11月5日リヴィ
20日ユノ
26日ブレンダン・誕生日
『黒白:12日目』
替えの服よし、パンツよし、歯ブラシよし、水と食料よし。全部よし、と。
我ながら旅支度も手慣れたもんだ。
おーい、ポチ。
準備できたかー。
「ルーワー」
何を抱えてるんだ・・・・・・と、そうか。
危ない危ない。
DVDプレーヤーとBOX一式を忘れるところだった。
ありがとな、忘れてたよ。
後は毎週録画予約をデッキに打ち込んで。ほい完成。
なんだ、ポチ。
その計画通りーみたいな悪い笑い顔は。
順調に染まりつつあると? 何にだよ。
気にするなってか。まあいいけどよ。
さ、もう忘れ物はないな。
戸締まりと火の用心だけして、アララギさん達にはあいさつはすませてあるから、よし、出発だ。
頼んだぞトゲキッス。
そらをと――――――どうした、ポチ?
急に石から出てきて。
何で入念なアップを始めちゃってるの?
そらをとぶなら自分の役目、だって?
ええー・・・・・・。
「ババババーニンガー! バーニンガぁ!」
うるせえ。
ええい、泣くなうっとうしい。
袖を噛むなよお馬鹿たり。
伸びる伸びる。袖が伸びる。
よだれが染みて冷たくなってきたんですけど。
そろそろ離してくれませんかねえ。
ぐぎぎ、じゃねえよ。
背中に乗るまで離さねえって、バカか。
お前は何と戦ってるんだ。
離せってコラ。離しやがれ。離せ。
・・・・・・クロイのからてチョーップ。
「キャン、キャン、キャイン!」
うるせえ。
いわくだき要らずのローキックじゃなかっただけありがたいと思え。
お前に乗らないっていうのはな、何も意地悪して言ってるんじゃないぞ。
『そらをとぶ』っていう技がどういうものか、お前知らないだろ。
体の仕組みから空を飛べるポケモンっていうのは、無数に存在してる。
羽が生えてる奴は大抵が空を飛べるさ。
でもそれで人を乗せて飛べるか、っていうのなら、話は別だ。
ポケモンの馬力が足らないとか、そういうことを言ってるんじゃない。むしろ逆だ。
人間の方が耐えられないんだ。
マッハで空を飛ぶ奴なんかザラに居るんだぜ。
俺のガブリアスもそうだな。
そんなのの上に跨ってみろ。空気抵抗とかで吹っ飛ぶっつーの。
そこで、だ。人を乗せるために安全な気流操作や速度調整をポケモンに覚えさせるのが、『そらをとぶ』って技なんだ。
身体の仕組みとして音速超えちまうような奴らには、それでも無理なんだけどな。
ポケモンにとって自分の力を制限させる難易度の高い技だ。当然、乗る方にだって技術が必要で。
各地のジムリーダーが挑戦者の力量を見て、十分にポケモンを使いこなしてるなってのを判断して、レクチャーした後に市役所に登録して、そこで初めて使えるようになると。
ジムバッチが免許替りってことだな。
おわかりか?
「ニンガー?」
それでも乗ってる奴はいるだろう、ってまあ、そうだけどよ。
昔は俺もガブリアスに跨ってブイブイいわしてたけどさ。無免許ならぬ無バッジで。
あの時は悪の秘密結社だか何だかと一戦やらかしててな。奴ら各地で面倒事を起こすもんだから、ちんたら飛んでたら間に合わないんだよ。
そらをとぶは遅いんだよね。
でも今の俺にはもう、フウロみたいな度胸は無いよ。
いや本当本当。
10代の頃みたいな無茶はしません出来ません。
身体硬いし。
怪我怖いし。
お金ないし。
もてないし。
「バーニンガ・・・・・・」
そんな顔をしても駄目なものは駄目だ。
駄目だって。
駄目だったら。
「・・・・・・シュボ」
ぐ、くっ。
ゆ、ゆっくり、飛ぶんだったら、乗ってやっても・・・・・・いい、こともなくは、ない、ぞ。
ええい、解った解った、俺の負けだ。
乗せてってくれ。
一緒に行こうぜ。
「ルーワ! ルーワ!」
そんなにすりよるなって。
ほら背中に乗るから、もそっと頭下げろ。
いいか、くれぐれも安全運転、安全速度で頼むぞ。
はいはい、尻尾ふらなくていいから。ぼうぎょが下がる。
よっこらせ。
・・・・・・あれ?
なあ、何かお前の尻尾、ジェット機のエンジンみたく赤くなってるんだけど。
「モ エ ル ー ワ !」
おい、待て、待ってくれ。
それ以上シュインシュインいわすな。
そんなに漲らせなくてもいいい。
止めろよ。
止めろって。
頼むから。
いや、前振りじゃねえよこのや――――――。
「バーニン・・・・・・ガッ!」
ろ、う――――――ッ!
ちょ、地面遠――――――! 空高――――――!?
「ガガガッ、ガガガ、バーニンガー。ガガッ、ガガガガ、バーニンガー」
ゆうしゃお――――――!
はや――――――やめ――――――!
息が――――――!
「ルールル、ルルル、ルールル、ルルル、ワーワーワーワーワーワワー」
てつこ――――――!
あ、やば――――――。
これ、もう――――――。
し――――――ぬ――――――。
空気が口に入ってしゃべれな――――――。
「バーニンッ!」
あばばばばっばばばばばあばば――――――。
■ □ ■
そのひ。
そらにひとすじのりゅうせいがひかり、せかいのてんきがかわった。
ひとびとはそらをみあげ、イッシュにつたわるでんせつのドラゴンポケモン、レシラムのふっかつをかんじたという。
あらたなるえいゆうのしゅつげんを、だれもがきぼうをむねに、まちのぞんでいた。
シキミの手記・149ページ。
いい感じのネタを思いついたらカキコするの章。
タチネコ考察欄より抜粋。
■ □ ■
うおお、しぬぅぅぁぁあああ!!
ぬううおおおおあああ落ちてたまるくぁぁああああ!
握力が、握力がっ!?
「ルールル、ルールル!」
てめぇポチィィァアアア!
後で覚えてやがれあああ息があ、あ、あ、あ――――――。
ぬるぽ――――――。
「ガッ!」
――――――クロイは、めのまえが、まっくらになった!
『黒白:13日目』
クロイのカラテチョーップ。
カラテチョーップ。
カラテチョーップ。
ローキィーック。
にどげりー。
かわらわりゃあー。
「キャン、キャン、キャイン!」
お前何なの?
馬鹿なの?
ポチなの?
死ぬの?
あんだけゆっくり飛べって言っただろ。
それがどうして光速を超えてマッハでかっとんじゃってんだよ。
かっとべマグナムー、じゃねえよ気持ちよさそうにしてやがって。
トルネード中マジで俺は死にそうだったんだぞ。
特注のコート着てなかったら空気抵抗で即死だったっての。
まったく。
「ニンガ・・・・・・?」
いいよ、もう。
怒ってないよ。
「ルーワー!」
こここ、この馬鹿犬!
嬉しそうにして、調子に乗るんじゃないぞ!
勘違いするなよ! これ以上話を続けたら、誰かに見つかっちまうからであってな・・・・・・。
こら、なんだそのにやけ顔は。お前絶対何か勘違いしてるだろポチ。
ほれ、さっさと軽石に戻りやがれ。
まったく、よりによってリーグの入口なんかに着けやがって。
「よおーッス! 未来のチャンピオン、じゃなかった。へへ、ジム時代の癖が抜けなくってね。では新ためまして。
ここはチャンピオンリーグ。純粋に強さのみを示す場所・・・・・・」
ほら、ガイドさん来ちゃったよ。
すんませーん、ジャガ市長からの依頼で派遣された者なんですけども。
「挑戦者よ! 己の力を証明するために、四天王へと挑むがいい! 彼等を打倒したその時にこそ、王者への道は拓かれるだろう!」
聞いてねえよこの人。
目がヤベェ。
チェレンと同じ臭いがしやがる。
「一度足を踏み入れたら、勝ち残るか、敗北するかまで二度と出ることは適わない。覚悟はいいか?」
いや、だからさあ。
カッコイイBGMとか要らないから。
鳴らすなって。
賑やかしは要らないんだってば。スピーカを止めろ。
「へへ、どうだい? 俺のスピーチ、中々良かったろ。寝ずに考えたんだぜ。
実はさ、今日が俺がここに配属されて初めての出勤日なんだよ。だから、初めて見送るトレーナーは、兄ちゃんなんだな。
おいしい水をやることは出来ないけどよ、応援してるぜ兄ちゃん!」
いや、だから。
ああ断り難いなあ。違うんだってのに。
そんな背中押さないで、ゲート潜ったら自動登録されちゃうって。
あー・・・・・・やっちまったよ。
「じゃあな未来のチャンピオン。武運を祈る!」
あはは、がんばります・・・・・・。
あちゃー、鉄格子上がっちゃったよ。もう戻れないぞ、これ。
トレーナーカードに内蔵されたチップが記録する個人情報。
そいつがリーグに足を踏み入れた瞬間に、リーグ挑戦に同意したとみなされ、ソウリュウの市役所経由で国のデータベースに送られる。
入口のガイドさんが言ってた二度と戻れないっていうのは、ここまで来て試合放棄したらトレーナー資格を破棄するぞ、という遠回しな脅しでもあるのだ。
それはイコール、数年間のポケモン所持禁止を言い渡されるのに等しい。
さもあらん。
トレーナーの頂点を決めるリーグでの戦闘データは、様々な分野に利用される。
次世代のトレーナー育成のためのデータ。
道具、わざマシンのアップデートのためのデータ。
この場に集うトップクラスのトレーナーのデータは、その全てが国益に直結しているのだ。
そして一番大きい比重を占めるのが・・・・・・軍事方面へのデータ流用である。
近年、隣国半島での国際情勢が、どうもキナ臭い。
俺は軍事衝突も時間の問題だと見ているが、さて。
ポケモンを生物資源であると捉えている国は、当然軍事力にもポケモンを利用していて。
だから国防の名目で、今最も求められているデータが、トップクラスのトレーナーに育てられたトップレベルのポケモンの戦闘データなのである。
そんな重要なデータ採取の場で、舐めたマネをしたら・・・・・・わかっているな?
と、そういうことなのだ。
押し切られてしまったが、俺の個人情報は既に送信されてしまっただろう。
俺が旅をしていた頃はトレーナーカードのチップ内蔵化は配備されてなかったから、殿堂入り辞退とか馬鹿なことが許されたんだけども。
前回はジャガさんの権力で挑戦記録を抹消してもらったが、今回はそうもいかないだろう。
リアルタイムでデータ送信されちゃったからな。
何でもかんでも自動化したらいいってもんじゃないなあ、本当。
仕方ない、適当に流すか。
奥の地質を見たいから、四天王は攻略しないとだな。
どうせアデクさんは居ないだろうし、チャンピオンとは後日再戦だとかなんだとかでうやむやに出来るだろ。
二度手間なのは我慢しよう。
とりあえず最初はアイツのとこにしようかな。
第一の塔へレッツラゴー。
「よく来たな、挑戦者よ・・・・・・」
ベルコンに乗せられたゴンドラに身を預け、らせん状に塔を登っていくことしばらく。
頂上にはライトに照らされたプロレスリングが。
その中心に、金髪の髪を短く刈り上げた、道着を身に着けた色黒の巨漢が、仁王立ちに背を向けていた。
「まず初めに俺を選んだこと、その勇気を褒めてやろう。だが、愚かな選択であったと言わざるを得まい。
何故ならば、お前のリーグ戦はこれが最初にして最後となるのだから。そう、この俺が終止符を打つのだからな!」
巨漢が振り向く。
突き付けられた指は、拳ダコで武骨に節くれ立っていた。
ポケモンに対してだけでなく、自身をも厳しく鍛え上げるのは、かくとうタイプ使いによく見られる傾向である。
ポリシーがあるというのは素晴らしいものだ。
俺なんか弱点突かれるのが怖くてタイプをバラバラにしてあるし。
まあ、それくらい度胸がないと、四天王は務まらないということか。
よしんばジムリーダーなんて。
土台無理な話だったのさ。
「掛かってくるがいい! 挑戦、者・・・・・・よ・・・・・・」
おいーッス、レンブ。
ひさしぶりだなあ。俺のこと覚えてる?
「お、おま、おまままま、おま、お前、お前は!」
おいおい、四天王だろ。もっとはっきり喋れよ。
なんだよ、そんなに震えて。
「お前は、クロイ――――――!」
おう、クロイさんだぞ。
最後に会ったのはリーグが移ってすぐ頃だったから、5年振りか。
いやあ、全然変わってないなお前さん。
相変わらず頭頂部がお寂しいようで。
「これはそういう髪型なのだ! いやそんなことはいい! お前が何故ここにいる!?」
いやー、聞いてくれよー。
ジャガさんから地質調査頼まれちゃってさー。
「嘘を吐け! 貴様リーグ戦は参加しないのではなかったか!」
それがさ、不手際で自動登録されちゃって。
登録取り消しの手続きするのも面倒だし、後でなんかかんか言われるより適当に流しておいたほうがいいかなと。
たぶんすぐ終わるでしょ。
「すぐ終わる、だと? 俺を舐めるのも大概にしろよ。貴様に敗北して以来、俺は己を律し、鍛え上げて来たのだ。俺はもはや、あの時の俺ではない!」
あー、懐かしいなあ。
実はレンブ達とは既に対戦済みだったりする。
リーグが移される際、新四天王の実力を計って欲しいとアデクさんに連れられ、リーグさながらの総当たり戦をやらされていたのであった。
以下、5年前のダイジェスト。
クロイ『トゲキッス、エアスラッシュ×7(がんじょう分込み)だ!』 レンブ『ぐわわーっ!』
クロイ『トゲキィーッス! はどうだん×6!』 ギーなんとか『アッ――――――!』
クロイ『エアスラエアスラ×6』 アデク『やめろォ!』
以上回想終わり。
トゲキッス無双余裕だった。
四天王は犠牲になったのだ・・・・・・税金対策という名の犠牲にな・・・・・・。
後の二人はバトルよりも個性の方が強かったからなあ。そっちばかり印象に残ってて、バトル内容は覚えてないや。
実際問題、ジムリーダーや四天王になってしまったトレーナーは国家公務員扱いとなり、バトル相手を探すのに不自由するという。
ジムリーダーは別だが、四天王ともなると厳密なバトル管理がされ、私的なバトルは後で厳重注意をされてしまうとか何とか。
それは彼等の扱うポケモンの飼育費や旅費や道具代、バトルデータの解析などが税金でもって賄われているからである。
誰だって自分たちの払った税金が、アデクさんのように好き勝手全国を歩き回ってるチャンピオン達の飲み食い代に使われているなどと知っては、いい顔をしないだろう。
そもそもイッシュ地方は世界有数の遺跡埋没地域で、遺跡保護のために金を使わされまくってて、財政が火炎車なんだし。
お金の問題では非常にシビアな地域なのだ。
ジムリーダーやチャンピオン達の品格をも問われる時代である。
マスコミに誘導された世間のパッシングを受けたら、イッシュリーグはもうお終いだ。
本当、アデクさんは何をしているのやら。
そうして、四天王達のストレス解消と戦力維持のため、俺のようなフリーでいて四天王に迫る実力を持った、そして勝敗に興味の無いトレーナーくずれが“サンドバック”として呼ばれるのだとか。
ようは、体のいい練習台である。
腕が鈍らないよう対戦相手を招集するのでさえ、四天王クラスに適うトレーナーともなると、謝礼金が数百万から千万単位でかかるとか。
恩だか借りだとかでロハで戦ってくれる骨のある奴がいたら、それほど便利な奴はないだろうさ。
呼ばれる方はたまったものではないのだけれど。
「ギーマなど、お前に負けて寝込んでしまったのだぞ! 今ですらあいつは貴様の悪夢にうなされることがあると言っていた!」
ギー、誰?
え、そんな奴居たっけ?
そんな酷いことした記憶はないんだけどなあ。
なんだろう。
完全試合しちゃったとかかな。
「ギーマ・・・・・・不憫な奴。ええい、ゆくぞクロイ! ギーマの仇だ! そして俺の雪辱を晴らすために! うおおおお!」
あー、やっぱりやる気なのね。暑苦しい奴だなあ。
適当に負けてやるつもりだったんだけど、まあ、ねえ。
しゃんがね、頼んだぞトゲキッス。
「とげきーっす!」
はは、お前はいつも可愛いなあ。
「とげきっすー?」
え? もう本気を出してもいいのかって?
あ、そうか、俺の言い付けを守ってたのか。あいつに貸してた時から、俺の許可なく本気出すなって言い含めてあったもんな。
よし、いいぞ。おもっきりかましてやれ。
「チョッギッ、プルルルリリィィィィィィイイ・・・・・・!」
おおう、やる気が顔に現れてるな。
カミソリの刃のような鋭い目付き。
猛禽類の翼のようなまゆ毛。
うんうん、お前はいつも凛々しいなあ。
「おい待て、何だそいつの顔は。本当にあの時のトゲキッスなのか? いや、それは本当にトゲキッスなのか!?」
何って、どこからどう見てもトゲキッスだろうが。
あ、そうか。たぶんこれのせいで印象が変わったんだな。
ほら、首のとこにスカーフが巻いてあるだろ?
俺のトゲキッスはさ、本気出す時はこれを巻くんだ。
今日は久しぶりに本気を出せるもんだから、すごい気合入ってるんだよ、きっと。
「確かにあの時にはそんなものは・・・・・・ならば本気ではなかったと・・・・・・。いやそんなことはどうでもいい!」
「チョッギッ、プルルルリリィィィィィィイイ・・・・・・」
「そんなトゲキッスがいてたまるか! なぜ急にまゆ毛が生えた! 何処の暗殺者だそいつは!」
「チョッギッ、プルルルリリィィィィィィイイ・・・・・・」
「Gか、Gなのか!?」
「チョッギッ、プルルルリリィィィィィィイイ・・・・・・」
「うるさい!」
お前がうるせえよこの野郎。俺の台詞を取るんじゃない。
暗殺者て。
確かに後ろに立たれるのを極端に嫌うけども、それ以外は普通だぜ?
なあ、トゲキッス。
頭頂部オレンの実が何か言ってるけど気にするなよ。
「ぐっ、俺は負けん、負けんぞ! 貴様にだけは絶対に! うおおおおおお!」
「チョッギッ、プルルルリリィィィィィィイイ・・・・・・」
そーれ、エアスラーッシュ。
ひるめーひるめー。
■ □ ■
結果?
言わずもがな、ということで。
こんな調子でトントン拍子に二人目も撃破したのであった、と。
は? ギー・・・・・・誰?
ええと、あー・・・・・・ああ! あの影の薄い奴!
俺が顔見せた途端に悲鳴上げてくれちゃってもう、失礼な。
うん、あいつね。
あいつは、うーん・・・・・・正直、影が薄すぎて印象が・・・・・・。
あ、いや、うん。そうそう、誰も居なかったんだよ!
不戦勝だったんだ、そう、不戦勝。
うん、ギーマなんて居なかった。
はっはっは、いやあラッキーだったなあ! はっはっはっは!
勝因?
そうだなあ、うーん。
「チョッギッ、プルルルリリィィィィィィイイ・・・・・・」
ああ、トゲキッス、お前の言う通りだよ。
10%の才能と20%の努力、30%の臆病さと、残り40%は運だ、ってね。
こんなところでいいかな?
「はい、取材へのご協力、ありがとうございました」
あやや、と手帳片手に笑うゴチム調の服を着た女性。
ゴスロリというのだろうか。
おかっぱに切られた紫色の髪に、赤いツーポイントのメガネが良く似合っている。
「助かりましたよー。実は最近、ネタに困っていまして。おかげで良い記事が書けそうです」
いえいえ、シキミ先生のお力添えが出来て光栄です。
「あ、あはは。シキミ先生だなんて、もう、恥ずかしいから止めてくださいよクロイさん」
そんな謙遜しなくても。
しかし、あの時はまだ駆けだしの無名作家だったってのに、今となっちゃあ先生だなんて呼ばれるくらいになっちゃって。
ファン第一号として鼻が高いよ。
でも何で雑誌のコラム枠なんてやってるのさ。
そんなことしなくても、君は本を出してるじゃないか。
作家業一本に絞ってないのか?
「あはは、印税だけで食べていけたらいいんですけどね・・・・・・。四天王の本だから、っていう理由で買われるのが嫌だから、名前を変えて出版してるんです。
だから言うほど売れてないんですよ、私の本。リーグでのお給料は全部取材費や資料費にあててしまっていますから、流石にそういうのを経費で落とすわけにもいきませんし。
その、私たちのお給料って、普通のジム公務員の方々よりもほんの少し上なくらいで、だから作家を兼業したいなら色々手を出さないと・・・・・・」
世知辛いな・・・・・・。
ごめんな、俺が悪かったよ。
辛いこと聞いちゃったな。
「いえいえそんな! 辛くても全部自分で選んだ道ですから」
その台詞、アデクさんに聞かせてやりたいよ本当。
でも羨ましいな。
そうやって一心に打ち込める何かがあるって、尊敬するよ。
「そんなに凄い事じゃないですよ。それに、好きなことや趣味を仕事にするのって、無理矢理やらされてるみたいで結局、嫌になっちゃいますから。
私も何度筆を折ろうと思った事か。
担当さんにはさっさと原稿を上げろと急かされ、読者さん達には展開を読まれなおかつそれをご親切にも報告され、自分の納得のいくクオリティになるまで書直したいのに〆切りは容赦なく迫り・・・・・・。
そんなくじけそうな時に私を支えてくれたのが、これなんです。これのおかげで、私は今までやってこれたんですよ」
これって、この手記のこと?
中身を見てもいいかな?
「はい、どうぞ。とは言っても、それは私のじゃないんですけれども。この道でやっていけるのかどうか迷っていた頃に、お恥ずかしながら自分探しの旅に行ったことがありまして。
旅行中、サザナミタウンに立ち寄った時、そこで拾ったものなんです。交番に届けようにも、名前らしいものがどこにもありませんでしたし。あったのはペンネームだけで」
サザナミ、ねえ。
とにかく中身を見てみようか。
ええと、なになに。
『アナタの胸にダイビング出来ない、おくびょうなワ・タ・シ。
ねえ、いつになったらワタシをフリーフォールしてくれるの? 待ちきれないKOKOROはちきれそう・・・・・・』
・・・・・・あいたたたー。
なんだこれ。
一行目から凄まじい破壊力なんだが。
やべえ、二ページ目を見たら間違いなくひんしになる。
一体これの何処に勇気付けられたと。
ラフレシア臭がぷんぷんするんだけども。
「そんな、こんなにも素敵な描写ばかりなのに、クロイさんはこの踊るように綴られた文章に何も感じないんですか!?
私は感じましたね! KOKOROのTOKIMEKIを!」
やめろ。
君それ状態異常だよ。
KONNRANしてるよ。
「『ねえアナタ、いったいいつワタシにメロメロをかけたの? ううん、わかってる。それはワタシたちが出会った初めてのTURN。小指から伸びた赤い糸の先、アナタに繋がっていたらいいな』
っていうこの一文なんかもう、ポケモンへの愛が溢れていなければ書けませんよ! もちろん、知識も。シンシアさんはきっと心が純粋で、可憐で聡明な人に違いありません!」
うへえ・・・・・・シンシア?
ああ、この手記の持ち主が書いたペンネームか。
待てよ、シンシアだって?
サザナミ・・・・・・シンシア・・・・・・ポケモンに詳しい・・・・・・。
・・・・・・うわぁ。
俺、すっごい心当たりあるわ。
「ほ、本当ですか!? お願いです、私をその人の所へ」
悪いけど、そいつはやめといたほうがいいと思うよ。
ポエム帳拾ったのは何年も前のことだろ?
そんな長い間、自分の胸の内をしたためた文を勝手に読まれてたなんて知れたら、俺だったらいい気はしないわな。
それに本職の人が頭下げに来ちゃったらもう、気まずくってどうしたらいいか解んなくなっちゃうよ。
これが俺の知ってる奴の物かどうかも確かじゃないんだしさ。
だからこれ、俺に預けてくれないかね?
ちゃんとシンシアに届けてあげるから。悪いようにはしないから、さ。
「・・・・・・はい。貴方がそう言うのなら、お任せします。でもせめて、手紙だけでも」
もちろん。
きっとシンシアも泣くほど喜ぶぞ。泣くほどな・・・・・・。
じゃあこいつは俺が預かっておくとして。
次回作も頑張ってくれよ、シキミ先生。
楽しみにしてるからさ。
「あ・・・・・・はい! ありがとうございます!」
出来ればこの前発売した本の背表紙にサインをだね。
「わわ! 私のサインなんかでよければ、喜んで」
そんなこんなで。
照れながらも自分が出版した本にサインをしている彼女が三人目の四天王、シキミなのであった。
戦闘は特に描写することもなく、つつがなく終りましたよ、と。
げきりんぶっぱでね。
ゴーストポケモンはトリッキーな奴が多いから、ゴリ押しに頼ることになっちゃったんだよなあ。
「そういえばクロイさん、いきなりバトル始めちゃって聞いていませんでしたけれど、今日はどうしてリーグに?」
うん、ジャガさんからの依頼があってね。
地下地盤の調査に来たんだけど、アデクさんいないみたいだし、どうしようかなあと。
あー、アデクさん本当どこ居るんだろう。
あの人の放浪癖はどうにかならないもんかね。
「アデクさんに会いに・・・・・・師匠と弟子・・・・・・」
バトルじゃなくて、人生哲学の師匠だけどね。
戦う哲学者っていうか、天狗っていうか。
何だかんだで憎めないんだよなあ、あの人。
不思議な魅力がある人だよ。
皆アデクさんを慕っていて、だからあの人の周りには人が集まるんだよな。
俺もあの人のことが好きだから、ロハで働いてやろうかなって気になるんだし。
「好き・・・・・・!?」
それで・・・・・・あれ?
おーい、シキミ?
どうしたよ、息が荒いぞ。
「はぁはぁ・・・・・・はぁはぁ」
「ハァハァ・・・・・・ハァハァ」
ポチ、お前もか。
しばらく静かにしていたと思ったらお前は。
シキミも、君よだれ凄いぞ。
「おや失敬。うふ、うふふ、うふふふふふふ! じゅるりじゅるじゅる!」
「ジュルリジュルジュル!」
何か軽石がべにょべにょになって来たんだけども。
気のせいかな。
心なしか室内の空気が重苦しくなってきたような。
「求めあう二人・・・・・・禁断の関係・・・・・・好きですアデク師匠、わしもお前を愛しているぞクロイ・・・・・・ぶつかり合う筋肉、飛び散る汗、漏れ出る苦悶の声!」
「モエルーワ!」
「フレッシュハム! 餡かけチャーハン!」
「ホイホイチャーハン!」
なんだそれはやめろ。
ポチのクロスフレイム! じゃねえよ!
「キタコレ! これで勝つる! 次の即売会はもらった! お・お・お、天界におわしますテトリス神よ・・・・・・今こそ我に力を!」
「凹凸! 凹凸!」
腕を上下させるな!
お前らが何を言っているのか一個も解らねえよ!
いやだよ! 合体はしねえよ!
俺のは排出機能しか備わってないよ!
やめて脳内クロイに無理させないで!
おい、ペンを執るなよ。お前は一体何の作家なんだよ!
物書きさんだろうが何で漫画絵を描いてるんだよ!
無理だって! 入らないってば!
らめぇぇ!
「クロイ×アデク! クロイ×アデク! ひゃっはー! モエテきとぅわああああ!」
「ヒャッハー! ソリャモエ・・・・・・ネーワ」
「抜き刺し抜き刺し、もっと磨いて腐らせないと・・・・・・!」
「ネーワ」
う、うおお、うおおおお!
喰らえりゃあ、ロケットずつきぃいあああ!
「ぐはあ! お、おのれ条例の回し者め・・・・・・!
だがここで私が倒れても、第二第三の女子達が世界のどこかで腐っていくだろう・・・・・・覚えておくがいい! がくり」
ぜぇぜぇ・・・・・・な、なんだったんだこいつは。
まともな子だと思ったのに、とんだダークホースだよ。
ううっ、四天王怖いよう・・・・・・。
こんなのが未だあと一人残ってるのか。
「ネーワ」
お前はどうしたポチ。
さっきまでご機嫌だったてのに、何でそんなに怒ってるんだよ。
はあ? シキミは間違っている、それは逆だ、って? 何が言いたいんだよ。
こら、急に石から出て来るな。
クロスファイアとかするんじゃない。そして俺を指差すな。
何だよ。
アデク、クロスファイア、クロイ・・・・・・だと?
・・・・・・アデク×クロイと言いたいのかお前は。
順番が違うだけだろ、さっきと同じじゃないのか。
溜息を吐いて、こいつわかってないな、みたいな顔をするな。
初めに言っておくがな、ポチ。
俺が冷静でいられるのは、お前が馬鹿なこと言いださない間だけだからな。
だから、もう一度だけ聞いてやる。
ちゃんと考えて話せよ。
俺が、何だって?
「ヘタレウケルーワ!」
うるせええええええ!
自信満々な顔して肩に手を置くな親指立てるなウインクするな!
俺は俺の尊厳を守るために貴様と戦わなければならないようだなあ、ポチィイイイ!
喰らえりゃあ、インファイトォオオオオ!
ポケモン世界には小6大人法という公式設定があってじゃな?
その辺は、公式小説版ポケットモンスターを読んでもらえたらよくわかると思うんじゃが。
その、サトシ君の家庭環境とかがじゃな?
割と笑えなくてじゃな?
それがポケモン世界じゃ普通だからみんな別に気にしてないんだぜあははーみたいな感じでじゃな?
割と設定がガチで、ノシ棒びびる