はっちゃけたい時もある。
遠山キンジは武偵養成学校に通う、学生武偵である。
増加の一方を辿る凶悪事件、いつ終わるとも知れぬテロリズムの応酬、文化的社会的背景による都市潜伏型犯罪への以降……。
犯罪率は跳ね上がり続け、解決の糸口さえ見つけることが難しい。
警察機構は堅実なれど、組織対応では間に合わない事例ばかり。
結果、悪が笑う。
これが世界の現状である。世は正に暗黒時代に突入していた。
しかし、世界は、世界に芽吹く小さな正義の灯火は、決して消えることはなかった。
増加し続ける犯罪へのカウンター機能として、世界は、民間の力を用いることを決めたのだ。
武偵の誕生である!
それは、組織の枠に囚われず、個人の資質を問わず、火器の使用を問わず、数をもってして悪を討つことを理念とする。
即ち、武偵とは『武』力を持って悪を徹『偵』的に追い詰める、正義の体現者なのである!
「立てこもり犯の人数、不明。武装、不明。室内のマップ、突入ルート……全て不明。くそっ」
ここに、心折れかけた武偵が一人。
遠山キンジである。
確かに武偵は個人の資質を問わぬと述べた。耳障りは良いが、それだけである。数を確保するためだけの方便だ。捜査の基本はマンパワーであるのだから。
結局のところ、悪との直接対決を求められる武偵は、個人の力量が全てである。
キンジは己の力を信じていない。
兄に憧れて武偵学校へと入学した。
希望を胸に己の研鑽に励んだのは、悪に苦しめられる人々のためだ。己の力が皆の一助となればという、純粋な夢からだった。
しかしその夢は、最悪の形で裏切られる。
ある事件があった。
その事件の最中、兄は死者を一人も出す事なく救い……そして死んだ。
ここまでは良い。ここまでならば。悪に怒りを燃やし、兄の志を継いで武偵の道を歩み続けることが出来ただろう。
だが、世間は、世論は、キンジの兄をさも悪の如く責め立てた。
曰く、犯罪を未然に防げなかった無能の武偵、なのだそうだ。
この時までキンジは、無辜の人々を守るべき存在であると、守るべき無力な者達であると思っていた。信じていた。
だが、そうではなかった。
守るべき人達は、キンジなど容易く葬り去る程の力を持っていたのだ。
悪意である。
無能の武偵、武偵の面汚し、こんな奴が武偵をやっているから犯罪がなくならないのだ……。
心無い言葉は遺族であるキンジへと、容赦なく突き刺さり、そして圧し折った。
いかに夢と希望を胸に抱いた少年であれど、無数の悪意の前には無力であったのだ。
守るべき人達に虐げられ、しかし夢の残滓からは逃れられず、キンジはこうして武偵校の底辺で汚泥を啜る毎日を過ごしていた。
もう、辞めてしまおう。武偵を辞めて、一般校へ行き、普通の生活へ戻ろう。全てから目を閉ざして。
そう決めたのは、最近のことではない。
そんな時である。
心折れたキンジの前に、一人の少女が現れたのは。
「無事でいてくれ……アリア!」
アリアという少女は、ある日突然、唐突にしてキンジの前に現れた。
そして生来の強気によってキンジの手を引き、挫折の底からほんの少し、大きなほんの少しの一歩をキンジに歩ませた。
キンジがアリアにある種特別な感情を抱くこととなったのは、当然のことである。
アリアは無実の罪で捕らわれた母を救うために、パートナーを欲していた。
キンジはアリアを守ることへと、枯れた心の内が変わりつつあった。
その矢先の出来事である。
テロリスト集団による国際要所施設立て籠もり事件発生。
それは、キンジとアリアが追っていたテロリスト集団とはまた別の団体。
個々人の能力によるテロリズムではなく、集団戦、数で押し寄せるタイプの集団であった。
偶然付近を警戒中であったアリアが独断により先行。立てこもり現場へと突入をした、と報告があったのが今より数十分前。
そして、たった今、無線を使って武偵無線の周波数へと割り込み通信がされた。
たった一人で突入してきた馬鹿な武偵の小娘を捕らえた。
我らが大儀を示すため、見せしめに処刑する……と。
「駄目だ、駄目だ、駄目だ……! ヒステリアモードにさえなれたら!」
アリアは単体でみればSランクの武偵だ。
しかしそれは、個人単位での戦闘力でしかない。少数相手であるならば、宿敵である異能者テロリスト達相手であっても遅れを取ることはない。
今回の相手は、異能者ではない。
数十人規模の訓練を詰まれたテロリスト集団である。
相手が“犯罪者”ではなく、“軍隊”であったならば……アリアの資質による優位性もその限りではないだろう。
焦燥に駆られるキンジの全身から汗が噴き出す。
キンジにはある特殊な体質があった。
『ヒステリアモード』。
正式名称ヒステリア・サヴァン・シンドローム……HSSが強く発露した状態を指す状態である。
ある条件下に脳内で特殊な切り替えスイッチが発生し、身体能力、思考速度等を一定時間著しく向上させることの出来る体質を言う。
この体質、能力は男性に強く作用する。子孫を残す。そのために女を守る、という雄の本能が能力発動の根幹にあるためだ。
即ち、能力発動のためのある条件とは、性的興奮である。
この条件を満たしH(ヒステリア)モードとなったキンジは、アリアでさえ凌ぐ戦闘力を有している。
何十という銃から発射された弾丸の軌道を、一瞬で予測し、避け、ナイフで切り落とすといった人間離れした技も可能だ。
この状態のキンジとアリアが揃えば、いかに相手が軍隊といえど、勝機は見えてくるはず。
しかし。
「興奮……興奮しないと! 駄目だ、何もない……!」
周囲には何も無く、人の気配すら感じられない。
人は刺激がなければ、興奮できない。当然である。
妄想によってカバーしようとすれ、このような非常時では、キンジのイメージ力では昂ぶりを得られない。
事件解決に導く武偵の力……“導偵力”とでも言おうか。
キンジにはそれが欠けていた。
なまじ、見目麗しい美少女達との接触が多かったからだ。
キンジはもはや妄想では、実際のモノを目にしなければ、興奮できない体となっていたのだ。
「これじゃあアリアが……くそっ、汗が目に」
ポケットから取り出したハンカチで、乱暴に顔を拭う。
こういったハンカチを常に持参するといった、身だしなみや紳士力を常日頃からいついかなる時も高め応用しているのは、家系の教育の賜物である。
「な、なんだ?」
キンジが浮かべたのは純粋な疑問。そして困惑である。
汗を拭ったハンカチが、吸い付いたように顔から離れない。
否、これはハンカチではない。
これは――――――。
「これは……パンティーじゃないか!」
そう、パンティーである!
しかもこれは、アリアのものではないか!
見間違いではない。セーラー服のまま激しいアクションをこなす女子武偵は、スカートが翻り中が見えることなど日常茶飯事。
本人達も気にするものは多くはない。
よって女子武偵達には、派手すぎず、しかし質素すぎない、可愛らしくキュートなものが多用される。
所謂“ミセパン”というものが好まれる傾向にあった。
ミセパンだから恥かしくないもん。というのが武偵女子のキャッチコピーである。
たかがパンティーと侮るなかれ。
武偵ともなればそれはただのパンティーの枠には収まらぬ。ただの薄布の枠に収めてはならぬ。
命と命の削りあい、真の勝負の中に最後に身を守る砦……そう、勝負パンティーなのだ!
「フォッ……い、いかん! 顔からパンティーが離れない!? まるで俺の顔と一体となっているかのようだ……!」
キンジの頬に当たるパンティーの布。色。そして、香り。
瞬間、キンジの脳裏に今朝の光景が浮かび、稲妻の如く全身を駆け巡った。
紆余曲折合ってアリアと同居することとなったのは、最近のことである。
そして、今朝のように脱衣所でシャワーを浴びようとしていたアリアと鉢合わせになることも、一度や二度ではない。
その後はこれもいつものように、報復のナイフと銃弾が水平の雨となり飛び交うこととなるのだが。
問題はそこではない。
このパンティーは、今朝、アリアがシャワーに入ろうとし、足首に引っ掛けていたものだ。
それがなぜか、ごたごたがあって無意識に掴んでしまったのかこのポケットの中で、しっかりと保存されていた。
合成洗剤によってアリアの残滓が洗い流されてはいない、生、そのもの。
そう、脱ぎたてパンティーと言い換えても過言ではない!
「この肌に吸い付くようなフィット感! もはやパンティーと俺の皮膚が一体化している! い、いかん……!
しかし、なんだ、この体内からわきあがるマグマは……! この罪悪感を打ち消すようにわきあがる、マグマはァ……!」
その時不思議なことが起こった!
パンティーが、キンジの顔面を侵食し始めたのだ!
「フォオッ! フォオオッ……! い、いかん、いかんいかん……! なぜ俺はパンティーを被っているのだ! これじゃまるで変態じゃないか!
こ、こんな姿、アリア達には見せられない! しかし、うう……っ、俺の湧き上がるマグマがぁ……ッ!
ま、マグマがぁ……ッ! ウッ――――――!」
キンジのHモードは不完全なものであった。
「格好付けの極みだ」と、キンジの祖父はそれを評したことがある。
Hモードの真髄とは、能力の解放、リミッターの解放……そう、自らを解き放つところにある。
とかくむき出しの、裸の自己とは醜いものだ。
つまりHモードを有する者は、須く自らの“病的興奮”のカタチを持っているということだ。
あるいは女装によって。あるいは芸術や美術品によって。あるいは写真媒体によって。
かつて名裁きに名を馳せた祖先など、露出によってである。
そう、キンジにはHモードへと移行するためのスイッチ……病的興奮のカタチが、無かったのだ。
よって、女を守るという本能のみに従い、キンジは増加した精神力によって無理矢理リビドーを捻じ曲げ、本来とは全く別の形のHモードを発現していたのである。
装う、というカタチで。
キンジがHモード時は歯が浮くほどに気障となるのは、この“装い”のためであった。
その最中、様々なHモードの形態も開発されてきた。
元より加工されたもののため、多種多様なHモードを発現できる、という強味があった。
だが、全てまやかしだ。
カタチを得た、真なるHモードの前には児戯である。
「もう、だめだ……俺は、もう……俺は、もう」
真なる己。内なる自身。
本当の自分が、内側から、あらゆる殻を脱ぎ捨てて産まれ出んとしている!
それはキンジ自身にさえ、止める術はない――――――!
そう、今ここに、自分自身を――――――解き、放つ!
「フォオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオッ!!」
ヒステリアモードとは、キンジが己の家系を恥じて作った造語である。
すなわち、これも装い……偽装によって生み出されたまやかしであると言えよう。
ならば、全てを脱ぎ去った真なるHモードを、そう称するのは誤りである。
「気分はエクスタシーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーッ!!!!」
真なるヒステリアのカタチ。
さあ、今こそその本来の名を呼ぼう。
「クロス・アウッッッッ!!!!」
遠山キンジ――――――返對(へんたい)モード、開眼。
「それは私の、おいなりさんだ」
「HK……一体誰なの?」
「返對の力の謎を推理した。よろしい、こちらも返對となろう」
HKと偽HKの戦いが、今、始まる!
「なぜだ・・・・・・私は返對の力を全て理解したはずだ。なぜ敗れる! 推理できない・・・・・・なぜだ!」
「教授・・・・・・いや、HK(ホームズ仮面)、あんたは強かったよ。でも、間違った変態だった。
変態はなるものじゃない。なっていたのが変態なんだ。初めから変態だから変態なんだ」
「推理できない・・・・・・理解できない!」
「人の理解の外に在るもの。人知を超えた存在。それが変態だ! くらえい!
地獄のタイトロープ(つなわたり)!」
「うわぁあああああ寄るな変態!」
「WELCOME(ようこそ・こちらがわへ)!!」