「アインズ・ウール・ゴウン。それは俺達のギルド名だろ? 何故それを貴方が名乗っているんだ? ……『モモンガ』さん?」
この言葉がスパイダーの口から出た瞬間、闘技場の時が止まった。
観客席から自分達の主であるアインズに声援を送っていたモンスター達は皆、凍りついたように固まった。
貴族の令嬢のような漆黒のドレスを着た幼い少女の吸血鬼は貴賓席のテラスから大きく身を乗り出して闘技場の舞台を凝視する。
ライトブルーの甲冑を纏ったような外見の昆虫人は雷に打たれたかのように全身を震わせて口元の牙をガチガチと鳴らす。
双子のダークエルフの子供達のうち舞台に降りた少年の姿をしたダークエルフは目と口を大きく開けて固まり、貴賓席に残った少女の姿をしたダークエルフは驚きのあまり両手で持っていた杖を落とした。
三つ揃いのスーツを着て丸眼鏡をかけた一見人間のように見える悪魔は丸眼鏡の奥にある目蓋を限界まで開き、眼球の代わりに埋め込まれている金剛石の目を見せた。
アインズと共に闘技場の舞台に入ってきた背中に翼を生やして純白のドレスを着た美女は顔を青くしてスパイダーの顔を凝視した。
そしてこのナザリック地下大墳墓の支配者である骸骨の魔法使い、アインズは……。
「そ、そんなまさか……。だが、しかし……」
と、消え入りそうな声で呟きながらその体を震わせて、やがて全身が淡い緑色の光に包まれる。アインズは感情が一定以上高まった時、強制的に精神を沈静化されて、この淡い緑色の光はその際に放たれるものであった。
スパイダーは突然体を光らせたアインズを首を傾げながら見ていたが、突如ある事を思い出すと気まずい表情となり骸骨の魔法使いに向けて頭を下げる。
「そういえばモモンガさん。ユグドラシルのサービス終了日、『絶対に行きます』って言っておきながらナザリックに来れなくてすみませんでした。……それで終了日、誰かログインしてました?」
「……………!?」
スパイダーの言葉にアインズは再び感情を高ぶらせ、全身から淡い緑色の光を放つ。
ユグドラシルのサービス終了日。ログイン。そして「絶対に行きます」という言葉。
もはや間違いない。ここにいる男、スパイダーはユグドラシルのプレイヤーであり、自分と同じギルド「アインズ・ウール・ゴウン」のメンバーであるとアインズは確信した。そしてスパイダーの本当の名前は……。
「く、クモエルさん、ですか……?」
「ええ、そうですよ」
震える声で言うアインズにスパイダーが親しい友人を見る優しげな笑みを向けて頷くと、スパイダーの足元から黒い風が巻き起こり彼の体を包み込む。
黒い風はすぐにかき消えたが、風が消えた後に姿を現したのは人間のワーカーのスパイダーではなく、人間とはかけ離れた姿をした異形の存在であった。
牛の頭蓋骨のように見える乳白色の頭部。
二メートルを超える細身に無数の装甲を身体の線に沿って貼り付けたような濃紺色の体。
背中に「×」の形になるように生えている四本の爪に、腰に尻尾のように生えた細長い蜘蛛の腹部。
その禍々しい悪魔のような姿は間違いなくアインズの、モモンガの友人のものであった。
アインズ・ウール・ゴウンというギルドが結成されるずっと前、モモンガがユグドラシルを始めたばかりの時に初めてできた仲間。
ギルドが結成されてから長い時が経過して、やがて一人、また一人とギルドメンバーが去っていく中で最後までモモンガと一緒にアインズ・ウール・ゴウンに残ってくれた仲間。
だがユグドラシルのサービス終了日にはナザリック地下大墳墓に姿を現さず、モモンガに深い落胆をもたらしたクモエルが……ここにいた。
「…………………………お、お帰りなさい。クモエルさん」
モモンガは長い沈黙の後、震える声でクモエルに言う。もし骸骨の体ではなく生身の体であったならば、今頃は涙を流していたであろう。
気がつけば闘技場にいた全ての異形の者達が、主の代わりのように涙を流していた。
「はい。ただいま、です。モモンガさん」
それに対してクモエルは先程のスパイダーの姿であれば笑顔を浮かべていたであろう優しい声で返事をする。
こうしてナザリック地下大墳墓に至高の四十一人の一人が帰還した。
「「「ーーーーーーーーーーーーーーー!!」」」
クモエルがモモンガに返事をした次の瞬間、闘技場のいたるところから異形の者達の歓声が爆発し、ナザリック地下大墳墓第六階層が震えた。
主人公のクモエルの設定も投稿しました。よかったら読んでみてください。