【三十一日目】
朝、目を覚ますとすでにクレマンティーヌが起きていて「おはよー。いい朝だねー」と今まで見たことがない爽やかな笑顔で挨拶をしてくれた。
よく見ればクレマンティーヌは軽く汗をかいていて、最初は朝の鍛錬でもしていたのかと思ったのだが、すぐに彼女の隣にある大量のアンデッドモンスターの山に気がついた。コイツ、朝からアンデッドを狩りに行ってたな。
寝起きの状態で活動を停止したとはいえアンデッドモンスターと至近距離で目を合わせるのは地味にテンションが下がるな。クレマンティーヌめ、俺の爽やかなモーニングを返しやがれ。
その日は昨日と同じようにフォーサイトとアンデッドモンスターを狩り、明日には帝都に帰ることにした。
本当だったらもう二、三日ここでアンデッドモンスターを狩る予定だったが、俺達のお陰で充分な数のアンデッドモンスターを狩れたとフォーサイトの四人に感謝された。
ただ一人、クレマンティーヌだけはもっとここでアンデッドモンスターを狩りたかったみたいだが、コイツに関してはもう無視でいいだろう。
【三十二日目】
カッツェ平野から帝都への帰り道。休憩時間に暇をもて余したクレマンティーヌに頼まれて彼女と模擬戦をした。
初めて会ったときとはまるで別人のように強くなったクレマンティーヌだったが、それでも俺から見ればまだまだ甘い。模擬戦の間、俺は彼女の攻撃を避けて反撃を寸止めするのを繰り返し、模擬戦が終わる頃には始めてから二時間も時間が経っていた。
そして模擬戦を横で見学していたフォーサイトの四人は、全員目を丸くして俺達を見ていた。彼らの話だとクレマンティーヌの攻撃の速さと鋭さも驚異的であったが、それ以上に彼女の攻撃を全て避けて反撃を寸止めで止める余裕を持つ俺も凄かったらしい。
フォーサイトの四人はワーカーじゃなくて冒険者だったら今頃アダマンタイト級も夢じゃないのに、と惜しんでくれたが、生憎旅をしながら金を稼いで情報を集めるだけならワーカーでもできるので、今更冒険者になる気などないと俺は答えた。
【三十三日目】
朝から戦車蜘蛛を走らせた甲斐もあって昼前に帝都に帰ってこれた。
退治したアンデッドモンスターを換金してフォーサイトの四人とも別れても充分時間があったので、俺とクレマンティーヌは闘技場へと向かった。……というより彼女に引きずられていった。
闘技場で試合に参加しようとしたら、一人の気障な物言いをするエルヤーと名乗る一人の剣士に絡まれた。
その剣士、エルヤーは「天武」の異名を持つワーカーで、剣だけならオリハルコン級の冒険者にも勝ると言われているこの闘技場の常連なのだそうだ。
俺達が闘技場で稼いでいた時、エルヤーはワーカーの仕事で帝都を離れていたらしく、この天武の異名を持つワーカーは延々と自分の自慢話をした後で「どちらが真の闘技場の主役なのか決着をつけよう」と言ってきた。
エルヤーの気障ったらしい話し方と延々と聞かされた自慢話でストレスが溜まった俺とクレマンティーヌはこの試合を受け、試合開始から三十秒以内で勝利を納めるという試合最短記録を達成した。
☆
「お前が相手を、それも人間を殺さないなんて珍しいな?」
闘技場の通路を歩きながらたったメンバーが二人しかいないワーカーチーム「毒牙」のリーダー、スパイダーは自分の隣を歩くもう一人の「毒牙」クレマンティーヌに話しかけた。
スパイダーが口にしたのは先程の試合の対戦相手のことだった。
ワーカーチーム「毒牙」は少し前まで闘技場の舞台でワーカーチーム「天武」のリーダーである剣士、エルヤーと戦ってこれに勝利した。しかしこの試合の最中、強い殺人衝動を持つクレマンティーヌはエルヤーを殺そうとせず、四肢を傷つけて動きを封じる事で勝利を収めたのだ。
これはスパイダーも完全に予想外で、相方の質問を受けたクレマンティーヌは口元に嘲笑を浮かべて答える。
「だってさー。アイツ、試合の前に私っていうか女を馬鹿にするようなことを言ってたじゃない? だからー、簡単に殺しちゃうよりもー、完膚無きまでに倒して惨めな格好で生かしておいた方が楽しいと思ってー」
「……なるほどな」
クレマンティーヌの言葉にスパイダーはため息をついて納得をして、彼女は試合が終わった時の対戦相手の悔しそうな表情を思い返して笑いを噛み殺す。
そんな時、通路の曲がり角から一人の身なりの良さそうな男が姿を現して毒牙の二人に話しかける。
「失礼。毒牙のスパイダー様とクレマンティーヌ様ですね?」
「……そうですが?」
「貴方はだーれー?」
身なりの良さそうな男はスパイダーとクレマンティーヌに小さくお辞儀をすると要件を口にした。
「私、とある方の使いの者でして、毒牙のお二人にある依頼をしに参りました」
「依頼? 俺達にか?」
「へー、私達に依頼を持ってくるなんて見る目あるじゃん。それで? どんな依頼なの?」
「はい。実はつい先日、今まで知られていなかった地下墳墓と思われる建造物が見つかりまして、そこの調査を依頼したいのです」
……運命の刻は、近い。