

「ふむ」

 隠し扉は簡単に見つかった。しかし、ここでひとつ懸念がある。これが正規のルートであるかどうか、罠などが張られていないかどうか。

 微かに逡巡した後、考えてもしかたがないと諦めその隠し扉を選んだ。もし正規ルートでない場合や、罠の場合は、最終手段で押し通る。

 

 ――――ガコン。

 

 

「やあ◆」

「っ!!!!!!!」

 

 幸運値か!?幸運値なのかっ!!??

 

 

 隠し扉の先には、にこやかに微笑む奇術師がいた。

 

 

「……」

「ここは二人で協力して下まで降りる道なんだって?頑張ろうね?」

 

 ヒソカは扉の前に設置されたタイマーを投げて寄越す。ディルムッドは無言でそれを受け取ると、のろのろと自分の手首にそれをはめた。モチベーションがぐんぐん下がっているのが見て取れる。

 重い音を立てて扉が開く。

 ディルムッドは憂鬱に深いため息を吐いた。

 

 

 

 ****

 

 

 

 

 ズズズ、と重い音を立てて扉が開くと、ディルムッドとヒソカは1階の広間に足を下ろした。

 試験終了を告げるアナウンスが鳴ると、詰めていた息を吐き出す。隣の奇術師は非常に機嫌が良いようで、鼻歌でも歌いだしそうだった。

 三次試験中はいろいろな罠や復讐者を名乗る試練官の妨害もあったが、ヒソカも余計なちょっかいをかけずに順調に階下に降りることができた。

 所有時間は、6時間17分。

 66時間近く所有時間が余ってしまった。これではわざわざ正規の攻略ルートを通って時間をかけようとした意味がない。

 けれども二人で狭い密室という恐ろしい空間を6時間体験したディルムッドは、1階に着くとすぐさまヒソカから距離をとり、手首のタイマーを外す。これで変態と同じ狭い空間にいることは免れた。たまに前を歩くときに感じた臀部への視線は勘違いと信じたい。

 

 風を斬る音に、布に包まれた愛槍を振る。布を角に持っていかれ、端切れが目の前で舞った。

 

「なんのつもりだ?」

「今から66時間近く時間があるんだ。ボクと少し遊ばないかい?」

 

 返事も聞かず、ヒソカが間合いを詰める。

 ディルムッドは眉を顰めると、喉元に迫ったトランプを叩き落とし、後続して襲い掛かるそれらを二槍でことごとく弾く。

 にたり、と口の端を歪めたヒソカの猛襲。

 ぞわり、と走った悪寒に顔を顰めディルムッドが槍を振るう。

 

「君って、非能力者だよ、ねぇ?」

「念のことか。習得はしていないが――――たいした問題では、ないっ!」

 

 見えない何か、いや、微かにサーヴァントとして直感が告げる『何』かが、トランプと自分を繋ぐように伸びる違和感を感じ、ディルムッドはそれに槍の矛先を向けた。破魔の紅薔薇(ゲイ・ジャルグ)は、念を魔術的効果と認識していない。そのため破魔の紅薔薇(ゲイ・ジャルグ)の持つ魔術的効果を遮断するという本来の力は発揮されない。それでも神代の時代、養父妖精王オェングスから贈られた神秘の塊である槍と、稀代の槍の名手たるディルムッドの技術の合わさった攻撃にヒソカの『念』は微かな抵抗もなく斬り伏せられた。

 

「っ!?」

 

 ヒソカが驚愕したように目を見開き、距離を離す。

 

「斬った?……見えてないよね?」

「見えなくとも問題はない」

「…いいね!」

 

 途端、溢れる殺気にディルムッドは怯むでもなく二槍を構える。

 

「念のことは知ってるんだ。習わないのかい?!」

 ヒソカの拳に違和感を感じる。念を集めているのだろう。

「俺には必要がない」

「残念?君絶対素晴らしい使い手になるのに!」

 一気に跳躍。衝突の衝撃で床の一部が破砕される。

「それは褒め言葉として受け取っておこう!」

 迫り来る拳。

 ディルムッドは目を逸らすことなく迎え撃った。

 上体をひねり、拳を避け、槍をぐるりと後ろへ回し、腕を振るう。布がずるずるとほつれ、破魔の紅薔薇(ゲイ・ジャルグ)の全貌が明らかになる。

 ディルムッドは舌打ちした。宝具を晒すつもりはなかったのだ。

 この世界の人間が正しく彼の持つ宝具の真の意味を知ることはないが、宝具(ノウブル・ファンタズム)とは、いわば「物質化した奇跡」である。その内包される神秘は、たとえ魔術にかかわる人間でなくとも圧倒的な力の本流を感じ取ることができるだろう。そんな「物質化した奇跡」をもっていれば、嫌でも目立つ。最悪どこぞの盗人よろしく湧き出す可能性すら考慮しなければならない。できるだけ目立たない。それは主であるシェスカの本意である。勿論彼はそれに従う。

 

 ―――ああ、くそ。

 

 ヒソカは破魔の紅薔薇(ゲイ・ジャルグ)を見ると目に狂気を迸らせた。その好戦的な表情は、まるで酔っているかのようですらある。

 本能的に、それが幾たびの戦場を越えた担い手であることに気付き、相対することができたことに酷く興奮しているのが手に取るようにわかる。

 ディルムッドとて戦いに身をおき、そこに誇りを見出す猛者だ、気持ちはわからないでもない。

 

 

「イイ!凄くイイよ?こんなの初めてだ!」

 

「気色が悪いわああああああああ!!!!」

 

 

 わからないでもないが、趣味趣向は残念ながら理解できないし、理解したくもなかった。

 

 

 

 

 

 *****

 

 

 

「ディルムッドさん、今頃どうしてますかねー」

「……試験受けてるでしょ」

「怪我とかしてないといいですね」

「するわけがないでしょ、彼が」

 

 シェスカは、ムーディに返事を返しながらも手元の本から視線をあげない。碧眼は相変わらずもの凄いスピードで文字を追いかけ、次々に頁を捲っていく。

 

「ちょ、ムーディ。ジャンパウロスの研究日誌の貸し出しとか俺しらないよ」

「え…あー!ルシルフルさん何してるんですか!予約名簿は見ちゃ駄目ですよ!」

 

 声をかけられ視線を寄越せば、クロロが我が物顔でムーディの定位置に腰掛、青いバインダーを広げていた。貸本の予約名簿であるそれは、特に人気が高かったり、レア度が高かったりする本の貸し出しの一覧で、基本的には店員以外覗いてはいけない。

 ムーディは取り返そうと手を伸ばすが、一般人である彼の手など恐れることもなく、クロロはひょいとかわし、さらに名簿を捲っていく。

 

「え、うわ。邪神信仰の教本とか…アルセリア滅亡期の宗教庁の内部告発書とか…軽くミレニアム。大丈夫なのこれ。凄い見たい。なんで俺に知らせてくれないの?」

「君の予約はまだ他にもあるだろ。あとで話す気ではいたさ」

「本当?でも見たいな…」

「じゃあ予約は全部キャンセル?七日であの量を読みきる自信があるならいいけど…」

 

 予約の貸本の名前を聞いてムーディは「読書狂ってわかんない…そんなの読んで何が面白いんだろう」と、それに盛り上がれる二人を見ながら思った。ちなみに彼は漫画くらいしか読まない。貸本屋の店員としてはかなり低レベルな知識しか持ち合わせていないのだ。クロロとシェスカの話している本の作者や、時代背景などさっぱりである。残念ながらこれからも覚えるつもりなどかけらもない。

 

 予約名簿を見られて焦っているのは自分だけで、店主なんて気にもしていない。そんな二人を見ていると、自分が馬鹿らしく思えてきたので、ムーディは通常業務に戻ることにした。

 エプロンを結びなおして、返ってきた本を棚に並べていく。途中常連にいつもいるはずのディルムッドの行方を聞かれたりしたが、適当にはぐらかし本の運搬に集中した。

 

 ふと、クロロは視線を入り口に向ける。シェスカも反射でそれと同じく顔を上げた。特に変わった様子はないが、どうしたのだろうかと、クロロに視線を寄越すのと、入り口から小柄な人影が全力疾走してきたのは同時だった。

 

 

「シェスカ・ランブールゥゥゥ!!覚悟するだわさぁぁぁ!!」

 

 

 

 

 

 

 




尻の心配w
ディルムッドの活躍していた時代に、男色は普通にあったと思いますが、正直ヒソカ氏並みに変質的な人はいなかったんじゃないかと…神代の時代だから!!神様が普通に奇跡飛ばしてて妖精王とかいるくらいだから!!あんまりひどいと手ひどいしっぺ返しきそうですよね、当時って。周りをみると神の系譜やら妖精の系譜やら癒しの使い手やら…

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