百万大図書館   作:凸凹セカンド

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貸本屋、歓談する

 深い碧眼が文字を追いかける。

 あるときは上から下へ、あるときは右から左へ。

 その動きは止まることなく、眼球は常に運動を急かされる。

 ぱらりぱらり頁をめくる手が緩まることはなく、今日もまた、三冊の書物が読破され、まったく同じものが机の上に『複製』される。

「お疲れ様です、主」

「ああ、ありがとうディルムッド」

 手渡されるのは紅茶。

 薫りを楽しみ、口をつける。

 その間に、ディルムッドと呼ばれた黒髪の青年は、三冊の複製を手にとる。

「確か、予約が入っていたとムーディが言っていましたね」

「そ、じゃあいつも通りお願い」

 ディルムッドは軽く頭をさげ、部屋を辞する。

「ああ、主。一時間は休憩を取ってくださいね」

 扉を閉める直前に、にこり、と女性が黄色い悲鳴を上げそうな顔でそうお願いする従者。そんな従者の台詞に、主は顔を顰めた。

 

 彼女、シェスカ・ランブールにとって、読書は何事にも変えがたいものであるのだから。

 

 

 

 

 貸本屋、歓談する

 

 

 貸本屋『百万図書』。

 世界でも有数のレアな書物を取り扱う知る人ぞ知る穴場中の穴場。

 世界屈指の蔵書量を誇る大図書館でも取り扱いのないような書物が、さも当然のように本棚にそろえられている姿を見て、あまたのマニアが涙する姿が見られる、そんな本屋である。

 こじんまりとした店構えであるというのに、どこにそんな本を扱うことができるのかと疑いたくなるほどの蔵書量を誇るその場所で、一人の男がせっせと本を並べていた。

「ムーディ、予約の本だ」

「あ…ディルムッドさん」

 奥から声をかけられたムーディはびく、っと肩を強張らせ、こわごわと青年から書物を三冊受け取った。いい加減気配なく後方に立つのはやめてくれないだろうか、と思うが、怖くていえない。

「ありがとうございます」

「いや。シェスカ様がいつも通り扱えとのことだ」

「はい」

 ムーディは書物を片手に予約表を開き、電話をかける。

 その間、店番をするのはディルムッドの役目だ。

 店主であるシェスカは、従者の言うことを聞いているなら休憩をとっているはずだが、あの主が目の前に餌(本)があるのにだまって言うことを聞いているかは疑問の残るところではある。あるが、彼は従者として主を信じることにした。

 番台に腰掛、店内を睥睨する。

 店内にいる客は一般人と、そうでないもの。

 大図書館にもないようなレアな書物を取り扱う店に、善良な人間だけが出入りするとは限らない。

 その本を売却し、富を得ようと凶器を持って入店してくる愚か者も後をたたない。譲ってくれ、といいながら断れば凶行に走るマニアも中にはいる。

 とくに、「この世界」には凶悪な能力を持つ者もいるので注意が必要だ。

 本に被害が及ぶだけならまだいい。それは『どうにでもなる』。ディルムッドが危惧しているのは、彼の主に累が及ぶことだ。自分の守護する彼女に万が一でもあっては困る。それを事前に防ぐのも、彼の役目だった。そして、それを実行する実力も、彼はもっていた。

 

 つかつかと、一人の男が入店してくる。他の客が、熱心に本に視線を寄越しているなかで、それらに見向きもしないさまは、この店では特に異常に映る。

 手をポケットに入れ、ディルムッドに視線を寄越し――――。

 

「やあ、予約の本、受け取りにきたよ」

 

 ポケットから手を出す寸前、それを横合いから出てきた男によって防がれ神速の裏拳が決まり、男はその場で崩れ落ちた。

 

「うは…早いですね、ルシルフルさん…」

 ムーディが、今まさに電話をかけていた相手が、ニコニコと人好きする笑顔で、崩れ落ちた男を足で隅に寄せる。

「近くにたまたまいたんだ」

「そうですか…」

 ちらり、とディルムッドを見ると、小さく頷いたのを見て、ムーディは本を三冊、ルシルフルと呼んだ客に手渡し、代金を受け取る。

 客はその場でぱらぱらと頁をめくると、感嘆の息をつく。

「本当にアルセリア滅亡期のものだ…相変わらずどこから手に入れるんだか…」

「それは店主に聞いてくださいよぅ」

 ムーディは困ったように頬をかいた。本の入手手段については、彼はまったくノータッチだからだ。

「ねぇ、彼女いないの?」

 ルシルフルは、番台で相変わらず店内を見渡している美丈夫に声をかける。鋭い眼差しが、ゆっくり向く。

「今、休憩中だ。さっさと失せろ盗人」

「酷いな、今はちゃんと客なのに。自分でいうのもなんだけど、俺上客じゃない?」

「ほざけ」

 二人のやり取りを見て、ムーディはぶるりと身震いする。

 恐ろしいほどのブリザードだ。

 ムーディは彼らふたりがとても強いことを知っている。

 だからこそ、ルシルフルが(多分)強盗に攻撃しても、慣れてしまっているので驚かずに対応することができた。このやり取りは以前にもあった。

 そして、この二人が険悪なのも、よく知っている。

 ムーディはただのアルバイトで、詳しくは知らないが、シェスカとディルムッドは主従関係にあるのだという。ディルムッドは昔天空闘技場で二つ名がつくほど強い闘士で、二百階目前まで行ったが、開店資金が集まったからとすっぱりやめて天空闘技場を後にしたとか。そのまま二百階まで進んでフロアマスターになれば、その名を世に知らしめることができるというのに、そこまでして彼はただ彼女に尽くしていたらしい。らしい、というのは、昔ムーディが好奇心からシェスカに聞いた話だからだ。それがどこまで本当なのか、それは彼も知らない。シェスカは自分にはディルムッドは勿体無さ過ぎるといっていた。話をきくと、たしかに、それほどの闘士をたかが貸本屋の店主が従者にするなど驚き以外のなにものでもないのだが、ムーディは知っている。彼、ディルムッドは心の底から主人に仕えることだけを使命にしていることを。

 だからこそ、二人の仲は険悪なのだ。

 

 昔、この店舗に押し入り、店主を殺害して本を奪おうとした盗人のクロロ・ルシルフル。

 昔、その盗人に瀕死の重傷を負わせた従者。

 昔、それを、許してしまったこの店の店主。

 

「ああ、予約って君だったの」

「やあ、シェスカ」

 

 ひょっこりと、店の奥からこの店の店主である女が顔を覗かせる。

 

「ルシルフル。ディルムッド。他の客がびっくりするから店内で吹雪吹かせないで…ムーディそこの伸びてる男、適当に捨ててきて」

「は、はい!」

 

 ムーディは言われたとおり、気絶している男を引きずって店の外に捨てた。これはこの店の日常茶飯事だ。店内の誰も気にしない。

 番台のまわりでは、三人が会話を始めている。

 言いつけ通り、ふたりとも妙な威圧感は抜けている。

「アルセリア滅亡期って…たしか大図書館も三巻までしか取り揃えてなかったよね?」

「今更じゃない?」

「まあそうなんだけど…気になるんだよなぁ」

「しつこいぞ盗人」

「それやめてくれる?」

「ちなみに前に君が好きだといっていた、ルールブル著の秘蔵書が見つかったんだが…」

「是非お願いします。お金は払うよ」

「金を払うのは当然だ」

 

 うん、いつも通りだ。

 ムーディはお茶をいれようと、店の奥へ姿を消した。

 

 

 

 

 




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 補足な説明



 シェスカ・ランブール
 二十代の癖毛の女性。
 貸本屋『百万図書』の店主。
 無表情。巨乳。
 ありとあらゆる書物を取り扱うマニアよだれものの書店店主にして転生者。
 自分で戦う?ありえない。とりあえずいいから本寄越せ。という感じで転生を果たす。
 それゆえの護衛、それゆえの能力。
 シェスカは、極度のビブリオ・マニアであったのでありとあらゆる書物を手に入れる能力を手に入れる。それをコピーして書店に並べている。
 本が読めればそれでいい。


 念能力『百万大図書館』
 シェスカのすべてのメモリを使ってでも達成させたかった能力。
 彼女の感知できる世界のすべて(時空関係なし)の書物に触れることができ、それをコピーすることができる。
 彼女が書店に並べている本は全部これ。
 この能力によって作られた本は中身は本物であるがコピーであるため、彼女の手から離れると七日でその効力を失い、失効する。盗難防止にも一役買っている。ちなみに戦闘能力は皆無。



 ディルムッド・オディナ
 シェスカの護衛としてそばに仕える槍騎士。
 みんなご存知fate聖杯戦争四次のランサー。
 神速の騎士。魔性の騎士。びっくり美形。
 シェスカが自分で戦いをする人ではないので護衛として誰かを見繕ってと『カミ』が言われたときに名乗りを上げた。今度こそ主に仕えきりたいという願いゆえ。
 シェスカに従順に従う。彼女も自分のような人間に仕えてもらって悪いな・・・と思っているので、彼のために彼の望む『主』を演じている。関係は良好。
 この世界には神秘とかないので彼はチート。

 ちなみに、書店の開店資金は彼が天空闘技場で稼いだもの。当時は女性の黄色い声援が常に闘技場を包み、多くの男性たちからは妬まれている。しかし実力は折り紙つきなので純粋に戦いたいとかかっこいいとか思うものも多数いた。



 ムーディ
 『百万図書』のアルバイト。
 シェスカがまったく仕事しない(ずっと本読んでる)のでほとんど彼がこの店を切り盛りしている。
 一般書の買い付けは彼がしている。
 元は浮浪者でぼろぼろだったところ、店舗に盗みに入り、ディルムッドにつかまる。が、シェスカが丁度アルバイト欲しがっていたので餌を与えてちゃんと雇っている。彼女に恩義を感じちゃんと店番している。
 レア本欲しさに馬鹿が襲ってきても抵抗せずそのまま好きにさせるか、ディルムッドを呼ぶ。じゃないと死ぬくらいの一般人。そばかすに金髪。ディルムッドのそばにいるのは今でも怖い。クロロが旅団員とは知らない。

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