結末から語ろう。
ある男の死と、一つの世界の終焉の話だ。
我城壮一郎――――――という男がいた。
見てくれは普通の中年男性である。中肉中背、特に羅列するべき事柄は無い。強いてあげるとするならば、お人好しのきらいがあることぐらいだろう。そんな、何所にでもいるような男であった。
ただ一点のみを除いては。
壮一郎は、魔力に干渉することが出来るという、特異な能力を有していた。
より詳しく言うならば、『魔法少女』の保有する――――――否、魔法少女がその最後の瞬間、呪いと共に世界へと撒き散らした魔力を、自身と周囲の魔法少女に還元する能力を有していたのである。
魔法少女のように、その発生の瞬間の希望を以て奇跡を起こすことは出来ないが、世界に澱のように沈んだ呪いの汚泥から、事象を修正することを可能としていたのだ。
「有り得ざる現象を引き起こす、という観点から見れば、彼の事象修正も同じかもしれないね」
そう言ったのは、魔法少女らから『きゅうべえ』と呼ばれる、ただの少女に力を与えて奇跡の代価に魔法少女へと変ずる、白い獣だった。
なるほど、と暁美ほむらは頷く。
ベクトルは違えども、同一の力を使っているのだ。本当に可能性ゼロの無から有を産み出す奇跡よりも、不可能であると思われる可能性を実現させることくらいの方が、よほど現実的に思えた。魔法少女が現実的などと言うのも、おかしな話ではあるが。
ほむらも壮一郎が事象修正を行うのを何度か目撃している。
その一つが魔法少女の魔力の源、魂の結晶たる『ソウルジェム』の再生だったのだから、憎いきゅうべえの言にも頷く以外ない。
きゅうべえから壮一郎の力の仮定を初めて聞いた時、ほむらは笑いが止まらなかった。
きゅうべえ“達”がせっせと溜めた呪いのエネルギーを、我が物顔で横取りする男。それも、無自覚に。いくらきゅうべえが止めてくれと可愛らしく懇願しようが、壮一郎自身も理解不能の能力なのである。止めようと思って止められるものではない。
結果、針で空けられた穴から風船の空気が抜けていくように、エネルギーは消費される一方だ。
出所が魔法少女のように自分自身ではなく、世界にプールされたエネルギーであるのだから、それはきゅうべえも白い顔をいっそう白くさせたに違いない。
彼等には苦々しく思う感情自体が無いのだが、ほむらには「しまった!」とほぞを噛んでいるように見えた。
それが自己願望の投影であると解っていても、ほむらは笑うのを止められなかった。
ざまあみろ。
そう思った。
きゅうべえの企みは防がれたのだ。
そう思った。
私たちには、私には、今度こそ――――――。
そう思った。
魔法で幾度となく時を駆けたほむらは、「今度こそ上手くいくかもしれない」と希望を胸に強く抱いた。
世界に保存されていたエネルギーを扱う以上、壮一郎の奇跡の御業は、有限であるということも忘れて。
万能に思えた壮一郎の能力も、万能ではなかっただけの話だ。
事象修正は、ひどくエネルギー効率の悪いものであったらしい。人類発祥以来、何千年ときゅうべえ達が溜めこんだエネルギーは、たったの一戦で全て失われた。
限界は直ぐに訪れた。
その結果が、これだ。
腕の中で力無く横たわる親友。
割れた植木鉢。
燃えて灰になった小さな人形の服。
赤く染まった水溜りに沈む壮一郎。
ここは、地獄だ。ほむらはぐっと唇を噛む。まだ私は、地獄にいるのだ。
いいや、そこがどこであろうと、何であろうと構わない。ただ、ただ戦い抜くのみ。失くした未来を、私はまた見ることが出来ると、そう信じて。
そっと親友の亡骸を横たえると、ほむらはゆらめいて、立ち上がった。
「世界が終わるね」
きゅうべえが言った。
「魔女と戦わなくていいのかい?」
ほむらは答えなかった。
時計盤を起動させる。
「なるほど、そういう事か。理解したよ。君は時の平行線からやってきた、来訪者だったわけだ」
ほむらは答えない。
口を開く代わりに、ほむらはきゅうべえと睨みつける。
「そんなに怒らないで欲しいな。奇跡の代りにエネルギーを提供してもらう。平等な取り引きじゃないか」
「黙りなさい・・・・・・!」
ほむらがようやっと口を開いた。
戯言に我慢がならないといった風だった。
腕の巨大な時計盤を模した盾から、大口径の拳銃を抜き放ち、小首を傾げるきゅうべえの二つの赤い瞳、その真ん中に据えた。
怒りで銃口が震え、定まらない。
「みんな、みんな、あなたに・・・・・・!」
「ああ、なるほど。地球が、というよりも人類が滅亡してしまうから、君は怒っているんだね。仕方ないよ。『まどか』は至上最強の魔法使いだったんだ。
敵わなくて当然さ、それを君が責任に思う事はない。だから何の気兼ねなく、別の時間軸に行けばいい。うん、でも最後にお礼を言っておくべきかな。
ありがとう。君たち魔法少女のおかげで、宇宙は救われた」
「お・・・・・・ま・・・・・・え・・・・・・が・・・・・・いうなああああああ――――――ッ!」
引き金を引く。
引き金を引く。
弾を撃ち尽くし、それでもなおトリガをガチガチと鳴らしながら、ほむらは絶叫した。
穴だらけになったきゅうべえが崩れ落ちても、まだ指は止まらない。
荒くなった息が落ち着くまで、ほむらはトリガを引き続けた。
「やれやれ。この話を聞いた魔法少女は、みんな君のような反応をするよ。願いを叶えてあげたのに、まったく、わけがわからないよ」
するり、と。
ほむらが冷静に戻ったのを見計らったか、肉片になったきゅうべえの影から、“きゅうべえ”が現れた。
はぐはぐ、と小さく咀嚼音を立てながら、きゅうべえはきゅうべえを食む。
その様子を、ほむらは驚くこともなく、忌々しげに睨み付けていた。
ほむらの左手の甲。ソウルジェムの一部が、どろりと黒く濁っていた。
期待が大きかった分、絶望もまた深い。
その格差が宇宙を支えるエネルギーとなるのだ。
最強の魔女が産まれてしまった以上、もはや自分程度のエネルギーなど必要もないのだろう。
きゅうべえはほむらのソウルジェムに見向きもしなかった。
予想通りの反応だった。
ほむらは懐から黒い石ころを取りだすと、それを手の甲に当てる。
親友に使うために隠し持っていたグリーフシードを、結局自分に使うことになった皮肉。悔しさにほむらは奥歯を噛んだ。
「そうだなあ、もって後三日、ってところかな」
頼んでもいないのに、きゅうべえは人類が残る存在の許された日数をカウントする。
それは正しいのだろう。
どおん、どおん、と次々に最新鋭戦闘機が撃墜される音が響いていた。
どおん、どおーん、どお――――――ん。
世界最後の魔女、救いの魔女が、生き残った人間に救いを与えるために奔走する足音が聞こえる。
どおん、どおおーん。
救いとは、苦しみを取り除くことだ。
皆が皆、悩みも無く、幸せに暮らせる世界につれていくこと。
それは何所か。
天国である。
即ち――――――。
「まどか――――――」
天を衝く巨体の魔女が、ぬうっと分厚い雲から顔を覗かせた。
ぎょろぎょろと救われぬ人間を探す巨大な瞳を、ほむらは見上げた。
ほむらは溢れそうになる涙をぐっと堪えた。
戦闘機が墜ちて来る。
時計盤が回転する――――――。
「行くんだね」
「行くわ」
「さようなら、暁美ほむら。次の時間軸じゃあ、仲良く出来ると良いね」
「未来永劫有り得ないわ」
「つれないなあ」
クスクス、クスクス――――――きゅうべえの笑い声が、時間の螺旋廻廊に響く。
戦闘機が爆裂四散するその数瞬前。
いつまでも止まないきゅうべえの笑い声を耳に、ほむらはこの時間軸から消えた。
クスクス、クスクス、クスクス、クスクス――――――。
喜びの感情など無いというのに。
きゅうべえはほむらが消えたその後も、ずうっと笑って“みせて”いた。
どおん、どおーん。
救いの魔女が、福音の鐘を鳴らす。
クスクス、クスクス。
きゅうべえが笑う。
きゅうべえはひとしきり笑った、さあて、とゆっくりと腰を上げた。
「じゃあ、はじめようか」
「はじめよう」
きゅうべえがそう言うと、きゅうべえがそう返した。
ぐるりと辺りを見渡すと、そこにはきゅうべえがいた。たくさん、たくさんいた。
たくさんのきゅうべえが、一斉に「はじめよう」と言った。
中心には、赤い水溜りに沈んだ壮一郎が居た。
わらわらと、たくさんのきゅうべえ達が、壮一郎に群がっていく。
「あれ?」
一斉にきゅうべえが首を傾げた。
「まだ生きてるんだ」
そうして、へえ、と一斉に感心した声を上げた。
「ご、ぼ・・・・・・ごぼっ、げ、ぼぉ・・・・・・!」
壮一郎が紅い水を吐き出す。
冷たい水温で、仮死状態にあったのだろう。戦闘機の爆発に吹き飛ばされたショックで、息を吹き返したようだ。
苦しそうに喘ぎ、咽込んでいる。
手足は冷たく凍えて動かない。
大量の血が流れ落ちていた。
息を吹き返したはいいが、これでは。
「おはよう、我城壮一郎」
「おはよう」
「おはよう」
「おはよう」
おはよう、おはよう。
全てのきゅうべえは壮一郎に優しくあいさつをした。
きゅうべえにとってはとても優しくしたつもりだったが、壮一郎は怯えた様子で悲鳴を噛み殺していた。
まったく、感情という奴は理解できないよ。
そう言って全てのきゅうべえは首を傾げた。
「く、くるな、来ないでくれぇ・・・・・・!」
「君はもうすぐ死ぬというのに、僕を怖がっている。理解できないよ。人間は死ぬのを一番怖がるはずだろう?」
「ひぃ・・・・・・」
「うん、その様子だと、解っているようだね。我城壮一郎、君はもうすぐ死ぬ。だから僕が君を再利用してあげるよ」
じり、ときゅうべえ達の輪が狭まる。
「やめろ・・・・・・よせ、近付くな。頼むから、来ないでくれ・・・・・・!」
「やれやれ。暁美ほむらにも言ったけれど、奇跡には対価が必要だ。それは当然のことだよ。君は多くの奇跡を起こしてきた。その対価を、ここで払ってもらうことにしよう」
輪が狭まる。
別のきゅうべえが、きゅうべえの言葉を引き継ぐ。
「まどかのおかげで宇宙は救われたけれど、エネルギーは有限なんだ。僕たちは次の滅びのために、備えなくてはいけない。
認めよう、僕たちの魔法少女システムは穴があった。君という穴がね。だから僕たちは、君をシステムに取り込んで、改良を加えなくてはいけない」
「よせ、やめろ、来るな・・・・・・! 俺をどうするつもりだ・・・・・・!」
「言っただろう? 僕たちのシステムに取り込むって」
輪が狭まる。
先頭のきゅうべえが壮一郎の肩に足を掛けた。
あーん、ときゅうべえが口を開けた。
あーん、あーん、あーん・・・・・・。
次々と、きゅうべえ達が口を開ける。
壮一郎の顔が絶望に歪んだ。
「その表情、君は今、絶望しているね」
「でも残念だ。君ならば、と思ったけれど、魔法少女じゃあないんだから、それも当然か」
「さて、じゃあ僕達も始めようか。暁美ほむらのように別の世界軸へは行けないけれど、このまま、次の宇宙のために。
次の感情を有する、知的生命体の宇宙のために――――――」
きゅうべえ達が次々と壮一郎の肩に足を掛け、言葉を落としていく。
「こういう時は人間は何て言うんだっけ」
「ああ、そうか」
「こう言うんだったね」
「それじゃあ」
一瞬の間。
壮一郎の脳裏に走馬灯が駆け巡る。
離職。植木鉢。飛頭蛮。人形。餡子。魔女。ヤクザ。拳銃。嵐――――――。
ああ、ああ、俺の人生は何だったというんだ。
「いただきます――――――」
きゅうべえが、きゅうべえが、きゅうべえが、きゅうべえが――――――。
たくさんのきゅうべえ達が、一斉に、壮一郎の身体に喰らい付いた。
はくはく、はくはく――――――。
死に体は既に痛覚は無く、何も感じない。
何も感じていないのに、どうしようもない程の喪失感がせり上がる。
「ああ、あああ、ああああああ・・・・・・」
喰われていく。失われていく。
視界いっぱいに、真っ赤なルビーの瞳が映された。
はくはく、はくはく。
視界が消えた。
「ううう、ああああ――――――ッ!」
耳が、喉が、あらゆる箇所が消えていく。
「安心しなよ。君は、僕達になるんだ。僕達インキュベーターにね」
どおーん。
どおおーん。
壮一郎が上げた最後の絶叫を聞き付けたのだろうか。福音の鐘が近付いていた。
◆ ◇ ◆
前も後ろも、時間の概念さえあやふやな闇の中。
壮一郎は怨嗟に喉を張り上げた。
しかし壮一郎の絶叫は迸ることは無かった。
手足の感覚も無い。
なるほど、ここはここは化物の腹の中というわけか。
何千という欠片に喰い千切られたはずだというのに、壮一郎の意識は分断せず、一つのままだった。
ほむらが言った奇跡、とやらが起きたのだろうか。
恐らくは、そうだろう。
これだけエネルギーに満ち満ちた宇宙だ。
散々に散った俺の意識を繋ぎとめるくらい、出来るだろうさ。
壮一郎は嗤う。
ははは、ははは。
世界は滅び、何もかもが消え果てた。
地球はお終いだ。
人間はお終いだ。
これが笑わずにいられるか。
ははは、ははは。
全ては無駄だったのだ。無為だったのだ。何もかも、無意味だったのだ。
ははは、ははは。
嗤って、嗤って、ああ、嗤い飽きた。
何だこれは。
何という悪夢だ。
ああ、ああ――――――こんな結末、認められるか。認めてたまるか。
壮一郎の意識が再び怨嗟を振り撒く装置となった、その瞬間のことだった。
何処までも続く虚――――――淵の見えぬ闇の中、一筋の閃光が射したのだ。
その光は温かな意思で壮一郎をそっと包みこんだ。
君は――――――どうして、君がここに?
壮一郎の失われた喉が震えた。
あらゆる世界を超え、あらゆる宇宙を超え、全ての魔女を、産まれる前に消し去ること。それが私の願いだから――――――。
光がそうっと、優しく輝いた。
音は無い。念による交信だった。
あらゆる宇宙を超えて――――――?
そう。あはは、まさか自分を救う事になるとは思わなかったけれど――――――。
宇宙、世界、時――――――光の中、壮一郎は全てを理解した。
後ろを振り返る。
自分達の宇宙が粉々になっていく。
あらゆる宇宙を超えて、魔法少女の最後を呪いで終らせないように、頑張ろうとしたんだけれど、どうしても救えない魔法少女がいるの――――――。
それは、君自身、だね――――――?
そう。始まりも終わりも無くなった私だけれど、だからかな、私自身の終わりは救えないんだ。それだけは――――――。
君は、それでよかったのか? それで満足したのか――――――?
うん。私の願いは叶ったんだから、だから私が絶望することだって、ないもの――――――。
そうか。ならおじさんは、何も言わないよ――――――。
ありがとう、おじさん。私の最後は救えないけれど、魔法少女の終わりに繋がったおじさんなら――――――。
いいや、結構。それにはおよばないよ――――――。
壮一郎の意思が、光の差し伸べる手を拒絶する。
現実世界で――――――きゅうべえ達の内、壮一郎の身体を喰んだ個体が、その動きを止めていた。
壮一郎は幾つもに解れた自分を知覚していた。
壮一郎を内包したきゅうべえ達が、お互いの身体に喰らい付く。
はくはく、はくはく。
一つになっていく。
おじさん、駄目だよ――――――!
いいや、これでいいんだ。今、はっきりと解った。自分のすべきことを――――――。
おじさん――――――!
君は願いを叶え、魔法少女を救った。それは素晴らしいことだと思うよ。でも、あらゆる宇宙がねじ曲がってしまった。違うかい――――――?
どうして、解るの――――――?
大人はね、子供の言いたい事を察してやらなきゃあいけないんだ。これがまた実に大変なことだ。大人は頭が硬いから、てんで見当違いのことを考えてしまう。
これも、そうかもしれないね。でも俺は、決めてしまったんだ――――――。
一つになって体積を増したきゅうべえは、ゆらりと空気の抜けた風船のように、二本の脚で立ち上がった。
それは人間のような姿をしていた。
体躯はあまりに巨体であるが、人と同じような手足を持ち、真っ白な布を身に纏っていた。
そしてその顔は、まるでモザイクが掛かったように不鮮明でいて、認識することが難しい。崩れているのか、隠されているのか、判別が付かない。
救いと悲劇はバランスによって成り立つのかもしれないね。それはとても悲しいことだけれど、諦めないといけないこともある――――――。
待って、駄目だよおじさん! 私は、おじさんを助けたくて――――――!
いいや、これでいいんだ。いままで女の子たちがずうっと頑張ってきたんだ。そろそろ野郎も痛い目を見るべきだと思わないか? 思わないか。ははは、残念――――――。
そのまま真っ白な巨人はどこへなと、光が射す方へと消えていく。
存在を薄く延ばしているのだ。
こんなはずじゃなかったのに、と光は淡く輝いた。
優しい少女のすすり泣く声が聞こえたような気がした。
ごめん、ごめんね。でもね、やっぱり犠牲は必要なんだ。でも、君はそれを認められない。解るよ、君は優しい子だから。だから、悪役になるのは、俺のような駄目な大人で十分だ――――――。
ごめんね、おじさん、ごめんなさい。ごめんなさい。私、本当は解ってたの。魔女を消してしまえば、世界は狂ってしまうって。解ってたの――――――。
いいんだ、いいんだよ。これで、いいんだ――――――。
白い巨人が宇宙から完全に姿を消す。
壮一郎の意思は、その瞬間、完全に消えて無くなった。
魔法の力で意思を繋ぎとめていた壮一郎は、白い巨人が世界の再編に呑まれ、魔法では無い別のエネルギーを動力とするように改変された瞬間に消え去ったのだ。
その意思が消え去る寸前、壮一郎がかつて自分であった白い巨人に下した至上命令は、唯一つ。
世界の歪みを正せ――――――それだけだ。
かつてきゅうべえでもあった肉体の制御権を奪った壮一郎は、自分にその機能が備わっていることに気付いていた。
後は自動的に事が進む筈だ。
こうして白い巨人は別の宇宙、別の世界で自己を増殖させながら、魔法の元となる感情を吸い上げ、体内でグリーフシード化させる存在となった。
壮一郎は、少女の切なる願いが紡いだ新たな世界で、たった一つの悲劇となることを決めたのである。
かつてきゅうべえであり、壮一郎であった白い巨人は、またこことは別の世界で『魔獣』と呼ばれることになる。
魔女の代りに世界中に溢れ返る魔獣の存在。
だが魔獣が何処から来たのか、何を目的とするのか。
知る者は誰もいない。
◆ ◇ ◆
これでいい。
救いはなかったが、これで。
哀しみと満足感の中、壮一郎は消えていく。
一瞬が永遠にも思える時の中、不思議と壮一郎に恐怖はなかった。
それは正確ではないのかもしれない。恐怖を感じる意思の部分が、もう消えてしまっていた。
壮一郎はゆっくりと無に意識を沈めると、笑ってしまう自分の数奇な人生を、振り返ることにした。
色々とあったけれど、哀しい終わりだったけれど、それでも幸せだった。
俺達はあの日、あの時、家族だった。そうだろう?
幸せな記憶が再生される。
魔法少女と初めて出会った、あの時から。
壮一郎の意思が闇に閉ざされるその一瞬、瞼の裏をよぎったのは、一人の少女の笑顔。
壮一郎が初めて出会った魔法少女の頬笑み。
その魔法少女の――――――生首、だった。