とある至高の四十一人の日記   作:小狗丸

25 / 29
眷属と守護者統括の会話

 ナザリック地下大墳墓第九階層。

 

 通称「ロイヤルスイート」。

 

 そこはアインズ・ウール・ゴウンのギルドメンバー全員の部屋の他に大浴場、バー、ラウンジ、雑貨店、ブティック、ネイルアートショップ等の様々な設備が存在するギルドメンバーのリビングスペースであった。

 

 ナザリック地下大墳墓に住まう異形の者達にとって「神」と言っても過言ではないアインズ・ウール・ゴウンのギルドメンバー、至高の四十一人が憩いの場として使用していたこの階層は、各施設から通路に至るまで正に神々の住まう場所に相応しい荘厳華麗な輝きに満ちていた。

 

 そしてその第九階層の通路に二人の女性の姿があった。

 

 一人は純白のドレスを身に纏い背中に黒の翼を生やした女性。ナザリック地下大墳墓守護者統括アルベド。

 

 もう一人は下着のような服の上に軽装の鎧を身に纏い、更にその上にマントを羽織っている女性。先日このナザリック地下大墳墓に帰還した至高の四十一人の一人「クモエル」の眷属クレマンティーヌ。

 

 ナザリック地下大墳墓の者達のほとんどは第九階層にあるパーティー会場で黒の帰還を祝う宴に参加していて、今この場にはアルベドとクレマンティーヌの二人しかいなかった。

 

「……」

 

「……」

 

「…………」

 

「…………ねぇ」

 

 アルベドもクレマンティーヌも最初は無言のままであったが、やがて沈黙に耐えきれなくなったクレマンティーヌが口を開く。

 

「アルベド……様、でしたっけ? 私にどの様な御用なのでしょうか?」

 

 相手が自分より遥かに格上で、このナザリック地下大墳墓で上位の役職であることからアルベドに敬語で話しかけるクレマンティーヌであったが、ナザリック地下大墳墓の守護者統括はそれに対して首を小さく横に振る。

 

「別に敬語を使う必要はないわ。クモエル様の眷属である貴女は私達と同格の仲間なのだから、いつも通りの口調で話してくれて構わないわ」

 

「あー……、そうですか。それじゃー、そうさせてもらうけどさー。貴女、私のことを仲間って言うわりにはー、さっきから凄い殺気を出してるじゃない? それってどうしてー?」

 

 いつも通りの口調に戻ったクレマンティーヌは、アルベドが今にも襲いかかってきそうな冷たい殺気を自分に向けて放っている理由を聞く。

 

「私が貴女に殺気を放つ理由? それは貴女がよく分かっているんじゃない? ……正直に言えば私は、貴女がクモエル様の眷属でなければこの場で八つ裂きにしてやりたいくらい憎いわ」

 

 絶対零度の視線をクレマンティーヌに向けながら強い憎しみを込めて言うアルベド。その言葉は彼女の本心である。

 

 クレマンティーヌは元々人間で、この世界では「英雄」と呼ばれる力を持つ快楽殺人者だった。

 

 ある日クレマンティーヌは、エ・ランテルで人間に化けたクモエルと出会い、彼を殺そうとしたが逆に返り討ちに遭う。一撃で致命傷を負い、そのまま死ぬしかなった彼女は、クモエルのスキルの力で人間から「ゴズ」という種族に生まれ変わり彼の眷属となった。

 

 この話を当人であるクモエルから聞いた時は、アルベドだけでなく他の階層守護者達もクレマンティーヌに強い怒りと嫉妬の感情を覚えた。

 

 人間の、下等生物の分際でナザリック地下大墳墓の神である至高の四十一人の一人に無礼を働いただけでも万死に値するというのに、恩情で生存を許されただけでなく至高の四十一人に仕えるという名誉を授かった女、クレマンティーヌ。

 

 皆、言葉には出さないものの、ナザリック地下大墳墓の者達のほとんどはクレマンティーヌに複雑な感情を懐いていた。アルベドの言葉はそんな者達の気持ちを代表したものだった。

 

「貴女をここに呼んだのは一つ忠告をするためよ。クモエル様の眷属である貴女が失態を犯せばそれはクモエル様のお顔に泥を塗ることになる。もしそうなれば私直々に貴女を抹殺するわ。……言いたいことはそれだけよ」

 

 それだけを言うとアルベドは振り返りもせずその場を去ろうとする。その彼女の姿からクレマンティーヌは何か覚悟のようなものを感じて話しかける。

 

「何ー? 随分とスパイダーさ「クモエル様よ」……クモエル様のことを気にしているみたいだけど……もしかして貴女もクモエル様を狙っているの?」

 

「私はアインズ様一筋よ。……それに私にはクモエル様をお慕いする資格なんてないのよ」

 

 クレマンティーヌの問いかけにアルベドは足を止めて答えるが、最後の言葉は彼女本人しか聞こえない小さな声だった。

 

 至高の四十一人の一人、クモエル。

 

 ナザリック地下大墳墓の支配者であるアインズがまだ「モモンガ」と名乗っていた頃からの仲間であり、彼と最も付き合いが長い友人。

 

 他の至高の四十一人が一人、また一人とナザリック地下大墳墓を去っていく中でアインズと共にナザリック地下大墳墓に残ってくれた慈悲深き神の一人。

 

 そう思っていたからこそアルベドはアインズと同じくらいクモエルのことを敬愛していたのだが、この世界に転移したあの日、クモエルはナザリック地下大墳墓に現れなかった。

 

 その時のアインズの落胆ぶりは酷く、アルベドは彼の姿を見て悲しむと同時に、クモエルが最後の最後で自分達を見捨てたと考えて「憎悪」というナザリック地下大墳墓の者が至高の四十一人に対して決して懐いてはならない感情を懐いたのだ。

 

 しかし、その考えは大きな間違いであった。

 

 クモエルはアインズを、ナザリック地下大墳墓の者達を決して見捨ててはいなかったのだ。

 

 何らかの事故により別の場所に転移させられたクモエルが長い放浪の末に先日、ナザリック地下大墳墓に帰還された姿を見たアルベドは、自分が全く見当違いな考えで敬愛すべき神に対して不敬な感情を懐いていたことを悟り、顔を青くした。

 

 もしここに過去の自分がいたら、肉の一片も残さずに滅ぼし尽くしてやりたいとアルベドは思う。

 

 アルベドは償いとしてクモエルにこれまで以上の忠誠を永遠に捧げることを一人心の中で硬く誓うと、まだ宴が続いているパーティー会場に戻っていき、クレマンティーヌはそんな彼女の後ろを少し離れて歩きながら心の中で呟く。

 

(うーん……。スパイダーさん、いや本当の名前はクモエルさんかー。どうやらここでの人望はシャレにならないくらい高いみたいだねー? この様子だとライバルも多そうだからー、これからは今まで以上に積極的になった方がいいかもねー)


▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。