ノシ棒:短編集(ポケモン追加)   作:ノシ棒

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魔法少女マジか☆マミさん1

結末から語ろう。

ある男の死と、一つの世界の終焉の話だ。

 

我城壮一郎――――――という男がいた。

見てくれは普通の中年男性である。中肉中背、特に羅列するべき事柄は無い。強いてあげるとするならば、お人好しのきらいがあることぐらいだろう。そんな、何所にでもいるような男であった。

ただ一点のみを除いては。

 

壮一郎は、魔力に干渉することが出来るという、特異な能力を有していた。

より詳しく言うならば、『魔法少女』の保有する――――――否、魔法少女がその最後の瞬間、呪いと共に世界へと撒き散らした魔力を、自身と周囲の魔法少女に還元する能力を有していたのである。

魔法少女のように、その発生の瞬間の希望を以て奇跡を起こすことは出来ないが、世界に澱のように沈んだ呪いの汚泥から、事象を修正することを可能としていたのだ。

 

 

「有り得ざる現象を引き起こす、という観点から見れば、彼の事象修正も同じかもしれないね」

 

 

そう言ったのは、魔法少女らから『きゅうべえ』と呼ばれる、ただの少女に力を与えて奇跡の代価に魔法少女へと変ずる、白い獣だった。

 

なるほど、と暁美ほむらは頷く。

ベクトルは違えども、同一の力を使っているのだ。本当に可能性ゼロの無から有を産み出す奇跡よりも、不可能であると思われる可能性を実現させることくらいの方が、よほど現実的に思えた。魔法少女が現実的などと言うのも、おかしな話ではあるが。

ほむらも壮一郎が事象修正を行うのを何度か目撃している。

その一つが魔法少女の魔力の源、魂の結晶たる『ソウルジェム』の再生だったのだから、憎いきゅうべえの言にも頷く以外ない。

 

きゅうべえから壮一郎の力の仮定を初めて聞いた時、ほむらは笑いが止まらなかった。

きゅうべえ“達”がせっせと溜めた呪いのエネルギーを、我が物顔で横取りする男。それも、無自覚に。いくらきゅうべえが止めてくれと可愛らしく懇願しようが、壮一郎自身も理解不能の能力なのである。止めようと思って止められるものではない。

結果、針で空けられた穴から風船の空気が抜けていくように、エネルギーは消費される一方だ。

出所が魔法少女のように自分自身ではなく、世界にプールされたエネルギーであるのだから、それはきゅうべえも白い顔をいっそう白くさせたに違いない。

彼等には苦々しく思う感情自体が無いのだが、ほむらには「しまった!」とほぞを噛んでいるように見えた。

それが自己願望の投影であると解っていても、ほむらは笑うのを止められなかった。

 

ざまあみろ。

そう思った。

きゅうべえの企みは防がれたのだ。

そう思った。

私たちには、私には、今度こそ――――――。

そう思った。

魔法で幾度となく時を駆けたほむらは、「今度こそ上手くいくかもしれない」と希望を胸に強く抱いた。

世界に保存されていたエネルギーを扱う以上、壮一郎の奇跡の御業は、有限であるということも忘れて。

 

万能に思えた壮一郎の能力も、万能ではなかっただけの話だ。

事象修正は、ひどくエネルギー効率の悪いものであったらしい。人類発祥以来、何千年ときゅうべえ達が溜めこんだエネルギーは、たったの一戦で全て失われた。

限界は直ぐに訪れた。

その結果が、これだ。

 

腕の中で力無く横たわる親友。

割れた植木鉢。

燃えて灰になった小さな人形の服。

赤く染まった水溜りに沈む壮一郎。

 

ここは、地獄だ。ほむらはぐっと唇を噛む。まだ私は、地獄にいるのだ。

いいや、そこがどこであろうと、何であろうと構わない。ただ、ただ戦い抜くのみ。失くした未来を、私はまた見ることが出来ると、そう信じて。

そっと親友の亡骸を横たえると、ほむらはゆらめいて、立ち上がった。

 

 

「世界が終わるね」

 

 

きゅうべえが言った。

 

 

「魔女と戦わなくていいのかい?」

 

 

ほむらは答えなかった。

時計盤を起動させる。

 

 

「なるほど、そういう事か。理解したよ。君は時の平行線からやってきた、来訪者だったわけだ」

 

 

ほむらは答えない。

口を開く代わりに、ほむらはきゅうべえと睨みつける。

 

 

「そんなに怒らないで欲しいな。奇跡の代りにエネルギーを提供してもらう。平等な取り引きじゃないか」

 

「黙りなさい・・・・・・!」

 

 

ほむらがようやっと口を開いた。

戯言に我慢がならないといった風だった。

腕の巨大な時計盤を模した盾から、大口径の拳銃を抜き放ち、小首を傾げるきゅうべえの二つの赤い瞳、その真ん中に据えた。

怒りで銃口が震え、定まらない。

 

 

「みんな、みんな、あなたに・・・・・・!」

 

「ああ、なるほど。地球が、というよりも人類が滅亡してしまうから、君は怒っているんだね。仕方ないよ。『まどか』は至上最強の魔法使いだったんだ。

 敵わなくて当然さ、それを君が責任に思う事はない。だから何の気兼ねなく、別の時間軸に行けばいい。うん、でも最後にお礼を言っておくべきかな。

 ありがとう。君たち魔法少女のおかげで、宇宙は救われた」

 

「お・・・・・・ま・・・・・・え・・・・・・が・・・・・・いうなああああああ――――――ッ!」

 

 

引き金を引く。

引き金を引く。

弾を撃ち尽くし、それでもなおトリガをガチガチと鳴らしながら、ほむらは絶叫した。

穴だらけになったきゅうべえが崩れ落ちても、まだ指は止まらない。

荒くなった息が落ち着くまで、ほむらはトリガを引き続けた。

 

 

「やれやれ。この話を聞いた魔法少女は、みんな君のような反応をするよ。願いを叶えてあげたのに、まったく、わけがわからないよ」

 

 

するり、と。

ほむらが冷静に戻ったのを見計らったか、肉片になったきゅうべえの影から、“きゅうべえ”が現れた。

はぐはぐ、と小さく咀嚼音を立てながら、きゅうべえはきゅうべえを食む。

その様子を、ほむらは驚くこともなく、忌々しげに睨み付けていた。

ほむらの左手の甲。ソウルジェムの一部が、どろりと黒く濁っていた。

期待が大きかった分、絶望もまた深い。

その格差が宇宙を支えるエネルギーとなるのだ。

最強の魔女が産まれてしまった以上、もはや自分程度のエネルギーなど必要もないのだろう。

きゅうべえはほむらのソウルジェムに見向きもしなかった。

予想通りの反応だった。

 

ほむらは懐から黒い石ころを取りだすと、それを手の甲に当てる。

親友に使うために隠し持っていたグリーフシードを、結局自分に使うことになった皮肉。悔しさにほむらは奥歯を噛んだ。

 

 

「そうだなあ、もって後三日、ってところかな」

 

 

頼んでもいないのに、きゅうべえは人類が残る存在の許された日数をカウントする。

それは正しいのだろう。

どおん、どおん、と次々に最新鋭戦闘機が撃墜される音が響いていた。

 

どおん、どおーん、どお――――――ん。

世界最後の魔女、救いの魔女が、生き残った人間に救いを与えるために奔走する足音が聞こえる。

どおん、どおおーん。

救いとは、苦しみを取り除くことだ。

皆が皆、悩みも無く、幸せに暮らせる世界につれていくこと。

それは何所か。

天国である。

即ち――――――。

 

 

「まどか――――――」

 

 

天を衝く巨体の魔女が、ぬうっと分厚い雲から顔を覗かせた。

ぎょろぎょろと救われぬ人間を探す巨大な瞳を、ほむらは見上げた。

ほむらは溢れそうになる涙をぐっと堪えた。

戦闘機が墜ちて来る。

時計盤が回転する――――――。

 

 

「行くんだね」

 

「行くわ」

 

「さようなら、暁美ほむら。次の時間軸じゃあ、仲良く出来ると良いね」

 

「未来永劫有り得ないわ」

 

「つれないなあ」

 

 

クスクス、クスクス――――――きゅうべえの笑い声が、時間の螺旋廻廊に響く。

戦闘機が爆裂四散するその数瞬前。

いつまでも止まないきゅうべえの笑い声を耳に、ほむらはこの時間軸から消えた。

クスクス、クスクス、クスクス、クスクス――――――。

喜びの感情など無いというのに。

きゅうべえはほむらが消えたその後も、ずうっと笑って“みせて”いた。

 

どおん、どおーん。

救いの魔女が、福音の鐘を鳴らす。

クスクス、クスクス。

きゅうべえが笑う。

 

きゅうべえはひとしきり笑った、さあて、とゆっくりと腰を上げた。

 

 

「じゃあ、はじめようか」

 

「はじめよう」

 

 

きゅうべえがそう言うと、きゅうべえがそう返した。

ぐるりと辺りを見渡すと、そこにはきゅうべえがいた。たくさん、たくさんいた。

たくさんのきゅうべえが、一斉に「はじめよう」と言った。

中心には、赤い水溜りに沈んだ壮一郎が居た。

わらわらと、たくさんのきゅうべえ達が、壮一郎に群がっていく。

 

 

「あれ?」

 

 

一斉にきゅうべえが首を傾げた。

 

 

「まだ生きてるんだ」

 

 

そうして、へえ、と一斉に感心した声を上げた。

 

 

「ご、ぼ・・・・・・ごぼっ、げ、ぼぉ・・・・・・!」

 

 

壮一郎が紅い水を吐き出す。

冷たい水温で、仮死状態にあったのだろう。戦闘機の爆発に吹き飛ばされたショックで、息を吹き返したようだ。

苦しそうに喘ぎ、咽込んでいる。

手足は冷たく凍えて動かない。

大量の血が流れ落ちていた。

息を吹き返したはいいが、これでは。

 

 

「おはよう、我城壮一郎」

 

「おはよう」

 

「おはよう」

 

「おはよう」

 

 

おはよう、おはよう。

全てのきゅうべえは壮一郎に優しくあいさつをした。

きゅうべえにとってはとても優しくしたつもりだったが、壮一郎は怯えた様子で悲鳴を噛み殺していた。

まったく、感情という奴は理解できないよ。

そう言って全てのきゅうべえは首を傾げた。

 

 

「く、くるな、来ないでくれぇ・・・・・・!」

 

「君はもうすぐ死ぬというのに、僕を怖がっている。理解できないよ。人間は死ぬのを一番怖がるはずだろう?」

 

「ひぃ・・・・・・」

 

「うん、その様子だと、解っているようだね。我城壮一郎、君はもうすぐ死ぬ。だから僕が君を再利用してあげるよ」

 

 

じり、ときゅうべえ達の輪が狭まる。

 

 

「やめろ・・・・・・よせ、近付くな。頼むから、来ないでくれ・・・・・・!」

 

「やれやれ。暁美ほむらにも言ったけれど、奇跡には対価が必要だ。それは当然のことだよ。君は多くの奇跡を起こしてきた。その対価を、ここで払ってもらうことにしよう」

 

 

輪が狭まる。

別のきゅうべえが、きゅうべえの言葉を引き継ぐ。

 

 

「まどかのおかげで宇宙は救われたけれど、エネルギーは有限なんだ。僕たちは次の滅びのために、備えなくてはいけない。

 認めよう、僕たちの魔法少女システムは穴があった。君という穴がね。だから僕たちは、君をシステムに取り込んで、改良を加えなくてはいけない」

 

「よせ、やめろ、来るな・・・・・・! 俺をどうするつもりだ・・・・・・!」

 

「言っただろう? 僕たちのシステムに取り込むって」

 

 

輪が狭まる。

先頭のきゅうべえが壮一郎の肩に足を掛けた。

あーん、ときゅうべえが口を開けた。

あーん、あーん、あーん・・・・・・。

次々と、きゅうべえ達が口を開ける。

壮一郎の顔が絶望に歪んだ。

 

 

「その表情、君は今、絶望しているね」

 

「でも残念だ。君ならば、と思ったけれど、魔法少女じゃあないんだから、それも当然か」

 

「さて、じゃあ僕達も始めようか。暁美ほむらのように別の世界軸へは行けないけれど、このまま、次の宇宙のために。

 次の感情を有する、知的生命体の宇宙のために――――――」

 

 

きゅうべえ達が次々と壮一郎の肩に足を掛け、言葉を落としていく。

 

 

「こういう時は人間は何て言うんだっけ」

 

「ああ、そうか」

 

「こう言うんだったね」

 

「それじゃあ」

 

 

一瞬の間。

壮一郎の脳裏に走馬灯が駆け巡る。

離職。植木鉢。飛頭蛮。人形。餡子。魔女。ヤクザ。拳銃。嵐――――――。

ああ、ああ、俺の人生は何だったというんだ。

 

 

「いただきます――――――」

 

 

きゅうべえが、きゅうべえが、きゅうべえが、きゅうべえが――――――。

たくさんのきゅうべえ達が、一斉に、壮一郎の身体に喰らい付いた。

 

はくはく、はくはく――――――。

 

死に体は既に痛覚は無く、何も感じない。

何も感じていないのに、どうしようもない程の喪失感がせり上がる。

 

 

「ああ、あああ、ああああああ・・・・・・」

 

 

喰われていく。失われていく。

視界いっぱいに、真っ赤なルビーの瞳が映された。

はくはく、はくはく。

視界が消えた。

 

 

「ううう、ああああ――――――ッ!」

 

 

耳が、喉が、あらゆる箇所が消えていく。

 

 

「安心しなよ。君は、僕達になるんだ。僕達インキュベーターにね」

 

 

どおーん。

どおおーん。

壮一郎が上げた最後の絶叫を聞き付けたのだろうか。福音の鐘が近付いていた。

 

 

 

 

 

 

◆ ◇ ◆

 

 

 

 

 

 

前も後ろも、時間の概念さえあやふやな闇の中。

壮一郎は怨嗟に喉を張り上げた。

しかし壮一郎の絶叫は迸ることは無かった。

手足の感覚も無い。

なるほど、ここはここは化物の腹の中というわけか。

何千という欠片に喰い千切られたはずだというのに、壮一郎の意識は分断せず、一つのままだった。

ほむらが言った奇跡、とやらが起きたのだろうか。

恐らくは、そうだろう。

これだけエネルギーに満ち満ちた宇宙だ。

散々に散った俺の意識を繋ぎとめるくらい、出来るだろうさ。

 

壮一郎は嗤う。

ははは、ははは。

世界は滅び、何もかもが消え果てた。

地球はお終いだ。

人間はお終いだ。

これが笑わずにいられるか。

ははは、ははは。

全ては無駄だったのだ。無為だったのだ。何もかも、無意味だったのだ。

ははは、ははは。

 

嗤って、嗤って、ああ、嗤い飽きた。

何だこれは。

何という悪夢だ。

ああ、ああ――――――こんな結末、認められるか。認めてたまるか。

 

壮一郎の意識が再び怨嗟を振り撒く装置となった、その瞬間のことだった。

何処までも続く虚――――――淵の見えぬ闇の中、一筋の閃光が射したのだ。

その光は温かな意思で壮一郎をそっと包みこんだ。

 

 

君は――――――どうして、君がここに?

 

 

壮一郎の失われた喉が震えた。

 

 

あらゆる世界を超え、あらゆる宇宙を超え、全ての魔女を、産まれる前に消し去ること。それが私の願いだから――――――。

 

 

光がそうっと、優しく輝いた。

音は無い。念による交信だった。

 

 

あらゆる宇宙を超えて――――――?

 

そう。あはは、まさか自分を救う事になるとは思わなかったけれど――――――。

 

 

宇宙、世界、時――――――光の中、壮一郎は全てを理解した。

後ろを振り返る。

自分達の宇宙が粉々になっていく。

 

 

あらゆる宇宙を超えて、魔法少女の最後を呪いで終らせないように、頑張ろうとしたんだけれど、どうしても救えない魔法少女がいるの――――――。

 

それは、君自身、だね――――――?

 

そう。始まりも終わりも無くなった私だけれど、だからかな、私自身の終わりは救えないんだ。それだけは――――――。

 

君は、それでよかったのか? それで満足したのか――――――?

 

うん。私の願いは叶ったんだから、だから私が絶望することだって、ないもの――――――。

 

そうか。ならおじさんは、何も言わないよ――――――。

 

ありがとう、おじさん。私の最後は救えないけれど、魔法少女の終わりに繋がったおじさんなら――――――。

 

いいや、結構。それにはおよばないよ――――――。

 

 

壮一郎の意思が、光の差し伸べる手を拒絶する。

現実世界で――――――きゅうべえ達の内、壮一郎の身体を喰んだ個体が、その動きを止めていた。

壮一郎は幾つもに解れた自分を知覚していた。

壮一郎を内包したきゅうべえ達が、お互いの身体に喰らい付く。

はくはく、はくはく。

一つになっていく。

 

 

おじさん、駄目だよ――――――!

 

いいや、これでいいんだ。今、はっきりと解った。自分のすべきことを――――――。

 

おじさん――――――!

 

君は願いを叶え、魔法少女を救った。それは素晴らしいことだと思うよ。でも、あらゆる宇宙がねじ曲がってしまった。違うかい――――――?

 

どうして、解るの――――――?

 

大人はね、子供の言いたい事を察してやらなきゃあいけないんだ。これがまた実に大変なことだ。大人は頭が硬いから、てんで見当違いのことを考えてしまう。

これも、そうかもしれないね。でも俺は、決めてしまったんだ――――――。

 

 

一つになって体積を増したきゅうべえは、ゆらりと空気の抜けた風船のように、二本の脚で立ち上がった。

それは人間のような姿をしていた。

体躯はあまりに巨体であるが、人と同じような手足を持ち、真っ白な布を身に纏っていた。

そしてその顔は、まるでモザイクが掛かったように不鮮明でいて、認識することが難しい。崩れているのか、隠されているのか、判別が付かない。

 

 

救いと悲劇はバランスによって成り立つのかもしれないね。それはとても悲しいことだけれど、諦めないといけないこともある――――――。

 

待って、駄目だよおじさん! 私は、おじさんを助けたくて――――――!

 

いいや、これでいいんだ。いままで女の子たちがずうっと頑張ってきたんだ。そろそろ野郎も痛い目を見るべきだと思わないか? 思わないか。ははは、残念――――――。

 

 

そのまま真っ白な巨人はどこへなと、光が射す方へと消えていく。

存在を薄く延ばしているのだ。

こんなはずじゃなかったのに、と光は淡く輝いた。

優しい少女のすすり泣く声が聞こえたような気がした。

 

 

ごめん、ごめんね。でもね、やっぱり犠牲は必要なんだ。でも、君はそれを認められない。解るよ、君は優しい子だから。だから、悪役になるのは、俺のような駄目な大人で十分だ――――――。

 

ごめんね、おじさん、ごめんなさい。ごめんなさい。私、本当は解ってたの。魔女を消してしまえば、世界は狂ってしまうって。解ってたの――――――。

 

いいんだ、いいんだよ。これで、いいんだ――――――。

 

 

白い巨人が宇宙から完全に姿を消す。

壮一郎の意思は、その瞬間、完全に消えて無くなった。

魔法の力で意思を繋ぎとめていた壮一郎は、白い巨人が世界の再編に呑まれ、魔法では無い別のエネルギーを動力とするように改変された瞬間に消え去ったのだ。

その意思が消え去る寸前、壮一郎がかつて自分であった白い巨人に下した至上命令は、唯一つ。

世界の歪みを正せ――――――それだけだ。

かつてきゅうべえでもあった肉体の制御権を奪った壮一郎は、自分にその機能が備わっていることに気付いていた。

後は自動的に事が進む筈だ。

 

こうして白い巨人は別の宇宙、別の世界で自己を増殖させながら、魔法の元となる感情を吸い上げ、体内でグリーフシード化させる存在となった。

壮一郎は、少女の切なる願いが紡いだ新たな世界で、たった一つの悲劇となることを決めたのである。

かつてきゅうべえであり、壮一郎であった白い巨人は、またこことは別の世界で『魔獣』と呼ばれることになる。

 

魔女の代りに世界中に溢れ返る魔獣の存在。

だが魔獣が何処から来たのか、何を目的とするのか。

知る者は誰もいない。

 

 

 

 

◆ ◇ ◆

 

 

 

 

これでいい。

救いはなかったが、これで。

 

哀しみと満足感の中、壮一郎は消えていく。

一瞬が永遠にも思える時の中、不思議と壮一郎に恐怖はなかった。

それは正確ではないのかもしれない。恐怖を感じる意思の部分が、もう消えてしまっていた。

 

壮一郎はゆっくりと無に意識を沈めると、笑ってしまう自分の数奇な人生を、振り返ることにした。

色々とあったけれど、哀しい終わりだったけれど、それでも幸せだった。

俺達はあの日、あの時、家族だった。そうだろう?

 

幸せな記憶が再生される。

魔法少女と初めて出会った、あの時から。

壮一郎の意思が闇に閉ざされるその一瞬、瞼の裏をよぎったのは、一人の少女の笑顔。

壮一郎が初めて出会った魔法少女の頬笑み。

 

その魔法少女の――――――生首、だった。

 

 

 

 

 

 


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