ノシ棒:短編集(ポケモン追加)   作:ノシ棒

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ぽけもん黒白3

黒白:1日目

 

 

舞い散る桜の花で作られた自然のゲートをくぐれば、若葉の緑が目に染みる。

薄桃色に体毛を変えたシキジカたちを眺めながら、しばらく車を走らせていると、前方に町並みが見えてきた。

カノコタウン。

俺の故郷である。

 

年々過疎化が進むカノコタウンは、町というよりも村といった方がしっくりくるくらいに小さい。

数年前、町起こしのプロジェクトが発足し、町人一丸となりポケモンジムをこの町へ移転させよう、という企画が挙がったことがあった。

近年開発のめざましいイッシュ地方では、都心部を離れた町の過疎化が重大な課題となっているのは周知のことだろう。今時、小学生の社会科の教科書にも、リングマの挿し絵と共に載っていることだ。ドーナツ状に流れていく人口とリングをかけているらしい。笑えない。

ダムを造ることも発電所を造ることも地理的に不可能であるために強制立ち退きもさせられず、維持費だけはべらぼうに掛かる、という県政にとっての頭痛の種。カノコタウンはその代表的なものだった。

そこで挙がったジム移転の企画は、誰にとっても渡りに船だったのである。

チャンピオンリーグに参加するには各市町村に点在するポケモンジムにてジムリーダーに挑み、勝利し、バッジを得なければならない、というシステム上、ポケモンジムの建てられた町には宿泊施設やフレンドリショップ等の利用によって、膨大な金が転がり込んでくることになるのだ。それを元手に、都市開発をしてしまえ、という魂胆だった。

そして白羽の矢が立ったのが、俺である。

なに、特別な理由は無い。

年齢的にも、実力的にも、適任者が俺しかいなかったというだけのことだ。

町興しなのだから、地元民がジムリーダーになった方が都合が良かったのだろう。

そしてプロジェクトはとんとん拍子に進む――――――はずだった。

プロジェクトは立ち枯れることとなる。

なぜか。

俺が逃げたからだ。

両親の墓があり、家族で暮らした家があるこの町に、腰を落ち着けるつもりが少しもなかったのだ。俺は。

そして町は寂れたまま。

子供たちの声すら聞こえないまま、閑散とした街並みに春の陽気が降り注いでいる。

 

「バーニンガー……」

 

ああ、わかってるよ。気を遣わせちまって悪いな、ポチ。

 

「ルーワ!」

 

唸るな唸るな。

俺が悪いんだからさ。仕方ないんだ、こればっかりは。

ここに残った人達からすれば、俺は町を捨てた裏切り者なんだから。

若者不足の町なんだ。大人の思いこみは中々変えられんよ。

先ほどからひそひそと聞こえる声は、悪意を孕んだもの。

意識しまいと思っていても、耳は塞げない。

 

「……いち……ん」

 

歓迎されないのは当たり前なのだ。

今更帰って来て何の用だ、という無言の圧力が肩に重い。

これがさっさと出ていけ、になる前に墓参りを済ませて退散しよう。

 

「……おに……ん」

 

「ンバッ!?」

 

おい、どうしたポチ。

なんでそんなに震える。

やめろよ、携帯が鳴ったのかと思ったじゃないか。バイブレーション設定にしてるんだから、紛らわしいだろ。

今時ライブキャスターじゃないのかよって突っ込みはなしな。

トレーナーじゃないんだし、俺には必要ないよ。

 

「おに……ちゃ……」

 

「ンババババッ!? ババババビャババババ!?」

 

うるせえよ。

いい加減にしろって、震え過ぎだこら。

はあ? シムーラウシロウシロ?

いったい何があるん……。

 

「おにい……ちゃ……」

 

振り向いた背後には、少女が立っていた。

うつむいた顔全体を覆う、暗い色をした髪。

細い手足に映える、作り物のようにきめ細やかな白い肌。

アイボリー単色のワンピース。

まるで気配が無かったというのに、一度認識すれば空気は重く沈んでいく。

そんな少女だった。

少女は微塵も気配を感じさせず、俺の服の裾を掴んでいた。これもポチに言われるまで、俺が気付くことはなかった。

落ち着け、ポチ。みなまで言うな。

彼女が何であるか、俺には解っている。

 

「お……に……ちゃ」

 

何だってか?

おいおい、ここまで来てわからないとか言うなよな。

そうだ、ポチ、知ってるか?

ゴーストポケモンっているだろ。未だに夏場になると、いるやいないやの幽霊討論がテレビで放映されてるけどさ、あれっておかしな話だよな。

だってよ、幽霊の存在は既に証明されちまってるんだぜ? 

もう解ったな……?

 

「ンバーニンガーッ!」

 

「やーっ!」

 

ぎゃーっ、じゃねえ。

うるせえ。

うるせえよ俺達。

こらポチ、お前が急に叫ぶもんだから釣られちまっただろうが。

反省しやがれ。

今日のお前の晩飯はお徳用ポケモンフードな。

ハーデリア用にカロリー計算された、カリカリの不味いやつ。

 

「ニンガッ!?」

 

何が理不尽なもんか。

勝手に勘違いしたお前が悪いのだよ。

わっはっは。

 

「あう、びっくり、した……」

 

ごめんな。

それと、久しぶり、トウコちゃん。

 

「うん……久しぶり、おにいちゃん」

 

きっと、ほにゃりとした笑みを浮かべているのだろう。

ふわふわの長い癖っ毛から覗くのは口元だけで、その表情はようとして知れないけれど、この子の纏う空気が春の陽気のように、明るく温かくなっているのだから。

俺の服の裾を掴んで離さないこの女の子。

彼女がトウコちゃんである。

俺に会いたいと、手紙を送ってくれたのもトウコちゃんだった。

町民のほとんどに嫌われている俺だけど、この子とその幼馴染の一家、そして博士達だけは受け入れてくれた。優しい人達だ。

恩返しをしたいとは思っているけれど、それを言うとこの子達は決まってへそを曲げてしまうのだ。

見返りを求めてしたんじゃない、って。

まったく、俺よりも10歳以上は年下だってのに、立派な子たちだ。

いやさ、俺が駄目過ぎるだけか。

小学生に借りを作る社会人とか。

 

「おにいちゃん?」

 

何でもないよ、トウコちゃん。

トウコちゃんはえらいなーって思ってただけ。

ほうら、撫でてやるぞ。

えらいえらい。

トウコちゃんはいい子だね。

 

「ひゃー」

 

おや、何やら微妙な顔。

嬉しいけど、素直に喜べないみたいな。

どうしたよ。

もう撫でられるのは嫌になった?

あー、そうだな、ごめん。

君はもう子供じゃないんだな。デリカシーが無かった、謝るよ。

 

「ち、ちがっ、ちがう、よ! おにいちゃんに、なでなでしてもらうの、好き……だよ!」

 

じゃあ、どうして?

 

「んう……私、これ、嫌い……」

 

これ、って髪の毛のこと?

 

「ん……くしゃくしゃだし、色もベルちゃんみたいに、綺麗じゃないし、髪型だって、変えられないし……」

 

ふーん。

俺は好きなんだけどな、トウコちゃんの髪。

こんなに手触りがいいんだし。

ボリュームがあるのにこれだけ細くて柔らかいなんて、こんな上等な髪質はちょっとお目にかかれないぜ。

 

「ほんと……?」

 

ほんとほんと。

何だよ、誰も褒めてくれなかったのか?

 

「ん……おかあさんも、髪だけはおとうさんに似たのね、って、いじりがいがなくて残念だ、って」

 

あー、あの親父さんね。

俺、あの人の顔見たのって10回もないんだけど。今も放浪の旅に出ちゃってるみたいだし。

これだからトレーナーっていう人種は……。

 

「学校のみんなも、変だ、って。つるが増えすぎたモジャンボみたい、って」

 

へえ。

で、その学校の奴らって、誰なのかな?

おにいちゃんに教えてみなさい。

ん? 顔が怖いって?

ははは、俺は元からこんな顔だよ。

大丈夫さ、顔はこんなでも何も怖いことなんかしないから。ホントダヨ。

ちょっとお話ししてくるだけだよ。

モジャンボとかナイスチョイスじゃないかこの野郎。なら手前の頭をイシツブテみたくしてやんよー、ってね。

スリーパーじゃないところが優しさです。

しかし俺はモジャンボ可愛いと思うんだけどなあ。女の子は嫌なのか。

 

って、ああダメダメ!

トウコちゃん、髪を引っ張ったらダメだって。

引っ張っても真っ直ぐにはならないから。

うおおい、泣くな泣くな。ほら、眼を擦らないの。

 

でも、トウコちゃんには悪いんだけどさ、ちょっとだけ嬉しいんだ、俺。

だってさ、誰からも見向きもされてないってことは、俺だけがこの髪の良さを知ってるってことだろう?

俺専用ってことじゃないか。

今のところはさ。

 

「おにいちゃん、専用……?」

 

そうだよ。

トウコちゃんの髪は、俺専用だ。

 

「ルーワ……!」

 

なんだポチ。

その恐ろしい子を見るような目は。

石になってるからって解るんだぞ。

 

「おにいちゃん、専用……わあ」

 

専用だなんて言っても、他にトウコちゃんの髪を褒めてくれる人が出て来るまでの期間限定だけどね。

どんな野郎が君の隣に立つのか、楽しみであり寂しくもあり。

あーあ、複雑だなあ。

 

「おにいちゃん、だよ?」

 

うん?

 

「わたしは、おにいちゃんと、ずっと一緒に、いたい……よ?」

 

そうかい。

ありがとうな、トウコちゃん。

俺もだよ。

 

「んう、おにいちゃん、解ってない……」

 

何か言ったかい?

声が小さくて聞こえなかったけども。

 

「んう、何も、言ってない、よ?」 

 

じゃあこっちにおいで。

また俺に極上の手触りを楽しませてくれ。

もふもふ。

もーふもふー。

 

「ひゃー」

 

そうそう、これこれ。

あー、癒されるなあ。

ポケモンに似てるっていうんなら、トウコちゃんはエルフーンって感じだなあ。

髪型も似てるし。

リアルエルフーンだよ、本当に。

もふもふしてやりたくて仕方ないな。

 

「んう、だめ。もう、おしまい」

 

あー。

やりすぎちゃった?

ごめんな。

調子に乗り過ぎたか。

 

「ちがう、よう。これ以上、なでなでされると、大変なことになっちゃう、から」

 

大変なこと?

チェレンの生え際が後退するとか、チェレンのアホ毛が倍に伸びるとか、チェレンが急にサングラス掛けだして小学生デビューしようとしちゃうとか?

 

「ん、それは大変だけども、ちがう、よう。あのね、これ以上されちゃうと、ね」

 

されちゃうと?

 

「嬉しくなって、ふにゃふにゃになっちゃう、から」

 

ああ、もう。

あああ、もう。

トウコちゃんは可愛いなあ。

トウコちゃんは可愛いなああ。

 

「ひゃー」

 

と、まあ。

真昼間の往来で自重しない、駄目大人代表の俺がいた。

現在、ふにゃふにゃになったトウコちゃんをおぶって家まで送り中である。

 

「あのね、おにいちゃん」

 

きゅう、と俺の首にしがみつくトウコちゃん。

うん、どうしたの?

 

「おかえりなさい」

 

……うん。

ただいま、トウコちゃん。

 

その後は、もう何年も繰り返された、いつもの通り。

トウコちゃんを送り届けた後、ママさんの勧めを断りきれず、夕飯を御馳走になったのであった。

泊っていけとの誘いは流石に断り、帰宅。

一晩離れるだけなのに、泣きそうな顔をしていたトウコちゃんが印象的だった。

無理もないか、一年も放っておいたんだから。

しかし一年、されど一年、たったの一年、どうとるべきか。

家の中は静かで、冷たくて、トウコちゃんの家のような温かさは少しも感じられなかった。

ここは本当に俺の家なのだろうか。

寒い、な。

 

「モエルーワ……モエルーワ……ッ!」

 

うるせえ。

静かにしてたと思ったらそれか。

トウコちゃんの家の方を向いて鼻息を荒くするんじゃない。

なんだって?

合格だって?

なんの試験だよ。

妹度審査?

なんだそりゃ。

 

「モエルゥゥゥワッ!」

 

いい仕事してますねとかうるせえよ。

お前は鑑定団の人かっつーの。

何の品評をしてるのか、お前とはじっくりと語りあう必要がありそうだな。

おいおい、またバイブレーション機能ONか。

マナーモードだって?

ははは、笑えるな。

おいおい、そんなに震えるなよ。まるで俺がいじめてるみたいじゃないか。

もう遅い時間だと?

安心しろ、夜はまだまだ長いんだ。

今夜は寝かさないぞ。

さあて、暑くなってまいりました、と。

 

 

 


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