百万大図書館   作:凸凹セカンド

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槍兵の服装ってどんなの?

①クロロみたいなセミフォーマル
②ブルゾンジーパンの一般人コーデ
③戦車男
④いつものケルティックボディスーツ

 脳内補完でよろしくどうぞ。


貸本屋、対面する

 

 

 琥珀の双眸が見開かれ、収縮する瞳孔。

 瞬く間にその水晶に薄い水の膜が張っていく。

 頬に走る紅色。

 戦慄く唇。

 

「あ、主…っ!!」

 

 微かに上ずった声音が、彼の興奮を如実に現していた。

 

 今生の主に膝をつき、臣下の礼をとろうと腰を下げ…

 

「あ、ビスケ発見」

 

 中2階に知人の姿を認めた主人の視線はあっさりと明後日を向いたのだった。

 

 

 超人的な視力をしていないシェスカは、何事か指示している知人の動きを確認しようと、従者の横をするりと抜けて、丁度真下の位置に移動する。

 

 腰を半分ほど落とした美貌の従者と、妙な表情で固まった盗賊集団の頭の時だけが凍りついている。

 

「……フッ…」

 

 従者は琥珀の瞳を閉じ、唇にシニカルな笑みを浮かべ――…

 

「フフフッ、フフフフフフッ」

 

 両手両膝を地面についてうな垂れた。

 

「これが…これが、幸運値Dということか…っ!」

 

「意味がわからないよ」

 

 

 

 

 

 貸本屋、対面する

 

 

 

 

 シェスカは中2階の真下で上を仰いでみたが、結局ビスケットが何を言っているか理解できない。残念ながら連絡手段も持っていないし、読唇術も会得していない。

 上を向いて痛くなってきた首を無視して、わからないという意味で傾ける。ビスケットはさらに何事かいっているようだ。

「…?…なんて言ってるかわからない」

「か れ と い っ し ょ に あ が っ て き な さ い…じゃないかな?」

「貴方、誰?」

「イルミ」

 

 気がつくと、気配もなく黒髪で猫のような目をした青年が隣に立っていた。驚いているのだが、シェスカは相変わらず表情に出ない。

 イルミ、と名乗った青年も、表情が動かないようで、その顔からはなんの情報も読み取れない。

 中2階で階下を見ていたビスケットの顔に焦燥が走り、窓ガラスから彼女の姿が消えた。

 

「…あのツインテールの子、【あがってこい】って言ってるんじゃない?」

「ああ、そうなの。ありがとう」

「どういたしまして。お礼なら君ん所の槍使いにもう疑うな(・・・・・)って言ってくれない?」

「…ディルムッド?なんなのかしらその意味深な言葉は」

「あ、俺イルミ。イルミ・ゾルディック。あそこのクロロに聞いたかもだけど、もう君に手は出さないから。それをちゃんと槍使いに言い聞かせといて欲しいんだ。こっちもいい迷惑なんだよね」

「暗殺者にいい迷惑と言われる謎について」

 

 最後はほぼ独白になってしまったが、イルミは特に気にしていないらしい。シェスカも、持ち前の危機管理能力の欠如から隣に元自分を殺しかけた暗殺者一味がいるというのに別段取り乱した様子もない。この光景を正常に動く状態の護衛の騎士が見たならば、壁に突き刺さった黄色い槍(・・・・)が高速飛翔することは間違いないだろう。

 

「ま、結局弟は家帰ったから別にいいんだけど」

「御宅の弟とうちのと何の関係があるのか説明求む」

 

 イルミが、ついと視線を逸らす。シェスカもその視線を追うと、丁度彼女の従者と常連が先ほど彼等に視線を向けていた奇術師と話しているところだった。

 奇術師ヒソカは目に見えて上機嫌で、特にクロロに絡んでいる。クロロの嫌そうな顔に既視感を覚える。そのまま従者を見ると、なるほど全く同じ顔をしていた。

 これまた珍しいことに、シェスカがイルミと接触したことに気付いていない。

 そこには、先程のやりとりで上がりに上がった彼のテンションを一瞬にして奈落に突き落としたという彼女自身の所業があっての結果なのだが、勿論彼女はそんなこと気付くはずもない。

 ただ、にたりと笑う奇術師の姿に得たいのしれない悪寒が走ったが、それはきっと気のせいなのだろうと頭の隅から追い払った。

 悪寒など、ディルムッドのストーカーや自身を殺しにくる暗殺者相手にも感じたことのない感情だった。それはどちらかといえば困惑に近く、生きてきた中で悪寒を感じたことのある人間は、自分を売り払おうとした両親とその買い付けに来た念能力者だけだ。

 集団に目を向けるシェスカの頭頂部を見下ろしたイルミは、試験中の出来事を反芻する。

 

「暗殺者に友達っていらないんだよね」

「それとうちのディルムッドとなんの関係があるかわからないけど、貴方がそう思うならそれでいいんじゃない?不要必要は個人の判断だと思うし。ただ私は友達っていてくれていいなって思うけど」

「どんなときに?」

「こんなときに」

 

 シェスカが指差すのと、人影が割り込んでくるのはまったく同時だった。

 肩で息をするビスケットは、シェスカを後ろ手に庇うようにイルミの前に立ちはだかる。どうやら中2階から走ってきたらしい。

 本当は窓ガラスを突き破ろうかとおもったが、隣にいたネテロにとめられたのだ。ネテロにとっては、先程の試合の印象が強いので、ディルムッドが近くにいる状態でイルミが手を出すとは考えにくかったのだろう。もともとゾルディック家に顔見知りのいるネテロは、彼らの『ビジネス』についてよく理解をしていた。本来なら、イルミの言を肯定してもいいくらいのものだったが、興奮状態のディルムッドにそれをいったところで聞き入れてもらえる可能性は限りなく低く、逆に彼に『敵』認定を受けてしまうかもしれなという危惧が老人の口を閉じさせた。

 ビスケットは何も言わずじっとイルミを睨んだ。イルミは特に表情を変えることなく彼女をみて、それから視線をクロロたちに戻した。

 丁度クロロがヒソカを嫌々ながら引き連れ、ディルムッドがしっしと犬を追い払うように手を振っているところだった。

 シェスカとの約束を違えず、ヒソカを連れて行くつもりのようだ。彼はこのためにいったいいくつの犠牲を払ったのか。

 渋面でため息をついたディルムッドが視線をあげ、ばっちりシェスカとあった。

 

 面白いように顔面が蒼白になっていくのは、いっそギャグだな。と思ったとか。

 

 

 

 

****

 

 

 

 

 イルミは「それじゃ」と体をすばやく反転させて場を離れた。それを見送るシェスカは、とりあえずこちらに猛然と突き進む従者を見て「猪が駄目なのに猪のようだ」と思った。

 

「主!ご無事ですか!?」

「特に問題なく。ルシルフルは行った?」

「ああ、よかった……」

「ねぇ、ルシルフルは帰ったの?」

「あの男は前に主を狙った暗殺一家の男です。目を放した隙に…」

「ね、帰ったの?」

「このような過ちは以後ないように護衛に勤めます。どうかお許しください」

「ディルムッド?ルシルフルは?」

誰です(・・・)、それ?」

 

 道徳の教科書に載せられるほど、完璧な微笑みだった。ビスケットは、反論を貰うのを覚悟でシェスカから目を離したディルムッドを忠告しようとして、うっかり魅入った。陶然とした顔で下から見上げる。

 

「そこに一緒にいた黒髪」

 

 しかし、主人には効かなかったらしい。

 

 途端憮然とした顔になったディルムッドは、顔を顰め厳しい口調で口を開く。

 

「奴の撒き散らした迷惑を考えるのなら、いなかったことにするのが一番だと思いまして」

 

 暗にもう関わりたくないと告げる。

 その顔に刻まれた表情が、彼の思いを如実に告げる。

 主に某奇術師のことが含まれてのことであったが、シェスカには勿論そんなことはわかるわけもなく、試験が面倒くさかったからその原因になったクロロにいい感情を向けらなかったのだろう、と勝手に結論づけた。

 ぽふぽふ、と鍛え抜かれた腕を数回叩く。

 

「ご苦労様」

 

 万感の思いをこめて労わると、騎士はようやく厳しい顔を緩めた。

 

 

 

「で、ビスケ。さっきの彼に【上に来い】って通訳してもらったんだけど?」

「はっ!あたしとした事が意識なかったわさ!そうそう、ディルムッドに委員会から用があったんだけど、あんた一人にはできないから特別に一緒でいいから来てもらおうと思って」

「まだ何か用があるのか?」

 

 若干うんざりしつつ、ディルムッドはシェスカと離れないことを条件にその誘いに応じた。

 ハンター試験最終試験から、試験終了後の講習会は実に長かった。

 

 彼の漏らした「いい友人」という発言に、先ほどのイルミが食いついたからだ。ディルムッドとしては、単純に自身の危険を顧みない友情に感銘を受けての発言だったのだが、ゾルディック家の長男にはそれが許せなかったらしい。それを弟が肯定したことも、彼の凶行に拍車をかけた。「友達がほしい」という実弟に「そんなものは必要ない」と切り捨てる実兄。人でなしならそうだろうが、少なくとも人殺しを嫌い友人を作りたいといった少年の小さな願いを、しかしイルミは許さなかった。彼が手をかざしたときに、妙な違和感に気づいたが、勿論ディルムッドはそれにどんな意味があるかわかるはずもない。

 結局、ここでも友人のために動いたレオリオの言葉にも少年は動くことができず、イルミの行動を見かねたディルムッドはレオリオたちと一緒に扉の前を陣取った。

 しかし、結局、少年は、ゴン(友達)を諦めた。

 そんな少年の行動に疑問を抱いた彼の仲間たちが、ネテロに対して猛然と抗議をしたり、ひと騒動あったりで、彼の拘束時間は彼の予想を大幅に超えた。

 

 

 

 シェスカはビーンズにすすめられた椅子に腰掛け、淹れてもらった珈琲に舌鼓を打つ。

 主の姿を横目で確認したディルムッドは、視線をネテロに向ける。ネテロは視界にシェスカを納めようとして、無意識のディルムッドとビスケットに阻害された。

 

「それで、用件とは?」

「うむ、実はハンター試験はまだ終わっておらん」

「…?どういうことだ、ライセンスは貰っているが?」

「それに関しては()の試験と呼んでおる」

「ふむ、つまり()があるわけか」

 

 ネテロは蓄えた顎鬚を撫でながら肯定する。

 

「念能力…これを体得することがハンターの必須事項なのだが、ビスケによるとお主は習う気がないと聞いておるが?」

「ああ、必要ない」

 

 正確には、習う気がないのではく習えない(・・・・)のだが、勿論それを説明する気はない。

 

「ふむ、意思は固そうだのう。……まあ、もう結論は出とるんじゃがね」

「と、いうと?」

「どうやら感知しておるようだし、確かに素の状態でその強さじゃどういった経緯(・・・・・・・)を経てそれほどの力を得ているかはわからぬが、委員会としてはお主の()試験合格を認めようと思っておる」

 

 ディルムッドはネテロの顔を注視し、彼の背後に立つ今期のハンター試験に関わったプロハンターたちを眺め、ついで隣に立つビスケットに視線を寄越す。

 視線に気づいたビスケットは、それが間違いのない事実であるという意を示してかすかに頷いた。

 シェスカは、相変わらず湯気の立つ珈琲を味わいながら隅でその話を聞いていた。

 本来は、その()試験の合格すら必要としていないといえば、彼らはなんというだろうか。

 シェスカがディルムッドに求めたライセンスは、彼のために求めたものだった。彼の素性を確固たるものにし、他者に介入を許さないための防波堤。

 ゆえに、強さが必要なハンターとしての行動をする予定がない。ならば、ライセンスを所持している(・・・・・・)という事実さえあれば、それ以上のものは必要ではなかったのだ。

 今でも話しているネテロの話を聞く限り、本来()試験というのは犯罪抑止力として犯罪者や密猟者を捕まえるハンターが、強さがなくては修まらないという事実から【念能力】の必要性を説いた結果のものだ。ならば、念能力者であろうと、既存の人類では勝機を見出すことすらできない英霊たる彼に、裏試験の必要性を説いたところで意味のないものだと思えた。

 

「というわけで、こちらとしてはお主のハンターとしての働きを期待しとるんじゃが」

「その期待には応えられそうにない」

「そのようじゃの」

 

 ひょいと肩をすくめる。

 主人の労いひとつで、ためらいなく衆人観衆のなかで膝をつこうとする彼から、件の主人を離すことなどできようはずもない。

 

「話は終わりだろうか」

「そちらから質問がなければの」

 

 ネテロにとっての話は終わった。後ろに控えるプロハンターの中で声をかけたそうにしているものもいるようだが、それは自分で機会を作って貰うほかない。

 

「それでは失礼させてもらう。……ビスケ、君には話があるので付いて来て貰いたい。勿論言わずともわかっているだろう」

「わかってるわさ。あーん、デートのお誘いならよかったのにぃ、絶対それはないとあたしの勘が告げる」

 

 ディルムッドは隣のビスケットを誘い、隅でおとなしく珈琲に舌鼓を打つ主人の下へ足を向けた。

 彼女との距離が一歩半の所で立ち止まり、かすかに頭を下げる。

 

「お待たせしましたシェスカ様」

「珈琲が美味しかったからいいよ」

 

 カップに残った珈琲を流し込み、立ち上がる。

 

「では、愛しきあばら屋に戻るとしますか」

 

 

 

 


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