「こんにちは。小傘屋の店主ですが、ご注文の品をお届けにまいりました」
「・・・・・・」
「あの、サインを頂きたく・・・・・・」
「・・・・・・くかー」
「あの、ホンさん? 起きてくれませんか? ホンさん、ホンさーん」
「すぴー・・・・・・もう後五分ぬはぁ!? どこからかナイフが! ナイフが! 痛い!」
「おはようございます、ホンさん」
「あー、おはようございます、傘屋さん。あはは、お見苦しい所をお見せしちゃいまして、申し訳ないです」
「いえいえ、咲夜さんも大変ですね」
「ちょ、痛い! ナイフ文ですか、これ!? 『そうなんですよ。中国が役立たずで』とか書いてありますし!」
「はは、お二人とも本当に仲が良いようで。ホンさんと咲夜さんを見ていると、少し羨ましく感じてしまいますよ」
「ホン・・・・・・さん・・・・・・? え、誰ですか?」
「えっ?」
「・・・・・・あ! あ、あーあー! 私のことですね! あ、あはは! そうそう、私の名前、ほんめーりんっていうんですよ!
あはは、もう本名で呼ばれなくなって何年も経ちますから、忘れちゃってましたよー。あはは、あはははは、はは・・・・・・あうう」
「ええと、ほ、ほら、飴ありますよ? 甘いですよー美味しいですよー。ほら、口開けて」
「あうう、いただきます・・・・・・あむ」
「どうですか?」
「おいひいれふー。うう、もう私の味方は傘屋さんだけですよー」
「そんなことはないですよ。紅魔館の皆さんは、みんなホンさんのことが大好きですよ。さ、ナイフが刺さったところを見せて」
「あ、こんなの直ぐになおりますから、大丈夫ですよ」
「駄目ですよ。頭の傷は、油断しちゃいけません。痛くしませんから、あまり動かないでくださいね」
「あ、あう、あう・・・・・・あ、あのもう大丈夫ですから! そ、そんなに優しく撫でないでくださいよー!」
「本当にもう傷が塞がってる・・・・・・解ってはいるつもりでしたけど、やっぱり妖怪の皆さん方はすごいなあ」
「うわーうわー、顔が熱いですよもう。この人のこういう所が、お嬢様が夢中になる所なんだろうなー。あ、どうぞどうぞ傘屋さん、遠慮せず中に入ってくださいな。
お嬢様が首を長くして待ってますから。お仕事頑張ってくださいねー」
「ありがとうございます。ホンさんも門番のお勤め、頑張ってくださいね。はい、もう一つ飴をどうぞ」
「わーい、ありがとうございます! はー、飴ちゃんおいひー」
「・・・・・・遅い! いつまで中国と喋っているの! 人間の分際で、このレミリア・スカーレットを待たせるなんて、覚悟は出来ていて?」
「それは・・・・・・申し訳ない。品物は出来次第、すぐにお届けに上がるのが筋だというのに」
「止めなさい。私の前に立つ者がそんな顔をするなんて、私の格が疑われるわ。でも、そうね、あなたには罰を与えましょう。
失態には罰を。それが筋というものでしょう?」
「仰る通りです、レミリアお嬢様」
「潔くてよろしい。でも減刑はしないわよ。あなたには罰を与えるわ。吸血鬼が執行する、世にも恐ろしい罰をね」
「はい。何なりと、罰を」
「では、まずはそこの椅子に掛けなさい」
「はい」
「膝を直角に。椅子に沿うように深く腰掛けなさい」
「はい」
「よいしょ、よいしょ、と」
「・・・・・・」
「あなたに与える罰を教えてあげる。そう、確か、石抱き責めというのかしら。膝の上に重りを乗せる罰よ」
「・・・・・・あの」
「くすくすくす、恐ろしいでしょう? でも許してあーげない! あはは! 泣いて許しを乞えば、気が変わるかもしれないわよ? ほら、言ってみなさいよ、ほらほら」
「あの、揺すらないで」
「罪人は黙りなさい。刑の執行中よ。まさかとは思うけれど、重いなんて泣きごとを言うんじゃないでしょうね? ああ、嫌だ嫌だ。人間は何て脆弱なんだろう。
こんな程度で重いなどと、重い、とか・・・・・・お、重くないわよね? ね?」
「むしろ羽のように軽いです」
「そ、そう。よかっ・・・・・・ふん! まだ根を上げないなんて、人間にしては中々やる奴だ。ではお前に、更なる屈辱を与えてやろう。
ああ、丁度ここに焼き立てのクッキーがある。これをお前に食べさせてやろう。おっと、勘違いするなよ、人間。これは罰なのだから。
お前にはこれを、手を使って食べることを禁ずるわ。そう、私がお前の口に詰め込むままに、お前はこれを食べなくてはならない。どう? 屈辱的でしょう?」
「ありがとうございます。それ、お嬢様が作ったんですか?」
「ええい、黙れと言ったのが解らないの? まだ無駄口を開く余力があるようね。いいわ、その口、塞いであげる。口を開けなさい」
「はい」
「もっと大きく。あーん」
「あーん」
「ん、これ、大きすぎるわね。喉に詰まらせないかしら・・・・・・小さく砕いて、と。さあ、自分の意思に反して食物を胃に詰め込まれる苦しみ、とくと味わうがいいわ!」
「わあ、これ美味しいですね。うん、美味しい。ほどよい甘みに、ちょっとだけ苦味が効いて、こりゃあ美味しいや」
「な、何度も言わないの! 刑の執行中よ!」
「すみません、お嬢様」
「ふん。まったく、小憎たらしい人間だこと。何よ、これじゃあやりづらいじゃないの。よいしょ、と、これでよし。
こうやって向き合っていた方がいいわね。うん、いい。さあ、まだまだあるわよ、どんどんいくわよ。覚悟することね」
「はい。もうちょっと大きく口を開けたほうがいいですか?」
「そうね、もっとあーん、てしなさい。あーん」
「はい。あーん」
「あーん」
「あーん・・・・・・って、フラン! あなたどうしてここに!」
「んー、それって扉のこと? 封印のこと?」
「両方!」
「封印なんてもう、意味ないでしょ。扉はきゅっとしてドッカーンってしたら、無くなっちゃった。あははー!」
「あなたは一々あの分厚い鉄門を壊さないと外出できないの? あれ一枚用意するのに、幾らかかるか知っていて?
だからあれほど、上の空き部屋を使いなさいと・・・・・・!」
「いいじゃないの。私に隠れて面白そうなことやってたんだし」
「これは、その、違うの! ば、罰なのよ! この思い上がった人間に、スカーレット家の家長として罰を与えていたの!」
「へー、罰だったんだ。じゃあお姉様、私と交代してよ」
「・・・・・・え?」
「いやいや、家長が手ずから罰を与えるとか、ダメでしょーもー。こういう汚れ役は私が変わってあげるから、ね。さー下りた下りたー、どーん!」
「きゃっ、押さないでよフラン!」
「んっふっふー。さー覚悟はいいかー傘屋よー。フランドール・スカーレットがお前に罰を与えるぞー」
「お手柔らかに、妹様」
「いい心がけだー。・・・・・・はむっ。はーふはへ」
「さあ喰らえ、と仰っているのですか?」
「く、口に咥えて直接・・・・・・マウス・ツー・マウス!? フラン、怖い子!」
「あの、あえて触れませんでしたけど、先ほどから咲夜さんがビデオを回し続けているのが気になるのですが」
「私の事は起きになさらずに。空気と思ってください。ささ、続きをどうぞ」
「んっふっふー。ふはへー」
「さ、さくやー! さくやー! フランが狂気に染まっちゃったよー!」
「大丈夫、問題ありません」
「だいじょぶくない!」
「へーい呼ばれてないのにこんにちは! 皆の魔女っ子魔理沙だぜ! おーっすレミリア、今日も魔道書借りに来たんだぜ」
「あああ、壁が、天井が・・・・・・! この黒白! 何度玄関から入ってこいと言わせるのよ! 魔道書もちゃんと返すならともかく、あんたのそれは強奪っていうのよ!」
「強奪だなんて、人聞きの悪い。借りてるだけだってば。永久にな!」
「なお悪いわ! そこになおりなさい。ねじ曲がった性根叩き直してやるわ!」
「お、傘屋じゃんか。レミリアの日傘届けに来てたのか?」
「と言いつつ膝に腰掛けようとするな! クッキーを食うな! そこは私の特等席だ!」
「やれやれだぜ。じゃあシンプルにこうしよう。勝負して、勝った方が王座に着く。それでいいだろ?」
「望むところ。弾幕ごっこで勝負よ!」
「あーあ、始めちゃった。黒白の相手はパチェリーの仕事だと思ってたけれど、出てこないのをみるとまた発作かな?
ねえ、お兄様。お願いしてもいい?」
「もちろん。俺みたいなのでも、パチェリーさんは側にいてくれると心強いと言ってくれましたし」
「あはは! そうね、きっとそう。おっと、そろそろ傘を差した方がいいわよ。こっちまで弾が飛んで来たわ」
「そうします」
「私が言うのもなんだけど、お兄様の能力、反則よね。『雨を防ぐ程度の能力』なんて、弾幕ごっこのルール上じゃあ、誰も突破できないじゃないの。
弾幕の雨だって、雨は雨よ。一発だろうと結果は同じ。全部防がれてしまう」
「こちらからは何の手出しも出来ませんけれど。まあ、一介の傘屋には過ぎた能力ですよ」
「欲がないったら。でも人間のまま妖怪と付き合おうなんて思ったら、そうやって心の肉を削ぎ落さないとだめなのかもね。
お兄様の血はすごくまずそうだけど、魂が綺麗なのは私にもわかるわ。だから皆、お兄様のこと好きになるのね。もちろん、私も」
「妹様?」
「あはは! さー! 私も弾幕ごっこ混ざるぞー。行くよー、きゅっとしてドッカーン!」
幻想郷に受け入れられた青年は、こうやって、騒がしくも面白おかしい一日を過ごしている。
紅魔館という吸血鬼姉妹の住処から帰宅中も、青年の笑みは途絶えることはない。
心の底から、楽しいと思えた。
こんな感情は、終ぞ向こうの世界で抱くことは出来なかった。
それが青年には、寂しく思えてならない。
過去を後悔する時に浮かぶのは、一人の少女の顔。
名前も知らない少女は、自分に傘を預けて消えてしまった。
彼女がどこへ行ってしまったのか、あれから方々を探して回ったが、見つかることはなかった。
青年は思う。
願わくば、彼女もまた自分のように、幸せそうに笑っていてくれたらいいな、と。
「お、降ってきたな」
急に泣き出した空に、薄紫の傘をぱんと広げる。
ぱらぱらと雨を弾く小気味の良い音を耳に、青年は満足そうに口元を緩めた。
ひょいと水溜りを避けながら、何処へなと歩いて行く青年を里の者が見たら、何と思うだろうか。
から傘お化け、とでも思うのかもしれない。
青年の掲げる傘に描かれた、大きな目玉模様が、ぎょろりと眼を向いたように見えた。描かれた口から、べろりと舌を伸ばしたように見えた。
眼が、口が、本当に幸せそうに、心底嬉しそうに、細められていた――――――ように、見えた。
幸せそうに、嬉しそうに、雨を弾きながら。
今日もまた、オンボロ傘は青年の肩にある。