【二日目】
仮想世界のユグドラシルに行こうとしたら何故かリアルの異世界に来てしまった次の日。俺は太陽が空高くまで昇ったところでようやく目を覚ました。
昨晩は何回か耳元で音がしたような気がしたが、それを除けば本当によく眠れた。こんなに眠ったのは一体いつ以来だろうか?
それにしても俺ってば野宿は初めてなはずなのにぐっすりと眠れるだなんて、自分で思っているより神経が太いのかな? それか今の自分、「クモエル」の体の影響なのかな?
今の俺は前の世界と違って人間ではない。
ユグドラシルでは人間を初めとしてエルフやドワーフ、アンデッド、天使、悪魔等の様々な種族で自分のアバターを作ることができる。そして今の俺の体、ユグドラシルで作った俺のアバター「クモエル」の種族はアラクノイド(蜘蛛人)の上位種である「ギュウキ」だ。
外見は牛の頭蓋骨のように見える乳白色の頭部に、二メートルを超える細身に無数の装甲を身体の線に沿って貼り付けたような濃紺色の体。背中には戦闘になると伸びて触腕となる爪が「×」の形になるように生えていて、腰には細長い蜘蛛の腹部が尻尾のようにあった。
……うん。今までは特に気にしたことはなかったが、こうして改めて見るとどこかの悪魔みたいな外見だな。
このクモエルの体は「ある目的」のため、素早さを重視したステータス配分をしているので軽く動いただけでも風のような速度で移動でき、森の木々を軽々飛び越えることができた。これには本当に驚いたが、同時に感動した。
まるで漫画の忍者になったみたいで、この世界に来てクモエルになったこともそんなに悪くないと思えた。
結局この日は今の自分の身体能力を色々と試すだけで終わってしまった。
……それにしてもそろそろ人に会いたいな。俺は基本的にかなり人見知りするタイプだが、こんな異常事態の中では流石に人に会いたくなる。
そういえば本当にこの世界に来たのは俺だけなのだろうか? 俺の他にもこの世界に来たの奴はいないのだろうか?
【三日目】
……今日は色々と疲れた。何というか、ショッキングな出来事が重なりすぎた。
今日俺は散々森の中をさ迷った挙げ句にようやく森を抜けると、そこで野営の準備をしている大勢の人の団体を見つけたのだ。
らしくもなく気弱になっていた俺は、人の団体を見つけると嬉しくなって大声で呼び掛けながらその団体に近づいたのだが……今思えばそれが不味かったのかもしれない。
団体の人達は俺を見ると全員心底驚いた顔になって「怪物だ!」とか「悪魔が来た!」とか叫んで弓矢や魔法で攻撃してきたのだ。
これには正直「どうして?」と思った。確かに俺の姿は悪魔みたいだけど、ユグドラシルではそんなに珍しくない蟲人系なのだからそこまで怯えなくてもいいだろう? ……もしかしてここは現実化したユグドラシルの世界ではなく、彼らは俺みたいな蟲人を初めて見るのだろうか?
団体の人達の攻撃は俺にとっては非常に遅くて、もし当たってもダメージなんて与えられないのだが、それでも敵意を持って攻撃されたというのは初めての経験で本当に怖かった。
攻撃を避けながら必死に「攻撃しないで!」とか「俺は敵じゃない!」とか「話し合おう!」とか叫んでも、団体の人達は攻撃の手を決して緩めようとはしなかった。こんな理不尽な気持ちになったのはユグドラシル時代に「異形種である」という理由だけでPKをされた時以来だ。
そして心の中で理不尽に嘆きながら攻撃を避けていたら不覚にも一本の矢が俺の体に当たってしまい、当たったと自分で思ったときには意識が遠くなり……。
次に意識を取り戻した時、俺は団体の人間達を皆殺しにしていた。
最初は何が起こったか分からなかったが、数秒の時間が経ったところで俺は自分に何が起こったのかを理解した。
俺の種族、ギュウキには「暴虐の化身」という種族スキルがある。これは「敵の攻撃が当たると一定の確率で、戦闘力は飛躍的に上がるが理性を失ってしまうバーサーカー状態になる」というほとんどペナルティみたいなスキルだ。
このスキルの厄介な所は発動条件が「ダメージを受けた」ではなく「攻撃が当たったら」というところで、攻撃が当たればダメージを受けようが受けなかろうが一定の確率でバーサーカー状態になってしまうのである。
恐らくはあの時、体に偶然矢が当たったことで「暴虐の化身」が発動し、俺はバーサーカー状態となって団体を皆殺しにしてしまったのだろう。
ようやく見つけた人達を自分の手で殺してしまったのもショックだったが、それ以上に人を殺したというのに自分が全く罪悪感も嫌悪感も抱いていないこともショックだった。
……どうやら俺は体だけでなく心も人間ではなくなったようだ。
何となくだがこれ以上ここにいるのが嫌になった俺は、自分で破壊した団体の野営跡から地図やこの世界の通貨といった旅に役立ちそうな物を物色すると、この場を後にした。