ノシ棒:短編集(ポケモン追加)   作:ノシ棒

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モンスターハンター1

ユクモ・・・・・・それは高山地帯にある、沸いた湯を売り客に湯治の場を提供する温泉村。

渓谷に囲まれたその村は、今や廃村寸前にまで追い込まれていた。

飢えに耐えられず、若者は遠い街へと去っていった。残ったのは老人達のみである。

温泉村であった熱気は無く、老人たちは枯れた肌を寄せ合っては寒さに震えていた。

湯が絶えたのである。

 

原因はわからない。

だが、村の生命線とも言える湯が絶え、客足が遠のき、金が無くなり、熱を利用した農作物も取れず、飢え、人が少なくなった場所にはハンターも居付かず。

防衛線の無い集落など、竜たちに攻め滅ぼされるのは時間の問題であった。

 

そこにふらりと現れた青年がいた。

自らをチキュウという、聞きなれぬ場所からやってきたと語る青年だった。

荒事とは無縁の様子で、途中でジャギィにでも襲われたのだろう。全身血みどろの姿のままで。

 

自分達のなけなしの食料を村人達は青年へと分け与えた。

青年は涙した。

村の様子と、やせこけた老人の頬を見て、何も悟らぬほど愚かではなかった。

 

 

「恩を返したい」

 

 

青年は言った。

だが村人達は笑って首を振った。村を出なさい。ここに居ては飢えるだけだ。そう言いながら。

それでもここに居たいというのなら、そうでございますねえ。

竜人族の女村長が、思案するように小首をかしげる。

 

やわらかい物腰と穏やかな性格、そして厚化粧で隠されている疲労の色を、青年は見逃さなかった。

竜神族は長命種であるらしい。村長は長命な竜神族からしてみれば、未だ若輩者であるだろう。

年若くして村長の座を継いだ、継がざるをえなかった背景を考えずにはいられない。

 

 

「畑仕事くらいしか、してもらうことがございませんねえ。残念なことに、何も実りませんが」

 

 

苦笑する村長に、青年は頑として譲らなかった。ここに居続けると我を張ったのだ。

驚いたのは村長だった。諦めさせるために、あえて枯れた村であることを伝えたのである。

食い下がる青年に、仕方がなしと、諦めたのは村長の方であった。

現状を知れば諦めもつくであろうと。

 

 

「まずは畑仕事のイロハを学ばれますよう」

 

 

アオキノコのような青年はどう見ても力仕事など出来まい。

先達に着いて手習いから初めよと、村長は、同じく竜人族の老人へと青年を向かわせた。

どこの者とも知れぬ余所者を村へと招き入れることを、この時誰もが喜んでいた。

滅びへと向かうしかない自分達へと、新たな風が吹いたような、そんな気がしていたのだ。

元より温泉村だ。人を受け入れ、ふれあい、生きてきた老人達である。

青年の恩を重んじる気概を何よりも喜び、それを生きがいとしたのだ。

これが最後の灯火であると、誰もが理解していたからだ。

 

あらゆる老人達が、青年を構いたがった。

若い頃に錬金術をかじっていたという老人。調合という化学反応を利用した簡易薬の精製方を習った。

収納上手であったという老婆。収納ボックスへの効果的な詰め込み方を教わった。

今はもう客のいない武具屋の店主。道具を作る際、何の素材が足りないか、その費用がいくらかの算段をつけられるようになった。

青年が向かった先にいた、老いた竜人族の翁も同じである。

 

農場管理人の翁がまず青年に教えたのは、体を鍛えることであった。

当然である。土を構うのには体が資本なのだ。青年のように生白い肉体では、鍬も満足に振れまい。

その日から、青年の鍛錬の日々は始まった。

 

マキ割り、虫取りに始まり、ハチの巣をつつく、キノコの見分けかた、刃物の研ぎ方・・・・・・農家に必須の技能と言えよう。

崖の上り方を教わり、そしてコツさえあればどれだけ高所であっても傷一つ負う事はない、と教えられた時は、さすがに体が震えた。

実際に崖の上から蹴落とされて傷一つなかったのだから、爺は教師役として優れた人物であったのだろう。

ある時は、大木に吊るされた丸太を叩きつけられた。しかし青年の割れた腹筋は丸太を弾き返していた。

 

そしていつしか青年は、翁いわく誰でも使えるという、不思議な力を身に着けていた。

纏った衣服から、大地を通して、空気を通して、水を通して、目に見えない力を引き出す。そんな術である。

便宜上、スキルとでも呼ぼうか。

青年は大地から両足を伝い力を得て、巨大な、身の丈よりも大きなハンマーでさえ振り回せるようになっていた。

かわりに飛んだり跳ねたりは苦手なままでいた。

翁はそれでいい、と笑っていた。ジャンプなどしなくてもいい、と。

 

最終試験であるとナイフ一本を渡されて、青年が立ち向かったのは、鼻息荒くこちらを睨む、巨大なイノシシ。

ドスファンゴ、と呼ばれる農作物を荒らす害獣である。

このような害獣駆除は農家に必須の技能であるといえよう。

裏山にシシが出てさ、などという台詞は山間部の農村ではよく耳にする言葉だ。

そしてそれを駆除する人間も、また。

すなわち寒村では、農業と狩猟行を兼業するものが多いということだ。

これは青年の産まれた場所でも同様のことであり、すんなりと飲み込むことができた。

技術レベルがそう高くないのであれば、己の肉体を駆使するしかあるまい。

イノシシの巨体には目を剥く想いではあったが。

 

そうして血塗れ泥濡れになりながら、青年はドスファンゴの牙を剥ぎ取って、村へと帰還する。

翁が笑って出迎えてくれた。なかなかやるな、と背中を叩いて。

あまり要領を得た様子ではない青年に、翁はくしゃりとして笑うと、酒を飲もうと杯を掲げた。

食料の乏しい村では酒などの趣向品は金にかえてしまい、青年は見たことも無かった。秘密だぞ、と翁はまた笑った。

 

ホピ酒、というらしい。

口を突ければカッと喉が熱くなる。

やたらとアルコール度数が高い酒だった。たった一口で酔いにやられ、頭がぐらぐらとする。

熱を持った体を横たえて、天井を見やる。遠い世界が、青い星が見えた気がした。

老人が静かに語った言葉は、耳に届くことはなかった。

 

「ようやく後継者が見つかった。

 お前になら安心して後を任せられる。

 今日からお前が、この村のハンターだ」

 

次の日、いつもの時間に翁は起きてこなかった。

農家の朝は早い。今日の仕事を済ませようと、青年は声をかけた。

もう翁の、あの大きな朗快な笑い声を聞くことは二度とないのだと、知った。

 

かくして青年は翁から農家のイロハを習い終わった。

翁は青年にハンターの教えを済ませると、自分の役目は終わったと言うかのように息を引き取った。

青年は翁の遺言により、遺されていた刃物や、若い頃に翁が使っていたという鎧類をすべて売却。村の修繕にあてる。

やたらと物々しいものばかりが倉庫で埃を被っていたが、翁は傭兵でもやっていたのだろうか。

そういえば、あれだけ世話になったというのに、お互いの過去を明かしたことがなかった。

言えばよかった。もっと早くに。聞けばよかった。もっと早くに。

おじいさん、俺はチキュウという場所から来たのですよ、と。

 

畑を耕す毎日が続く。

村に受け入れられたのだと、鳴き止まぬ腹を抱えて、それでも笑いながら。

時折、空の彼方を切なく眺めて青年は鍬を振る。

一振り、二振り。

日が暮れて、陽が昇る。

青年が蒔いた種は、緑を付けることがなかった。

それはどこも同じことだった。

土が干からびていく。

人の命も、また。

 

ある日、栄養失調の顔色の悪さを白粉でごまかした竜神の村長から、より絶望に染まった白い顔で告げられた。

村の近くに狼が……巨大な狼が現れた、と。

 

青年は、たった一つだけ家に残した鉄を手に取った。

あの巨大イノシシを倒した、ナイフを。

戦いの時がきたのだ。

恩を返す時が。

 

皆が青年を引き止めた。

そんな獲物では無理だと。

相手は狼である。イノシシとは訳が違う。雷まで自在に操る妖術まで使うという。

だが青年は言った。

これが己の役目なのだ、と。

 

青年は、切れ味の悪いナイフを片手に山へと足を踏み入れる。

戦う決意を固めたのだ。

村の出入り口では、ギルドの受付嬢が、こけた頬肉を隠すように紅を塗った顔で精一杯の笑みを浮かべて、鐘を手に持って立っていた。

 

以前ドスファンゴを狩った時と同じ説明を受けた。

自然保護や資源の取得の決まり、その他もろもろの注意事項だ。

それも全ては人が手を入れすぎると、自然環境が破壊されて手の着けられない凶暴な獣が暴れだす、という事実に基づいたデータからなるものだ。

 

青年は受付嬢の再三の問いに頷く。

クエスト破棄をするならば、今ここしかないのだ、という問いだ。

もはや行くと決めたのだ。退く道はない。

 

受付嬢はしようがない人だ、と微笑んだ。

ぶるぶると震える肩と口元は隠せずに。

ひどく不細工な笑みとなっていると自覚して。

気を抜けば、涙が止まらなくなってしまう。こらえなければ。せめて、青年が村を出るまでは。

頬の肉を噛む。

血の味が口いっぱいに広がった。

 

ユクモは、一応は村の体を保っていた。

政治団体のギルドとて、そのまま見捨てるのでは名目が立たない。

こうして寒村といえど、受付嬢の一人二人を置いておくのが通例であった。

その村が滅びる、その時まで。

 

受付嬢がどこか空回りする性格であったのはそのためであった。

自分はギルド職員である。秩序を守る側の人間なのだ。

だから、ここで飢えて倒れることは許されていない。

最低限の配給が、郵便を通じて送られている。

受付嬢は罪悪感に身を切られながら、毎夜、幾度も幾度も謝罪を述べたて、パンを一切れずつ口にしていた。

老人達はそれすら口にできず、それでも笑って生き、次の日には冷たくなっていることを知りながら。

一人が生きて行く分しか運ばれてこない、いやらしい配給の分量を恨みながら。

それでも食べなければ、生きてはいけないのだから。

食べることが罪であるとでも言わんばかりに。

 

青年が村の裏門を潜った。

ギルド支部が封鎖する、危険区域につながる門だ。

 

受付嬢が力いっぱいに鐘を振った。

戦いに赴く背へと、澄んだ鐘の音がなる。

それは死出の旅路である。

祝福の鐘となるか、あるいは弔いの鐘となるか。

 

 

「ハンターが出発します……ハンターが出発します……!」

 

 

これで青年が死なば、巨大な狼の情報は確定情報であるとして、ギルドから補助金と人員が派遣されるだろう。

そう、強さを求め敵を欲する狩人達が。

だがそれもまた、一時の飢えの凌ぎにしかならない。

行くも死、引くも死ならば。

 

青年の背後で、女が崩れ落ち、己の罪深さに咽び泣く声が聞こえた。

 

嗚呼、ハンターが行く……。

 

人の意地をその背に背負って。

 

 

 


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