『167日目』
本日をもって発掘の全工程を終了する。
遺跡のほとんどが砂に埋もれてしまっているのだから、これ以上はどうにもならないのだ。
結局、大きな発見は何もなかった。
「あんたが見付けたものだから、何か新しい発見でもと思ったんだけどねえ」
と、アロエ館長。
何度も言うが、買い被りすぎである。
俺は一研究員でしかないのだ。
見付けたのはアニメがないと生きていけないポケモン一匹だけである。
疲れて家に帰ると、あのアニソンが流れていた。
先日買い与えたDVDを十二分に活用しているようだった。
大画面の中、二人の女の子が黒と銀の戦士へと変身する。
低年齢向けと侮るなかれ。
流石は物語の山場であるか、音楽と演出は凄まじい迫力だ。
『我こそは黒き太陽、サンシャインBLACK’RX!』
『我こそは影の月、ゴルゴムノブヒコ!』
『二人合わせてセンチュリーキングス!』
クイーンではないのか。
たとえ火の中、水の中、草の中、森の中、土の中、雲の中、あの子のスカートの中……にはついているというのか。
あと二人目のネーミング。
「ンバーニンガガッ!」
うるせえ。
『291日目』
発掘工程が終了し、もう随分と経つ。
次に現場に呼び出されるまで、また悠々自適の研究生活である。
奴の腹をソファーにして寝そべりながら、資料を読みふける。
そういえば、とふいに思いついた疑問を口にした。
お前は何でここにいるのか、と。
一瞬静止して何かを思い出すような仕草の後、奴は途端に慌てだした。
廃材置き場をひっくり返し始める。
辺りに散乱する機材の山。
……まて、俺。
まだキレるな。大人になれ。
何かを伝えようとしてるんだ、こいつは。
そうして奴が取り出したのは、一個のモンスターボール。
それを俺の足元まで放って、挑戦的な眼でじっとこちらを見る。
――――――コメカミから、太いゴムが切れたような音がした。
わざわざ壊れたモンスターボールなんぞ取り出しおってからに。
「取って来い」でもしたいのか。
お前は犬か。
犬なのか。
ポチエナなのか。
余りにも頭に来たため、小一時間の説教の後、こいつのニックネームを「ポチ」にしてやった。
俺のポケモンという訳ではないのだから、ただの呼び名でしかないが。
いつまでもお前だとか、こいつだとか、奴だとかではこちらとしても不便だったのだ。
これくらいが丁度いいだろう。
おい。
俺は怒ってるんだぞ。
嬉しそうにするな、ポチ。
尻尾が柱に当たってあああ――――――。
『292日目』
家が崩れた。
今から段ボールを使いワクワクさんタイムである。
楽しい図画工作の時間がはっじまっるヨー。
何を作るかって?
テメェの小屋に決まってんだろうがポチィ……。
『326日目』
新居完成。
知り合いの業者に頼み、突貫工事で仕上げて貰った。
ドッコラー達の集団作業は見事の一言。
その間ポチはダンボールハウスで待機だった。
時折空気穴から悲し気な鳴き声が聞こえるも、適当に誤魔化した。
内装はほとんど変わっておらず、またガレージを改造したような家屋である。
ポチも反省したようだし、外に出してやることに。
ようやく羽を伸ばせて嬉しいだろうと思いきや、聞こえるアニソンのサビ。
『なーぜーお前はライダーなのーに車にのるのかー』
『その時、不思議なことが起こった(ナレーション)』
「モエルーワッ! モエルゥゥゥワッ!」
……今日くらいはいいか。
『327日目』
うるせえ。
オールとか勘弁してくれ。
『343日目』
ゆったりとまどろんでいた昼過ぎ。
「や! 元気にしてた?」
学生時代の同期が遊びに来た。アポなしで。
ポチはいつの間にかコンテナの中に身を隠していた。
素早い奴め、そんなに人目に付くのが嫌か。
ますます引きこもり生活に磨きが掛かっていやがる。
「問題があります」
と、到着するや同期から急に真剣な顔で切りだされた。
何だ。
「白い水着と黒い水着・・・・・・どちらがあたしに似合うかしら?」
帰れ。
シンオウ地方に帰れ。
「冗談よ。つれないわね」
ボタンに指を掛けながら言っても説得力は無いんだよ。
その鞄からはみ出してる白と黒の布切れはなんだ。
あとチャンピオン様がこんなあばら屋に来るんじゃない。
広いだけしか取り得のないようなとこだぞ、ここは。
「今日のところは新築祝いと、あなたのガブリアスの様子を見に来たの」
家を建て直したのをどこから聞きつけてきたのやら。
ああ、はいはいガブリアスね。元気にしてるよ。
最近はじしんで砂を固める作業しかさせてないけど。
やっぱそっちに影響出てたか。
「ええ。私たちのガブリアスは双子だから、何か通じるものがあるのね」
そうさね。
教授から卵を二つ渡されて、それぞれが育てなさいって言われたのが懐かしいよ。
で、どんな感じだったよ。
「一年程前の事になるんだけれど、この子がよく怯えたような仕草を見せるときがあったの。何か強大な存在を察知したかのように・・・・・・」
それは、あー、その、なんだ。
今は収まってるでしょ?
「ええ。それで何があったの?」
うむむ、何と言えばいいのやら。
まあ、なんだ、発掘作業で格上のドラゴンタイプと会っちゃってさ、そのせいだよ。
もう慣れたみたいだから、そっちも大丈夫だろ。
「なるほど。そしてあなたは更に強くなったという訳ね。さあ、クロイ君。ポケモン勝負をしましょう」
なぜそうなる。
もう一度言ってやる。なぜそうなる。
チャンピオンが軽々しく勝負しようとか言わない。
「もうチャンピオンではないのだけれど。ふむ、解りました。クロイ君、バトルしようぜ!」
言い方をかえても駄目なもんは駄目だ。
ポーズを取るな。
指をくわえても駄目だ。
「どうしてあなたはトレーナーを毛嫌いするの? そんなに強いのに、勿体ない」
だってお前、負けたら金をむしられるとか、どんな博打だよ。
俺に続けられるわけないだろ。金ないし。
この前なんか負けて電車賃を取られたって、泣きながら歩いてるエリートトレーナーの女の子を見たよ。
あんまりにも可哀そうだから車に乗っけて送ってやったよ。
エリートトレーナーでもころっと負けるような世界だぜ。
お前さんだって子供にやられたんだろ。
やってられん。
「へえ、そう、車で」
それに研究職と二足のわらじを履けってか。
俺はお前さんみたく優秀じゃないんだから、無理だって。
それに、ほら。
俺あんまりグロ耐性ないからさ。
「というと?」
つのドリル。
ぜったいれいど。
ハサミギロチン。
かみくだく。
もっと挙げようか?
「・・・・・・いえ、結構。よく解ったわ」
ポケモンバトルってけっこうグロイんだよね。
だからさ、俺にはそれを仕事にすることは無理なんだよ。
今だってギリギリの生活してるんだ。
ひーこら言いながら毎日暮らしてる野郎にゃ無理だって。
「では、勝負ではなく気晴らしにバトルごっこでもしない? もちろん遊びだから、お金のやりとりはなし」
まあ、それなら・・・・・・。
「ふふっ、じゃあ全力で戦いましょう!」
あいよ。
行け、ガブリアス。
「ミカルゲ、行きなさい!」
げきりんぶっぱー。
「くっ、一撃で! 次、シビルドン!」
げきりん。
「ル、ルカリオ!」
まだいけるか。
もいっちょげきりん。
「苦手タイプをものともしないなんて! でもこれで動けないはず。ミロカロス!」
どっこいラム持ちです。
げきりんぶっぱー。
「う、うぉーぐる」
げきりん。
「がぶりあすぅ・・・・・・」
げきりん。
ずっと俺のターン余裕です。
本当にありがとうございました。
「・・・・・・」
おい、何だよ。
床で寝るなよ。
眠いんなら帰れよ。
丸くなるを使いました、ってお前ね。布団まで運べってか。
はいはい。
よっこらせーのせっと。
『344日目』
同期帰宅。
とはいってもサザナミタウンの別荘でしばらく過ごすらしい。
海底神殿の研究をするんだとか。
あー、あれね。
何年か前に海に潜って見に行ったよ。
王がなんちゃらって暗号が石碑に彫ってあったんだっけか。忘れた。
振り返っては手を振る同期を見送っていると、これまたいつの間にかポチが姿を現わしていた。
あいつは誰だって?
同期だよ、大学時代のな。
なんだ、その目は。
「モエルーワ?」
うるせえ。
『362日目』
地元から手紙が届く。
差し出し人は、近所に住んでいた女の子。
トウコちゃんからだった。
仕事で実家から離れた俺に、定期的に手紙をくれる優しい子である。
機械音痴でメールが使えないからと、女の子らしい丸っこい字がいっぱいに書かれた手紙。
今回は一枚の写真が添えられていた。
トウコちゃんの写真だ。
新しい服を買ったんだとか。
しかし・・・・・・これは、その、露出が多すぎるんじゃなかろうか。
トウコちゃんは静かな子、というか、どちらかというと暗い感じの子だったはずなのに。
大胆に袖をカットされたベストに、ホットパンツ。
コンプレックスだと言っていたふわふわのくせ毛は、キャップでまとめられている。
今時の派手目な女の子の服で似合ってはいるのだが、違和感が拭えない。
トウコちゃんの私服はほとんどが単色のシンプルなもので、髪もアップになどせずいつも下ろされていて、言い方は悪いが、幽霊みたいな感じだったはず。
俺が地元にいた頃は、トウコちゃんはよく後ろをついて歩いてきていたのだが、気配が無くいつも驚いていた記憶がある。
これがトウコちゃんの趣味ではないとなると・・・・・・ああ、またお母さんに無理矢理着させられたんだな。
必死にシャツを引っ張ってるけど、ホットパンツから伸びる足はそれくらいじゃあ隠せない。
耳まで真っ赤にして、ベルちゃん腕を組まれて写真に写ってるトウコちゃん。
「モエルーワ!」
うるせえ。
自信満々に頷くんじゃねえ。
『365日目』
トウコちゃんの手紙に書かれていた最後の一文が頭を離れない。
『おにいちゃんに会いたいです』
小さい頃に面倒を見てやっていただけだというのに、あの子は俺なんかのことを気にかけていてくれる。
心配してくれる人がいるのはいいものだ。
仕事で帰れない、などと屁理屈をごねているが、本当は実家に帰るのが辛いのだ。
誰もいない家に一人でいると、両親のことを思い出してしまう。
とうとう去年は命日にすら帰らなかった。
ポチの尻尾を枕にしながら、手紙を読み返す。
いつもは何とはない内容の手紙だったというのに、会いたいと、はっきりとそう書かれている。
初めてのことだった。
なんだポチ、急に動くな。
行け、というのか。
・・・・・・そうだな。悩んでいるよりは、いいか。
墓参りもしないといけないしな。
しかしお前をどうするか。
言うや否や、ポチの身体が光り出した。
光の中、どんどんとポチの影が小さくなっていく。
光が収まった後には、モンスターボール大の丸い石ころが。
持って行け、ということか。
ありがとよ。
俺もお前と一緒なら心強いよ。
「ンバーニンガガッ!」
うるせえ。
石のくせに吠えるな。まったく。
よっこらせ、と手を伸ばす。
そして俺は、もう見慣れた、愛着のある変な石をまた拾った。
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